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XLIV 警告②
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「風に声を乗せて…まさか、北海道全域に?」
風と共に降る雪が山の風景を白く染めあげる。その声は重く、言葉一つ一つに重量があるかのように、その場にいた全員に重圧をかけ続ける。
「この威圧感…偽りといえども、神を名乗るだけはありますね…。」
『我が築き上げたこの白銀の大地を踏み荒らす者どもよ。貴様らは自らの世界の民達を守るために戦っている戦士達だ。』
その声は雪に包まれた北海道全体に響いていた。
『そんな戦士達に我々は…宣戦布告を行うため、この声を聞かせている。』
「宣戦…布告?」
偽神のものと思わしきその声は、獣の唸り声と共に笑い声を響かせる。
『我々は今日から日が4度沈んだ後…5度目の日の出を合図に、日本本土へと攻め入る。』
「…っ!!」
その声を聞いた者たちに、戦慄が走る。
「今は午後15時…今日の日の入りが1度目…つまり「4度目は4日目」、5度目の日の出は…。5日後。」
オリエルは冷静にその言葉を反芻し時間を計算する。その言葉が正しければ、偽神と魔人は5日後に日本本土へと侵略を開始し…確実に、大量の犠牲が現れるだろう。すると、偽神の言葉が再び風に乗って響く。
『今のはこの戦場にいる、君たち戦士への挨拶のようなものだ。我々を世界を否定したくば、自身たちの世界を守り、君たちの正義を貫け。』
偽神のその言葉を最後に強い風と雪は止み、数秒の沈黙が訪れる。
「…姐様や財閥はこの偽神の決定を知らないはず。であれば、組織的な作戦の決行と偶然の一致が起きたと考えるべきか…。」
「オリエルさん、これはリーダーに連絡を入れたほうが…!」
緑希がそう言ってオリエルを見る。オリエルはすでに携帯を取り出し、慣れた手つきで操作を始めていた。
「もうすでに連絡準備はしている。恵夢、貴方は今の雹での被害状況を報告してください。」
「あぁ…THREAD以外のメンバーは特に外傷はない。来流はキャンプで寝てたけど無事だったみたいだ。」
オリエルはリーダーに向けて連絡を入れようとするが、携帯は圏外のままで連絡を入れることはなかった。
「ちっ、伝達は姐様が来てからですかね…。一度点呼を行いましょう。姐様の手を煩せるわけにはいきませんので。」
オリエルはキャンプを覗き込み、幸せそうに眠る来流を睨む。
「んへ~…おりえゆ、今日は回鍋肉じゃなくて青椒肉絲が良い~…。」
「やかましい問題児、早く起きなさい。」
オリエルはその辺で拾った木の棒を持ち、逆手持ちで来流の片尻に突き刺す。その衝撃で来流は目を覚ました。
「んにゃ…っ。あ、オリエルおはよー。」
「おはよーじゃないんですよ大馬鹿タレ。呑気もここまで極まると尊敬できるレベルですよ。」
「すごいでしょ!」
「ほめてないです。」
オリエルは来流をキャンプから引っ張り出す。そのままその場に立たせ、額にチョップを喰らわせる。
「いたいよー、何すんのさ。」
「貴方頑丈なんですから別に効かないでしょう。そんなことより今回の参加メンバーのおさらいです、覚えてますか?」
「覚えてるよもちろん!15人だよね!」
「100点満点のお返事と0点の回答ですね、現在ここにいるのは8人で合流するのが4人ですいい加減にしろよお前。」
「お、オリエルさん…。THREADさんを含めたら9人なので…。それでもズレてますけど。」
「欠けたメンバーは欠けてるんですよ。戦力でなくなった以上、点呼の際に数える必要はないかと。」
緑希の言葉でオリエルは苛立ちを抑え、その場にいたメンバーを揃える。そして自身の足元にLIQUIDの入ったペットボトルを起き、顔を上げる。
