12 / 67
EX3 一ノ瀬アリス
しおりを挟む私の名前は一ノ瀬アリス。
日本の中でも有数の名家。その跡取り娘が私だ。
そして両親達は典型的な上流階級思考の持ち主だった。彼らは当然のように私の食べるものを決め、当然のように学ぶものを決め、当然のように友人も決めて。挙句の果てに当然のように私の人生を勝手に決めた。
何一つ自由が存在しない窮屈で退屈な人生。しかし自分でそう語るのは些か憚られるが私は聡すぎた。不満こそあれど自分のあまりにも恵まれた境遇に納得し折り合いをつけてしまったのだ。
――人生は暇つぶしである。
だから誰かが言ったそんな言葉を胸に日々を無為に過ごしていた。
しかしそんな日々は唐突に何の前触れもなく終わりを告げた。
突如として教室内に出現した魔法陣は私を問答無用に異世界転移させたのだ。
「我らが世界にようこそ勇者様。どうかこの世界をお救い下さいませ」
正直に白状すればほんの少し期待していた。この変化は私の退屈で無為な日々を変えてくれるものではないかと。
だけれど現実はどこまでも私にとって厳しいものだった。
無能。
私はそう呼ばれ、ぞんざいに扱われた。どういう原理かは知らないが私達が異世界転移すると特殊な力が備わるようだ。そして一緒に転移したクラスメイトと比べ私のそれは相当お粗末なものだったらしい。
クラスメイトの反応はどれも見るに堪えないものだった
日本にいた時は羨望の眼差しすら向けていたはずなのに。女子は露骨に見下し、男子は鼻息をたて体を舐めまわすように視姦する有様だ。
しかしそんな中でただ一人興味を惹かれるような人物がいた。
明星影人。許嫁である天上院天下を差し置き、聖剣を引き抜いた唯一無二の存在だ。
日本にいた頃はクラスメイトでありながら、一度たりとも会話すら皆無な仲だったはずだ。別に現在だって良好とは決して言えないけれどね。
そんな彼に向ける私の感情は複雑なものと言えた。嫉妬羨望興味。様々なものが淀み渦巻せめぎ合い。そしてそれらは最終的に意味不明な塊として産み落とされた。自分の中にこんな激情があるなんて驚いたぐらいだ。
元々私は許嫁のせいで異性に対してあまり良い感情を抱いていなかった。そのはずなのだが何故かこの感情だけは負のものではないとそう思えたのだ。
そしてそれは彼に助けられてからというもの、どんどん強くなっていくようにも感じた。
しかしその感情の正体が果たしてなんなのか。それを確かめる間もなく事態は無慈悲かつ容赦なく進行していった。
異世界転移二日目夜。
割り当てられた部屋で休んでいると、夜遅くにも関わらずノックの音が耳に届いた。
「こんな時間に何のつもりかしら」
扉を開くとそこには天上院天下がいた。正直顔すら見たくもなかったが現在の自分の立場を考えるとそうもいかない。
「心配で様子を見に来ただけさ。ほら僕らは一応許嫁関係だろう?」
「異世界にいる以上そんな関係に意味があるとも思えないけれどね」
「そう邪険にしないでくれるとありがたいね。まぁいいや――昼間は大変だったろう?」
「……見ていたの?」
自然と自分の表情が強張るのが理解った。昼間の事とは不良崩れが私に乱暴しかけたことだろう。
「まぁあれはそもそも僕がけしかけたんだけどね」
「っ! 何のつもりっ?」
確信があったわけじゃない。
だが日本にいた時から私は許嫁の立場にあるこの男をどうにも好きなれなかった。いつもニコニコしていて腹の底では何を考えているのかまるで見えないことが私にそう思わせたのかもしれない。
そして今、あやふやだったその感情は明確なものへと変化した。
しかし狼狽える私を気にも留めず、天上院天下は言葉を重ねていく。
「別に大したことじゃないさ。この際だ君の立場というものをハッキリさせてあげようかと思ってね。君は僕らの中で唯一役立たずな存在だ。分かるだろう?」
「貴方の女になれとでも?」
「さぁどうだろう。でも賢い君なら分かるはずだよ、生き残るのに何が必要かってね」
白々しい。要はそういうことでしかない。きっと強引に迫られれば私の純潔は簡単に散らされてしまうことだろう。
それでも。それでも私にだって意地がある。
「ふふっ」
「何がおかしい……?」
彼の表情が固まった。
「いえ些か滑稽だと思ってね。だってそうでしょう? 貴方、聖剣とやらを抜けなかったものね」
「……っ!!」
私の言葉は相当に彼の自尊心を深く刺激したらしい。
激昂した天上院は力任せに拳を近くの壁に叩きつけた。
ドゴッッッッッ
異世界転移したことにより得た能力は凄まじく、ただ力任せに叩きつけただけなのに壁には大きなヒビが刻まれた。
しかし私は恐れることも震えることもなく、ただただ泰然とした態度でいるよう努めた。
「チッ! まぁいいさ。何が賢い選択なのか、よく考えることだね」
それが面白くなかったのか。彼は舌打ちをしてそそくさと部屋から去ってしまった。
「……ふぅ」
天上院が確実にこの場から去ったと理解した途端、肩が勝手に震え始めた。
極めて冷静に見えるよう努めたが恐怖がないわけがない。これでも乙女だ。それでもそれが悔しくて悔しくてたまらなくて。両手で肩を痛い程強く抑えるが、しばらく震えは止まってくれそうもなかった。
◆
コンコン
肩の震えが収まった頃、再びノックの音が耳に届いた。またかとウンザリしながらドアを開くと、
「ア、アー。なんというかお月様がとてもビューティフルですね」
そもそもここは王国建物内なので月なんてろくに見えはしない。
それでも二つの月に照らされる世界の中、そこには大層な明星影人がいた。
85
お気に入りに追加
370
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる