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XLVI 生還
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時は少し遡り、空が千影を探そうと洞穴から出たところで偽神の言葉を耳にした頃。
「今の声は…今のが、偽神?」
(何という重圧感だ…声だけで、コレか…?)
空は冷たい空気を何度も吸っては吐く。喉が凍りつきそうなほどに冷えていたが、偽神の声が聞こえている間は呼吸も忘れるほどの重圧を受けていたのだ、無理もないだろう。
「空ちゃぁぁぁぁん!!」
遠くから響く凛泉の声で空はハッと意識が戻る。声のした方を探すと、遠くから数人がこちらに向かって歩いていた。その中の一人が猛ダッシュでこちらへ迫り、空に飛びつく。
「わっわ…!!」
空は支えきれず地面に倒れ、二人は雪に塗れる。
「空ちゃんよかった!!よかった……。」
凛泉は安堵の微笑みを見せるが、少し空の顔を見つめた後、空の額にチョップを当てる。
「ったく…心配したんだぞ、空ちゃん。」
「てへへ…ごめんね、凛泉ちゃん。」
空は起き上がり、集まっていたメンツを見る。
「結チャーン、無事で何より!」
「とりあえず、第一目的は達成だな。」
「純生さん、碧射さん!」
空は雪の上で立ち上がろうとすると、目の前に京香が手を差し出した。
「…氏家さん?」
「京香で構わない。空…この間はすまなかった。君の気持ちも考えずに失礼なことを…。」
空は差し出された手を優しく握り立ち上がる。
「気にしないでください!京香さんは何も間違ったことは言ってないですし!」
「空…。」
「私の方こそすいませんでした、京香さんにとって私は警戒して当然の相手ですもん。なのに私は皆さんが優しいことに甘えて、京香さん達ともすぐ仲良くなれるなんて思って…もっと、距離感に気をつけないといけませんでした!」
空は手を握ったまま、京香に頭を下げる。京香はそれを見て、静かに俯く。
「君は…本当に優しい子なんだな。」
空は京香の言葉に首を傾げるが、京香はなんでもないと微笑みながら首を横に振る。
「言ったろ京香ちゃん、空ちゃんはアンタに絶対怒ったりしね~って。」
「あぁ…そうだな。そんなところも、よく似ているよ。」
京香は今亡き妹の姿を思い出す。空と重ねた妹の姿は不思議と微笑んでいるように感じた。
「さて、と…再開の挨拶と和解も済んだことだし、次の問題を解決しようかー?」
純生はニコリと微笑み、悠と目を合わせる。
「とりあえず、結チャンを保護してくれていたことは感謝するねん。でも、問題はココから。偽神は本格的に本土を襲撃する気みたいだけど…片山チャンはどうするのさ。」
先ほどまで皆のやりとりを見ていた悠に純生はそう語りかける。
「どうするも何もないよ。僕は変わらず、君たち組織とは直接的な協力はしない。どうしたって財閥の連中を好きにはなれないからな。それでも、魔人を蹴散らすくらいのことは僕個人でもやっておこう。」
「そ。それなら助かるけど…恋都の仇を一緒に取ろうとは、思ってくれないのかい?」
「そうだな、「一緒に」取る気はない…僕一人で、やる。」
「悠…。」
京香は何か言いたげだったが、辛そうな表情で口を紡いだ。
「どちらにせよ僕の魔法は協力には向かないから、君たちを遠くから手伝わせてもらうよ。」
「あ、あの!」
悠が皆の元から離れようとすると、空が後ろから呼び止める。
「…何?」
「あの時は助けてありがとうございました!」
空の言葉を聞き、悠は小さく笑った。
「はは、こんな状況でもお礼は欠かさないなんて。君は本当に変わった子だね…本当に、そういうところが恋都に似てる。」
悠は空の元に歩み寄り、何かが入った皮袋を手渡す。
「これは?」
「僕の魔法で毒性を付与した弾丸。」
毒性という言葉に空は肩を窄める。
「ど、毒…ですか?」
「うん、僕の魔法は『毒物化』。触れたものに毒性を付与する魔法だよ。この弾丸は撃ち込んだ相手に神経毒を与えるんだけど…ま、細かいところは使ったら分かるよ。触れるだけならなんともないから有効活用して。」
悠は空に弾丸を託すと、再び洞穴に向かう。
「片山チャンが協力的な姿勢を見せてくるなんて珍しいじゃない、そんなに結チャンが気に入ったのん?」
