100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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「……どういうことなんだろう」

あたしはCOACHのバッグを背負い直した。秋空だけど、10月下旬にしてはやけに寒い。コートを出すべきだったかな、とあたしは少し悔いた。
待ち合わせの14時を過ぎても、俊太郎はまだ自由ケ丘駅に来ない。少し遅れるとは言ってたからそこは気にならないのだけど、2つ引っ掛かる点があった。

まず、今日の目的地がエバーグリーンモールであるという点。

確かに、ここをデートに使うカップルは多い。ただ、2週間ぶりに会うのに、エバーグリーンモールを選ぶ理由はよく分からなかった。しかも、あたしの家に来たいというわけでもないらしい。
知り合いに見られて恥ずかしいということはない。でも、あたしにとってここはあまりに新鮮味がない。ショッピングデートにしても、もっとお洒落な場所にするのが普通だし、今までの俊太郎ならそうするはずだ。何かの意図があるんだろうか。


そして何より、「会わせたい人がいる」ということだ。ご両親か兄弟かと思ってたけど、違うらしい。
その人が誰かは、着いてから説明するという。勿体着けてる感じが、どうにも嫌だった。


「ごめん、待った?」

不意に、俊太郎の声がした。振り向くと、彼と一緒に少し背の高い白髪混じりの男性がいる。グレーのジャケットを着ていて、落ち着いた感じの人だ。

「この人が、会わせたい人なの?」

男性は、ジャケットから革の名刺入れを取り出した。

「申し遅れました。私は三友地所の水元、といいます」

「……!!三友地所の!?あたし、再来年から御社に就職することになってるんですけど」

「竹下君から聞いています」

なるほど、就職を前に紹介してくれたということか。総合開発部と言えば、オフィスビルを軸とした都市開発の花形部署だ。そこの部長さんなら、かなりのエリートということになる。
それはそれでありがたいけど、何で勿体つけたんだろう。そこはやっぱり少し解せない。

「俊太郎、どうして水元さんと?」

「あ、うん。……たまたま、ラーメン屋で知り合ってね。それで、彼の話が由梨花の参考になればと思った」

そうなんだ!と口に出しかけてあたしはやめた。……俊太郎の目が泳いでいる。

「……そうなの?」

「実は、エバーグリーン自由ケ丘は、私が企画した案件なんです。それもあって、木ノ内さんに一度お会いしてみたいな、と」

水元さんは苦笑しながら言う。この人の言葉には、淀みがない。本当なのかな。

「あ、ありがとうございます。でも、あたしに会ったところで、何も」

「実際に住まれている方の意見をヒアリングするのは重要なことですよ。施工10年という節目でもありますし。
そして偶然、竹下君と知り合った。せっかくの機会ですから、相乗りさせて頂こうかと」

「は、はあ」

「もちろん、お二人の邪魔はしません。少しエバーグリーンモールを見たら、すぐに引き上げます」

俊太郎は、やっぱり落ち着かない様子だ。あたしは彼の腕をつついて、小声で訊いた。

「……本当なの?というか、大事な話があるんじゃなかったの?」

「……それは、明日話す。ただ、水元さんの言葉に嘘はないよ」

確かに、名刺は間違いなく三友地所のものだ。この人が身分を偽ってるとは思えない。それでも、疑念は消えない。

「明日?」

「ああ。言える範囲で話す。今日のも、それに関係してる」

「今ここで言えばいいじゃない」

「……人に聞かれると、あまり良くないんだ。だから、ああいうことにした」

水元さんが、あたしたちを見て苦笑している。……確かに、ここで俊太郎を問い詰めても仕方ない。

「分かった。でも、ちゃんと話して。絶対」

俊太郎は強く頷いた。

「もちろん」

*

エバーグリーンモールに着くと、水元さんの目が鋭くなった。

「少し、回っていいですか」

「あ、はい」

水元さんは注意深くモールを見ている。時折住んでいる感想を訊かれたので、正直に答えた。特に異常はなく、快適そのものだと。
ただ、水元さんは嬉しそうな表情を全く見せない。普通、自分の仕事を褒められたら、喜ぶものじゃないのかな。

「もう一度訊きますが、住んでいて異常は?特に最近」

俊太郎みたいなことを訊くんだな。あたしは首をひねった。

「いえ、本当に満足していますよ」

水元さんは「そうですか」というと、少し考える素振りを見せた。俊太郎が例の悪夢のことを話したんだろうか。

そうしている間に、あたしたちはエバーグリーンモールの中核部、「エバーグリーンの大樹」に着いた。まるで巨大な樹のような柱の上部から、屋根が拡がっているという独特な造りだ。ここから同心円状に各種施設が配置されている。一番内側がエバーグリーンモール。その外を、3棟のマンションが取り囲む感じだ。

まるで1本の大きな樹木に見立てられたそのデザインは、設計を担当した建築家、柳沢勝俊氏の名声を一気に高めることになったと聞いていた。
特に「幹」を中心にした吹き抜けは、その開放感の強さもあって評判だ。エバーグリーンモールの待ち合わせは、大体この「幹」と相場が決まっている。

水元さんがポンポンと「幹」に触れた。

「これ、凄い設計ですよね」

「アイデアは、私が出した。……そう、アイデアは」

誇らしげに言うのでもなく、自慢するのでもない。むしろ、後悔しているかのような口振りに、あたしは違和感をおぼえた。自分に厳しい人なんだろうか。

「これが、原因ですか」

「そうだ」

俊太郎が辺りを見渡した。「幹」の周りの広場には出店やステージイベントが開かれていて、結構な人が行き来している。

「検査するとなると、それだけで一苦労では?」

「一度施設をクローズしないと難しいだろうな。それには、何かしらの理由が必要だが……」

水元さんが深刻そうに「幹」を見上げる。何を話しているんだろう。

「すみません、『検査』って?」

「……竹下君」

俊太郎が小さく頷いた。

「詳しくは明日、ちゃんと説明するけど……僕が度々見ていた悪夢。それを彼に話したら、一度ちゃんとエバーグリーン自由ケ丘を調べてくれることになったんだ。今日は、その下調べ」

「木ノ内さんを不安がらせるつもりはないです。ただ、このエバーグリーン自由ケ丘を作った一人として、万に一つのこともあってはいけないですから」

そうなのか、と納得しかけてすぐにそのおかしさに気付いた。俊太郎の夢を、本気にしている?

「……え、それじゃまるで俊太郎が予知能力者みたいに……」

俊太郎が辺りを見渡し、「ここだとちょっと人が多すぎる」と呟いた。

「それが、僕が告げなきゃいけないことなんだ。明日、僕の家に来れる?ちゃんと会って話したい」

「……分かった」


……あれ?


その時、あたしは向こうの柱の陰から、誰かがこちらを見ているのに気付いた。……何だろう。


「ねえ、誰か来てない?」

2人の顔色が変わった。

「……尾行されている?」 

「いや、そんなはずは」

あたしはその「誰か」の方を、それとなく確認した。……姿を消している。気のせいだったのかな。



…………あ。



その可能性に気付いた時、あたしの背筋は凍った。いや、それはない。多分、勘違いだ。
ただ、もしその人物が「彼」だとすれば……たった一回だけど、会ったことがある。すっかり忘れかけていたけど、あのニュースで思い出したんだ。



そう、それは……神原葵と一緒に姿を消した、あの自称慶應大の男だ。



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