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3、やっぱり優しくないじゃない
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ベッドに沈むと、彼は全身に手を這わせながら、あちこちに唇を滑らせた。肩や首や鎖骨にキスを落とし、腕や脇や腹を撫でる。谷間や鳩尾や下腹部を唇で辿り、お尻や脚の付け根やひざ裏に手を這わす。腰骨にキスをして後ろを向かせ、背中に唇と舌で触れていく。腰やお尻に吸い付かれると軽く歯が当たることもあったが、痛みを感じるようなものではなかった。
うつ伏せで腰を上げさせられると、ついに彼が入ってくると身構えた。だが彼はお尻や脚を愛撫するばかりでなかなか事に及ぼうとしない。潤った中心のかなり近い場所にまで舌や指で触れてくるが、肝心なところは避けていく。今までこんなに長く前戯をされたことはなかった。依留美は何度も身をよじり、甘い吐息をもらした。まだまだ続きそうな愛撫に、依留美は彼を振り向いた。
「ねえ、ちょっと」
「うん?」
「いつまで続けるつもり」
「何が?」
「もうさっさと入れたらどうなの。無駄に長引かせてないでさっさと終わらせてよ」
彼は面白そうに目を光らせた。
「ご希望通り優しくしてるつもりなんだけど。依留美ちゃん、我慢できなくなっちゃった?」
「どこが優しいのよ。こんなのただの焦らしプレイじゃない」
「へえ、焦らされちゃってるんだ?」
彼の表情が更に嬉しそうに輝いた。依留美は枕を投げつける。
「ごめんごめん。ちゃんと入れてあげるから」
「入れて欲しいんじゃなくて私はさっさと終わりたいのよ」
「じゃあ入れなくてもいいの?」
「好きにすればいいでしょ」
「じゃあもうちょっと楽しませてもらおうかな」
鈍感になっていた怒りが瞬時に戻ってくる。弄ばれるのはうんざりだ。ただでさえ経験のない優しい触れ方に、大事にされているような錯覚を起こしそうなのに、これ以上続けられてはたまったものではない。
彼は優しいのではない。ただそういうプレイを楽しんでいるだけ。相変わらず傲慢で身勝手なだけで、絆されてはいけない相手。
依留美は翻弄されそうな自分を奮い立たせ、膝立ちになって彼に殴りかかろうとした。けれどあっさり押さえ込まれて仰向けに倒されると、抗議の間もなく唇を塞がれる。やはり力では敵わない。
与えられた今度のキスは最初から激しく、焦らされた身体には刺激が強かった。一気に全身の性感が呼び起され、体中に電流が駆け巡る。
胸の先端に吸い付かれると、急激な強い快楽に思考が飛びそうになった。悲鳴のような喘ぎ声を上げ、思わず彼の頭を抱き締める。
太ももを押し開かれると、すでに蕩けて潤ったそこに顔が埋まった。待ち望んだ刺激に、強烈な歓喜が身体の芯を震わせる。肚の奥からの嬌声が溢れ、依留美の身体は楽器のように快楽を奏でていた。
ぬるりとした舌の感触が、そこを更に丁寧にとろけさせていく。それは以前感じたような支配的な触れ方ではなく、暴力的でもない、むしろ焦れったく感じるような、柔らかく密着してくる動きだった。待たされた身体には十分な感触で、依留美はその緩やかな刺激であっという間に達してしまった。官能的な余韻の中で脱力していると、得意げな瞳に見下ろされているのに気が付いた。
余裕の表情に腹が立つ。身体は確かに快楽を堪能していたけれど、心地良い倦怠感の中、腹の奥はまだ物足りなさを訴えている。ぐったりしながらも依留美は最後の不満を口にした。
「……もう入れてよ」
「へえ、依留美ちゃんからそんな言葉が聞けるなんて」
