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1巻
1-3
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ヴァネッサがお願いしてきたので休憩する。
あらかじめ冒険者ギルドで買っておいた地図によると、十階層までは遭遇する魔物が弱く、十一階層から少し強くなるらしいので、ここで休んでおくのもアリだろう。なお、地図を買った際に聞いた話によると、このダンジョンは現在三十階層まで確認されており、出現する魔物の強さからC級冒険者パーティは十階層、B級冒険者パーティは二十階層までは安全に進めるらしい。
俺たちは国内屈指のA級冒険者であり、当然未踏の三十階層から先へ行く予定なので、こんなところであまり時間を費やしたくないのだが……美しいヴァネッサに無理をさせる訳にもいかないか。
「ふむ。少し進めば、袋小路となっている場所があるな。そこで休憩にしよう」
ここなら魔物が現れたとしても、一方向からしか来ないので対処も容易だろうと考え、目的のポイントまで移動する。
「トリスタン様ぁ。お疲れ様ですー」
ヴァネッサが早速水魔法で飲み水を作り出してくれた。
「おぉ! すごいな。氷の入った水を出せるのか!」
「昨日の女性は水魔法しか使えなかったみたいですけど、私は水魔法も氷魔法も使えますのでー」
コップに入った水を一気に飲み……ん? 変だな。いつもは、疲れた身体に水が染み渡るような感覚がして、疲れが吹き飛び、身体が軽くなるのだが。
俺と同じ事を思ったのか、キースとケヴィンも首を傾げている。
もしかしたら、水が冷た過ぎるのが良くないのかもしれない。普通の水をもらおうとすると、ノソノソと何かが動く音が聞こえた。
何の音だと通路側を見ると、
「チッ! ビッグトードだ! おい、座ってないで、とっとと前に出ろ!」
三匹の人間大の大きなカエルが姿を現した。
だがキースもケヴィンも、武器を構えるどころか、まだ立ち上がってすらいない。
このノロマめっ! 契約違反として、後で違約金を取るからなっ!
この男たちを盾にしてやろうと後ろへ下がると、そのうちの一匹の身体に、大きな氷柱が突き刺さる。
「ヴァネッサか。よくやった! おい、お前ら! たかがC級のカエルだ。とっとと倒して来い」
キースとケヴィンを突き飛ばすようにしてカエルに対峙させると、突然背中に鋭い痛みが走る。
一体何が起こったのか振り向くと、
「サイレントスパイダーだと⁉ くそっ! 天井に巣があったのか!」
背後に巨大な蜘蛛の群れが居て、前後を挟まれてしまった。
「くそっ! 不意打ちとは卑怯な……おい! 早くカエルを倒して、このクモを倒すんだっ!」
「トリスタン様! なぜか刃が通らないんですっ!」
「はぁっ⁉ ビッグトードなんて、C級のクソザコだろ! 俺様が攻撃されたんだぞ⁉ 王子であるこの俺が!」
背中の痛みに耐えつつ、背後から静かに迫ってくるクモを剣で追い払う。
「トリスタン様! もう無理です。逃げましょう」
再び氷柱でカエルを倒したヴァネッサが、撤退を提案してきた。
逃げる……だと⁉ 王子であるこの俺が⁉ しかも、こんなC級の魔物を相手に⁉
だが、やる気がないのか、キースとケヴィンは二人がかりにもかかわらず、いまだにカエル一匹倒せていない。
「もういい。どけっ! 俺がやるっ!」
やる気のない二人を蹴り倒し、俺自ら、一撃必殺の剣を閃かせる。
こんなC級の雑魚カエルごときに、俺が自ら剣を振るわないといけないなん……て?
「なぜだっ⁉ どうして俺の剣が効かないんだ⁉ この強さは……まさか、これが噂に聞く突然変異種なのか⁉」
再び全力で斬りつけるが、弾力のある皮膚が俺の剣を弾き返す。たかが十階層でレアな突然変異種に遭遇するとは思ってもみなかったのだが……突如カエルの身体に氷柱が突き刺さり、倒れて動かなくなった。
「あの……普通のビッグトードでしたよ? C級の」
「……そ、そうか」
「あ、後ろのクモも倒しておきましたから」
焦る俺をよそに、ヴァネッサが何事もなかったかのように淡々と報告し、ボソッと呟く。
「……A級パーティって聞いていたんだけど、嘘だったのかな……」
くそっ! 俺たちは……少なくとも俺は、A級の冒険者なのだっ! たまたま今日は、調子が悪かっただけなのだっ!
ダンジョンから何とか逃げ帰った俺たちは、村の酒場で食事をした。
だが、少食のヴァネッサが先に食事を済ませて二階にある宿の部屋へ戻ると、意地で言わずにいた愚痴が、堰を切ったかのように、溢れる。
「クソっ! なぜだっ⁉ なぜ、ただのC級の魔物が倒せなかったのだ⁉」
俺はS級の魔物、災厄級の妖狐――九尾の狐を倒しに来たのだ。それなのに、C級の魔物ごときに阻まれるなんてっ!
