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12、恥ずかしがり屋の妹さん

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 子どもたちが雪遊びをしていると、遠くの方で誰かが見えた。同世代の、恐らく自分たちと同じくらいの女の子。一人でいるようなので遊びに誘おう。耳まで覆う紺の毛糸の帽子をかぶっている少女は、雪を投げるのを中断して、そちらへ向かって歩き出した。
「おーい、どうしたんだ?」
「あそこに女の子がいるわ」
 一緒に遊んでいた友人たちも、その姿を捉えて一緒についてくる。
 だんだん見えてきたのは、ウェーブがかった腰まである長い金髪を白のバレッタで留め、ベージュのコートを着ている少女が、一人で一本の木にオーナメントを付けている様子だった。
「ねえ、何してるの」
「クリスマスツリーを飾ってるの」
 少女は一人で鼻歌を歌いながら、自分より少しだけ背の高い木にオーナメントを飾っていた。
「手伝うわ」
「いい」
 簡潔な拒否を得て、帽子をかぶった少女は聞いた。
「どうして?」
「困る人がいるから」
「何が困るの?」
 金髪の少女は答えなかった。黙々と一人で飾りつけをしている。
「一人で飾りつけは大変でしょ」
「一人じゃないわ」
 周囲を見回してみたけれど、自分達の他には誰もいない。追い付いた友人たちも辺りを見回す。見えるのは見慣れた真っ白な雪景色だけ。遠くの方には街の明かりが見えるけれど、近くには自分たち以外の姿はない。
「一人じゃないの?」
「一人じゃないわ」
「どこにいるの?」
 少女はこちらを向いた。目が合ってしばし見つめあう時間が続いたけれど、何も言うことなく、また飾りつけの作業に戻ってしまった。
「誰もいないじゃないか」
 黒い帽子をかぶった友人が言った。水色のコートを着ている友人も頷いている。
 三人は暫く彼女が一人で飾りつけする光景を黙ってみていた。すると気づいたことがある。
「ねえ、あの子のオーナメント、どこにあるの?」
 金髪の少女はずっと一人で飾りつけをしているが、その手には毎回ひとつのオーナメントを持っていて、ひとつを飾ったら次を飾っていた。けれどポケットに手を入れるでもなければ、近くの入れ物に取りに行くこともしていない。いったいどこから飾るオーナメントを出しているのだろう。
「あなたたち、ずっとそこにいるつもり?」
「うん。まあね」
「……じゃあ、もう帰るわ」
 金髪の少女はそう言って、さっさと一人で帰ってしまった。
 三人はツリーに近づいて、中を覗いたりオーナメントを手に取ったりして、確認してみた。
「別に普通の木だよな」
 周囲にも似たような木は沢山あり、特に変わったところはなかった。
「あの子誰だったんだろう。見たことないや」
「私もないわ」
「俺もない」
 三人は元の場所に戻ると、雪遊びを再開した。



「またいるわ」
 翌日にまた雪遊びに夢中になっていると、同じ場所に昨日と同じ光景があることに気がついた。今日も一人で飾りつけをしているらしい。
「あの子誰?」
「見たことないわ」
「昨日いた、一人でツリーの飾りつけしてる子だよ」
「でも不思議なんだ。飾りがどこから出てくるのかわからないんだよ」
 今日は昨日より遊んでいる友人が増えていた。彼らは皆であの子のところに向かった。
「また来たの」
 彼らの姿を認めた少女は、きれいな釣り目で睨んでくる。
「やっぱり手伝おうと思って」
「いいって言ってるでしょ」
 少女は増えたギャラリーに構わず、飾りつけを再開する。彼らが無言のまま眺め続ける中で、少女は相変わらず次々とどこからか取り出したオーナメントを木の枝に飾っている。すると。
「あ、今手が見えた」
 水色コートの少年が叫んだ。どこだよ、と黒帽子の少年が目を凝らす。
「あそこ、今ツリーの中から手が見えた」
 少女はきっ、と彼らを睨んだ。視線を向けられて黙り込むが、彼らは興味津々だ。
「邪魔しないで」
「邪魔なんてしてないよ」
「邪魔なのよ。こっち来ないで」
 少女の気迫に圧されるが、彼らはその場を動かない。少女はなおも叫んだ。
「向こうへ行ってよ」
「それ、どうなってるか教えてよ」
「向こうへ行ってって言ってるでしょ」
 少女が手を止めて睨んでくるので、彼らは仕方なく後退し始めた。このまま眺めていても進展はなさそうだ。
 そうして少女が飾り付けを再開したのを見ると、足を止めてまた眺める。それが見つかると、少女に来ないでと怒られる。何度か繰り返し、黒帽子の少年が提案した。
「近づかなければいいんだろ。よし、ここで雪だるま作ろうぜ」
 五人の友人たちは賛同し、少し離れたところで雪だるまを作り始めた。もちろん、ちらちらと背後を振り返りながら。少女もこちらを気にしながらも飾りつけを続けている。そして。
「見た? オーナメントが中から出るところ」
「見えなかったわ。でもあの子がひとつしか飾りを持ってないのに、いつのまにか違う飾りを持ってるのは見たわ」
 子供たちはこそこそと話し合う。そうして遠くから眺めていると。
「見て、いま中から手が見えたわ。オーナメントを渡してる」