「現在の現場監督を任されたシスター・オリエル。役に立つ可能性の低いゴロツキ、アルロ・マッドリー 。コードネーム・LIQUID。」
「LIQUIDの本名、言う必要はあったか…?」
恵夢は首を傾げるが、オリエルはLIQUIDの入ったペットボトルを見つめながら踏みつけて雪に沈める。
「念の為です。彼は今回の作戦で利用する以上、我々の中で情報共有は必要なので。わかりましたか、SLASH。」
コードネームを呼ばれた恵夢は、切り替えたように姿勢を正す。
「ああ、コードネームSLASHは此処に。先ほどTHREADが死亡した。」
「…コードネーム・SHADOW。」
恵夢に続いて、緑希もコードネームを名乗る。
「うん、コードネーム…MOONだよ。」
「えっとねー…あ、JOKER。僕はJOKERだったよ!」
「だったじゃなくて、ちゃんと覚えておいてください、来流。」
その場にいる全員が点呼を済ませたことを確認すると、オリエルはTHREADの手に握られていた[アリアドネの糸]と呼ばれていた毛糸玉を手に取る。
「そろそろ呼び戻しますか。」
オリエルが毛糸玉に意識を集中させると、オリエルにだけ見える不可視の糸が視界に現れる。オリエルが強く念じると、その糸が急速な勢いで何かを引き寄せ始める。すると、周りの雪が軽く舞い、そこには小さな少女がいた。少女は少し驚いたような顔をした後、オリエルを睨みつける。
「お帰りなさい、コードネーム・RULER。少しは真面目に仕事を行いましたか?」
「いきなり呼びつけといてその不快そうな顔は何よ!」
RULERと呼ばれた少女はオリエルに向けて手に持っていたスティレットを向けるが、オリエルは気に留めずため息をつく。
「姐様の指示では、貴方の魔法を使って魔人を支配して拠点の調査をさせるはずでしたが、何か分かった情報があれば共有を。」
「私は「指示」されたんじゃない、アイツに「お願い」されたんだ!お前らと違って私は部下じゃない、対等だからな。」
RULERはオリエルを見下すようにふんぞり返るが、オリエルよりも小さな身長では見下すことは叶わなかった。姿勢の影響で頭に被っていたおもちゃのような王冠が落ちそうになり、咄嗟に手で支えた。
「はいはい、ご友人ご友人。どちらにせよ姐様の「お願い」をしっかり達成してもらわなきゃいけませんからね。拠点の情報をよろしく。」
「お前、私に対して態度がなってないんじゃないか?アイツに止められてなければ、お前なんて簡単に操れるんだぞ?」
「こんな命懸けの現場でそんなわがままな態度が通ると思わないことですね。」
「ま、まあまあ真希ちゃん、一旦落ち着いて…。」
「気安く呼ぶな緑希!!ちゃん付けもやめて!!」
「はい…。」
真希に怒られている緑希を見て、オリエルは小さく「弱…。」と呟いた。
「もう良いわよ、私休む!」
そう言って真希は先ほどの雹の中で無事だったテントの中に入る。中からもやや苦情の声が漏れていた。
「なんでテント壊れてるのよ、というかもうテントも飽きたし…。」
真希が静かになると、無言でオリエルは槍を掴む。
「ちょっとしばきますね。」
「お前も少し落ち着け、バカ。」
恵夢は怒りに満ちた表情のオリエルの後頭部に鞘をつけた小刀を軽く当てる。
「あの子のおかげで魔人を操って情報が整理できるんだ、感謝した方がいいと思うぞ?」
「ち…っ。姐様があんな小娘を対等に扱うこと自体私は気に入らないというのに…!」
「完全な私怨でしかないわね、オリエル。」
「醜い嫉妬というやつだな…。」
「うん、自分が一番私情を挟んでる。」
オリエルは怒りに満ちた表情で三人を睨みつける。無月以外は全く気にせず、呆れた顔をしていた。
「…まあ、いいでしょう。あんな小娘にいちいちキレていたら埒があきませんしね…。緑希、アイツに紅茶でも入れて渡しておきなさい。姐様が用意しておいたティーバッグの物があるはずですから、それさえ与えておけば機嫌も良くなるでしょう。」