「酒だっ! この店で一番高い酒を持って来い!」
酒を飲みながら、なぜC級の雑魚カエルが倒せなかったのかと、キースとケヴィンを問い詰めると、キースから思いがけない言葉が返ってきた。
「トリスタン様。あのダンジョン、どういう訳か我らの力が普段の半分程度しか出ませんでした。あのS級の妖狐を見たという目撃情報もありますし、妖狐が何か不思議な仕掛けをしているのではないでしょうか」
「……ふむ。確かに俺の剣も効かなかったな。ならば、あのダンジョンの奥に妖狐が居る可能性は高いのだな」
「おそらく。ですので、あの伝説の魔物、妖狐が居るとなればこれ以上進むのは危険かと」
「ふっ、逆だ。お前たちには話していなかったが、俺が妖狐を見に行きたいと言ったのには訳がある。あのS級と評されている妖狐は弱体化していて、今はせいぜいB級程度の力しかないのだ」
城に仕える賢者から聞いた話だが、二代前の国王――つまり俺の曽祖父が若かりし頃、周辺国と共に悪名高き妖狐の討伐に出た。数日に及ぶ激しい死闘を繰り広げ、多大な犠牲を払っても妖狐を倒せなかったが、国中から集めた数百人の魔道士の力を合わせ、妖狐の力を封印したそうだ。
その結果、妖狐は逃走し多くの悪行の逸話とS級という等級だけが現在まで引き継がれた。
「トリスタン様。その話は、本当なのですか⁉」
驚いたケヴィンが身を乗り出してきた。
「あぁ、もちろんだ。王族しか知らないが、その証拠である妖狐の力を封印した物の一つが、実は王城の地下に隠されているのだ」
「妖狐の力を封印した物の一つ……ですか?」
「うむ。妖狐は別名、九尾の狐と呼ばれているだろう? その名にちなんで、九つだか八つだかに分割して、いろんなところへ隠したそうだ」
実際は幾つに分割されたのかは知らないが、城の地下に闇色の何かがあるのは見たから、まぎれもない事実だ。一つだけでもすさまじい魔力を感じたので、本来の妖狐は相当強かったのだろう。
「つまり、弱体化してB級程度の力しか持たない妖狐を倒すだけで、我らはS級の魔物を倒した英雄になれるという事ですな⁉」
「そういう事だ、ケヴィン。わかったか? これはチャンスなのだ」
「なるほど。それで、我らの反対を押し切り、妖狐の目撃情報があったダンジョンへ来られた訳ですか……むっ! そうか。妖狐は自身の力が弱まっているからこそ他の魔物を強化し、自らを守らせているという訳ですな!」
「おぉ! 言われてみれば、確かにそうかもしれんな。辻褄が合う」
「トリスタン様。我らの刃は通りませんでしたが、ヴァネッサ殿の魔法は通常通りの効果を発揮していたように見受けられました。おそらく妖狐の仕掛けは武器にのみ働き、魔法には効果がないのかもしれません」
「ふむ。ならば、一度大きな街へ戻り、攻撃魔法の使い手を探すか」
妖狐が物理攻撃を弱体化する罠を仕掛けているならば、俺たち三人がC級の魔物を倒せなかった理由も納得がいく。
そうだ、そうだとも。そんな特異な何かがなければ、この俺が雑魚に苦しむはずがないのだ!
「よし! ヴァネッサを呼んで来い。この村で旅をしていたヴァネッサに出会えたのは幸運だったが、もっと魔法を使える者を増やすぞ!」
方針が決まったので、早速ヴァネッサと共に冒険者ギルドのある街へ行こうとしたのだが――
「と、トリスタン様! 大変です! ヴァネッサが居ません!」
「何だと⁉ どういう事だっ!」
二階の部屋に向かわせたキースが慌てて戻って来て、想定外の言葉を言い放つ。
とりあえず、俺も部屋へ移動すると、
『悪いけど、嘘吐きの弱い男に興味はないの。あと、タダ働きはゴメンだから、お財布を報酬の代わりに貰っていくわね』
ふざけた置手紙が机の上にあった。大慌てで俺の荷物を確認する。
「あ、あのアマ……やりやがったな! く、クソがぁぁぁっ!」
一枚で金貨一万枚の価値がある、黒金貨が詰まった俺の財布がなくなっている。
あの財布には、この村が丸ごと買えるくらいの金が入っていたんだぞっ!
「ふ……ふざけるなぁぁぁっ!」
「と、トリスタン様……いかがいたしましょう」
ヴァネッサが俺の金を盗んで逃げた事実を知って怒りに震えていると、ケヴィンが恐る恐る声を掛けてきた。
そうだ。ここで苛立っていても、ヴァネッサと金が戻ってはこない。金は痛いが……いつものように王宮の金庫からくすねれば良いだろう。
それよりもようやく妖狐の居所を掴んだのだ。妖狐がどこかへ移動する前に、仕留めてしまいたい。
「ひとまず、当初の予定通り冒険者ギルドのある街へ行くぞ。そこで攻撃魔法を得意とする者を雇い、それと共にギルドへヴァネッサの捜索を依頼すれば良いだろう」
そう言うとケヴィンがうなずく。
「なるほど。ヴァネッサの行為は明らかにルール違反。冒険者ギルドとしても見過ごせないはず!我々はヴァネッサの捜索に時間を取られる事なく、金も返って来ますな」
「当然だ」
あとは当面の活動費用なのだが、キースとケヴィンには前払いしているので問題はない。だが、ここの宿の支払いは……仕方がない。事情が事情なので、二人に立て替えてもらうか。
「トリスタン様。ヴァネッサの金が戻ってきたら、色を付けて返してくださいね」
まったく、キースめ。こいつらに払っている金からすれば、宿の代金などたかが知れているというのに。
「わかった、わかった。それより、ここから一番近い街はどこだ?」
「地図からすると、このラオン村から一番近いのは……レイムスっていう街ですね」
「ふむ。地図を見せろ……む! こっちのソイッソンの街の方が近いではないか」
「直線距離だとそうですが、そこは山越ルートになりますし、途中で河もありますが……」
「今は一刻を争う事態だ。我々A級冒険者なら、大した事はないだろう。ソイッソンの街へ向かうぞ!」
南西にあるソイッソンの街を目指して街道を歩いて行くと、途中から獣道のような細い道になった。
「トリスタン様! 前方にゴブリンが複数……」
「ゴブリンなど最弱であるD級の魔物ではないか。その程度、いちいち報告するな! さっさと切り捨てて進むのだ!」
我々はA級冒険者パーティなのだ。ゴブリンごときに時間を割くな!
「……トリスタン様。た、倒しました」
「遅い。さっさと前に進め」
「…………畏まりました」
その後もキースとケヴィンはゴブリンの群れに苦戦し……いや、真面目に戦えよ!
挙げ句の果てには、しばらく山道を歩き、休憩を求めてくる始末だ。
「不甲斐ない……わかった。ここで休憩にする。水を寄越せ」
「え? 私たちは持って来ておりませんが。トリスタン様がご用意してくださっているのでは?」
「なぜ、俺がそんな事をしなければならないのだ⁉ ……まさか、本当に水がないのか⁉」
キースとケヴィンの二人は互いの顔を見合わせて、表情を暗くする。少し進んだ先で小川を見つけたので事なきを得たが……こいつら、使えな過ぎるだろっ!
