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第三章

八話

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最初に轟いたのは破砕音。

何事かと見上げた先では、今まさに天井が崩れ落ちようとしていて、それはちょうど紫スーツの真上。逃避は間に合わない。男はそのまま崩れたガレキに巻き込まれて……。

舞い上がった塵埃の中からは赤い炎。現れたのは、ケンカばかりのパートナー。

「ど……」

エイリスの瞳に少しばかり光が戻ってくる。

「どうして……」

「ナイスタイミングだな。大丈夫か、エイリス?」

にかっと笑顔で問い掛けるルーミックに答えることも出来ず、そんな二人の間に割って入る人影がある。

「何だ、お前は」

ガレキの方を向きながら、忌々しげにアンドレが問う。相方の生命力の逞しさは彼が一番わかっている。重傷ではあるだろうが、今すぐ死ぬようなことはないはずだ。ならばこそ、やることは一つに絞られている。

尤も、そんなこと理解した上での行動ではない。単に苛立ちから。目の前の調子に乗った小僧を叩きのめせと、本能が告げているのだ。

「そっちこそ。こういうときは自分から名乗るもんだろ」

「チッ。……お前、この女の連れってことは学生だろ? ガキが一人増えたところで俺に勝てると思ってんのか?」

「勝つんじゃないさ。……助けるために来たんだ」

フッ、と両者の姿が消える。いや、正確には『消えたように見えた』、だ。すさまじい速度は脚に流した魔力によるもの。瞬きの間に二人の距離はゼロになる。

二本の刀身が打ち鳴らす度々の高音に鍔迫り合いはなく、剣を振り抜けたのはルーミックの方。吹き飛ばされたアンドレは、相棒の眠る瓦礫の山へと突っ込んで見えなくなる。

その間に、ルーミックは未だに立ち尽くしたままのエイリスの元へ。

「どうしてあなたがここに……?」

「助けてって言われたからな」

理由は単純。だが、もちろんそれだけでエイリスの居場所を突き止めることなど不可能だ。

「エイリスへの電話が切られた後にとりあえず先生に電話してみたら深刻そうに『調べてみます』って。それからすぐにまた電話が掛かってきてこの場所を教えられたんだ。俺は街に居たし、俺の方が近いから様子見ってことで。さっき連絡しておいたからもう少ししたら来てくれるだろ。……にしても」

今にもへたり込んでしまいそうなくらいへっぴり腰のパートナーを見下ろして、からかうように笑って見せる。

「なんだよその顔は。散々俺に文句言ってたのに、そんな泣きそうな顔すんなよ」「だ、誰が泣きそうですって!」

茶化すような響きに、ようやくエイリスの表情が色を取り戻す。たとえそれが虚勢であったとしても。普段と変わらない返事に安堵して、ルーミックはエイリスへと手をさし出した。

「何よ……」

「泣きそうになってるとこ悪いけど、手を貸してくれないか?」

――本当は自分一人で助け出せればカッコいいんだろうけど。

残念ながら、彼女をここまで怯えさせるような人間が相手では心許ない。独りよがりな英雄願望を捨ててでも優先すべきコトがある。

少女がじっと見つめる瞳は輝きに満ちている。ぷいっと頬を微かに赤く染め、顔を背けて。

「……分かった。足引っ張らないでよね」

ただ、伸ばされ手はルーミックの手を掴む。

「話し合いは終わったか?」

瓦礫から這い出してきたアンドレの右腕では小柄な男が気を失っていた。今までの間は彼を探していたからだろう。地面に投げられる身体はあちこちから血が流れているけれど、微かに胸は上下していて、時折うめき声が聞こえてくる。

学生二人を見据える正騎士の目は打って変って険しい。

「計画が狂っちまったんじゃあ仕方ねぇ。全員殺してとっととズラからねえと」

初めてその身に受ける本物の殺気に背筋が冷えるが、それだけだ。さっきまでのように恐怖に支配されることはない。

――……。

安心を与えてくれる背中に一瞬目を奪われながらも、エイリスは気を引き締めた。

「やれるもんならやってみろ」

恐れを知らぬ声が大人の癇に障る。

燃え盛る炎はルーミックの全身から。しかし、次の瞬間。

しん、と。纏っていた炎の全てが消え去った。

「あぁん?」

深く、深く。それは刀身に染み込むようにして、刃は透明だった内側から、真紅の輝きを放つ。

「……征くぞ、《焔》」
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