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4│幸せ

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 俺はずっと同じ時を繰り返していた。五歳の誕生日から二十五歳の誕生日までの間を。
 最初の一回目、純粋だった俺はオリオの浮気を見抜けずに、オリオと結婚し、馬車の事故に巻き込まれて死んだ。
 二回目、俺は友達としてオリオと仲良くなった。彼は俺に執着し、俺を監禁した。
 三回目、オリオを殺した。今までの恨みのあまり、殺してしまった。 オリオの代わりに宛てがわれた人は、金で爵位を買った成金だった。怪しい薬で感覚を狂わされ、俺は廃人になった。
 そして、色々なことを経て今は九回目の人生を歩んでいる。

(ああ、もううんざりだ……)

 俺は自室の窓から、空を見上げてそう思った。

「…ロード卿が、俺の運命の人だったらいい。そうだったら──」

 俺は窓の外を見ながら、そう呟いた。ロード卿と初めて話した時、心が少し温まった。彼の真剣な目を見ると、とても安心するのだ。

 ロード卿が俺の運命だったら──そう思うだけで、心が弾み幸せな気分になる。

「ロード卿……」

 俺が彼の名前を呟くと、胸がキューッとなる。俺は自分の気持ちに気づいてしまった。

(彼を……)

 俺はその感情を押し殺すために目を瞑り、深いため息をつく。そして目を開けると、ドアの前にロジーが立っていた。

「クリスタ様、お客様がいらっしゃっています」
「客?誰?」

 俺が聞くと、ロジーは口角を上げ、嬉しそうに言った。

「オリオ・オフニス伯爵令息です」

 ◆

「クリスタ、久しぶりだな」

 そう言いながら、オリオは俺の頬に手を当てる。ゾワッとした感覚に、鳥肌が立つ。

「オフニス公爵令息……なぜ、ここに……」

 俺がそう問いかけると、オリオはクスッと笑って答えた。

「君に会いたかったからに決まっているだろう?」

 そんな理由の為にここまで来るなんて、それは無い。俺は冷めた目で、彼を見ていた。するとオリオは俺の腕を引っ張り、ソファへと連れて行く。

「っ!なにを……!」

 ソファに押し倒されると、オリオが俺に覆い被さってきた。そして彼は舌なめずりをして囁く。

「お前は囚われるべきだ」
(気持ち悪い……)

 俺が顔を背けると、彼の手が俺の首筋に触れる。その瞬間に全身に鳥肌が立ち、恐怖を感じた。

(嫌だ!)

 そう心の中で叫んだ瞬間、目の前が激しく金色の光を放ち、俺を包み込んだ。

「っ!」

 俺は驚いて、目を見開く。するとオリオも驚いたようで、俺から離れてしまった。

(なんだ……?)

 状況が理解できず、困惑していると彼は舌打ちをして呟いた。

「女神の加護…」
「え?」

 俺が聞き返すと、オリオはさらに苛立ったように舌打ちをした。

「なんでもない」

 彼はそう言い、俺から離れると立ち上がった。

「今日は帰るが……またいずれ会うだろう」

 そう言って、彼は部屋を出ていった。

(なんだったんだ……?)

 そんな疑問を抱いたまま、俺はロジーを呼び、オリオについて確認する。

「今日って、オフニス侯爵令息は来たっけ?」
「いえ、私が覚えている限りの記憶では来られていません」

 ロジーははっきりとそう言った。先程のつまりオフニス侯爵令息は幻覚ということだ。
 俺は首を傾げながら、オリオについて考えることにしたのだった。
 あの光が放った時、”女神の加護”とオリオは言った。女神の加護は神殿に縁が深い、皇室や公爵家が持たされるという特殊な能力。
 皇族は治癒能力、公爵家は剣術または魔術と決まっているのだ。

「なぜ俺が加護を……?」

 俺は疑問を抱きながら、自室を歩き回る。だがいくら考えても答えは出ない。ロード卿はこのことを知っているのだろうか。いや、彼のことだからきっと知っているだろう。でも、俺は自分から聞くことはできなかった。

「クリスタ様、そろそろお眠りになられた方がよろしいかと……」

 ロジーがベッドを整えながらそう言うので、俺は渋々寝る準備を始める。

(ロード卿に会いたい……)

