100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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「代替肉は知っているか?」

「……は?」

目の前の青年が、間の抜けた声を上げた。

「最近の流行りだ。畜産は、思いの外二酸化炭素を排出する。新興国での食肉消費が多くなれば、地球温暖化はさらに加速する。
そこで肉食を止めよう、という話になるわけだ。代替肉は大豆などのタンパク質から作られる、実にエコだ」

「は、はあ。そんなことを、何故俺に」

俺はナイフをフォアグラのソテーに入れた。豊かな脂身と肉汁が溢れる。

「こうした贅沢ができるのも、あと僅かということだ。あと数年で、高級フレンチからもフォアグラは消える。
それは動物虐待というセンチメンタルな、下らない理由じゃない。ただ単に、環境面でサステナブルでないからだ」

「そうなんすかね……あんたが言うなら、そうなんでしょうけど」

青年は首を捻りながらフォアグラを口に放り込む。慶應の学生らしいが、品のない男だ。
「彼」の遺産を継いでいないのならば、こうしてテーブルを囲むこともないだろう。

「それでも食文化は廃れない。既にシンガポールでは代替肉が高級フレンチで使われている。
フォアグラの代替も、すぐに出てくる。科学技術の進歩は君が考えるよりずっと早いということだ。
そして、何事にも代わりはいる。無論、君の代わりも」

青年の顔が、サッと青ざめた。

「……!!すみませんっ!!まさか、深道が捕まるなんてっ」

「言い訳はいい。俺が望むのは、これからどうするのかというプランだ。
君も、深道を失って『AD』の得意先が消えているんだろう?私は『グレゴリオ』を閉めればいいだけのことだが、君は違う。『AD』をある程度捌かないと、身柄が危うい。違うか?」

青年はフォークを置いて、真っ青な顔で俯いている。俺の隣の男が、「まあまあ虐めるのはそこまでにしてやってくださいよ」と笑った。

「私も坂本君には随分助けられてきたんや。何より、『AD』を私たちに紹介してくれたことで、本業も大分楽になっとる。
で、坂本君。次の『AD』の入荷は?」

「あ……2週間です、たぶ……」


ドンッッ!!!


男がテーブルを叩いた。花瓶が大きく揺れ、倒れそうになる。

「多分じゃ困るんよなぁ!!?確実に、やろぉ!!?」

「ひゃ、ひゃいっ」

俺は渋い顔で男……安原を見る。
元住口会らしいこの男は危うい。俺の「今後」を考えたら早めに切っておきたいが、まだ利用価値はあるのが悩ましい。


なぜなら、俺の相手は「警察」だからだ。3度、坂本が失敗したことでそれは確信に変わった。


元より、違和感はあった。起きる筈の事件が起きない。それが何度も続いていた。
最初は、俺の記憶違いかと思っていた。しかし、竹下と水元が妙な動きをし始めたことで、徐々にこう思うようになった。


あいつらを焚き付けた連中が、存在するのではないか、と。
そして、そいつらはエバーグリーン自由ケ丘の倒壊を、阻止しようとしている。


それは、俺にとって二重の意味で不都合だ。
まず、倒壊が阻止されれば俺の社会的生命は絶たれる。控えめに言っても、かなり立場は危うくなる。
そしてそれだけではない。竹下俊太郎が、未来において俺の重要な手駒にならなくなる。あの男がいたからこそ、俺は「官房長官にまでなれた」のだ。


もう、間違いない。この時間軸は、巻き戻る前の時間軸とは明らかに違う。


「AD」にしてもそうだ。本来なら、供給量はもっとあったはずだ。2021年においては、既に「AD」は社会問題化していないとおかしいはずだった。それが、そうなってはいない。
「AD」の供給源だった佐倉翔一も既にこの世の者ではないと、坂本を通じて知った。あの男は、2040年まで生きていたはずだった。
今なら分かる。彼は「警察」に消されたのだ。未来に起きる筈の犯罪を事前に抑止する「警察」に。

「何とか言ってやって下さいよ、『デウス』さん」

安原が俺を見た。奴には俺の素性は明かしていない。強請られるのが目に見えている。

「『AD』の在庫は?」

「あっ、あと……10錠、ぐらいです」

「……ほぼないな」

坂本の言葉に私はフォークを置き、オーパスワンを口にする。……そうなると。

「安原さん、少し考えがあるのだが」

「は?」

「少し、待ってやってくれないか。『AD』がもう少し増えたら、やりたいことがある」

「何ですのん、それは」

俺はニィと、口の端を上げた。



「俺たちに敵対する連中ごと、竹下俊太郎を拐う。戦力の逐次投入は、もうやめだ」



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