天の神子

ジャックヲ・タンラン

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天の神子 第二章 「その脚はまだ遅い」

天の神子 第二章 「その脚はまだ遅い」 その29

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 夕食が終わると、四人は食休めに焚き火を囲んで世間話を始めた。

「平原って草ばっかりで何も無いんだね」

 町の南にある森とは打って変わった新たな光景に、シュグは意外そうに、且つ興味深そうにそう言った。

「本来はそうでもないぞ。所々に生えてる木には実がついてたり、鳥や獣も見かけることがある」

 オルラウンが理想の平原を思い描いていると、他の三人がそれを否定した。

「でも、そんなの見なかったよ。木は見たけど実なんてついてなかったし」
「動物も見てないわね」
「なんというか、静か過ぎる……かも」

 三人の感想は確かなものだった。彼女らがいるこの平原は、微かに残された道と、後は少し長い草の原に数種類の木が点在していた。
 だが、それらの何処にも生命の成果は実ってはいなかった。ただ風と雨の音だけが旅人を送っていた。

「そうだな。大方、魔物のせいってところか」
「つまり、恵みが足りないってことですか?」
「そうなるな。あのオオカミ野郎、アストの周りにある恵みを全部奪う気なのかもな」

 オルラウンとユーインは、二人が出会ったあの村での記憶を思い出す。
 蠢く泥の塊は、畑を蝕み、村人を傷つけた。それは正しく魔物の所業であり、当代の天の神子が使命を負う原因となった。
 そんなものがこの地にもいて、一人の少年にとっての仇敵となっている。

「……そうなったら、どうなるの?」

 ふと、シュグはオルラウンに魔物への興味と理解の為に訊いてみた。

「草木は枯れて、生き物は病や飢えに苦しむ。当然、人間も生きていけねえな」
「そんな……アレを倒さないと……」

 きっと、よくないことが起きる。
 そう結論付けたところで、自身にはその災いに対抗できるだけの力など無いことも分かっていた。
 無力感で項垂れるシュグの肩に手を置いたのはヨウレスだった。

「大丈夫。私達がそうさせないよう頑張るから」
「……うん。でも、僕も何か手伝いたいんだ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」

 一緒に戦おうとは言えない、と口ごもるヨウレスを見て、シュグはあることを思い付いた。

「僕、強くなるよ!強くなって、魔物からみんなを守る!」

 今の自分には、魔物と戦えるような力は持ち合わせていない。それは事実だ。
 なら、力を付ければいい。今度は誰かに言われて教わるのではなく、自分から学びに行こう。

「僕ね、オルラウンやヨウレスさんに戦い方を教わろうって考えてたんだ。どうかな?」
「……」

 シュグは前回の冒険の中で、多くの事を学び、己に向き合うきっかけを得た。
 そして今、本気で何かを成し遂げようとする意志が、彼の胸の奥で目覚め始めたのだ。
 師匠として選ばれた大人達はしばらく悩んでいたが、そのうちヨウレスが決心して口を開いた。

「シュグ君、この前森で焚き火を起こした時に、刃物の扱いは教えたわよね?」
「うん。ちゃんと覚えてるよ。ナイフもある」

 シュグは自分の意志を示すように腰に着けていたナイフを差し出した。
 直後、それはヨウレスに取り上げられた。

「あっ」
「じゃあ、明日から特訓ね。それまでこれは預かってるわ」

 そう言ったヨウレスの声は、冷たくもどこか安堵しているようだった。

「おいおい!本気か?戦い方なんて教えるような歳じゃ――」

 未だシュグに返答できていなかったオルラウンは、ヨウレスの選択を咎めようと身振り手振りを大きくして説得を試みる。だが、その懸念は彼女も考慮していて、その末の答えが承諾だった。

「この子が教わろう、って言ってるんだもの。私達が正しく導けば問題ないわ」
「でもよ……」
「私だって本当は嫌よ。でも、この子は自分の為じゃなく、ユーインや町の人達の為に強くなりたいと言った。その為の『守り方』なら、あなたも教えられるでしょう?」
「……そうだな」

 戦い方ではなく、守り方を教える。そう言われたオルラウンは、それならまあ……と渋々納得し、口論は終わった。
 例え自分達が魔物を倒す時が来たとして、そこにシュグのような子供は本来いるべきではないと、二人は同じ考えではあった。だがシュグは、その瞳は、決して折れない意志を以て、大人達の合理的願望を諦めさせた。

「シュグ君。私達はあなたに大切なもの守る為の戦い方を教えたい。それでもいい?」
「それがいい!それを教えてほしいの!」
「決まりね。じゃあ、明日から頑張りましょ」
「はい!」

 ……例え死地に行こうとも、自分で選んだ道として後悔はしない。
 テントの中で寝袋に入りながら、シュグはそう決意した。
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