「分かった。オリエルさんも飲むかい?」
「私は結構です。あんなにわがままになった理由が紅茶のせいではないとも言い切れませんし。」
キャンプから聞こえてるわよ!と声が響くがオリエルは無視する。
「オリエルさんも言い過ぎだよ…。」
そう言いながら、緑希は紅茶を入れるために焚き火を起こして湯を沸かし始める。
「オリエル、LIQUID、SLASH、SHADOW、MOON、JOKER、RULER。そして千影。貴方はいい加減コードネームの一つくらい用意してもらってください。」
「私は別に、同盟に心から加入したわけじゃないの。だから別にコードネームは不要。」
「じゃあちーちゃんって呼んでいい?」
「嫌よ。」
来流のちーちゃん呼びを一瞬で否定した千影だった。
「ちぇっ。」
「そんなことよりも、どうやってリーダーに連絡するんだオリエル。」
恵夢の言葉を聞き、オリエルは雹で潰れたキャンプの一つを確認する。その中にあった無線機は粉々になっており、機能は完全に停止していた。
「この環境じゃスマホは機能しませんし…あ。」
オリエルは何かを思い出したように声を漏らす。すると、シスターの帽子を脱いで中身から折り畳まれた紙を取り出す。
「それは?」
オリエルが紙を開く。その中には、薄く折り畳まれた紙の厚さでは入らないはずのサイズの無線機が入っていた。
「念の為、共有用とは別に保管しておいた無線機です。SEALさんの魔法でしまっておいたんです。」
オリエルはその無線を操作し始める。
「ねーベネさんいつ来るのー?」
来流がそう言った瞬間、先ほどのチョップとは比べものにならない勢いのゲンコツを放った。
「あいっでぇ!!」
「作戦中は、姐様のことは!!リーダーと呼びなさい!!」
「でもオリエルは姐様呼びじゃん!!」
「私は良いんですよ!!」
「自分勝手ね…。」
オリエルは来流に怒りながら無線を繋げ、緑希は真希に紅茶を渡していた。恵夢は周辺に魔人などがいないか確認しているが、千影はキャンプの近くの石に座り込む。
「5日後までに、この北海道の状況は大きく変わるのね。」
「偽神が勝とうとイザード財閥が勝とうと、この戦いが重要な結果を作るのはいうまでもないでしょうね。」
千影の独り言に対して、オリエルがそう呟く。千影はオリエルの方をチラリと見るが、すぐに視線を落とす。
「そういえば、貴方は結局何が目的で離れていたんですか。」
「答えないわ。」
「そうですか。」
『…あの二人の会話は淡白すぎて不思議というかなんというか…。』
二人のやりとりを見ながら、恵夢は緑希に分けてもらった紅茶を飲んでいた。
「まあお互い、本当に興味ないって感じの距離感ですもんね~…。好きでもなければ嫌いでもない、文字通り「興味ない」距離感ですよね…。」
「変に仲悪いよりはマシとは思うが…。」
真希も含めて三人が紅茶を飲んで落ち着いていると、オリエルが操作していた無線機を口元に寄せる。
「こちら北海道先行部隊です。色々と伝えたい連絡はありますが…まず一つ目は日が4度沈み、5度目の日の出を合図に、日本本土へと攻め入ること。二つ目はTHREADの死亡の報告です。」
『…そう。』
オリエルの無線から小さく声が聞こえてくる。その男性の声には悲しみが溢れていた。
「THREADは偽神の発生させた巨大な雹によって死亡しました。…姐様。私は貴方の考えを尊重します。仲間を殺した偽神に協力するのは…。」
「いや、作戦は多少の変更点を加え、予定通りに行う。」
オリエルやその場にいた全員が、声のした頭上を見上げる。頭上には男性が浮いていた。右手を除いた手足が義足になっており、足場の存在しない空中に立っていた。
「貴方は…CLAW。来ていたんですか。」
CLAWと呼ばれた男はゆっくりと地面に降り立つ。
「もともとTHREADは仲間の位置を把握できる[感知]の魔法を所有していたからこそココに先行させた。役目は終わった以上、次の感知魔法持ちが加入するのを期待する他ないだろう。」