彼がにんまりと笑って顔を覗き込んでくる。
「アンタってやっぱり優しくない」
「優しいじゃん。強引でも乱暴でもないでしょ」
確かに今日は以前のような強引さも乱暴さもないかもしれない。触れ方もいつもと違って優しいと言えなくもない。けれどこれは。
「我慢を強いるのも暴力よ」
一瞬考えるような間のあと、彼は妖艶ににやりと笑んだ。
「確かに」
彼は覆い被さると、依留美の耳元で囁いた。
「初めてだね。依留美ちゃんからおねだりされるの」
耳朶を食み、そのまま首筋にキスを落とす。
「今日はこのまま付けないで入れちゃおうかな」
力なくも依留美が抗議の目を向けると、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「冗談だよ」
起き上がった彼は避妊具を装着する。いつも彼は依留美が何か言う前に自らゴムを付けていた。確かにこういうところは悪くない。付けるのを嫌がる男も多く、その度に依留美は媚びたりその気にさせたりと、必ずゴムは付けさせていた。
「お待たせ、依留美ちゃん」
そう言って、彼はいきり立つ自らを依留美のそこにあてがった。全身に期待の波が広がっていく。
「ああ、その前にちゃんと慣らさないとね」
押し当てられていた硬い彼が離れていくと、代わりに指が入り込んでくる。ぐちゅりと音がして中で動かされ、依留美は甘い吐息と共に身体をくねらせる。
「もう十分ほぐれてるか」
依留美は何も言わずにシーツを掴んで耐えた。彼の言う通り、受け入れる場所は十分すぎるほど蕩けていた。
「じゃあ入れるよ」
指が引き抜かれ、再び彼の硬いものが入り口に押し当てられる。依留美は目をつぶって衝撃を待ったが、なかなか訪れない。目で問うと悪戯な笑みが返された。
「入れていい?」
わざわざ聞いてくる。いつもは勝手に入り込んでくるくせに。依留美は彼の腕に爪を立てた。
「さっき言ったでしょ」
「でも依留美ちゃんが返事してくれないから、いいのかなーって」
「一度も聞いてきたことないくせに」
「そうだっけ。でもこれからは優しくするって約束したからさ。ちゃんと聞いておかないと」
更に爪を食い込ませる。
「ねえ、依留美ちゃん。もう一回『入れて』って言って」
彼の腕を引っ掻いた。彼は気付いていないかのように笑いながら依留美を見つめている。
「アンタってホントに……っんぁ」
彼が少しだけ腰を動かした。密着していた部分がこすれ、敏感な蕾が刺激され、依留美の腰が浮く。また少しだけ腰を進めると、依留美の中にわずかに彼が入り込み、その口からは嬌声が上がった。
「もっと奥まで欲しい? 依留美ちゃん」
依留美が口をつぐんでいると、一度腰を引いた彼がまた腰を進め、同じところで止まった。
「依留美ちゃんからおねだりされたのが嬉しくてさ。もう一回言ってよ」
そう言って、彼は入口付近の出入りを繰り返す。もどかしい動きに依留美は喘ぐが、必死に彼の思惑に抗おうとした。
「これのどこが、んっ……優しいのよ」
「ああ、ごめんね。確かにちょっと意地悪な自覚はあるよ」
ちょっと? 依留美の抗議の視線に構わず、彼はにやにやしながら依留美の尖った胸の先端を舌先で転がした。不意に加わった刺激に依留美の中がきゅうと締まる。
「おっと……俺もちょっとヤバイかな」
依留美は彼の髪を掴んで引き寄せると、噛みつくように自らキスをした。首に腕を回し、がっちり押さえ込んで何度も舌を絡ませる。引き離そうとすれば簡単だろうが、彼はそれをしなかった。やがて唇が離れ、視線が絡み合う。
「早くして」
「……了解」
