天の神子

ジャックヲ・タンラン

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天の神子 第二章 「その脚はまだ遅い」

天の神子 第二章 「その脚はまだ遅い」 その3

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「それじゃあユーイン。この町、アストを案内するね」
「はい!よろしくお願いします、シュグ先輩」

 弟子達は師の待つ宿を出て、傘を差しながら歩き出す。
 初めに着いたのは様々な金属の部品が組み合わされた大きな時計が少し窪んだ所に設置されている広場だった。

「ここは時計広場。真ん中におっきな時計があるから、時計広場って呼ばれてるんだ。すぐに何時か分かるから、待ち合わせするにはいい場所だよ」
「じゃあ、お姉ちゃんやオルラウンさんと待ち合わせしてみようかな」
「何か一緒に行きたい所でもあるの?」
「ううん、待ち合わせをしてみたいの」
「へ?」

 待ち合わせをするだけ。一見無意味に近い行為だと考えられるが、ユーインはそこに確かな理由を述べてきた。

「村では時間を気にして時計を見たり、誰かと時間を決めて待ち合わせ、なんてしたことなかったから、やってみたいなって思って」
「ああ、そうだったんだ」

 奇妙ではあるが道理に適っている理由にシュグは納得し、さらに話を続ける。

「町の皆はしょっちゅう何時に何するとか、何時までに何々しないととか言ってるから、ユーインみたいな人はこの町じゃ珍しいんじゃないかな?」
「そうなの?」
「うん」
「じゃあ、私も待ち合わせした後ちゃんと何するか考えとかないとね」
「それなら、色々いい場所があるよ」
「本当?」
「うん、案内するね」

 次に足を止めたのは周囲の民家よりも幾分大きい建物の前だった。窓からは部屋の壁じゅうに並べられた本棚や、そこから本を取り出して読み耽る人々が見える。

「ここはレジーノ図書館。色んな本が読めるから、調べ物をするには一番良い所なんだ」
「本が沢山ある……ちょっと見てっていい?」
「いいよ!でもね、図書館の中では一つだけ約束してほしいことがあるんだ」
「約束?何なに?」

 シュグは口元に人差し指を当て、コソリと話す。

「図書館ではお静かに、だよ」

 それに合わせてユーインも指を当て、笑顔でシーッと息を吐いた。
 図書館の中は静粛としていて、聴こえてくる音が外から伝わる雨音と、紙をめくる音だけとなった。
 ユーインは窓越しに見ていた壁いっぱい、或いは壁そのものとも呼べる程の大きな本棚を間近で見て、目を輝かせていた。
 本棚には大小様々な本が並べられており、内容も幼子を楽しませる絵本から、難解そうな学術書まで色々となっている。
 シュグがユーインの肩を軽く叩き、いつの間にか持ってきた一冊の本を見せてくる。
 本の題名には『神秘の魔術的基礎知識』と書いており、シュグはこれを一緒に読もう、と言いたげな目で見つめる。
 村で読んでいた物語を楽しむ為のものとはまるで雰囲気が違う、見たことも無い種類の書物にユーインは好奇心が湧いてきた。
 近くに用意されている机に椅子を寄せ、二人は本を開く。

『神秘とは、世界を構成する自然のうち、特に純粋な要素を集積し、形成された物体である。これを魔術的観点で考えると、純粋な属性をもつ魔力を結晶化させた物であり、魔法や錬金術において、その価値に優劣はあれども総じて高いといえるだろう。純度の高い単一の属性を含む魔力の塊といえば、この有用性が理解できるだろうか』

 属性とは?錬金術とは?
 本からは早速ユーインにとって聞き馴染みのない単語が登場し、彼女は未知の知識に触れたことへの喜びを感じて頁をめくった。

『純粋な要素となる属性は、火・水・風・地の四つである。どれも魔術を行う際、最も大まかな性質を決める要素であり、魔術の基礎を学ぶ者は必ず知るべき属性だろう。属性はあらゆる物体がもつ性質の方向性であり、それがそれである為には欠かせないものを指す』

 なるほど。

『自然界に含まれる不可視の力、即ち魔力を操り、用途に合った性質…属性をもつものへ変化させて運用する。これが元来の魔術である。魔術の内、魔法は魔力を具現化する手法で、錬金術は元々存在する物体に魔力を付与して加工する技術である。神秘はこのどちらの魔術にも多大な効果を引き出すことができるので、それ故に高価な品となる。本書では神秘がどのように発生、採取、利用できるかを記そう』

 師からの課題である神秘の採取方法については二人がちょうど今知っておきたい部分であり、シュグが途中の項目を飛ばして読もうとするが、ユーインが順番に読みたいと言いたそうにシュグの手を止める。