『…私は、仲間を使い捨てになんてしないわ。貴方の考えが間違ってるとは思わないけれど、私の仲間を貴方の考えで「必要な犠牲」と扱うのはやめて頂戴。』
無線から聞こえた男性の声は震えていた。CLAWはその言葉を聞いてため息をつく。
「フン。人類の滅亡を目論んでいる組織のリーダーが、仲間一人の死にいちいち心を痛めてどうする。」
CLAWは義手の手首を動かし整備不良がないか確認する。
「どちらにせよ、お前の目的の偉大さに対して、お前の性根から生まれる甘さは良い加減どうにかして欲しいものだ、リーダー。残酷な選択をしたものが、残酷な死一つに涙を流すな。お前の選択は全てを殺す選択だぞ。」
『…えぇ。私の選んだ道は暗い道。横目なんて…してられないものね。』
オリエルはCLAWに対して不愉快そうに顔を顰めるが、無線から聞こえたリーダーの声は先ほどよりも落ち着いていた。
「それデ?お前たちガ同盟カ?」
「っ!?」
オリエルが後ろに振り向くと、そこには一匹の魔人…否、魔神がいた。
「俺の名前はマークス。まア、ちょっと話し合イでもしよウカ。」
風と共に降る雪が山の風景を白く染めあげる。その声は重く、言葉一つ一つに重量があるかのように、その場にいた全員に重圧をかけ続ける。
「この威圧感…偽りといえども、神を名乗るだけはありますね…。」
『我が築き上げたこの白銀の大地を踏み荒らす者どもよ。貴様らは自らの世界の民達を守るために戦っている戦士達だ。』
その声は雪に包まれた北海道全体に響いていた。
『そんな戦士達に我々は…宣戦布告を行うため、この声を聞かせている。』
「宣戦…布告?」
偽神のものと思わしきその声は、獣の唸り声と共に笑い声を響かせる。
『我々は今日から日が4度沈んだ後…5度目の日の出を合図に、日本本土へと攻め入る。』
「…っ!!」
その声を聞いた者たちに、戦慄が走る。
「今は午後15時…今日の日の入りが1度目…つまり「4度目は4日目」、5度目の日の出は…。5日後。」
オリエルは冷静にその言葉を反芻し時間を計算する。その言葉が正しければ、偽神と魔人は5日後に日本本土へと侵略を開始し…確実に、大量の犠牲が現れるだろう。すると、偽神の言葉が再び風に乗って響く。
『今のはこの戦場にいる、君たち戦士への挨拶のようなものだ。我々を世界を否定したくば、自身たちの世界を守り、君たちの正義を貫け。』
偽神のその言葉を最後に強い風と雪は止み、数秒の沈黙が訪れる。
「…姐様や財閥はこの偽神の決定を知らないはず。であれば、組織的な作戦の決行と偶然の一致が起きたと考えるべきか…。」
「オリエルさん、これはリーダーに連絡を入れたほうが…!」
緑希がそう言ってオリエルを見る。オリエルはすでに携帯を取り出し、慣れた手つきで操作を始めていた。
「もうすでに連絡準備はしている。恵夢、貴方は今の雹での被害状況を報告してください。」
「あぁ…THREAD以外のメンバーは特に外傷はない。来流はキャンプで寝てたけど無事だったみたいだ。」
オリエルはリーダーに向けて連絡を入れようとするが、携帯は圏外のままで連絡を入れることはなかった。
「ちっ、伝達は姐様が来てからですかね…。一度点呼を行いましょう。姐様の手を煩せるわけにはいきませんので。」
オリエルはキャンプを覗き込み、幸せそうに眠る来流を睨む。
「んへ~…おりえゆ、今日は回鍋肉じゃなくて青椒肉絲が良い~…。」
「やかましい問題児、早く起きなさい。」
オリエルはその辺で拾った木の棒を持ち、逆手持ちで来流の片尻に突き刺す。その衝撃で来流は目を覚ました。
「んにゃ…っ。あ、オリエルおはよー。」
「おはよーじゃないんですよ大馬鹿タレ。呑気もここまで極まると尊敬できるレベルですよ。」
「すごいでしょ!」
「ほめてないです。」
オリエルは来流をキャンプから引っ張り出す。そのままその場に立たせ、額にチョップを喰らわせる。
