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天の神子 第一章 「雨雲が流れる時」
天の神子 第一章 「雨雲が流れる時」 その5
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ひと段落着いて。ユーインと竜人は屋敷にいた。
「村を救ってくれて、ありがとうございます」
ユーインの姉が淹れたての茶をカップに注ぎ、竜人に差し出す。
「神子がやりたいことを助けるのが、俺のやるべきことだからな。それに、魔物は見過ごせねえ…ん、美味いなぁコレ」
机の上には美味しそうなお茶請けが盛り付けられた皿があり、竜人が会話の合間につまんでは目を細めている。
「さっき村の人から貰ったんですよ。トカゲ様に渡してくれって」
「トカゲ様?」
「あなたの事ですよ」
「…トカゲじゃねえって言ったはずなんだがなぁ」
「…」
ユーインはというと、先ほどの出来事を何度も思い返しては、手元にあるペンダントを眺めている。
「プルヴィア、でしたっけ。あの宝石がユーインの雨を…その…」
「神子の雨として覚醒させた」
「らしい、ですね。あの時私はここに居て、いつもならユーインの雨は届かない頃だったんですけど、急に空の様子が変わって、雲が来たと思ったら、あんな素敵なものが降ってきてびっくりしましたよ」
「それじゃあここいらもしっかり浄化が行き届いてたってわけだ。神子さんよ、あんた初めてにしちゃあホントに良く出来てたぜ」
「…そうなんだ」
ユーインは何となく返事をしたが、そこに素直な喜びが込められていないことは容易に感じられた。
お茶請けを咥えた竜人が疑問を浮かべる。
「なんだ、お手柄だってのに随分しょんぼりとしてるじゃねえか。村の奴らも喜んでたのに、何が不満だってんだ?」
「不満って訳じゃなくて、その…」
ユーインが言葉を求めて目線を合わせてくる姿を見て、姉は落ち着くように促す。
「ユーイン、言ってみて」
「えっと…竜人さん。あの時、私なんだか変な感覚がしたんです。自分が自分じゃないというか、自分が空に溶けていくというか…」
竜人が茶で喉を鳴らす。
「成程それか。そいつはプルヴィアと同調したからだな」
「プルヴィアと、同調?」
「プルヴィアには太古からの雨の意志が込められている。お前はそれに同調してあの光の雨を降らせたんだから、自分の感覚が変わるってのはあながち間違いじゃないかもな」
「…なんとなく理解できました」
「そりゃ良かった」
奇妙な話だが、当の本人が感覚として覚えている以上、全く理解できないわけでもなかったようだ。
竜人が茶を飲み干し、今度は真剣な声で話し出す。
「で、だ。神子さん。あんたが見た通り、あんたが居るこの村ですら魔物が出てきちまったわけだが。そろそろこの前の答えを聞いておきたい」
話を切り替えた竜人は、初めてこの屋敷を訪れた時のように鋭い眼をしていた。もしかすると、魔物と対峙していたあの時も同じ眼をしていたのかもしれない。
「私は反対です。ユーインにこれ以上危険なことなんてさせたくないわ」
姉はその質問を待っていたかのように即答する。
「姐さん。そいつはごもっともだ。だが俺は神子を見つけた以上、やるかどうかを聞かなくちゃいけねえんだ」
竜人は己の任務を遂行するために食い下がる。
「聞かなくちゃ、って…どうしてもあの子じゃないといけないんですか?他にも神子はいるんじゃないんですか?」
「今に至るまで、同じ時代に同じ天候を司る神子が複数人現れたことはない。だから今、この世に雨を司る神子は彼女しかいない筈だ」
「で、でも!それでも私は!」
「お姉ちゃん」
