天の神子

ジャックヲ・タンラン

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天の神子 第二章 「その脚はまだ遅い」

天の神子 第二章 「その脚はまだ遅い」 その11

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 湖のほとりからは少し離れた、どちらかといえば通ってきた森の方に寄せられた二つのテントは、それぞれ異なる見た目をしていた。

「テントは男女で分けよう。ユーインとヨウレスはあっち、俺とシュグはそっちだ」

 オルラウンがあっちと指したテントはあちこちに様々な花の絵柄がついていて鮮やかだ。それとは逆に、そっちと指したテントは土色の落ち着いた色合いをしていた。

「分かった」

 ユーインがそう返すと、シュグが少し前のめりな姿勢でオルラウンに訊いてきた。

「今日のご飯は何食べるの?」
「持ってきた食料があるから、それを食うでもいいが……せっかく水場があって雨が降ってるんだ。湖で釣りでもしようぜ」
「釣り⁈」

 シュグにとっては意外なことを言われたが、その驚きの中には少しだけ期待が込められていた。

「オルラウンさん、魚釣りできるの?」

 ユーインも意外そうにして、オルラウンに訊いてみる。

「旅の中でしょっちゅうやってきた。釣り竿もあるぜ」

 そういってオルラウンは背負っていた荷物の中から緑色の筒のようなものを取り出す。片手から少しはみ出す程の大きさだったそれは、オルラウンが大きく一振りした瞬間、彼の背丈程にまで細長く伸びた。
 どうやら、筒の中に更に小さな筒が入っていて、それを何本か重ねたものが飛び出てきたらしい。
 他の三人はしばらく物珍しそうに見ていたが、はっと思い出したようにシュグが言った。

「でも、雨が降ってたらやりにくいんじゃ……お腹空いたし、また今度でも……」
「まあまあ。確かに雨が降ってると、魚は見つけにくいわ。でも、雨は魚たちを呼び寄せてもくれるから、そこが狙い目なの。上手くいけば沢山釣れるわよ」

 くう、と鳴るお腹をさすりながらシュグは提案したが、ヨウレスがそう言って説得する。
 オルラウンも便乗して、

「持ってきた食料はいつでも食べられるように食わないでおきたい、ってのもあるな。それに……」

 と付け加えると、ニッと笑ってさらに言った。

「とれたての魚は美ン味いぞ~!身がしっかりしてて食い応えバツグンってなもんだ」

 喜びに溢れた思い出を懐かしむように語るオルラウンに感化されたシュグは、思わず生唾を呑みこんでいた。

「どうだシュグ、その空きっ腹、釣りたての魚が欲しいんじゃねえか」

 咄嗟にオルラウンにビシッと指を指されたシュグは、少し照れくさそうにしながらも釣りに挑むことにした。

「じゃ、じゃあ、僕も釣り、やってみたい、かな……いい?オルラウンさん」
「おう、予備のがあるから、一緒にやろうぜ」
「やった!」

 ぴょん、と跳ねて喜ぶシュグを見たヨウレスが、微笑み混じりにユーインに向かって言った。

「じゃあ釣りは男の子たちに任せて、私達は木の実でも探してきましょ」
「うん、そうしよっか」

 久しぶりにお姉ちゃんと二人きりだ。そう思ったユーインは思わず笑みがこぼれた。

「そんじゃ、一時間ぐらいしたらここに集合な」
「はーい!」

 オルラウンが集合する時間を決めた後、四人は二手に別れ、この森の恵みを得るべく動き出した。

 ユーイン達と別れた後、オルラウンはシュグを連れて池のほとりに来ていた。
 周辺は砂利が広がっている所もあれば、池の方にせり出たような小高い丘も見られる。

「さて、じゃあまずはエサを探さないとな」
「釣りのエサって何を使うの?」
「大抵は町でエサ団子を買ってくるってのが初心者向けなんだが……お、ここらへんか?」

 オルラウンはシュグの質問に答えながら何かを探していた。そうして見つけたのは、雨で湿り柔らかくなった土の上で座していた何個かの石だった。
 オルラウンが石を一個どかすと、下敷きになっていた土の中からうようよと細長いミミズらが湧いてきた。