……そうか。よくよく考えると、いつもアニエスが水を出していたし、食料の買い出しもしていた気がする。……いや、あの女は追放したのだ。今更戻って来いと言うなど、俺のプライドが許さん。
まぁ、アニエスがどうしても戻りたいと言うのであれば、考えてやるが。
「トリスタン様っ! た、大変ですっ!」
「今度はどうしたというのだ。またゴブリンか?」
「ち、違います。道が……道がありません!」
何を馬鹿な事を……と、キースとケヴィンを押しのけて前を見ると、確かに道が途切れていて、断崖絶壁となっていた。
「どういう事だ⁉ 地図通りに進んで来たはずだろっ!」
「あ、あの……途中で水の補給のために小川へ立ち寄ったからではないでしょうか」
「ば、馬鹿者っ! それくらいで俺様が道を間違えるとでも言うのか⁉ ……そういえば、最近この辺りで大きな地震があったと聞いたな。その地震で山が崩れたのではないか⁉」
「……しかし見た限りでは、最近崩れたようには……いえ、何でもありません」
くっ……キースの言う通り、やはりあの時に道を間違えたのか⁉ 今からあの場所まで引き返すとなると、かなりの時間を要するぞ⁉ かと言って、流石にこの崖を降りられん。
本当ならば、そろそろ街に着いて、ゆっくり食事を……って、待てよ。
「……おい。誰か食料を持っているか?」
「え? トリスタン様が……ま、まさか……」
「クソがっ! 急いで引き返すぞ!」
王族である俺様が、こんな山で餓死するなど、末代までの笑い者ではないかっ!
……って、おいぃぃぃっ! さっきの小川すら見当たらないではないかぁぁぁっ!
結局、山の中で道に迷い、食料がないまま夜を迎えてしまった。
幸い小川を見つけ、小さな洞窟も見つけたので夜は越せそうだが、腹が減って仕方がない。
「くっ! 背に腹はかえられんという事か」
「トリスタン様。意外にいけますよ? なんて言うか、刺激的な味で」
キースとケヴィンの二人は、山の中で見つけたキノコを焼いて食べているが、そんな得体の知れないキノコを口にするのは恐ろし過ぎる。……だが空腹のため、俺の腹の音が洞窟内に鳴り響く。
「トリスタン様。たくさんあるんで、どうぞ召し上がってください。この大きなキノコは、トリスタン様のために食べずにとっておいたんですよ」
「……このキノコは、何という種類のキノコなのだ?」
キースは食べる手を止めずに答える。
「え? 知りませんよ? 別にキノコに詳しい訳じゃないですし」
いや、ダメだろ。毒キノコだったら、どうするのだ⁉ 最悪死ぬぞ⁉
王族が山で餓死も恥ずかしいが、毒キノコを食して死ぬのも十分恥ずかしいのだが。
「えへへ……キノコうまー!」
「うぇーい! キノコサイコー!」
「キノコパーティだー!」
くっ……こいつらめ。俺の前でキノコをうまそうに食べやがって。
しかし、この二人があれだけ食べまくっているのだから、このキノコは大丈夫なのではないか? 夜の山の中を歩き、今から小川で小魚を捕まえるくらいなら、謎のキノコを食べた方がマシな気もする。……それに、しっかり火を通せば大丈夫かもしれん。
「えぇぃっ! 俺にもキノコを寄越せっ!」
「どうぞどうぞ。トリスタンさまも、いっしょにキノコパーティをしましょう」
「トリスタンさま、かんぱーい!」
キノコで乾杯というのは意味がわからぬが、木の枝に刺したキノコを焚火の中へ突っ込むと、茶色いキノコが程良く焼け、何とも言えない香りがしてくる。謎の汁が出ているものの、そのキノコを口へ運ぶと……少し舌が痺れるような感じもしたが、味は悪くない。
「んんっ⁉ 確かに、意外といけるな!」
「そうでしょう、そうでしょう。キノコはまだまだありますよ!」
「キノコぱーてぃは、たのしいですねー!」
三人で全てのキノコを食べ終え、今日はもう就寝する事になった。
それから、次第に外が明るくなり――
「おぉぉぉ……腹が、腹が痛い」
「と、トリスタン様……私は頭も痛いです」
「薬……薬はありませんか⁉」
見事に全員苦しみだした。
だが俺は……俺はこの国の第三王子だ。王族の威厳にかけて、野外でなど……おぉぉぉっ!
「お、お前たち……目が覚めたな? い、行くぞ!」
「トリスタン様! 待ってください! せめて、せめて腹の調子だけでも」
「うるさい! 薬も薬草もないのだ! 体調が悪いなら、なおさら早く街を目指……あぁぁぁーっ!」
後の事はよく覚えていないが、腹の痛みと戦いながら、ただただ無心で足を動かし続けた。
「つ、着いた……」
「トイレ……トイレへ」
「薬……薬が欲しい」
目的地としていたソイッソンの街へと到着した。
俺たちは一心不乱にトイレ……もとい宿を目指す。
「おい、そこの怪しい三人組! 止まれ! 街へ入りたいのであれば、身分証を提示しろ!」
「うるさい! 俺は……俺はもう限界なんだっ!」
「こ、こいつ、抵抗する気かっ⁉ 止まらんかっ!」
「俺に触れるなっ! 俺はこの国の第三王子だぞ!」
「バカがっ! 王子がこのような場所に、そんな薄汚い格好で来る訳がないだろう! おい、王子の名を騙る不届き者だ! 応援に来てくれっ!」
街の門で兵士たちに取り押さえられる。
その際、腹に衝撃を受けた俺は、遂に限界を超えてしまった。
「ん⁉ なんだ、どうした。急に大人しくなったな。だが、今更謝って許してもらえると思うなよ? お前は俺たちの制止に従わなかっただけではなく、王子の名を騙った。不敬罪により、しばらく臭い飯を食ってもらうからな」
「は……ははは。その言葉、そっくりそのまま返してやる! 今更謝って済むと思うなよ! お前のせいで臭い服を着るはめになったんだからなっ!」
クソったれぇぇぇっ!