彼はようやく要求を受け入れた。性急に彼が奥深くまで入ってくる。声を上げて仰け反る彼女をしっかりと抱き締めて、彼は何度も出入りを繰り返した。
依留美が昇りつめた時、収縮する体内に彼も呻いたが達してはいなかった。吐息交じりのか細い声で依留美が、待って、と呟くと、彼は中に入ったまま動きを止めた。
余裕だった彼の表情に、苦痛を耐える色が混じる。それを見ると、腹ではなく胸の奥に何か締め付けられるような感覚があった。大人しく依留美からの許可を待っているようで、今までの彼はどうだったのかと頭が過去を振り返る。
そういえば、彼との行為中はいつも諦めていて、一度も自らの要求を口にしたことはなかった。それが好き勝手抱かれることへの些細な抵抗だったから。自らの感情も思考も彼に教えないことが、自尊心を守る唯一の行動だった。けれどもし今までも素直な思いを口にしていたのなら、彼の対応はどうなっていたのだろう。
「ね、もう動いていい?」
呼吸を調えながら見つめていると、彼がそう聞いてくる。体内の収縮は治まったけれどまだもう少し時間が欲しい。
「まだダメ」
はあ、と彼が吐息を漏らす。律儀にそのまま従っている彼に、内心笑いそうになった。
「だったらそんなに見つめないでくれる」
彼から小さな抗議が漏れる。
「誘惑されてるみたいで、つい動いちゃいそう」
「それはアンタの勘違いよ」
今日はなんだか随分と彼と話してしまっている。今までもこんなふうに何かを要求していれば、彼は応えてくれていたのだろうか。
彼に抱かれるときはいつも、極力目を合わせないようにしてきた。自分を支配しようとする男に、これ以上奪わせないために。けれど彼との行為は、そんなに悪いものだっただろうか。二度、三度と身体を重ねてきたが、よくよく思い返してみると、痛みを感じるようなことはなかった気がする。それはつまり彼が依留美の反応を見て、加減してくれていたということかもしれない。
首を傾げながら彼を見つめると熱っぽい瞳が見返してくる。依留美は指先で彼の唇に触れた。彼がその指にキスをして、くわえようとしてきたのですぐに引っ込める。残念そうな表情に、また胸の奥が疼いた気がした。くすりと笑って彼の首に腕を回し、引き寄せて唇を食んだ。迷いなく応じてくる彼に、依留美の熱もまた蘇ってくる。中がきゅうっと彼を締め付け、彼が呻いたのがわかった。依留美はわずかに腰を揺らし、自ら中の彼を刺激した。
「っ、ねえ、もう……動いていいでしょ」
彼がお伺いを立ててくる。どうしようかな、と彼に対して悪戯心が湧いてくるなんて、随分と余裕があるものだ。答えないでいると、彼はじっと見つめたまま動かない。彼女の許しがあるまでは、本当に動くつもりはないのかもしれない。もう一度、腰を揺らしてみると、刺激された彼の表情が苦悶に歪んだ。
「仕返しのつもり?」
「覚えがあるの?」
彼がキスをしてきた。腰がゆっくりと引かれ、彼女の中から彼の分身がすべて引き抜かれそうになった直前、またゆっくりと入り込んできた。依留美からくぐもった声が漏れる。
「まだ動いていいなんて言ってないんだけど」
「そうだっけ」
彼はまたひどくゆっくりと腰を引き、押し込んでくる。再び訪れた快楽の波に彼女は目を閉じて感じ入る。
「依留美ちゃん、動いていい?」
「ん……もう勝手に、動いてるじゃない」
「ちゃんと加減してるよ。依留美ちゃんの負担にならないように」
腰の動きが止まった。
「動くよ? 依留美ちゃん」
耳朶を食まれ、吐息と共に囁かれる。ここで黙っていたら、また駆け引きが始まるのだろうか。依留美は彼の肩に腕を回すと、頷いた。
「ええ」