 俺はそんなことを思いながら、ベッドへと潜り込んだのだった。

 ◆

 翌日、俺はロジーに起こされる。

「クリスタ様、起きてください」
「ん……」

 俺は眠くて目を擦るが、ロジーはまだ起こす気のようで、俺の体を揺さぶる。

「奥様がいらっしゃっています」
「っ!」

 俺は飛び起き、扉の方に向かった。するとそこにはお母様が立っていて、俺を見ると微笑んだ。

「クリスタ」

 俺の名前を呼ぶと、俺の頬に手を添えた。生まれて初めて母が俺に触れた。お母様は俺より少し背が低く、顔も似ている。肖像画で見るよりもずっと美しい人だ。俺は母を見つめると、母は優しく微笑んで言った。

「クリスタ…公爵令息のとの結婚は諦めなさい。お父様と私が望むのはオフニス侯爵令息との結婚なの」

 初めに思ったのは母への落胆だった。それはそうだ、母は父側の人間だった。今の今まで母に会えた喜びでそれを忘れていた。

「は…っ、、わざわざそれを言いに…!!」

 俺は苛立ちを隠せなかった。母と父は、俺を道具としか見ていないのだ。

(なんで、俺はこんな人達の道具になんか…!)

 俺が拳を握り締めていると、母は俺の腕を優しく触った。

「貴方の運命の人はオフニス侯爵令息よ」
「……」

 母がそう言うと、俺は言葉が出なかった。今までの回帰を考えると、ある意味その通りだと思うが…。

「運命なんて信じない……」

 俺は自分に言い聞かせるようにそう言った。だが母の耳には届かなかったようで、ずっと俺に語りかけてくる。

「クリスタ……貴方は彼と結婚するのよ」
「ロジー!母上は体調が悪いようだ!早く帰して差し上げてくれ!!」

 俺はそう叫んだ。だが、ロジーは頷きもせずに動かない。

「ロジー……?」

 俺が訝しげにそう聞くと、ロジーは無表情で言った。

「クリスタ様……奥様の言う通りです」
「え……?」

 俺はロジーの言葉の意味が分からず、聞き返す。だが彼女はそのまま言葉を続けた。

「オフニス侯爵令息と結婚してください」

 ロジーの言葉に、俺は驚いて目を見開いた。まさか彼女がそんなことを言うとは思ってもいなかったのだ。

「……なにを言ってるんだ?ロジー……」

 俺がそう聞くと、ロジーは淡々と答えた。

「旦那様と奥様の命令です」

 ◆

 いつも使っているお気に入りのグラスが割れた。

「っ……」

 俺は割れたグラスを見つめ、目を細める。

(なんでだ……)

 なんで、ロジーや母上は俺の邪魔をするんだ?なんのためにこんなことをする?

(皆、俺のことを道具としか思っていないのか……?)

 そんなのは許さない。絶対に許さない。そんなことを思いながら、俺は割れたグラスの欠片を拾い集める。すると手を切ってしまったようで、赤い血がたらりと流れた。それを見ると同時に、胸が苦しくなった。まるで心臓が締め付けられるような感じだ。
 ロード卿、彼は俺の事をどう思っているのだろうか。彼は差別しない、アルファでもオメガでも誰でも平等に扱ってくれる。

「ロード卿……俺は、貴方を……」

 そこまで言って、口を噤む。

(この感情を口に出してはいけない)

 一時の感情は彼を傷つけるだけだ。だから俺はこの気持ちを心の奥底に封印する。それが最善策だ。そうすればもう傷つかなくてすむのだから──。

 ◆

 事前に行く旨を伝える手紙を何も出さずに、公爵邸へ来てしまった。
 そのせいもあってか、いつものように盛大なおで迎えはなく門の周りはがらりとしている。

「クリスタ様、おはようございます」

 門の側にいたひとりの使用人にそう言われる。俺は軽く会釈をして、公爵邸へと足を踏み入れた。

(ロード卿……)

 彼のことを思い出し、胸が熱くなる。
 小一時間ほど歩くと、屋敷が見えてきた。改めて見ると、さすが大貴族の家というだけある。

「クリスタ…?」

 気づいたら目の前には目をまん丸くしたロード卿がいた。

「っ!ロード卿!?」

 俺が慌てていると、ロード卿は俺の手を取り、屋敷へと案内してくれた。

(ロード卿の手……大きいな……)