「いたいよー、何すんのさ。」
「貴方頑丈なんですから別に効かないでしょう。そんなことより今回の参加メンバーのおさらいです、覚えてますか?」
「覚えてるよもちろん!15人だよね!」
「100点満点のお返事と0点の回答ですね、現在ここにいるのは8人で合流するのが4人ですいい加減にしろよお前。」
「お、オリエルさん…。THREADさんを含めたら9人なので…。それでもズレてますけど。」
「欠けたメンバーは欠けてるんですよ。戦力でなくなった以上、点呼の際に数える必要はないかと。」
緑希の言葉でオリエルは苛立ちを抑え、その場にいたメンバーを揃える。そして自身の足元にLIQUIDの入ったペットボトルを起き、顔を上げる。
「現在の現場監督を任されたシスター・オリエル。役に立つ可能性の低いゴロツキ、アルロ・マッドリー 。コードネーム・LIQUID。」
「LIQUIDの本名、言う必要はあったか…?」
恵夢は首を傾げるが、オリエルはLIQUIDの入ったペットボトルを見つめながら踏みつけて雪に沈める。
「念の為です。彼は今回の作戦で利用する以上、我々の中で情報共有は必要なので。わかりましたか、SLASH。」
コードネームを呼ばれた恵夢は、切り替えたように姿勢を正す。
「ああ、コードネームSLASHは此処に。先ほどTHREADが死亡した。」
「…コードネーム・SHADOW。」
恵夢に続いて、緑希もコードネームを名乗る。
「うん、コードネーム…MOONだよ。」
「えっとねー…あ、JOKER。僕はJOKERだったよ!」
「だったじゃなくて、ちゃんと覚えておいてください、来流。」
その場にいる全員が点呼を済ませたことを確認すると、オリエルはTHREADの手に握られていた[アリアドネの糸]と呼ばれていた毛糸玉を手に取る。
「そろそろ呼び戻しますか。」
オリエルが毛糸玉に意識を集中させると、オリエルにだけ見える不可視の糸が視界に現れる。オリエルが強く念じると、その糸が急速な勢いで何かを引き寄せ始める。すると、周りの雪が軽く舞い、そこには小さな少女がいた。少女は少し驚いたような顔をした後、オリエルを睨みつける。
「お帰りなさい、コードネーム・RULER。少しは真面目に仕事を行いましたか?」
「いきなり呼びつけといてその不快そうな顔は何よ!」
RULERと呼ばれた少女はオリエルに向けて手に持っていたスティレットを向けるが、オリエルは気に留めずため息をつく。
「姐様の指示では、貴方の魔法を使って魔人を支配して拠点の調査をさせるはずでしたが、何か分かった情報があれば共有を。」
「私は「指示」されたんじゃない、アイツに「お願い」されたんだ!お前らと違って私は部下じゃない、対等だからな。」
RULERはオリエルを見下すようにふんぞり返るが、オリエルよりも小さな身長では見下すことは叶わなかった。姿勢の影響で頭に被っていたおもちゃのような王冠が落ちそうになり、咄嗟に手で支えた。
「はいはい、ご友人ご友人。どちらにせよ姐様の「お願い」をしっかり達成してもらわなきゃいけませんからね。拠点の情報をよろしく。」
「お前、私に対して態度がなってないんじゃないか?アイツに止められてなければ、お前なんて簡単に操れるんだぞ?」
「こんな命懸けの現場でそんなわがままな態度が通ると思わないことですね。」
「ま、まあまあ真希ちゃん、一旦落ち着いて…。」
「気安く呼ぶな緑希!!ちゃん付けもやめて!!」
「はい…。」
真希に怒られている緑希を見て、オリエルは小さく「弱…。」と呟いた。
「もう良いわよ、私休む!」
そう言って真希は先ほどの雹の中で無事だったテントの中に入る。中からもやや苦情の声が漏れていた。
「なんでテント壊れてるのよ、というかもうテントも飽きたし…。」
真希が静かになると、無言でオリエルは槍を掴む。
「ちょっとしばきますね。」