依留美が許しを与えると、彼はすぐさま行為を再開した。激しく何度も出入りを繰り返し、肌がぶつかる音がする。再び依留美が昇りつめ、中の彼を締め付けると、今度は彼も耐えられなかった。二人同時に絶頂に達すると共に脱力し、余韻の中で二人は暫く抱き合っていた。
うつ伏せで腰を上げさせられると、ついに彼が入ってくると身構えた。だが彼はお尻や脚を愛撫するばかりでなかなか事に及ぼうとしない。潤った中心のかなり近い場所にまで舌や指で触れてくるが、肝心なところは避けていく。今までこんなに長く前戯をされたことはなかった。依留美は何度も身をよじり、甘い吐息をもらした。まだまだ続きそうな愛撫に、依留美は彼を振り向いた。
「ねえ、ちょっと」
「うん?」
「いつまで続けるつもり」
「何が?」
「もうさっさと入れたらどうなの。無駄に長引かせてないでさっさと終わらせてよ」
彼は面白そうに目を光らせた。
「ご希望通り優しくしてるつもりなんだけど。依留美ちゃん、我慢できなくなっちゃった?」
「どこが優しいのよ。こんなのただの焦らしプレイじゃない」
「へえ、焦らされちゃってるんだ?」
彼の表情が更に嬉しそうに輝いた。依留美は枕を投げつける。
「ごめんごめん。ちゃんと入れてあげるから」
「入れて欲しいんじゃなくて私はさっさと終わりたいのよ」
「じゃあ入れなくてもいいの?」
「好きにすればいいでしょ」
「じゃあもうちょっと楽しませてもらおうかな」
鈍感になっていた怒りが瞬時に戻ってくる。弄ばれるのはうんざりだ。ただでさえ経験のない優しい触れ方に、大事にされているような錯覚を起こしそうなのに、これ以上続けられてはたまったものではない。
彼は優しいのではない。ただそういうプレイを楽しんでいるだけ。相変わらず傲慢で身勝手なだけで、絆されてはいけない相手。
依留美は翻弄されそうな自分を奮い立たせ、膝立ちになって彼に殴りかかろうとした。けれどあっさり押さえ込まれて仰向けに倒されると、抗議の間もなく唇を塞がれる。やはり力では敵わない。
与えられた今度のキスは最初から激しく、焦らされた身体には刺激が強かった。一気に全身の性感が呼び起され、体中に電流が駆け巡る。
胸の先端に吸い付かれると、急激な強い快楽に思考が飛びそうになった。悲鳴のような喘ぎ声を上げ、思わず彼の頭を抱き締める。
太ももを押し開かれると、すでに蕩けて潤ったそこに顔が埋まった。待ち望んだ刺激に、強烈な歓喜が身体の芯を震わせる。肚の奥からの嬌声が溢れ、依留美の身体は楽器のように快楽を奏でていた。
ぬるりとした舌の感触が、そこを更に丁寧にとろけさせていく。それは以前感じたような支配的な触れ方ではなく、暴力的でもない、むしろ焦れったく感じるような、柔らかく密着してくる動きだった。待たされた身体には十分な感触で、依留美はその緩やかな刺激であっという間に達してしまった。官能的な余韻の中で脱力していると、得意げな瞳に見下ろされているのに気が付いた。
余裕の表情に腹が立つ。身体は確かに快楽を堪能していたけれど、心地良い倦怠感の中、腹の奥はまだ物足りなさを訴えている。ぐったりしながらも依留美は最後の不満を口にした。
「……もう入れてよ」
「へえ、依留美ちゃんからそんな言葉が聞けるなんて」
彼がにんまりと笑って顔を覗き込んでくる。
「アンタってやっぱり優しくない」
「優しいじゃん。強引でも乱暴でもないでしょ」
確かに今日は以前のような強引さも乱暴さもないかもしれない。触れ方もいつもと違って優しいと言えなくもない。けれどこれは。
「我慢を強いるのも暴力よ」
一瞬考えるような間のあと、彼は妖艶ににやりと笑んだ。
