愛などもう求めない

白兪

文字の大きさ
上 下
7 / 24

準備

しおりを挟む
「あははっ」
「お待ちください、ヴェリテ様~!」
笑い声が中庭に響く。
ヴェリテとガルディエーヌが追いかけっこをしていた。

「久しぶりに笑っているところを見たな。」
最近は大人びて、まるで成人のような振る舞いを見せるヴェリテだが、ガルディエーヌの前ではまだ7歳児なのだということを実感させられる。
「声をおかけになられてはいかがですか?」
従者のメイユーラミが提案する。
「いや、やめておこう。俺が話しかけると、きっと笑わなくなるだろう。」
「陛下…。」
メイユーラミは何と声をかければいいのか分からず戸惑った。
「で、でも!来月は皇子殿下のお誕生日ではございませんか。素晴らしいものにすればきっと喜んでいただけますよ!」

その言葉を聞いてハッとする。来月はヴェリテの誕生日だったのか。そんな大事なことも忘れていた。今までいかにヴェリテのことを冷遇していたのかということをまざまざと見せつけられて胸が痛くなる。

「あははっ!ガルディエーヌ!こっちこっち!」
弾けんばかりの笑顔はタンドレッスを思い出させた。

「タンドレッス…。」
呟いた声は誰にも届かなかった。


「今日はお洋服を仕立てますよ。急いで準備してくださいね。」
「何のために?」
「来月のヴェリテ様のお誕生日パーティーのためですよ!」
「…あぁ、忘れてた。」
ガルディエーヌは眉を下げる。

数カ月前、急に様子の変わったヴェリテは家族というものに興味を失ったようだった。ヴェリテのような幼い子供にとって家族からの愛は必要不可欠なものだ。このままでは良くないと、今までにも増して精力的にお世話をした甲斐もあってか、自分には懐いてくれているヴェリテだが、それでもまだ、心の傷は癒えてはいないようだ。

「最高のお誕生日にしましょうね!」
ウキウキとするガルディエーヌを横眼にヴェリテは心の中でため息をつく。
朝早くから支度をして、昼には国民に向けてスピーチをして、夜はパーティーに出席する。忙しいことこの上ない。
ヴェリテは毎年、父や兄からの誕生日プレゼントを楽しみにしていたが、いつも欲しいものはくれなかった。煌びやかな宝石のついた剣、美しい羽のペン…。そんなものよりも、ヴェリテは家族で過ごす時間が欲しかった。しかし、誕生日というにも関わらず、父や兄はお誕生日おめでとうの一言しか会話せず、その後は貴族たちとばかり話していた。

「お誕生日おめでとう!今度家族みんなで南の島の別荘に行かないか?」
「お誕生日おめでとう!お前は自慢の弟だよ。」

こんな妄想をしては、自分を慰めて眠りについた。

でも、もうそんなことをする必要はない。本当の家族はガルディエーヌだけなのだから。

「ねぇ、ガルディエーヌ、今度2人で旅行に行きたいな。」
「いいですね!南の島でもいかがでしょう。海鮮が美味しいそうですよ。」
「うん!楽しみ。」
「では、早くお召し物の採寸を終わらせて、旅行の計画を立てましょう!」


その日の夕食も家族3人で取ることになった。最近、こういった機会が増えてきてヴェリテは困惑していた。

愛して欲しいと願っていた頃は手に入れられず、諦めた今は家族の時間が増えるなんて、皮肉なものだ。
長く時間を共にすればするほど、離れがたくなるだろう。15歳で逃亡しようと考えているが、もっと早めたほうがいいのかもしれない。

「ヴェリテ、何か欲しいものはあるか?」
「え?」
「来月はお前の誕生日だろう。」
「あぁ、そうでしたね。忘れていました。では、ガルディエーヌと南の島の別荘に行きたいです。」
「わかった。」
「俺からも何かプレゼントを贈ろう。何がいい?」
兄にそう尋ねられ、ヴェリテは驚く。
「プレゼントをくださるのですか?」
「弟の誕生日だ。あげないわけがないだろう。」

今まで1度もくれたことなどなかったくせに。

ヴェリテは睨みつけたくなる気持ちを抑えた。
「お気持ちだけで十分です。今までも貰えなくて困ったことなどありませんでした。」
つい、嫌味が出てしまってヴェリテは焦る。できるだけ波風立たせずに、静かにここを去るつもりなのに。今までの寂しかった日々を思い出して、思わず口にせずにはいられなかった。

「そうか…。」
意外にも兄は怒らなかった。視線を落とし、唇をグッと噛み締めるだけだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

記憶喪失の君と…

R(アール)
BL
陽は湊と恋人だった。 ひねくれて誰からも愛されないような陽を湊だけが可愛いと、好きだと言ってくれた。 順風満帆な生活を送っているなか、湊が記憶喪失になり、陽のことだけを忘れてしまって…! ハッピーエンド保証

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

処理中です...