『神秘が発生するような場所は、四つの属性の何れかを豊富に含む魔力が多い。もし神秘を求めるなら、そういった所を探すとよいだろう。まずは各属性がどういった場所に神秘を発生させるかを記す』

 次の頁からは様々な物が描かれ、より神秘がどういった物なのかが分かりやすくなった。
 今開いている頁には、炎が付いた松明、研ぎ澄まされた剣、空に浮かぶ太陽の絵が描かれていた。

『火。賢者が見出した創造の力。強い熱を放つものや人工物、特に金属から発生しやすい。人工物の場合は製作者の意志が強く込められた物であるほど発生しやすい傾向がある』

 次の頁には、限りなく広がる海、雲から降り注ぐ雨、魚の体内から取り出される結晶が描かれていた。

『水。等しく与えられる生命の力。大抵は潤沢な水場に発生するが、生物の中でも極めて優秀な種が変異し、体内の一部に結晶として発生することもある』

 次の頁には、鳥や虫の羽根、砂を巻き上げる竜巻、空を揺蕩う雲が描かれていた。

『風。止めどなく流れ行く自由の力。空気の流れが強い場所や、勢いの強い空気を受け止めた物体に発生しやすい。人工の強風では発生しづらい』

 次の頁には、青々とした草花、真っ直ぐ伸びた大木、土から突き出た巨岩が描かれていた。

『地。永遠と在り続ける不朽の力。肥沃な土やそこから芽生えた植物から発生するものが一般的だが、岩石にも発生し、純度が高い神秘は宝石のような形で見つかる』

 ユーインが懐から紙と鉛筆を取り出し、それぞれの属性に基づいた神秘の出所を思い出せるようにまとめていく。
 課題だからという理由もあるが、彼女は今、初めて勉学に触れ、楽しんでいる。自力で知識を集め、自分のものとするこの一連の活動に確かな成長を感じている。
 シュグは夢中なユーインを見て、己の既知に甘えた学び方を見直し、これからの彼女に期待したくなった。
 さあ続きを。次は神秘の採取方法が載ってるはず。頁をめくろう。

『次に神秘を採取する方法を記していく。神秘は本来それが発生した場所、物体にのみその力を発揮するものであり、採取するにはその神秘に近い環境を用意する必要がある。容器の材質や、保管する場所を定めてから採取するよう心掛けなくてはならない』

 神秘に近い環境。周りの土を容器に入れるとかかな?

『具体的な例を挙げると、火であれば同じ素材で器を作り、水であればそれを含んでいる液体や内臓で包み、風であれば澄んだ空気が流れる開放的な空間に吊るし、地であれば周辺の土壌と同じものを敷いておくと良い』

 属性ごとに全く違う方法があるんだ。
 ユーインは紙に追記していく。目の前の書物が蓄えた知識を余す所なく吸収しようと励んでいるのだ。

『最後に、神秘に秘められた魔力を利用する方法を載せていく。神秘を使う際はその魔力を制御できるだけの能力が必要となる。迂闊に神秘を使おうとすれば資源の無駄遣いになるだけではなく、周囲に思わぬ被害が及ぶ可能性もあるので、この本を初めて読んでいるような新米は使わないように。終わり』

 本の裏表紙がパタリと閉じ、勉学の時間の終わりを告げた。

「え?」
「つ、続きは?」

 二人は本を開き直して読み越した頁が無いか探したが、端の余白に順番に記された頁数が、二人は間違いなくこの本を読破したと証明している。

「これで終わり⁈」

 思わぬ展開に声を上げてしまった二人は、静寂を望むこの場では疎まれる、元気が過ぎる子供達となってしまった。
 周囲の好ましくない視線を浴びた二人はそそくさと本を棚に戻し、図書館を後にした。
 外に出て落ち着いた二人はため息を吐く。

「や、やっちゃったね……」
「うん…でも、あんなのってないよ!」

 ユーインが申し訳なさそうに萎んでいるのとは逆に、シュグは先程の結末に納得がいかないようだった。

「それはそうだけど……」
「なんだいあの本。色々書いてたくせに肝心な神秘の使い方を教えてくれなかったし!」
「で、でも師匠の課題の、神秘の採取の仕方は分かったよ」
「でも、使い方も知りたかったな。神秘を手に入れても使えなきゃ意味が無いでしょ?」
「う~ん」

 本当にそうなのかな、と思ったユーインだったが、ひとまずはシュグを宥めることにした。

「取り敢えず、他のところに行こう?案内の続き、お願いしてもいいかな?シュグ先輩」
「…そうだね。じゃあ、今度はあっちに行こっか」

 シュグは気を取り直してユーインを連れて歩き出した。
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