「何して……うわ!」
「こいつらの方がエサ団子よりも食いつきが良いんだ」

 シュグが気味悪そうにミミズを見る中、オルラウンはミミズが潜んでいた土ごと手ですくい、革袋に詰めた。

「それをその、エサ団子にするの?」
「違う違う、このまま釣り針に刺してエサにするんだ」

 シュグはオルラウンが言った通りの光景を想像して、思わず恐怖を覚えた。釣りとはこんなに残酷なのか、と。

「ぼ、僕やっぱり見学でもいい?」
「何言ってんだ、四人分も釣らなきゃいけねえんだぜ?手伝ってくれよ」
「う、分かったよ……」

 冗談を言うように正論を語るオルラウンを相手に、シュグはとうとう観念した。

「ここら辺で釣るか」

 エサを手に入れた後、二人は湖面から少し高さのついた丘に来ていた。

「じゃ、エサを付けるぞ」

 オルラウンが革袋からミミズを一匹取り出して釣り針に刺す。針に貫かれたミミズがビチビチと宙でもがく様を見て、シュグはげんなりとした。

「うへえ、やっぱりヤダなあ」
「うだうだ言わずにやってみな」
「……ごめんね!」

 ぷちり、と嫌な感触を手に感じつつ、シュグもミミズを貫く。今度はより激しくもがいた。

「頑張ったな。偉いぞ」
「ま、まだ動いてる」
「活きのいいエサだ、きっと釣れるぞ」

 そうしてエサを付けた釣り針と糸を二本の竿に取り付け、二人の釣りが始まる。

「じゃ、やってみるか。こんな感じで糸を垂らすんだ」
「えいっ」
「魚が針に食いつく瞬間を見逃すな。雨が降ってるぶん分かりづらいから、気を付けろ」
「分かった」

 オルラウンに助言をもらいながら、見よう見まねで釣り竿を構えるシュグ。手本となったオルラウンは穏やかに機を待っていた。

「お、来たな」

 オルラウンの釣り竿がグウンとしなり始めたのをきっかけに、彼は先ほどの穏やかさを捨て、闘志を宿した瞳で竿を引く。しなりはより強くなり、ついに水面から一尾の魚が釣り上がった。

「よっしゃ!」
「すごい……!」

 シュグが感嘆している中、オルラウンは急いで魚を針から外し、かごに入れると、一息ついてまた針にエサを付けた。

「まずは一尾だな。この大きさならあと三尾は欲しいか」
「そんなに釣れるかな?」
「それは運次第……シュグ、引いてるぞ!」
「え?あっ!」

 二人の会話に構わず、次の魚が針にかかった。

「こ、こんなに引っ張ってくるの?」
「魚にとっちゃあ、今生きるか死ぬかが懸かってるんだ。お前も負けずに頑張れ、シュグ!」

 オルラウンは軽々と竿を操り釣り上げていたが、彼とは比べ物にならないほど非力なシュグにとって、魚との勝負は全力をかけるに値するものだった。
 オルラウンは竿を傷めないように手を添え、シュグの勝負を見守っていた。

「おりゃあ!」

 空いた腹から精一杯の声を張り、竿を振り上げる。
 魚はとうとう打ち負かされ、シュグの足元にひれ伏した。

「つ、釣れた」
「上手くいったな!初めてなのによく出来た」
「うん!」

 やった。僕にもできた。
 そんな喜びでいっぱいになったシュグは、今までの緊張を忘れ、ただ素直に今置かれた状況を楽しめるようになっていた。

「さて、俺も負けてらんねえな」
「じゃあ、どっちが多く釣れるか競争しようよ」
「いいねえ。乗った!」
「負けないからね!」

 一時間後。釣果をまとめたかごの中には、肉付きの良い魚が六尾、所狭しと詰まっていた。
 正確には、オルラウンが釣った魚が二尾、シュグの釣った魚が四尾詰まっていた。

「マジかよ……」
「やったー!僕の勝ちだね!」

 お互いに一尾目を釣った後、シュグは垂らした糸の殆どが先端に立派な釣果を連れて戻ってきた。
 一方でオルラウンの方はというと、競争に乗ったのが災いしたのか、彼の針まで伝わった闘志に魚が勘付き、まるで穴が開いたようにその針の辺りを避けていた。
 結果、純粋に釣りそのものを楽しんでいたシュグに軍配が上がった。

「……あーあ、今日は~ツイてなかったなぁ~」

 へっへっへ、とわざとらしく笑うオルラウンを見たシュグは、揶揄うような声で、

「あ、カッコわる~い」

 と言ってみせた。

「次は負けねえからなっ!」
「受けて立つよ!」

 こうして竜人と少年は、互いに好敵手となった。
 直後、思い出したかのように腹を鳴らした二人は、笑い合いながらテントのある方へ戻っていった。
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