君のための最期を

藍色綿菓子

文字の大きさ
上 下
3 / 6

カエルの魔法

しおりを挟む

「カエル」
「おお、ちまいの。来たな、望みは……どうした? やけに小汚いな」
 カエルは前に見た時と寸分違わない様子で切り株の上に落ち着いていた。
 僕は再びカエルを訪ねた。川に飛び込んでから、また日が何度か出たり消えたりした気がする。
 よく戻って来られた。見た目よりも流れの速い川だった。頭に血が昇っていたらしい、よく確認もしなかったけど、底も深くて随分流された。転がるように水底のコケを削ぎ、浮いていた藻やゴミを纏って、気分は最悪。
 こうなったのも全て、あの女の人のせいである。あの人が僕を覚えていたならば、きっと飛び込んだりはしなかったのだ。
「まあワケは聞かんよ。興味もないしな。さあ望みを言え、はよ」
 こんなカエルに情をかけられても薄気味悪いだけだ。
 僕は何を考えているんだろう。自分のことなのに、さっぱりわからない。こんなふうになるのは生まれて初めてだ。
 原因はどう考えてもあの人。
 でも、僕はなぜだか不思議と嫌な気分ではない。
 僕は食らいつくように叫んだ。
「言語を、よこせ!」
「無理じゃ」
 カエルはあろうことか、即答してきた。思わず、え? と無い声帯が震えるかと思った。
「何で……」
「考えてもみろ! 声帯もないスライム風情が、言語だと? 不可能なことではないさ。思考の内容をそのまま伝える、そういう魔法もある。今の私がそうしているように、読み取っているように……そう、本来の私なら簡単なことだった、が」
 重い声が更に重くなって、カエルの言葉は途切れた。
「まさか、無理?」
「そう言ってるじゃろが! 低脳ドチビはこれだからっ」
 お前一人喋れるようにするのに、私が人間に戻る魔力量の約二割程度が必要なんだぞ、と理解しにくい説教をされてしまった。口の悪いカエルだ。
「待って、一言二言伝えるのにもそんなに大変?」
「一言二言だと? なんだ、そこまで何か言いたい相手でもいるのか」
 僕が言いよどんでいる間に、カエルは勝手に納得でもしたようだった。
「相手が決まっているのなら、種族に沿った言語を一言くらいなら可能だが?」
「本当? 多分、人間。エルフかもしれないけど……最近この森で見たんだ」
「この森で? なら、多分そいつは人間じゃな。なんだ女か」
「えっ……何でわかったの」
「会ったからな……」
 カエルはびょんと跳ねて切り株から降りた。べしんと重いものが地面に落ちた音がした
 カエルがのっしのっしと接近してきて、僕は思わず後ずさった。
 間近で見る巨大なカエルは、深い沼のような濃い緑色で、あまり他の生物を見ていない僕でもこれは醜いと思った。
 脳に直接響くような声が、動くなよと僕に伝えた。
 カエルは何かをしている様子ではなかったが、眠そうに半分閉じられた目がじっと僕に向けられていた。僕もその目を見返していた。しばらく待った。風の音もなく、おかしなほどに静かだった。
 そして、カエルは目を開く。
「終わった」
 カエルがそれだけ言って、切り株の上に戻る。定位置らしい。
「案外呆気ないんだね」
「ああ、一言だけだから、後悔せんよう……」
 眠そうなカエルが完全に目を閉じた。
「疲れた……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

大人な軍人の許嫁に、抱き上げられています

真風月花
恋愛
大正浪漫の恋物語。婚約者に子ども扱いされてしまうわたしは、大人びた格好で彼との逢引きに出かけました。今日こそは、手を繋ぐのだと固い決意を胸に。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...