純生にそう言われた悠は立ち止まる。
「ま、その子が僕の好みのタイプだったからね。」
「えっ?」
その言葉に空が首を傾げるが、悠はそれ以上言葉を交わすことなく洞穴にも入っていった。
「…とにかく目的である空との合流は無事に出来た。一旦全員で管理局に帰還しよう。」
不思議な空気になっていたその場で先に口を開いたのは碧射だった。
「このみのタイプ…?」
「空、聞きなれない発言で困惑するのは分かるが…一度情報整理をしないか。」
「好みのタイプとは一体…?」
「京香さんまで…。」
───────────────────
「なるほど、つまり空ちゃんはあの時助けられて今ここにいたと。」
「う、うん。それでその…外から音がしたから洞窟から出てきたら、偽神の声が聞こえて…。」
空は千影と会い、話したことを話さなかった。現在進行形で偽神という脅威に立ち向かおうとしている中、どのようなものかも分からない「脅威」の存在を伝えるのは、余計な不安を増やすだけと考えたためだった。
(あの娘のことは話さないのだな、娘よ。)
「うん…私にもまだ分からないことばかりだから…。」
「ん?どしたん?」
「な、なんでもないよ!」
空は下手な誤魔化しをするが、凛泉は気に止めずそのまま前を歩く。
「本当なら片山チャンも味方につけたら百人力だったんだけどねん。ま、彼女は彼女で頑張ってくれるでしょってことで。それはそうと…。」
1番前を歩く純生は、1番後ろを歩く京香を見る。
「氏家チャン、なんか遠くな~い?」
そう言われて3人が振り向くと、京香は肩をびくりと窄める。
「あ、いや。少し離れていれば咄嗟にウサギが襲ってきたりしてもすぐに対応できるしな?」
「いや人3人分くらいは離れてんじゃん、そんな離れてたらむしろ守れねえだろ。」
凛泉にそう指摘されて京香は自身と空の距離を見て、一歩だけ近づいた。
「全っ然近づいてねえだろ!!アホか!」
「し、仕方ないだろ!あんな理不尽な態度をしてしまった相手と親しげに歩けなど私には無茶だ…!実際どんな顔して会えばよかったのかもわからなかったし…!」
「前々から思ってましたけど、あの人意外と繊細なところ多いっスよね。」
「むしろ、あれが本来の氏家チャンだよん。人付き合いが苦手なのは昔からだけど、それはそれとして人との距離感の取り方が下手なのん。」
碧射と純生にそう言われて、京香は肩を落とす。
「いやまあ、その…正式に謝罪したはしたが、やはり空としては私に対して嫌な気持ちを抱いていても仕方ないとは思うのだ…だからその、あまり後ろをピッタリ歩くのも心の負担になるかと思い…。」
「繊細というかこの人もしかして根は陰キャ…。」
「凛泉、それ以上は言ってあげるな。」
申し訳なさそうに縮こまっている京香を見て、空が歩み寄り手を握りしめる。
「く、空…?」
「大丈夫ですよ京香さん!私は全然気にしてません!」
空は屈託のない笑顔で京香を引っ張る。
「私は京香さんが間違ったことをしたなんて思っていません、逆に尊敬してますよ?」
「ほ、本当か…?」
「はい!私を怪しんだのだって皆さんの安全を守るため、攻められる事なんて何もしてません!」
京香は空と目を合わせる。その金色の目はどこまでも澄んだ光を宿し、言葉に一つの偽りもないことを静かに物語っていた。
「空…本当に君は、不思議な子だ。そんな君のおかげで私は、変われるかもしれない。」
先ほどまで縮こまってきた京香は背筋を伸ばして立ち上がり、その場にいた全員と顔を合わせる。
「行こう、なんとしてもこの国を守るために。」
「はい!」
真っ先に元気よく返事をしたのは空だった。
「じゃあ行きましょう!一緒に!」
「あ、あぁ…手を繋いだまま行くのか?」
「逸れたら大変ですから!」
京香は空に手を引かれ、共に歩み始めた。
「こうしてまた空ちゃんに絆され保護者と化した者が一人現れるのであった…。」
「お前も似たようなものだろうに。」
「…うっせぇ。」
───────────────────
数十分後、空たちは管理局へ帰還した。空は何があったのかや何をしていたのか、どんな無茶をしたんだと皆に問い詰められそうになるが、これからのことを話し合うことを優先するために碧射が皆を宥めた。