「トリスタン様、酷い目に遭いましたね」
「……言うな。思い出したくもない」
俺を邪魔した兵士が、キースやケヴィンと共に、俺たちを投獄しやがった。
結局王宮から使いの者を呼びよせ、一日で出られたが……この俺様を牢に入れたのだ。到底許されん。だが、俺が心底怒っている事がわかっていたのであろう。逃げるように兵士を辞め、すでに田舎へ帰ったそうだ。
チッ……死ぬ方がマシだと思えるような場所へ左遷してやろうと思ったのに。
使いの者からそこそこの金を受け取り、服を一式新調したので、ようやく本来の目的地である冒険者ギルドへ。
「邪魔するぞ」
ここでの目的は二つ。ヴァネッサの指名手配と、攻撃魔法を得意とする者の獲得だ。奥のカウンターへ行き、ギルド職員を捕まえる。
「おい、そこのお前」
「はい? 僕ですか?」
「そうだ。こっちへ来い。話がある」
「はいはい、少しお待ちを……っと、誰かと思えば噂のお漏らし王子……こほん。失礼、何でもありません。えーっと、本日はどういったご用件でしょうか? トイレならそちらですが」
こいつ……俺を舐めているのか⁉ あの兵士の代わりに、こいつをクビにしてやろうか。
「あ、先に言っておきますけど、冒険者ギルドは国を跨いだ国際組織なので、お漏らし王子がどれだけ権力を振るおうとしても無駄ですからね。公正、公平に対応いたしますので」
……舐めやがって!
だが、俺もただ趣味で冒険者をしている訳ではない。非常に腹は立つが、ここは器の大きさを見せてやるか。
「こ、今回俺様がわざわざ来てやったのは……他でもない、冒険者ギルドの登録者が、不正を働いたからだ。冒険者ギルドとして、草の根を分けてでも捜索してもらおうか」
「……あの、いきなりそんな事を言われても、全く話が見えないので、順序立てて説明してくれますか?」
「いいだろう。よく、聞きやがれっ!」
ふざけた様子の職員に向かって、ラオン村でヴァネッサを仲間にしたものの、置手紙だけを残し、俺の財布を盗んで姿を消した事を伝える。
「二点確認したい事があります。一点目ですが、ラオン村でヴァネッサさんを仲間にしたと仰いましたが、ちゃんと冒険者ギルドでパーティ登録をしましたか?」
先程までのふざけた様子から一転して、真面目に職務をこなす。
やはり、ギルドの登録者から犯罪者が出るのは困るのだろう。
……最初から、ちゃんと仕事しろと言いたいが話を続ける。
「あの村にはギルドの出張所しかないからな。パーティ登録はしていない。登録をする前に、俺の財布を持ち逃げしたんだ」
各村にはギルドの出張所があって、村人が冒険者ギルドに依頼を出せるが、それ以外の事は街にあるギルドの支部でないと対応できない。まぁ全ての村に支部を置くのは、金銭的にも要員的にも難しいのだろう。
「なるほど。では二点目ですが、トリスタンさんはヴァネッサさんの冒険者カードを確認しましたか?」
「確認? なぜ、俺がそんな事をしなければならないのだ」
「……ふむ。わかりました。まず一点目ですが、原則の話をすると、パーティ登録をなさっていないので、トリスタンさんはヴァネッサさんとは赤の他人……つまり、ヴァネッサさんの情報を調べる権利はありません」
「な、何だとっ⁉ ふざけるなっ! あの財布に、一体幾ら入っていたと思っているんだ!」
「落ち着いてください。あくまで原則の話です。次に二点目ですが、仮にトリスタンさんの財布が盗まれた事が本当だとして、ヴァネッサという名前は本名でしょうか?」
「ど、どういう意味だ⁉」
「トリスタンさんとヴァネッサさんが、冒険者ギルドでパーティ登録をなさっていれば、本人である事をギルド側で確認いたします。ですが、ギルドを通していないのでヴァネッサという名前が偽名だった場合やそもそも冒険者ギルドに登録していない人物の場合、こちらでは対応できません」
何だと⁉ 偽名⁉ そんな……いやしかし、最初から俺たちを騙すつもりだったとしたら⁉
「く、クソがぁぁぁっ! あのアマめぇぇぇっ!」
「クソはお漏らし王子……こほん、失礼。一応、ギルドとしても可能なかぎり、善処します。ヴァネッサさんの特技などはご存じですか?」
「水魔法と氷魔法を使っていた。あと、もう一種類使えると言っていたが、それが何かまでは聞いていない」
「三種類の魔法が使える女性というのは、あまり多くないですね。ですがそれすら嘘で、水と氷だけ使えるならば、その二種類は親和性が高いので割と使える人が多いです。せめて、その三種類目が何かハッキリとしていればまだ可能性はありましたが、現時点では該当する人が多過ぎてわかりませんね」
職員が手元にある魔法装置でいろいろと調べているが、ヴァネッサという名前で水と氷の魔法を使う者は登録されておらず、今ある情報だけでは絞り切れない程、該当者が居ると。……よくもやりやがったなぁぁぁっ!