「ホントだわ。私も見えた」
「どこどこ。あ、見えた」
「見ただろ。僕も昨日見えたんだ。あの子がそれを受け取って飾ってるんだよきっと」
「俺まだ見てない。なんで俺だけ見えないんだよ」
 五人の視線は一瞬であの子に集中した。急に動きを止めた彼らに少女が気付くと、またこちらを睨んでくる。五人はそしらぬふりをして、白々しくも手を動かして雪だるまづくりを再開する。が、意識はあの少女に向いている。
 数秒と経たずにまたあの子に視線を向けると、今度は五人の目にはっきりと木の中から伸びる手が見えた。
「見えた。俺にも見えたぜ」
「あれどうなってんのかな」
「中に誰か隠れてるんじゃない?」
「でも昨日はいなかったよ」
「中にエレベーターでもあるんじゃないの」
「そんなわけないでしょ。エレベーターがあったとしても、人が入れる大きさの木じゃないわよ」
「上がるときにサイズが変わるんじゃない?」
「だとしても中の人が見えないのはおかしいよ」
「あの木が実は人なのかな」
「ええ? それなら木に人の手がついてるんじゃないの」
「あなたたち、全部聞こえてるのよ」
 割って入った少女の言葉に、五人は興奮して大きくなっていた話し声を止めた。
「あのねえ、あなたたちのせいでまたこの子がびっくりしちゃうでしょ。また消えて見えなくなったら探すの大変なんだから」
 理解できない内容に、彼らは誰も問うべき質問がまとまらなかった。顔を見合わせてどういう意味? と理解できる友人を探るが、みんな首を傾げるばかり。
「この子はびっくりすると消えちゃうの。だから脅かさないでよ。まだ慣れてないんだから」
 消える、とは? この子、とは?
 ようやく頭がついてきて、聞くべき疑問が湧いてくる。
「消えちゃうってどういうこと?」
「姿が見えなくなっちゃうの。透明になっちゃうのよこの子。恥ずかしがり屋だから」
 少女の言葉にそれぞれが意味を考える。
「この子って?」
「私の妹」
「あなたの妹がその木の中にいるの?」
「そうよ。隠れてるわ。慣れるために飾りつけをしてたけど、慣れる前にあなたたちが来ちゃったから練習が出来ないわ」
「練習って?」
「人に慣れる練習よ。こんな道中の木の一本に飾りがついてて、きれいなツリーになってたらみんな見ていくでしょ。ここに隠れてまずは人に慣れようと思ったのよ」
「え? でも慣れたら突然、消えてた姿が見えるってこと? そしたら誰もいないはずの木からいきなり人が出てきたら、こっちがびっくりするじゃないか」
「自分で透明になることは出来るから、人がいなくなったら戻るってことは出来るのよ。ただ恥ずかしくても消えちゃうから、そのコントロールの練習をしようとしたの」
「じゃあ、今は練習になってるんじゃない?」
 少女は黙った。黙ったまま睨んでいる。
「今、そこに君の妹はいるの?」
「ええ」
「姿を見せてくれない?」
 反応はない。
「でも手はさっき見えたんだ。手だけ出すとかは出来るの?」
 三十秒ほどの沈黙が落ちた。そして金髪少女の左の二の腕の辺りに、コートを掴む小さな手が見えた。
「出てきたー!」
「わあ、すごい!」
 子供たちが興奮に声を上げると、小さな手は引っ込んだ。子供たちは金髪少女の背後に回ってみたが誰もいない。けれど確かに存在はしているようだ。
「君たちはいつからここにいるの」
「先週よ。引っ越してきたの。でも妹はまだ人前に出られないから練習してるの」
「透明人間ってことなんだね」
「何それ。知らないわ、そんなの」
「透明人間のお話があるんだ。透明人間はずっと透明なんだよ」
「妹はずっとじゃないわ。恥ずかしい時と驚いたときと怖い時だけよ。あとは自分で透明になりたいとき」
「たくさんあるのね」
「そりゃあね。誰だってそういうことあるでしょ」
「ないよ」
「透明にじゃなくて。驚いた時とか恥ずかしい時は顔が赤くなるとか、しゃっくりがとまらなくなるとか、それぞれあるでしょ」
「それはあるかも」
「私は驚いたり怖い時は大きな声を出しちゃうわ」
「でしょ。それと同じようなことよ」
「君は透明にはならないの?」
「ならないわ。ママはなるけど」
「そうなの? すごいね」
「そういう人種なのよ。私のいた地域では珍しくないわ。こっちでは珍しいって聞いてるけど」
 一度得たきっかけで始まった少女との会話は、そのまま暗くなるまで続いていた。
「そろそろ帰らなくちゃ」
「そうね、私も。妹と一緒に帰るわ」
「明日も一緒に練習しようよ」
「そうね」
「じゃあまたね。妹さんも」
 姿は見えない。けれど少女の背中から、また微かに手が見えた。こちらに手を振っているのかもしれない。
「面白い子だったね」
「透明になっちゃうんだって」
「手の謎は解けたね」
「ママもそうだって。あの子たちのいた地域ではよくあることだって言ってたわよね」
「帰ったらママたちに聞いてみよう」
 家に帰り、それぞれが今日の出来事を話し、恥ずかしいと透明になる人がいる地域のことを聞くと、どの家族も聞いたことはあると言っていた。
 まだまだ知らない世界があることに、子供たちはわくわくしていた。
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