ユーインが自身を巡って争う二人を制止するように口を開く。
「ユーイン…」
「お姉ちゃん、ありがとう。心配してくれて。でもこれは私が答えを出したいの。竜人さんもそうして欲しいんだよね?」
図星だった竜人はため息を吐き、
「そうしてくれると助かるな」とぼやいた。
「だよね。竜人さん、質問してもいい?」
「もちろん」
「私が行かないって言ったら、どうするの」
「一旦諦めて、別の神子を探すかね」
「何処にもいなかったら?」
「そん時はお前さんも大人になってるだろうし、もう一回誘ってみるさ」
「ロマンチックだね」
照れ隠しなのか、竜人はガハハと笑う。
「俺らしくもないな」
「じゃあ、もし私がプルヴィアをここに置いてって欲しいって言ったら?」
「そうさな。神子の手元にあるのが一番これの為になるかもしれねえが、面倒事が増えるだけだろうし、それはできねえな」
「面倒事って、どんなの?」
「とにかく魔物の被害が止まらねえ。この村は何ともなくなるだろうが、そこだけだ。他所で生きてる人達は魔物と戦い続けることになる。最悪なのはこの村にだけ魔物が出ないと知った奴らが、安全を求めて押し寄せることだな」
「どうして最悪なの?」
「そういう奴はな、場合によっちゃあ魔物よりも酷いことをするんだ。安全の次は楽な生活をする為に動き出す。畑を石で埋めて無駄にデカい家を建てたり、子供であろうが構わず道を譲らなかったり、誰かが泣いていてもまるで聞こえないように振舞ったりな」
そう愚痴を吐く竜人は実物を見たかのようにしかめっ面を浮かべた。
「それは…ひどいね」
「そんな人間がどんどん現れるようになるんだ。最悪だろ?」
竜人ははとぼけた冗談にしたがっているようだが、ユーインにはどうしても言葉に怒りを感じる言いように聞こえた。
「うん。じゃあ、最後の質問ね」
「おう」
「私は、雨の無い空を見れる?」
静寂。
神子は静観する。
付き人は絶句する。
使者は頷き、伝える。
「使命を果たせば、神子は力を失う。次の神子が現れるまで、天は勝手に流れる」
「使命を果たせば、かぁ…」
「今までの神子も、旅が終わればただの人間として余生を過ごした。いつ果たせるかは分からねえがな」
「そう…」
答えを決めよう。
日常が何も変えてくれないのなら。
自分から出来る始まりなら。
いつかは分からなくても、終わりがあるのなら。
「ごめんね、お姉ちゃん」
「…」
お姉ちゃんが私を見ている。そして、諦めてため息を吐いてくれた。
「…本当に大人になったのね。ユーイン」
ありがとう。
「竜人さん、雨の神子の使命、お務めさせていただきます!」
竜人は頷き、席から立ち上がり、プルヴィアをユーインへ差し出し、跪いた。
「風の使者が天の神子を運び、守り、見届けることを誓おう」
真面目に儀礼じみた言葉を告げた竜人は、すぐにいつもの調子に戻り、
「これからよろしくな、神子さん」
と笑ってみせた。
ユーインも差し出されたプルヴィアを受け取り、
「はい!」と笑って応えた。
「じゃあ、早速旅の支度をしましょ」
そう言ったのは、さも自分も行くかのように荷物を纏めている姉だった。
「え」
「ん?」
「いや、その。姐さんも、来るのか?」
「当たり前じゃない。私はこの子の付き人だもの」
「だからって…危険な旅なんだ。魔物と戦ったこともないような、ましてやか弱い女なんか」
竜人がそこまで言った瞬間、彼の肩を槍の穂先が掠めた。傷は出来ていないが、それが狙い澄まされた一閃であることは確かだった。
「私、小さい頃からよく森で遊んでたの。獣の相手ならいくらでも出来るのよ?トカゲさん」
「…なるほどねぇ…」
(とはいえ、だ。村娘がここまで仕上がるか?普通?)