「それにしても、氏家さんと手を繋いで現れた時は新しい怪奇現象かと思ったよー。」
「幽子、失礼よ。」
そう言って紫音は幽子の頭を小突く。幽子はおどけた顔で舌を出して笑った。
「まさか、本当に無事に帰ってくるとはなー。」
「学さんもこれで少しは空ちゃん信頼してもいーんじゃないのー?」
「ソレとコレとは話が別だってーの…。」
凛泉は学に絡み、何か話しているようだった。
「く、空さんが無事で良かったです~…っ!」
「ごめんなさいね、迎えに行ってあげられなくて。あまり大人数で行くと魔人が集まる可能性もあったから…ま、それならそれで私は狩るだけだったのだけれどね。」
暁子はオロオロとしながらも声をかけに来てくれた。志真は発言は好戦的と言わざるを得ないが、それもまた心配してくれていたからこそだろう。
「うぅ~…空ちゃん無事で良がった、良かったよぉ…うぅ~。」
「あらあら、一歩様泣いてしまいましたわ。まあ、ワタクシも心配ではありましたから気持ちは分かりますわ…でもさっきも不安で泣いていらっしゃいませんでしたか?」
「でも気持ちはわかるよ…空ちゃんもみんなも、本当に無事で何よりだ!!」
空を見て安堵で泣く一歩の涙を、ハンカチでルナが拭き取る。その隣で共に慰めながら、博也は帰還した者たちに目を向けて笑顔を見せる。
(みんなに心配かけさせちゃったかな…。)
(娘は本当に良い仲間を持ったようだな。)
先ほどまでずっと黙っていた千変万化が口を開く(?)。
「センちゃん?」
(先ほどの偽神の声は皆も聞いているだろう、であれば精神的な不安を隠すことなど出来まい。しかしほとんどの者は目の前の問題よりも君が帰ってきたことに安堵し、娘に声をかけて精神的な安心を与えることに注力している。何よりも「気遣い」から入れる友というものは素晴らしいものだぞ。)
「えへへ、もちろん。まだ知らないことは多いけど、みんな私の自慢の友達だよ。」
(…娘も、素晴らしい心を持っているものだ。私のかつての友も皆…)
そこまで語った途端、千変万化は言葉を止めた。
「…センちゃん?」
(私は、あの男に保管され娘に会うまでの記憶はあまりない…娘に触られて初めて目覚めた。であれば、かつての友とは…いったい誰のことだ?)
空が千変万化にさらに声をかけようとすると、後ろから凛泉が空に抱きついた。
「空ちゃんいつまで武器とお話やってんのさ!みんな心配してたんだからもっと絡めぇ?」
「そうデスよ空サーン!空サンの武勇伝もっと聞かせてほしいデース!」
「ぶ、武勇伝ってほどじゃないよ!?」
皆が楽しげに空に話しかけ始める。
「…ごめんねセンちゃん、また後で話そうね?」
(…ああ、気にするな娘よ。存分に、大切な友達とお話しなさい。)
空は防寒具を脱ぐと同時にテーブルの上に千変万化を置き、皆にコレまでの話を始める。
(…娘と同じように、私にも抜けた記憶があるのだろうか?)
誰にも聞こえぬ声で、千変万化はそう呟いた。
「では、空が無事ここに帰還出来たことで…皆、そろそろ本題に移ろう。」
空が戻り和気藹々と盛り上がっていた管理局の共有スペースだったが、京香のその一言で場は静まった。京香が後ろにいた純生と顔を合わせると、純生は微笑みながら頷きホワイトボードに文字を書き始める。
「偽神による支配により人類の撤退を余儀なくされ、閉鎖された区域の中でも随一の規模であるここ北海道・閉鎖区域。約1時間前にF-96[レタラ・ウェンカムイ]による宣戦布告が行われた。その内容は「5日後に北海道から本土へ襲撃を行うというものだ。」
その場にいる全員が張り詰めた空気を感じ取る。
「F-96の魔人による戦力は把握しきれず、北海道全域にいることを考えれば相当な数が存在している。また、魔神に関しては現状では3体確認されており、それぞれ遭遇した魔法戦士たちから情報を貰いたい。」
その言葉を耳にし、碧射は魔神・マークスの戦闘に参加していたメンバーと顔を見合わせる。純生がホワイトボードに書き切ったところで、何人かの自衛隊服を身にまとった人々が部屋に入ってくる。京香は室内を見渡し、小さく頷いた。
「ではこれより、F-96の本土進行を食い止めるための『防衛戦』作戦会議を開始したいと思う。」
「今の声は…今のが、偽神?」
(何という重圧感だ…声だけで、コレか…?)