「確かに」
彼は覆い被さると、依留美の耳元で囁いた。
「初めてだね。依留美ちゃんからおねだりされるの」
耳朶を食み、そのまま首筋にキスを落とす。
「今日はこのまま付けないで入れちゃおうかな」
力なくも依留美が抗議の目を向けると、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「冗談だよ」
起き上がった彼は避妊具を装着する。いつも彼は依留美が何か言う前に自らゴムを付けていた。確かにこういうところは悪くない。付けるのを嫌がる男も多く、その度に依留美は媚びたりその気にさせたりと、必ずゴムは付けさせていた。
「お待たせ、依留美ちゃん」
そう言って、彼はいきり立つ自らを依留美のそこにあてがった。全身に期待の波が広がっていく。
「ああ、その前にちゃんと慣らさないとね」
押し当てられていた硬い彼が離れていくと、代わりに指が入り込んでくる。ぐちゅりと音がして中で動かされ、依留美は甘い吐息と共に身体をくねらせる。
「もう十分ほぐれてるか」
依留美は何も言わずにシーツを掴んで耐えた。彼の言う通り、受け入れる場所は十分すぎるほど蕩けていた。
「じゃあ入れるよ」
指が引き抜かれ、再び彼の硬いものが入り口に押し当てられる。依留美は目をつぶって衝撃を待ったが、なかなか訪れない。目で問うと悪戯な笑みが返された。
「入れていい?」
わざわざ聞いてくる。いつもは勝手に入り込んでくるくせに。依留美は彼の腕に爪を立てた。
「さっき言ったでしょ」
「でも依留美ちゃんが返事してくれないから、いいのかなーって」
「一度も聞いてきたことないくせに」
「そうだっけ。でもこれからは優しくするって約束したからさ。ちゃんと聞いておかないと」
更に爪を食い込ませる。
「ねえ、依留美ちゃん。もう一回『入れて』って言って」
彼の腕を引っ掻いた。彼は気付いていないかのように笑いながら依留美を見つめている。
「アンタってホントに……っんぁ」
彼が少しだけ腰を動かした。密着していた部分がこすれ、敏感な蕾が刺激され、依留美の腰が浮く。また少しだけ腰を進めると、依留美の中にわずかに彼が入り込み、その口からは嬌声が上がった。
「もっと奥まで欲しい? 依留美ちゃん」
依留美が口をつぐんでいると、一度腰を引いた彼がまた腰を進め、同じところで止まった。
「依留美ちゃんからおねだりされたのが嬉しくてさ。もう一回言ってよ」
そう言って、彼は入口付近の出入りを繰り返す。もどかしい動きに依留美は喘ぐが、必死に彼の思惑に抗おうとした。
「これのどこが、んっ……優しいのよ」
「ああ、ごめんね。確かにちょっと意地悪な自覚はあるよ」
ちょっと? 依留美の抗議の視線に構わず、彼はにやにやしながら依留美の尖った胸の先端を舌先で転がした。不意に加わった刺激に依留美の中がきゅうと締まる。
「おっと……俺もちょっとヤバイかな」
依留美は彼の髪を掴んで引き寄せると、噛みつくように自らキスをした。首に腕を回し、がっちり押さえ込んで何度も舌を絡ませる。引き離そうとすれば簡単だろうが、彼はそれをしなかった。やがて唇が離れ、視線が絡み合う。
「早くして」
「……了解」
彼はようやく要求を受け入れた。性急に彼が奥深くまで入ってくる。声を上げて仰け反る彼女をしっかりと抱き締めて、彼は何度も出入りを繰り返した。
依留美が昇りつめた時、収縮する体内に彼も呻いたが達してはいなかった。吐息交じりのか細い声で依留美が、待って、と呟くと、彼は中に入ったまま動きを止めた。