 俺はそんなことを思いながら、彼に連れられて歩いたのだった。

 ◆

 応接間に通されると、メイドの手によってお茶とお菓子が用意された。そして俺の向かいに座ると、彼は口を開いた。

「……それで、クリスタ」

(あ……話が始まった……)

 俺は緊張で唾を飲み込んだ。だがこれはチャンスだ、この機会に聞かなければ。

「ロード卿……」
「ん?」

 俺が呼びかけると、彼は首を傾げた。俺は意を決して、彼に問いかけた。

「貴方は……俺のことをどう思っていますか」

 心臓がバクバクする。ドクンドクンという心臓の音がやけに大きく聞こえた気がした。
 不安で彼の顔が見れない──そんなことを考えていると、彼は少し笑って答えてくれた。

「そうだな、とても可愛いと思っているよ」
「へ……?」

 俺は一瞬何を言われたのか分からず、間抜けな声をだしてしまった。そして段々と顔が赤くなっていくのを感じる。

(か、かわいい……)

 そんなことを思っていると、今度はロード卿が俺に問いかけてきた。

「クリスタは?」

 彼は首を傾げながら聞く。その仕草に思わず胸がきゅんとなるのを感じた。

(ああ……好きだな……)

 そう思ったら自然と口から言葉が出ていた。

「俺は、貴方が好きになってしまったようです…」

 俺はそう言いながら、彼の目を見つめた。するとロード卿は驚いたようで目を見開くと、顔を真っ赤に染めた。

(か、可愛い)

 そんなことを考えていると、彼は手で顔を隠して言った。

「っ!クリスタ……不意打ちはやめてくれ……」

 照れたようにそう言った彼を見て俺の口角が上がったような気がした。

「ロード卿……」

 俺が名前を呼ぶと、彼は顔を赤くしたままこちらを見た。そんな彼が可愛くて仕方がない。

(もう……我慢しなくていいよな)

 そう思った瞬間、俺は彼に向かって言った。

「ロード卿……貴方が好きです」

 すると彼はさらに顔を赤くして、手で顔を隠すように覆った。だが指の間から見える瞳は嬉しそうに細められており、口元は笑っている。その表情を見て俺もつられて笑ってしまった──。

(幸せだ……)
 ◆

 一回目のとき。オリオは俺に優しかった。毎日俺を求めてきた。「流石に毎日は体が持たない」と口を出した途端、彼は冷たくなった。そして、しばらく経って妊娠がわかった。だけど、その子は俺のお腹の中にいたせいで馬車の事故で俺と共に死んでしまったのだ。
 二回目のとき。オリオとの縁談を作らないように、架空の平民を作ってそれと駆け落ちする計画を立てていた。だが、何故かオリオは俺に執着した。オリオは俺を監禁し、何度も抱いた。そして、俺が皇室の兵によって助かるといった時にオリオと心中をさせられた。
 三回目のとき。人を初めて殺した。俺は震えが止まらなかった。そして、その数日後に俺は知らない男と結婚していた。その男に怪しい薬をうたれ、俺は正気が無くなっていた。
 そして、四回目のとき。気づいたら俺は断頭台で髪の短いロード卿に会っていた。彼は今のように騎士団長にはなれず、副騎士団長として俺の処刑を任されていた。
 ロード卿の目の下の隈は酷く、その時の騎士団長に酷使されていたのだろう。だが彼は強い瞳で、俺を睨み付けて言った。

「来世では、君が幸せになれることを祈ろう」

 その言葉に俺は泣きそうになった。ロード卿が俺を助けようとしているのがわかったから──。
 今まで忘れていた四回目のことを思い出した。そして、ロード卿が助けてくれたことも。

「ロード卿……っ!」

(彼は俺を助けようとしてくれたんだ……!)

 俺は目頭が熱くなるのを感じた。そんな俺を見て、ロード卿は言う。

「クリスタ……?」

(まただ……貴方はいつも、俺の欲しい言葉をくれる──)

 だから俺も彼の思いに答えなければいけない。そう強く思うのだ。

「ロード卿…呼び捨てで呼んでも、いいですか」

 俺がそう言うと、彼は微笑んだ。その笑みを見て、俺は胸の高鳴りを感じた。

「もちろん」

 彼はそう言って俺を抱きしめると、耳元で囁いた。

「クリスタ、愛しているよ」

 そう微笑んで、俺たちはキスをした。
──この後に起こる悲劇も知らずに。
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