空は冷たい空気を何度も吸っては吐く。喉が凍りつきそうなほどに冷えていたが、偽神の声が聞こえている間は呼吸も忘れるほどの重圧を受けていたのだ、無理もないだろう。
「空ちゃぁぁぁぁん!!」
遠くから響く凛泉の声で空はハッと意識が戻る。声のした方を探すと、遠くから数人がこちらに向かって歩いていた。その中の一人が猛ダッシュでこちらへ迫り、空に飛びつく。
「わっわ…!!」
空は支えきれず地面に倒れ、二人は雪に塗れる。
「空ちゃんよかった!!よかった……。」
凛泉は安堵の微笑みを見せるが、少し空の顔を見つめた後、空の額にチョップを当てる。
「ったく…心配したんだぞ、空ちゃん。」
「てへへ…ごめんね、凛泉ちゃん。」
空は起き上がり、集まっていたメンツを見る。
「結チャーン、無事で何より!」
「とりあえず、第一目的は達成だな。」
「純生さん、碧射さん!」
空は雪の上で立ち上がろうとすると、目の前に京香が手を差し出した。
「…氏家さん?」
「京香で構わない。空…この間はすまなかった。君の気持ちも考えずに失礼なことを…。」
空は差し出された手を優しく握り立ち上がる。
「気にしないでください!京香さんは何も間違ったことは言ってないですし!」
「空…。」
「私の方こそすいませんでした、京香さんにとって私は警戒して当然の相手ですもん。なのに私は皆さんが優しいことに甘えて、京香さん達ともすぐ仲良くなれるなんて思って…もっと、距離感に気をつけないといけませんでした!」
空は手を握ったまま、京香に頭を下げる。京香はそれを見て、静かに俯く。
「君は…本当に優しい子なんだな。」
空は京香の言葉に首を傾げるが、京香はなんでもないと微笑みながら首を横に振る。
「言ったろ京香ちゃん、空ちゃんはアンタに絶対怒ったりしね~って。」
「あぁ…そうだな。そんなところも、よく似ているよ。」
京香は今亡き妹の姿を思い出す。空と重ねた妹の姿は不思議と微笑んでいるように感じた。
「さて、と…再開の挨拶と和解も済んだことだし、次の問題を解決しようかー?」
純生はニコリと微笑み、悠と目を合わせる。
「とりあえず、結チャンを保護してくれていたことは感謝するねん。でも、問題はココから。偽神は本格的に本土を襲撃する気みたいだけど…片山チャンはどうするのさ。」
先ほどまで皆のやりとりを見ていた悠に純生はそう語りかける。
「どうするも何もないよ。僕は変わらず、君たち組織とは直接的な協力はしない。どうしたって財閥の連中を好きにはなれないからな。それでも、魔人を蹴散らすくらいのことは僕個人でもやっておこう。」
「そ。それなら助かるけど…恋都の仇を一緒に取ろうとは、思ってくれないのかい?」
「そうだな、「一緒に」取る気はない…僕一人で、やる。」
「悠…。」
京香は何か言いたげだったが、辛そうな表情で口を紡いだ。
「どちらにせよ僕の魔法は協力には向かないから、君たちを遠くから手伝わせてもらうよ。」
「あ、あの!」
悠が皆の元から離れようとすると、空が後ろから呼び止める。
「…何?」
「あの時は助けてありがとうございました!」
空の言葉を聞き、悠は小さく笑った。
「はは、こんな状況でもお礼は欠かさないなんて。君は本当に変わった子だね…本当に、そういうところが恋都に似てる。」
悠は空の元に歩み寄り、何かが入った皮袋を手渡す。
「これは?」
「僕の魔法で毒性を付与した弾丸。」
毒性という言葉に空は肩を窄める。
「ど、毒…ですか?」
「うん、僕の魔法は『毒物化』。触れたものに毒性を付与する魔法だよ。この弾丸は撃ち込んだ相手に神経毒を与えるんだけど…ま、細かいところは使ったら分かるよ。触れるだけならなんともないから有効活用して。」
悠は空に弾丸を託すと、再び洞穴に向かう。
「片山チャンが協力的な姿勢を見せてくるなんて珍しいじゃない、そんなに結チャンが気に入ったのん?」
純生にそう言われた悠は立ち止まる。
「ま、その子が僕の好みのタイプだったからね。」
「えっ?」
その言葉に空が首を傾げるが、悠はそれ以上言葉を交わすことなく洞穴にも入っていった。
「…とにかく目的である空との合流は無事に出来た。一旦全員で管理局に帰還しよう。」