竜人はそれ以上の反論はしなかった。
だが、ユーインはこれを見過ごせなかった。
「お姉ちゃん、無理しなくてもいいんだよ?」
「お姉ちゃんも自分で決めたことだから、言いっこなしよ。それに…」
「それに?」
「たった一人の家族だもの。いつでも一緒が良いわ」
「お姉ちゃん…そうだね!」
ユーインはいつも通りの笑顔を姉に見せた。
姉妹の絆を見届けた竜人が口を開く。
「決まりだな。そんじゃ、これから長い付き合いになるわけだし、ちゃんと自己紹介をしておこう」
「あ、そうですね」ユーインが頷く。
「確かに。まだ名前も聞いてなかったものね」
姉もそう気付いて頷く。
「俺はオルラウン。旅の先輩として、じゃんじゃん頼ってくれよな」
「私はユーインです。雨の神子として、頑張ります!」
「私はヨウレス。足手まといにはならないよう、気を付けるわね」
「よし。これからよろしくな、ユーイン、ヨウレス」
「よろしくお願いします!オルラウンさん」
「オルラウンさん。妹共々、よろしくするわね」
「村を救ってくれて、ありがとうございます」
ユーインの姉が淹れたての茶をカップに注ぎ、竜人に差し出す。
「神子がやりたいことを助けるのが、俺のやるべきことだからな。それに、魔物は見過ごせねえ…ん、美味いなぁコレ」
机の上には美味しそうなお茶請けが盛り付けられた皿があり、竜人が会話の合間につまんでは目を細めている。
「さっき村の人から貰ったんですよ。トカゲ様に渡してくれって」
「トカゲ様?」
「あなたの事ですよ」
「…トカゲじゃねえって言ったはずなんだがなぁ」
「…」
ユーインはというと、先ほどの出来事を何度も思い返しては、手元にあるペンダントを眺めている。
「プルヴィア、でしたっけ。あの宝石がユーインの雨を…その…」
「神子の雨として覚醒させた」
「らしい、ですね。あの時私はここに居て、いつもならユーインの雨は届かない頃だったんですけど、急に空の様子が変わって、雲が来たと思ったら、あんな素敵なものが降ってきてびっくりしましたよ」
「それじゃあここいらもしっかり浄化が行き届いてたってわけだ。神子さんよ、あんた初めてにしちゃあホントに良く出来てたぜ」
「…そうなんだ」
ユーインは何となく返事をしたが、そこに素直な喜びが込められていないことは容易に感じられた。
お茶請けを咥えた竜人が疑問を浮かべる。
「なんだ、お手柄だってのに随分しょんぼりとしてるじゃねえか。村の奴らも喜んでたのに、何が不満だってんだ?」
「不満って訳じゃなくて、その…」
ユーインが言葉を求めて目線を合わせてくる姿を見て、姉は落ち着くように促す。
「ユーイン、言ってみて」
「えっと…竜人さん。あの時、私なんだか変な感覚がしたんです。自分が自分じゃないというか、自分が空に溶けていくというか…」
竜人が茶で喉を鳴らす。
「成程それか。そいつはプルヴィアと同調したからだな」
「プルヴィアと、同調?」
「プルヴィアには太古からの雨の意志が込められている。お前はそれに同調してあの光の雨を降らせたんだから、自分の感覚が変わるってのはあながち間違いじゃないかもな」
「…なんとなく理解できました」
「そりゃ良かった」
奇妙な話だが、当の本人が感覚として覚えている以上、全く理解できないわけでもなかったようだ。
竜人が茶を飲み干し、今度は真剣な声で話し出す。
「で、だ。神子さん。あんたが見た通り、あんたが居るこの村ですら魔物が出てきちまったわけだが。そろそろこの前の答えを聞いておきたい」
話を切り替えた竜人は、初めてこの屋敷を訪れた時のように鋭い眼をしていた。もしかすると、魔物と対峙していたあの時も同じ眼をしていたのかもしれない。
「私は反対です。ユーインにこれ以上危険なことなんてさせたくないわ」
姉はその質問を待っていたかのように即答する。
「姐さん。そいつはごもっともだ。だが俺は神子を見つけた以上、やるかどうかを聞かなくちゃいけねえんだ」
竜人は己の任務を遂行するために食い下がる。
「聞かなくちゃ、って…どうしてもあの子じゃないといけないんですか?他にも神子はいるんじゃないんですか?」
「今に至るまで、同じ時代に同じ天候を司る神子が複数人現れたことはない。だから今、この世に雨を司る神子は彼女しかいない筈だ」
「で、でも!それでも私は!」
「お姉ちゃん」
ユーインが自身を巡って争う二人を制止するように口を開く。
「ユーイン…」
「お姉ちゃん、ありがとう。心配してくれて。でもこれは私が答えを出したいの。竜人さんもそうして欲しいんだよね?」
図星だった竜人はため息を吐き、