「わかった。ひとまずヴァネッサは、冒険者ギルドでは追えないのだな?」
「申し訳ありませんが、はっきり言って冒険者ギルドに追跡依頼を出すよりも、トリスタンさんが王族としての力を使って探した方が早いと思います」
冒険者ギルドの職員が簡単に言うが、そんな事ができる訳がない。
いや、俺が一声掛ければ騎士団が動き、ヴァネッサを草の根を分けてでも探しだそうとするだろう。
だが、その理由を問われた時に、第三王子である俺様が冒険者にまんまと出し抜かれ、大金を盗まれたなどと言える訳がない。
仮に適当な理由をつけて騎士団を動かし、無事ヴァネッサが見つかったとしても、あれだけの大金だ。出所はどこだ⁉ という話になったら、逆に俺の身が危うくなる。使いの者からある程度金を貰っているし、ヴァネッサは強硬手段に出るよりも諦めた方が良さそうだ。
あらかじめ冒険者ギルドで買っておいた地図によると、十階層までは遭遇する魔物が弱く、十一階層から少し強くなるらしいので、ここで休んでおくのもアリだろう。なお、地図を買った際に聞いた話によると、このダンジョンは現在三十階層まで確認されており、出現する魔物の強さからC級冒険者パーティは十階層、B級冒険者パーティは二十階層までは安全に進めるらしい。
俺たちは国内屈指のA級冒険者であり、当然未踏の三十階層から先へ行く予定なので、こんなところであまり時間を費やしたくないのだが……美しいヴァネッサに無理をさせる訳にもいかないか。
「ふむ。少し進めば、袋小路となっている場所があるな。そこで休憩にしよう」
ここなら魔物が現れたとしても、一方向からしか来ないので対処も容易だろうと考え、目的のポイントまで移動する。
「トリスタン様ぁ。お疲れ様ですー」
ヴァネッサが早速水魔法で飲み水を作り出してくれた。
「おぉ! すごいな。氷の入った水を出せるのか!」
「昨日の女性は水魔法しか使えなかったみたいですけど、私は水魔法も氷魔法も使えますのでー」
コップに入った水を一気に飲み……ん? 変だな。いつもは、疲れた身体に水が染み渡るような感覚がして、疲れが吹き飛び、身体が軽くなるのだが。
俺と同じ事を思ったのか、キースとケヴィンも首を傾げている。
もしかしたら、水が冷た過ぎるのが良くないのかもしれない。普通の水をもらおうとすると、ノソノソと何かが動く音が聞こえた。
何の音だと通路側を見ると、
「チッ! ビッグトードだ! おい、座ってないで、とっとと前に出ろ!」
三匹の人間大の大きなカエルが姿を現した。
だがキースもケヴィンも、武器を構えるどころか、まだ立ち上がってすらいない。
このノロマめっ! 契約違反として、後で違約金を取るからなっ!
この男たちを盾にしてやろうと後ろへ下がると、そのうちの一匹の身体に、大きな氷柱が突き刺さる。
「ヴァネッサか。よくやった! おい、お前ら! たかがC級のカエルだ。とっとと倒して来い」
キースとケヴィンを突き飛ばすようにしてカエルに対峙させると、突然背中に鋭い痛みが走る。
一体何が起こったのか振り向くと、
「サイレントスパイダーだと⁉ くそっ! 天井に巣があったのか!」
背後に巨大な蜘蛛の群れが居て、前後を挟まれてしまった。
「くそっ! 不意打ちとは卑怯な……おい! 早くカエルを倒して、このクモを倒すんだっ!」
「トリスタン様! なぜか刃が通らないんですっ!」
「はぁっ⁉ ビッグトードなんて、C級のクソザコだろ! 俺様が攻撃されたんだぞ⁉ 王子であるこの俺が!」
背中の痛みに耐えつつ、背後から静かに迫ってくるクモを剣で追い払う。
「トリスタン様! もう無理です。逃げましょう」
再び氷柱でカエルを倒したヴァネッサが、撤退を提案してきた。
逃げる……だと⁉ 王子であるこの俺が⁉ しかも、こんなC級の魔物を相手に⁉
だが、やる気がないのか、キースとケヴィンは二人がかりにもかかわらず、いまだにカエル一匹倒せていない。
「もういい。どけっ! 俺がやるっ!」
やる気のない二人を蹴り倒し、俺自ら、一撃必殺の剣を閃かせる。
こんなC級の雑魚カエルごときに、俺が自ら剣を振るわないといけないなん……て?
「なぜだっ⁉ どうして俺の剣が効かないんだ⁉ この強さは……まさか、これが噂に聞く突然変異種なのか⁉」
再び全力で斬りつけるが、弾力のある皮膚が俺の剣を弾き返す。たかが十階層でレアな突然変異種に遭遇するとは思ってもみなかったのだが……突如カエルの身体に氷柱が突き刺さり、倒れて動かなくなった。
「あの……普通のビッグトードでしたよ? C級の」
「……そ、そうか」
「あ、後ろのクモも倒しておきましたから」
焦る俺をよそに、ヴァネッサが何事もなかったかのように淡々と報告し、ボソッと呟く。
「……A級パーティって聞いていたんだけど、嘘だったのかな……」
くそっ! 俺たちは……少なくとも俺は、A級の冒険者なのだっ! たまたま今日は、調子が悪かっただけなのだっ!
ダンジョンから何とか逃げ帰った俺たちは、村の酒場で食事をした。
だが、少食のヴァネッサが先に食事を済ませて二階にある宿の部屋へ戻ると、意地で言わずにいた愚痴が、堰を切ったかのように、溢れる。
「クソっ! なぜだっ⁉ なぜ、ただのC級の魔物が倒せなかったのだ⁉」
俺はS級の魔物、災厄級の妖狐――九尾の狐を倒しに来たのだ。それなのに、C級の魔物ごときに阻まれるなんてっ!