不思議な空気になっていたその場で先に口を開いたのは碧射だった。
「このみのタイプ…?」
「空、聞きなれない発言で困惑するのは分かるが…一度情報整理をしないか。」
「好みのタイプとは一体…?」
「京香さんまで…。」
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「なるほど、つまり空ちゃんはあの時助けられて今ここにいたと。」
「う、うん。それでその…外から音がしたから洞窟から出てきたら、偽神の声が聞こえて…。」
空は千影と会い、話したことを話さなかった。現在進行形で偽神という脅威に立ち向かおうとしている中、どのようなものかも分からない「脅威」の存在を伝えるのは、余計な不安を増やすだけと考えたためだった。
(あの娘のことは話さないのだな、娘よ。)
「うん…私にもまだ分からないことばかりだから…。」
「ん?どしたん?」
「な、なんでもないよ!」
空は下手な誤魔化しをするが、凛泉は気に止めずそのまま前を歩く。
「本当なら片山チャンも味方につけたら百人力だったんだけどねん。ま、彼女は彼女で頑張ってくれるでしょってことで。それはそうと…。」
1番前を歩く純生は、1番後ろを歩く京香を見る。
「氏家チャン、なんか遠くな~い?」
そう言われて3人が振り向くと、京香は肩をびくりと窄める。
「あ、いや。少し離れていれば咄嗟にウサギが襲ってきたりしてもすぐに対応できるしな?」
「いや人3人分くらいは離れてんじゃん、そんな離れてたらむしろ守れねえだろ。」
凛泉にそう指摘されて京香は自身と空の距離を見て、一歩だけ近づいた。
「全っ然近づいてねえだろ!!アホか!」
「し、仕方ないだろ!あんな理不尽な態度をしてしまった相手と親しげに歩けなど私には無茶だ…!実際どんな顔して会えばよかったのかもわからなかったし…!」
「前々から思ってましたけど、あの人意外と繊細なところ多いっスよね。」
「むしろ、あれが本来の氏家チャンだよん。人付き合いが苦手なのは昔からだけど、それはそれとして人との距離感の取り方が下手なのん。」
碧射と純生にそう言われて、京香は肩を落とす。
「いやまあ、その…正式に謝罪したはしたが、やはり空としては私に対して嫌な気持ちを抱いていても仕方ないとは思うのだ…だからその、あまり後ろをピッタリ歩くのも心の負担になるかと思い…。」
「繊細というかこの人もしかして根は陰キャ…。」
「凛泉、それ以上は言ってあげるな。」
申し訳なさそうに縮こまっている京香を見て、空が歩み寄り手を握りしめる。
「く、空…?」
「大丈夫ですよ京香さん!私は全然気にしてません!」
空は屈託のない笑顔で京香を引っ張る。
「私は京香さんが間違ったことをしたなんて思っていません、逆に尊敬してますよ?」
「ほ、本当か…?」
「はい!私を怪しんだのだって皆さんの安全を守るため、攻められる事なんて何もしてません!」
京香は空と目を合わせる。その金色の目はどこまでも澄んだ光を宿し、言葉に一つの偽りもないことを静かに物語っていた。
「空…本当に君は、不思議な子だ。そんな君のおかげで私は、変われるかもしれない。」
先ほどまで縮こまってきた京香は背筋を伸ばして立ち上がり、その場にいた全員と顔を合わせる。
「行こう、なんとしてもこの国を守るために。」
「はい!」
真っ先に元気よく返事をしたのは空だった。
「じゃあ行きましょう!一緒に!」
「あ、あぁ…手を繋いだまま行くのか?」
「逸れたら大変ですから!」
京香は空に手を引かれ、共に歩み始めた。
「こうしてまた空ちゃんに絆され保護者と化した者が一人現れるのであった…。」
「お前も似たようなものだろうに。」
「…うっせぇ。」
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数十分後、空たちは管理局へ帰還した。空は何があったのかや何をしていたのか、どんな無茶をしたんだと皆に問い詰められそうになるが、これからのことを話し合うことを優先するために碧射が皆を宥めた。
「それにしても、氏家さんと手を繋いで現れた時は新しい怪奇現象かと思ったよー。」
「幽子、失礼よ。」