「そうしてくれると助かるな」とぼやいた。
「だよね。竜人さん、質問してもいい?」
「もちろん」
「私が行かないって言ったら、どうするの」
「一旦諦めて、別の神子を探すかね」
「何処にもいなかったら?」
「そん時はお前さんも大人になってるだろうし、もう一回誘ってみるさ」
「ロマンチックだね」
照れ隠しなのか、竜人はガハハと笑う。
「俺らしくもないな」
「じゃあ、もし私がプルヴィアをここに置いてって欲しいって言ったら?」
「そうさな。神子の手元にあるのが一番これの為になるかもしれねえが、面倒事が増えるだけだろうし、それはできねえな」
「面倒事って、どんなの?」
「とにかく魔物の被害が止まらねえ。この村は何ともなくなるだろうが、そこだけだ。他所で生きてる人達は魔物と戦い続けることになる。最悪なのはこの村にだけ魔物が出ないと知った奴らが、安全を求めて押し寄せることだな」
「どうして最悪なの?」
「そういう奴はな、場合によっちゃあ魔物よりも酷いことをするんだ。安全の次は楽な生活をする為に動き出す。畑を石で埋めて無駄にデカい家を建てたり、子供であろうが構わず道を譲らなかったり、誰かが泣いていてもまるで聞こえないように振舞ったりな」
そう愚痴を吐く竜人は実物を見たかのようにしかめっ面を浮かべた。
「それは…ひどいね」
「そんな人間がどんどん現れるようになるんだ。最悪だろ?」
竜人ははとぼけた冗談にしたがっているようだが、ユーインにはどうしても言葉に怒りを感じる言いように聞こえた。
「うん。じゃあ、最後の質問ね」
「おう」
「私は、雨の無い空を見れる?」
静寂。
神子は静観する。
付き人は絶句する。
使者は頷き、伝える。
「使命を果たせば、神子は力を失う。次の神子が現れるまで、天は勝手に流れる」
「使命を果たせば、かぁ…」
「今までの神子も、旅が終わればただの人間として余生を過ごした。いつ果たせるかは分からねえがな」
「そう…」
答えを決めよう。
日常が何も変えてくれないのなら。
自分から出来る始まりなら。
いつかは分からなくても、終わりがあるのなら。
「ごめんね、お姉ちゃん」
「…」
お姉ちゃんが私を見ている。そして、諦めてため息を吐いてくれた。
「…本当に大人になったのね。ユーイン」
ありがとう。
「竜人さん、雨の神子の使命、お務めさせていただきます!」
竜人は頷き、席から立ち上がり、プルヴィアをユーインへ差し出し、跪いた。
「風の使者が天の神子を運び、守り、見届けることを誓おう」
真面目に儀礼じみた言葉を告げた竜人は、すぐにいつもの調子に戻り、
「これからよろしくな、神子さん」
と笑ってみせた。
ユーインも差し出されたプルヴィアを受け取り、
「はい!」と笑って応えた。
「じゃあ、早速旅の支度をしましょ」
そう言ったのは、さも自分も行くかのように荷物を纏めている姉だった。
「え」
「ん?」
「いや、その。姐さんも、来るのか?」
「当たり前じゃない。私はこの子の付き人だもの」
「だからって…危険な旅なんだ。魔物と戦ったこともないような、ましてやか弱い女なんか」
竜人がそこまで言った瞬間、彼の肩を槍の穂先が掠めた。傷は出来ていないが、それが狙い澄まされた一閃であることは確かだった。
「私、小さい頃からよく森で遊んでたの。獣の相手ならいくらでも出来るのよ?トカゲさん」
「…なるほどねぇ…」
(とはいえ、だ。村娘がここまで仕上がるか?普通?)
竜人はそれ以上の反論はしなかった。
だが、ユーインはこれを見過ごせなかった。
「お姉ちゃん、無理しなくてもいいんだよ?」
「お姉ちゃんも自分で決めたことだから、言いっこなしよ。それに…」
「それに?」
「たった一人の家族だもの。いつでも一緒が良いわ」
「お姉ちゃん…そうだね!」
ユーインはいつも通りの笑顔を姉に見せた。
姉妹の絆を見届けた竜人が口を開く。
「決まりだな。そんじゃ、これから長い付き合いになるわけだし、ちゃんと自己紹介をしておこう」
「あ、そうですね」ユーインが頷く。
「確かに。まだ名前も聞いてなかったものね」
姉もそう気付いて頷く。
「俺はオルラウン。旅の先輩として、じゃんじゃん頼ってくれよな」
「私はユーインです。雨の神子として、頑張ります!」
「私はヨウレス。足手まといにはならないよう、気を付けるわね」
「よし。これからよろしくな、ユーイン、ヨウレス」
「よろしくお願いします!オルラウンさん」
「オルラウンさん。妹共々、よろしくするわね」
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