「酒だっ! この店で一番高い酒を持って来い!」
酒を飲みながら、なぜC級の雑魚カエルが倒せなかったのかと、キースとケヴィンを問い詰めると、キースから思いがけない言葉が返ってきた。
「トリスタン様。あのダンジョン、どういう訳か我らの力が普段の半分程度しか出ませんでした。あのS級の妖狐を見たという目撃情報もありますし、妖狐が何か不思議な仕掛けをしているのではないでしょうか」
「……ふむ。確かに俺の剣も効かなかったな。ならば、あのダンジョンの奥に妖狐が居る可能性は高いのだな」
「おそらく。ですので、あの伝説の魔物、妖狐が居るとなればこれ以上進むのは危険かと」
「ふっ、逆だ。お前たちには話していなかったが、俺が妖狐を見に行きたいと言ったのには訳がある。あのS級と評されている妖狐は弱体化していて、今はせいぜいB級程度の力しかないのだ」
城に仕える賢者から聞いた話だが、二代前の国王――つまり俺の曽祖父が若かりし頃、周辺国と共に悪名高き妖狐の討伐に出た。数日に及ぶ激しい死闘を繰り広げ、多大な犠牲を払っても妖狐を倒せなかったが、国中から集めた数百人の魔道士の力を合わせ、妖狐の力を封印したそうだ。
その結果、妖狐は逃走し多くの悪行の逸話とS級という等級だけが現在まで引き継がれた。
「トリスタン様。その話は、本当なのですか⁉」
驚いたケヴィンが身を乗り出してきた。
「あぁ、もちろんだ。王族しか知らないが、その証拠である妖狐の力を封印した物の一つが、実は王城の地下に隠されているのだ」
「妖狐の力を封印した物の一つ……ですか?」
「うむ。妖狐は別名、九尾の狐と呼ばれているだろう? その名にちなんで、九つだか八つだかに分割して、いろんなところへ隠したそうだ」
実際は幾つに分割されたのかは知らないが、城の地下に闇色の何かがあるのは見たから、まぎれもない事実だ。一つだけでもすさまじい魔力を感じたので、本来の妖狐は相当強かったのだろう。
「つまり、弱体化してB級程度の力しか持たない妖狐を倒すだけで、我らはS級の魔物を倒した英雄になれるという事ですな⁉」
「そういう事だ、ケヴィン。わかったか? これはチャンスなのだ」
「なるほど。それで、我らの反対を押し切り、妖狐の目撃情報があったダンジョンへ来られた訳ですか……むっ! そうか。妖狐は自身の力が弱まっているからこそ他の魔物を強化し、自らを守らせているという訳ですな!」
「おぉ! 言われてみれば、確かにそうかもしれんな。辻褄が合う」
「トリスタン様。我らの刃は通りませんでしたが、ヴァネッサ殿の魔法は通常通りの効果を発揮していたように見受けられました。おそらく妖狐の仕掛けは武器にのみ働き、魔法には効果がないのかもしれません」
「ふむ。ならば、一度大きな街へ戻り、攻撃魔法の使い手を探すか」
妖狐が物理攻撃を弱体化する罠を仕掛けているならば、俺たち三人がC級の魔物を倒せなかった理由も納得がいく。
そうだ、そうだとも。そんな特異な何かがなければ、この俺が雑魚に苦しむはずがないのだ!
「よし! ヴァネッサを呼んで来い。この村で旅をしていたヴァネッサに出会えたのは幸運だったが、もっと魔法を使える者を増やすぞ!」
方針が決まったので、早速ヴァネッサと共に冒険者ギルドのある街へ行こうとしたのだが――
「と、トリスタン様! 大変です! ヴァネッサが居ません!」
「何だと⁉ どういう事だっ!」
二階の部屋に向かわせたキースが慌てて戻って来て、想定外の言葉を言い放つ。
とりあえず、俺も部屋へ移動すると、
『悪いけど、嘘吐きの弱い男に興味はないの。あと、タダ働きはゴメンだから、お財布を報酬の代わりに貰っていくわね』
ふざけた置手紙が机の上にあった。大慌てで俺の荷物を確認する。
「あ、あのアマ……やりやがったな! く、クソがぁぁぁっ!」
一枚で金貨一万枚の価値がある、黒金貨が詰まった俺の財布がなくなっている。
あの財布には、この村が丸ごと買えるくらいの金が入っていたんだぞっ!
「ふ……ふざけるなぁぁぁっ!」
「と、トリスタン様……いかがいたしましょう」
ヴァネッサが俺の金を盗んで逃げた事実を知って怒りに震えていると、ケヴィンが恐る恐る声を掛けてきた。
そうだ。ここで苛立っていても、ヴァネッサと金が戻ってはこない。金は痛いが……いつものように王宮の金庫からくすねれば良いだろう。
それよりもようやく妖狐の居所を掴んだのだ。妖狐がどこかへ移動する前に、仕留めてしまいたい。
「ひとまず、当初の予定通り冒険者ギルドのある街へ行くぞ。そこで攻撃魔法を得意とする者を雇い、それと共にギルドへヴァネッサの捜索を依頼すれば良いだろう」
そう言うとケヴィンがうなずく。
「なるほど。ヴァネッサの行為は明らかにルール違反。冒険者ギルドとしても見過ごせないはず!我々はヴァネッサの捜索に時間を取られる事なく、金も返って来ますな」
「当然だ」
あとは当面の活動費用なのだが、キースとケヴィンには前払いしているので問題はない。だが、ここの宿の支払いは……仕方がない。事情が事情なので、二人に立て替えてもらうか。
「トリスタン様。ヴァネッサの金が戻ってきたら、色を付けて返してくださいね」
まったく、キースめ。こいつらに払っている金からすれば、宿の代金などたかが知れているというのに。
「わかった、わかった。それより、ここから一番近い街はどこだ?」
「地図からすると、このラオン村から一番近いのは……レイムスっていう街ですね」
「ふむ。地図を見せろ……む! こっちのソイッソンの街の方が近いではないか」
「直線距離だとそうですが、そこは山越ルートになりますし、途中で河もありますが……」
「今は一刻を争う事態だ。我々A級冒険者なら、大した事はないだろう。ソイッソンの街へ向かうぞ!」
南西にあるソイッソンの街を目指して街道を歩いて行くと、途中から獣道のような細い道になった。
「トリスタン様! 前方にゴブリンが複数……」
「ゴブリンなど最弱であるD級の魔物ではないか。その程度、いちいち報告するな! さっさと切り捨てて進むのだ!」
我々はA級冒険者パーティなのだ。ゴブリンごときに時間を割くな!
「……トリスタン様。た、倒しました」
「遅い。さっさと前に進め」
「…………畏まりました」
その後もキースとケヴィンはゴブリンの群れに苦戦し……いや、真面目に戦えよ!
挙げ句の果てには、しばらく山道を歩き、休憩を求めてくる始末だ。
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「え? 私たちは持って来ておりませんが。トリスタン様がご用意してくださっているのでは?」
「なぜ、俺がそんな事をしなければならないのだ⁉ ……まさか、本当に水がないのか⁉」
キースとケヴィンの二人は互いの顔を見合わせて、表情を暗くする。少し進んだ先で小川を見つけたので事なきを得たが……こいつら、使えな過ぎるだろっ!