余裕だった彼の表情に、苦痛を耐える色が混じる。それを見ると、腹ではなく胸の奥に何か締め付けられるような感覚があった。大人しく依留美からの許可を待っているようで、今までの彼はどうだったのかと頭が過去を振り返る。
そういえば、彼との行為中はいつも諦めていて、一度も自らの要求を口にしたことはなかった。それが好き勝手抱かれることへの些細な抵抗だったから。自らの感情も思考も彼に教えないことが、自尊心を守る唯一の行動だった。けれどもし今までも素直な思いを口にしていたのなら、彼の対応はどうなっていたのだろう。
「ね、もう動いていい?」
呼吸を調えながら見つめていると、彼がそう聞いてくる。体内の収縮は治まったけれどまだもう少し時間が欲しい。
「まだダメ」
はあ、と彼が吐息を漏らす。律儀にそのまま従っている彼に、内心笑いそうになった。
「だったらそんなに見つめないでくれる」
彼から小さな抗議が漏れる。
「誘惑されてるみたいで、つい動いちゃいそう」
「それはアンタの勘違いよ」
今日はなんだか随分と彼と話してしまっている。今までもこんなふうに何かを要求していれば、彼は応えてくれていたのだろうか。
彼に抱かれるときはいつも、極力目を合わせないようにしてきた。自分を支配しようとする男に、これ以上奪わせないために。けれど彼との行為は、そんなに悪いものだっただろうか。二度、三度と身体を重ねてきたが、よくよく思い返してみると、痛みを感じるようなことはなかった気がする。それはつまり彼が依留美の反応を見て、加減してくれていたということかもしれない。
首を傾げながら彼を見つめると熱っぽい瞳が見返してくる。依留美は指先で彼の唇に触れた。彼がその指にキスをして、くわえようとしてきたのですぐに引っ込める。残念そうな表情に、また胸の奥が疼いた気がした。くすりと笑って彼の首に腕を回し、引き寄せて唇を食んだ。迷いなく応じてくる彼に、依留美の熱もまた蘇ってくる。中がきゅうっと彼を締め付け、彼が呻いたのがわかった。依留美はわずかに腰を揺らし、自ら中の彼を刺激した。
「っ、ねえ、もう……動いていいでしょ」
彼がお伺いを立ててくる。どうしようかな、と彼に対して悪戯心が湧いてくるなんて、随分と余裕があるものだ。答えないでいると、彼はじっと見つめたまま動かない。彼女の許しがあるまでは、本当に動くつもりはないのかもしれない。もう一度、腰を揺らしてみると、刺激された彼の表情が苦悶に歪んだ。
「仕返しのつもり?」
「覚えがあるの?」
彼がキスをしてきた。腰がゆっくりと引かれ、彼女の中から彼の分身がすべて引き抜かれそうになった直前、またゆっくりと入り込んできた。依留美からくぐもった声が漏れる。
「まだ動いていいなんて言ってないんだけど」
「そうだっけ」
彼はまたひどくゆっくりと腰を引き、押し込んでくる。再び訪れた快楽の波に彼女は目を閉じて感じ入る。
「依留美ちゃん、動いていい?」
「ん……もう勝手に、動いてるじゃない」
「ちゃんと加減してるよ。依留美ちゃんの負担にならないように」
腰の動きが止まった。
「動くよ? 依留美ちゃん」
耳朶を食まれ、吐息と共に囁かれる。ここで黙っていたら、また駆け引きが始まるのだろうか。依留美は彼の肩に腕を回すと、頷いた。
「ええ」
依留美が許しを与えると、彼はすぐさま行為を再開した。激しく何度も出入りを繰り返し、肌がぶつかる音がする。再び依留美が昇りつめ、中の彼を締め付けると、今度は彼も耐えられなかった。二人同時に絶頂に達すると共に脱力し、余韻の中で二人は暫く抱き合っていた。
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