暗殺者はお断りです!

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3│刺客

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「…あの、ここ俺の部屋なんですけど…?」 

 ユディル・レヒトブルクは今、困難に瀕していた。目の前にいるのは、小説の登場人物であるチェシア・ペンドラ。
 チェシアは俺の質問を無視して、にっこりと微笑む。 

「ねぇ、ユディル様。僕、あなたとお友達になりたいんです。だめですか?」 

 チェシアのピンク色で可愛らしい瞳に見つめられて、俺は一瞬だけ思考停止に陥る。だが、ここで惑わされてはいけない。
 チェシアは男で、小説内では腹黒い性格をしているのだから。 

「悪いが断る」
「えぇ~。どうしてですか? 僕はユディル様のことが好きですよ」 

 チェシアはにっこりと微笑んで俺の手を握る。 

「っ……」
「ふふ、照れているのですね。可愛い方…」 

 チェシアは目を細めて、俺の手を自分の頬へ持っていく。そして、俺の手に擦りつけるようにして顔を緩ませる。 

「やめろ」 

 俺は無理やりチェシアの手を離すと、後ろに数歩下がり距離を取った。 

「…何か俺にして欲しいことがあれば本題から話せ」 

 俺の言葉に、チェシアは目を瞬かせた。 

「…!僕をデリア皇女殿下に会わせて頂けますか?」 

 俺の気が変わらないうちにと、間髪入れずに要件を話した。
 チェシアは”はいと言わないと皇子でも殺すぞ”とも言いそうな瞳で俺を見る。
 自分の命ほど可愛いものは無いと言うが、これは明らかにデリアに会わせてはいけない男だ。本能が断ってはいけないと警告するが、俺は心を鬼にして首を横に振った。 

「……それは出来ない」
「……は?皇子様もう一度いいですか?はは、少し聞き間違えてしまったみたいで…」 

 チェシアの鋭く尖らせたようなピンク色の瞳が俺を捉える。俺はごくりと唾を飲み込む。 

「………無理だ」
「……ほう。僕を舐めるのもいい加減にしろよ、クソ皇子が」 

 俺が言い直すと、突然チェシアの口調が変わった。見た目は可愛らしい顔立ちなのに、今の彼は俺よりも遥かに大きく見える。 

「あの子は僕の女だ」 

 チェシアは怒りを露わにしつつ、ずいっと近づいてくる。俺は恐怖を感じつつも、声を振り絞る。 

「…俺の妹だ!」
「……妹?ああ、そういえばそうだった」 

 そう言うと、チェシアの雰囲気が元に戻っていく。 

(なんだよ……その変わりよう……) 

 俺は唖然としながら、内心で冷や汗を流す。
 こんな恐ろしい奴をどうしたらデリアに合わせられるというのだ。 

(絶対無理。見た目以外でむしろこいつと婚約したいって言っている女性を紹介してくれ) 

 俺は心の中で強く願う。 

「では、また来ますね~」 

 先程のことがさもなかったことのように微笑むとひらひらと手を振りながら俺の部屋から去っていく。 

「……二度と来るな」 

聞こえないくらいの声で呟く。きっとどうせ聞かれないだろうと思った言葉だったが、聞こえていたらしくすぐ返事が返ってきた。 

「お断りします」 

俺は朝っぱらからの刺客(?)に深いため息をつくと、ベッドに潜り込んだ。 

 ◆ 

 入学式と寮への荷物運びが終わると一週間の休みがある。この間に、俺は前世で出来なかったことをすることにした。 

「よし、今日は街に行くか」 

 俺はクローゼットの奥から箱を取り出す。これは内緒で侍従に買ってきてもらった変装用の服が入っている。
 着替えると、俺は早速学校の外に出る。
 皇都の町並みは前世とほとんど変わっていない。煉瓦造りの建物が多く、行き交う人々も活気に溢れている。 

(まずは、どこから見て回ろうかな) 