……そうか。よくよく考えると、いつもアニエスが水を出していたし、食料の買い出しもしていた気がする。……いや、あの女は追放したのだ。今更戻って来いと言うなど、俺のプライドが許さん。
まぁ、アニエスがどうしても戻りたいと言うのであれば、考えてやるが。
「トリスタン様っ! た、大変ですっ!」
「今度はどうしたというのだ。またゴブリンか?」
「ち、違います。道が……道がありません!」
何を馬鹿な事を……と、キースとケヴィンを押しのけて前を見ると、確かに道が途切れていて、断崖絶壁となっていた。
「どういう事だ⁉ 地図通りに進んで来たはずだろっ!」
「あ、あの……途中で水の補給のために小川へ立ち寄ったからではないでしょうか」
「ば、馬鹿者っ! それくらいで俺様が道を間違えるとでも言うのか⁉ ……そういえば、最近この辺りで大きな地震があったと聞いたな。その地震で山が崩れたのではないか⁉」
「……しかし見た限りでは、最近崩れたようには……いえ、何でもありません」
くっ……キースの言う通り、やはりあの時に道を間違えたのか⁉ 今からあの場所まで引き返すとなると、かなりの時間を要するぞ⁉ かと言って、流石にこの崖を降りられん。
本当ならば、そろそろ街に着いて、ゆっくり食事を……って、待てよ。
「……おい。誰か食料を持っているか?」
「え? トリスタン様が……ま、まさか……」
「クソがっ! 急いで引き返すぞ!」
王族である俺様が、こんな山で餓死するなど、末代までの笑い者ではないかっ!
……って、おいぃぃぃっ! さっきの小川すら見当たらないではないかぁぁぁっ!
結局、山の中で道に迷い、食料がないまま夜を迎えてしまった。
幸い小川を見つけ、小さな洞窟も見つけたので夜は越せそうだが、腹が減って仕方がない。
「くっ! 背に腹はかえられんという事か」
「トリスタン様。意外にいけますよ? なんて言うか、刺激的な味で」
キースとケヴィンの二人は、山の中で見つけたキノコを焼いて食べているが、そんな得体の知れないキノコを口にするのは恐ろし過ぎる。……だが空腹のため、俺の腹の音が洞窟内に鳴り響く。
「トリスタン様。たくさんあるんで、どうぞ召し上がってください。この大きなキノコは、トリスタン様のために食べずにとっておいたんですよ」
「……このキノコは、何という種類のキノコなのだ?」
キースは食べる手を止めずに答える。
「え? 知りませんよ? 別にキノコに詳しい訳じゃないですし」
いや、ダメだろ。毒キノコだったら、どうするのだ⁉ 最悪死ぬぞ⁉
王族が山で餓死も恥ずかしいが、毒キノコを食して死ぬのも十分恥ずかしいのだが。
「えへへ……キノコうまー!」
「うぇーい! キノコサイコー!」
「キノコパーティだー!」
くっ……こいつらめ。俺の前でキノコをうまそうに食べやがって。
しかし、この二人があれだけ食べまくっているのだから、このキノコは大丈夫なのではないか? 夜の山の中を歩き、今から小川で小魚を捕まえるくらいなら、謎のキノコを食べた方がマシな気もする。……それに、しっかり火を通せば大丈夫かもしれん。
「えぇぃっ! 俺にもキノコを寄越せっ!」
「どうぞどうぞ。トリスタンさまも、いっしょにキノコパーティをしましょう」
「トリスタンさま、かんぱーい!」
キノコで乾杯というのは意味がわからぬが、木の枝に刺したキノコを焚火の中へ突っ込むと、茶色いキノコが程良く焼け、何とも言えない香りがしてくる。謎の汁が出ているものの、そのキノコを口へ運ぶと……少し舌が痺れるような感じもしたが、味は悪くない。
「んんっ⁉ 確かに、意外といけるな!」
「そうでしょう、そうでしょう。キノコはまだまだありますよ!」
「キノコぱーてぃは、たのしいですねー!」
三人で全てのキノコを食べ終え、今日はもう就寝する事になった。
それから、次第に外が明るくなり――
「おぉぉぉ……腹が、腹が痛い」
「と、トリスタン様……私は頭も痛いです」
「薬……薬はありませんか⁉」
見事に全員苦しみだした。
だが俺は……俺はこの国の第三王子だ。王族の威厳にかけて、野外でなど……おぉぉぉっ!
「お、お前たち……目が覚めたな? い、行くぞ!」
「トリスタン様! 待ってください! せめて、せめて腹の調子だけでも」
「うるさい! 薬も薬草もないのだ! 体調が悪いなら、なおさら早く街を目指……あぁぁぁーっ!」
後の事はよく覚えていないが、腹の痛みと戦いながら、ただただ無心で足を動かし続けた。
「つ、着いた……」
「トイレ……トイレへ」
「薬……薬が欲しい」
目的地としていたソイッソンの街へと到着した。
俺たちは一心不乱にトイレ……もとい宿を目指す。
「おい、そこの怪しい三人組! 止まれ! 街へ入りたいのであれば、身分証を提示しろ!」
「うるさい! 俺は……俺はもう限界なんだっ!」
「こ、こいつ、抵抗する気かっ⁉ 止まらんかっ!」
「俺に触れるなっ! 俺はこの国の第三王子だぞ!」
「バカがっ! 王子がこのような場所に、そんな薄汚い格好で来る訳がないだろう! おい、王子の名を騙る不届き者だ! 応援に来てくれっ!」
街の門で兵士たちに取り押さえられる。
その際、腹に衝撃を受けた俺は、遂に限界を超えてしまった。
「ん⁉ なんだ、どうした。急に大人しくなったな。だが、今更謝って許してもらえると思うなよ? お前は俺たちの制止に従わなかっただけではなく、王子の名を騙った。不敬罪により、しばらく臭い飯を食ってもらうからな」
「は……ははは。その言葉、そっくりそのまま返してやる! 今更謝って済むと思うなよ! お前のせいで臭い服を着るはめになったんだからなっ!」
クソったれぇぇぇっ!