そう言って紫音は幽子の頭を小突く。幽子はおどけた顔で舌を出して笑った。
「まさか、本当に無事に帰ってくるとはなー。」
「学さんもこれで少しは空ちゃん信頼してもいーんじゃないのー?」
「ソレとコレとは話が別だってーの…。」
凛泉は学に絡み、何か話しているようだった。
「く、空さんが無事で良かったです~…っ!」
「ごめんなさいね、迎えに行ってあげられなくて。あまり大人数で行くと魔人が集まる可能性もあったから…ま、それならそれで私は狩るだけだったのだけれどね。」
暁子はオロオロとしながらも声をかけに来てくれた。志真は発言は好戦的と言わざるを得ないが、それもまた心配してくれていたからこそだろう。
「うぅ~…空ちゃん無事で良がった、良かったよぉ…うぅ~。」
「あらあら、一歩様泣いてしまいましたわ。まあ、ワタクシも心配ではありましたから気持ちは分かりますわ…でもさっきも不安で泣いていらっしゃいませんでしたか?」
「でも気持ちはわかるよ…空ちゃんもみんなも、本当に無事で何よりだ!!」
空を見て安堵で泣く一歩の涙を、ハンカチでルナが拭き取る。その隣で共に慰めながら、博也は帰還した者たちに目を向けて笑顔を見せる。
(みんなに心配かけさせちゃったかな…。)
(娘は本当に良い仲間を持ったようだな。)
先ほどまでずっと黙っていた千変万化が口を開く(?)。
「センちゃん?」
(先ほどの偽神の声は皆も聞いているだろう、であれば精神的な不安を隠すことなど出来まい。しかしほとんどの者は目の前の問題よりも君が帰ってきたことに安堵し、娘に声をかけて精神的な安心を与えることに注力している。何よりも「気遣い」から入れる友というものは素晴らしいものだぞ。)
「えへへ、もちろん。まだ知らないことは多いけど、みんな私の自慢の友達だよ。」
(…娘も、素晴らしい心を持っているものだ。私のかつての友も皆…)
そこまで語った途端、千変万化は言葉を止めた。
「…センちゃん?」
(私は、あの男に保管され娘に会うまでの記憶はあまりない…娘に触られて初めて目覚めた。であれば、かつての友とは…いったい誰のことだ?)
空が千変万化にさらに声をかけようとすると、後ろから凛泉が空に抱きついた。
「空ちゃんいつまで武器とお話やってんのさ!みんな心配してたんだからもっと絡めぇ?」
「そうデスよ空サーン!空サンの武勇伝もっと聞かせてほしいデース!」
「ぶ、武勇伝ってほどじゃないよ!?」
皆が楽しげに空に話しかけ始める。
「…ごめんねセンちゃん、また後で話そうね?」
(…ああ、気にするな娘よ。存分に、大切な友達とお話しなさい。)
空は防寒具を脱ぐと同時にテーブルの上に千変万化を置き、皆にコレまでの話を始める。
(…娘と同じように、私にも抜けた記憶があるのだろうか?)
誰にも聞こえぬ声で、千変万化はそう呟いた。
「では、空が無事ここに帰還出来たことで…皆、そろそろ本題に移ろう。」
空が戻り和気藹々と盛り上がっていた管理局の共有スペースだったが、京香のその一言で場は静まった。京香が後ろにいた純生と顔を合わせると、純生は微笑みながら頷きホワイトボードに文字を書き始める。
「偽神による支配により人類の撤退を余儀なくされ、閉鎖された区域の中でも随一の規模であるここ北海道・閉鎖区域。約1時間前にF-96[レタラ・ウェンカムイ]による宣戦布告が行われた。その内容は「5日後に北海道から本土へ襲撃を行うというものだ。」
その場にいる全員が張り詰めた空気を感じ取る。
「F-96の魔人による戦力は把握しきれず、北海道全域にいることを考えれば相当な数が存在している。また、魔神に関しては現状では3体確認されており、それぞれ遭遇した魔法戦士たちから情報を貰いたい。」
その言葉を耳にし、碧射は魔神・マークスの戦闘に参加していたメンバーと顔を見合わせる。純生がホワイトボードに書き切ったところで、何人かの自衛隊服を身にまとった人々が部屋に入ってくる。京香は室内を見渡し、小さく頷いた。
「ではこれより、F-96の本土進行を食い止めるための『防衛戦』作戦会議を開始したいと思う。」
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