 とりあえず大通りに出てみる。すると、すぐに出店が見えてきた。店先に並んだ商品を見てみると、見覚えのある果物があった。 

「すみません。これください」
「はいよ。一つ100エルクだよ」 

 俺は店主にお金を渡すと、真っ赤な果実を受け取る。 

(おお。この世界にもリンゴはあるんだな) 

 俺は林檎によく似た果実を齧る。すると、口の中に爽やかな酸味が広がる。 

「美味しい」 

 やっぱり、前世でも好物だった林檎が一番好きだ。
──唯一の母さんとの思い出だから。 

 他にも変わった食べ物はないだろうかと散策を続ける。
 現代と多少似たものがあって、その中で一番近かったのが魔道式ウォシュレー、その名の通り現代のウォシュレットそのまんまなのだ。発明した人はさぞかし神と崇められただろう。
 それから色々見て二時間ほど経った頃、そろそろ疲れたし帰ろうかと思い始めたときだ。肩に思いっきりぶつかられ、思わずよろめいてしまう。 

「いたっ…」 

 先程ぶつかられたせいで服についた砂を払おうとした時、ぶつかった肩のところにべっちょりと真紅のシミが出来ていた。ぶつかられた衝撃で、相手の血がついてしまったのだろう。 

「え……?これ……血……?」 

 後ろを振り向き、ぶつかってきた男の方を見ると、そこにいたのは銀髪紫眼の美少年だった。俺は何故かこの顔と登場の仕方に既視感を覚える。 

「……ユディル・レヒトブルク…」 

 俺の名前を呼んだ男は、今にも死にそうな顔で俺の方をちらりと見るとそのまま崩れ落ちる。 

「ちょっと!大丈夫!?」 

 俺は慌てて倒れた男を支える。だが、俺がいくら呼びかけても反応しない。 

「ど、どうしよう……」 

 途方に暮れていると、後ろから声がした。 

「何をしている?」 

 声の主は、青髪を一つ結びにしたいかにも騎士という風貌の男。俺は男の顔に見覚えがある。挿絵に写っていた一人だ。名前とどんなヤツだったが思い出せない。 

「この人が倒れて…!早く人を呼ばないと!」 

 焦る俺に、男は大きなため息をついた。 

「……分かった。私が医者を呼んでくるから、あんたはここで待っていろ」 

 男はそういうと、どこかへ走り去ってしまった。 

(あれ?なんかこの男……ゼロに似て……) 

 無名の騎士ゼロ。デリアのために命をかけた。当時、読んでいた俺も「恋は盲目と言うが、ここまでとは…」引いしまうくらいの盲目っぷりだった。 

 あと追加で言うと、俺とゼロが会うシーンはないため原作が今こじれてしまった。 

「はぁ……」 

 俺は前世で恋愛小説(それも転生と憑依もの)を読み漁っていたせいで、何となくこの感じのこじれは良くないとわかっている。
 デリアは初対面の時、治療系の能力を持っていたため、ゼロの治療も難なくできたが、俺は特に異能力無しの第三皇子だ。今ゼロを治療できる医者か異能力者が来ない限り、ゼロは死んでしまうだろう。 

──あっという間に五分経ってしまった。 

 青髪の男は一向に来ない。ゼロの意識もない、ゼロの血で小さな血溜まりが出来始めている。 

「どうすれば……」

──どうすればゼロを救うことが出来るだろうか。

 

 ◇


 皇都のカナス地区、通称「捨てられた町」。貴族が私服を肥やしている代わりに、カナス地区の住民達は労働を強いられている。カナス地区の住民は主に”ロズ族”という帝国に迫害された種族が主に住んでいる。
 ロズ族は人の二倍短命な代わりに、人よりも頑丈で身体の一部が欠損したとしても再生することができる種族だ。そのため、帝国の脅威になるとして初代皇帝は皇都内で”飼う”ことにした。
 そしてロズ族から皇族への恨みは募っていく。 

「俺も繰り返される時の中、ずっと恨んでいる」 

──ユディル・レヒトブルクを。
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