「トリスタン様、酷い目に遭いましたね」
「……言うな。思い出したくもない」
俺を邪魔した兵士が、キースやケヴィンと共に、俺たちを投獄しやがった。
結局王宮から使いの者を呼びよせ、一日で出られたが……この俺様を牢に入れたのだ。到底許されん。だが、俺が心底怒っている事がわかっていたのであろう。逃げるように兵士を辞め、すでに田舎へ帰ったそうだ。
チッ……死ぬ方がマシだと思えるような場所へ左遷してやろうと思ったのに。
使いの者からそこそこの金を受け取り、服を一式新調したので、ようやく本来の目的地である冒険者ギルドへ。
「邪魔するぞ」
ここでの目的は二つ。ヴァネッサの指名手配と、攻撃魔法を得意とする者の獲得だ。奥のカウンターへ行き、ギルド職員を捕まえる。
「おい、そこのお前」
「はい? 僕ですか?」
「そうだ。こっちへ来い。話がある」
「はいはい、少しお待ちを……っと、誰かと思えば噂のお漏らし王子……こほん。失礼、何でもありません。えーっと、本日はどういったご用件でしょうか? トイレならそちらですが」
こいつ……俺を舐めているのか⁉ あの兵士の代わりに、こいつをクビにしてやろうか。
「あ、先に言っておきますけど、冒険者ギルドは国を跨いだ国際組織なので、お漏らし王子がどれだけ権力を振るおうとしても無駄ですからね。公正、公平に対応いたしますので」
……舐めやがって!
だが、俺もただ趣味で冒険者をしている訳ではない。非常に腹は立つが、ここは器の大きさを見せてやるか。
「こ、今回俺様がわざわざ来てやったのは……他でもない、冒険者ギルドの登録者が、不正を働いたからだ。冒険者ギルドとして、草の根を分けてでも捜索してもらおうか」
「……あの、いきなりそんな事を言われても、全く話が見えないので、順序立てて説明してくれますか?」
「いいだろう。よく、聞きやがれっ!」
ふざけた様子の職員に向かって、ラオン村でヴァネッサを仲間にしたものの、置手紙だけを残し、俺の財布を盗んで姿を消した事を伝える。
「二点確認したい事があります。一点目ですが、ラオン村でヴァネッサさんを仲間にしたと仰いましたが、ちゃんと冒険者ギルドでパーティ登録をしましたか?」
先程までのふざけた様子から一転して、真面目に職務をこなす。
やはり、ギルドの登録者から犯罪者が出るのは困るのだろう。
……最初から、ちゃんと仕事しろと言いたいが話を続ける。
「あの村にはギルドの出張所しかないからな。パーティ登録はしていない。登録をする前に、俺の財布を持ち逃げしたんだ」
各村にはギルドの出張所があって、村人が冒険者ギルドに依頼を出せるが、それ以外の事は街にあるギルドの支部でないと対応できない。まぁ全ての村に支部を置くのは、金銭的にも要員的にも難しいのだろう。
「なるほど。では二点目ですが、トリスタンさんはヴァネッサさんの冒険者カードを確認しましたか?」
「確認? なぜ、俺がそんな事をしなければならないのだ」
「……ふむ。わかりました。まず一点目ですが、原則の話をすると、パーティ登録をなさっていないので、トリスタンさんはヴァネッサさんとは赤の他人……つまり、ヴァネッサさんの情報を調べる権利はありません」
「な、何だとっ⁉ ふざけるなっ! あの財布に、一体幾ら入っていたと思っているんだ!」
「落ち着いてください。あくまで原則の話です。次に二点目ですが、仮にトリスタンさんの財布が盗まれた事が本当だとして、ヴァネッサという名前は本名でしょうか?」
「ど、どういう意味だ⁉」
「トリスタンさんとヴァネッサさんが、冒険者ギルドでパーティ登録をなさっていれば、本人である事をギルド側で確認いたします。ですが、ギルドを通していないのでヴァネッサという名前が偽名だった場合やそもそも冒険者ギルドに登録していない人物の場合、こちらでは対応できません」
何だと⁉ 偽名⁉ そんな……いやしかし、最初から俺たちを騙すつもりだったとしたら⁉
「く、クソがぁぁぁっ! あのアマめぇぇぇっ!」
「クソはお漏らし王子……こほん、失礼。一応、ギルドとしても可能なかぎり、善処します。ヴァネッサさんの特技などはご存じですか?」
「水魔法と氷魔法を使っていた。あと、もう一種類使えると言っていたが、それが何かまでは聞いていない」
「三種類の魔法が使える女性というのは、あまり多くないですね。ですがそれすら嘘で、水と氷だけ使えるならば、その二種類は親和性が高いので割と使える人が多いです。せめて、その三種類目が何かハッキリとしていればまだ可能性はありましたが、現時点では該当する人が多過ぎてわかりませんね」
職員が手元にある魔法装置でいろいろと調べているが、ヴァネッサという名前で水と氷の魔法を使う者は登録されておらず、今ある情報だけでは絞り切れない程、該当者が居ると。……よくもやりやがったなぁぁぁっ!
「わかった。ひとまずヴァネッサは、冒険者ギルドでは追えないのだな?」
「申し訳ありませんが、はっきり言って冒険者ギルドに追跡依頼を出すよりも、トリスタンさんが王族としての力を使って探した方が早いと思います」
冒険者ギルドの職員が簡単に言うが、そんな事ができる訳がない。
いや、俺が一声掛ければ騎士団が動き、ヴァネッサを草の根を分けてでも探しだそうとするだろう。
だが、その理由を問われた時に、第三王子である俺様が冒険者にまんまと出し抜かれ、大金を盗まれたなどと言える訳がない。
仮に適当な理由をつけて騎士団を動かし、無事ヴァネッサが見つかったとしても、あれだけの大金だ。出所はどこだ⁉ という話になったら、逆に俺の身が危うくなる。使いの者からある程度金を貰っているし、ヴァネッサは強硬手段に出るよりも諦めた方が良さそうだ。
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