「お前も少し落ち着け、バカ。」
恵夢は怒りに満ちた表情のオリエルの後頭部に鞘をつけた小刀を軽く当てる。
「あの子のおかげで魔人を操って情報が整理できるんだ、感謝した方がいいと思うぞ?」
「ち…っ。姐様があんな小娘を対等に扱うこと自体私は気に入らないというのに…!」
「完全な私怨でしかないわね、オリエル。」
「醜い嫉妬というやつだな…。」
「うん、自分が一番私情を挟んでる。」
オリエルは怒りに満ちた表情で三人を睨みつける。無月以外は全く気にせず、呆れた顔をしていた。
「…まあ、いいでしょう。あんな小娘にいちいちキレていたら埒があきませんしね…。緑希、アイツに紅茶でも入れて渡しておきなさい。姐様が用意しておいたティーバッグの物があるはずですから、それさえ与えておけば機嫌も良くなるでしょう。」
「分かった。オリエルさんも飲むかい?」
「私は結構です。あんなにわがままになった理由が紅茶のせいではないとも言い切れませんし。」
キャンプから聞こえてるわよ!と声が響くがオリエルは無視する。
「オリエルさんも言い過ぎだよ…。」
そう言いながら、緑希は紅茶を入れるために焚き火を起こして湯を沸かし始める。
「オリエル、LIQUID、SLASH、SHADOW、MOON、JOKER、RULER。そして千影。貴方はいい加減コードネームの一つくらい用意してもらってください。」
「私は別に、同盟に心から加入したわけじゃないの。だから別にコードネームは不要。」
「じゃあちーちゃんって呼んでいい?」
「嫌よ。」
来流のちーちゃん呼びを一瞬で否定した千影だった。
「ちぇっ。」
「そんなことよりも、どうやってリーダーに連絡するんだオリエル。」
恵夢の言葉を聞き、オリエルは雹で潰れたキャンプの一つを確認する。その中にあった無線機は粉々になっており、機能は完全に停止していた。
「この環境じゃスマホは機能しませんし…あ。」
オリエルは何かを思い出したように声を漏らす。すると、シスターの帽子を脱いで中身から折り畳まれた紙を取り出す。
「それは?」
オリエルが紙を開く。その中には、薄く折り畳まれた紙の厚さでは入らないはずのサイズの無線機が入っていた。
「念の為、共有用とは別に保管しておいた無線機です。SEALさんの魔法でしまっておいたんです。」
オリエルはその無線を操作し始める。
「ねーベネさんいつ来るのー?」
来流がそう言った瞬間、先ほどのチョップとは比べものにならない勢いのゲンコツを放った。
「あいっでぇ!!」
「作戦中は、姐様のことは!!リーダーと呼びなさい!!」
「でもオリエルは姐様呼びじゃん!!」
「私は良いんですよ!!」
「自分勝手ね…。」
オリエルは来流に怒りながら無線を繋げ、緑希は真希に紅茶を渡していた。恵夢は周辺に魔人などがいないか確認しているが、千影はキャンプの近くの石に座り込む。
「5日後までに、この北海道の状況は大きく変わるのね。」
「偽神が勝とうとイザード財閥が勝とうと、この戦いが重要な結果を作るのはいうまでもないでしょうね。」
千影の独り言に対して、オリエルがそう呟く。千影はオリエルの方をチラリと見るが、すぐに視線を落とす。
「そういえば、貴方は結局何が目的で離れていたんですか。」
「答えないわ。」
「そうですか。」
『…あの二人の会話は淡白すぎて不思議というかなんというか…。』
二人のやりとりを見ながら、恵夢は緑希に分けてもらった紅茶を飲んでいた。
「まあお互い、本当に興味ないって感じの距離感ですもんね~…。好きでもなければ嫌いでもない、文字通り「興味ない」距離感ですよね…。」
「変に仲悪いよりはマシとは思うが…。」
真希も含めて三人が紅茶を飲んで落ち着いていると、オリエルが操作していた無線機を口元に寄せる。
「こちら北海道先行部隊です。色々と伝えたい連絡はありますが…まず一つ目は日が4度沈み、5度目の日の出を合図に、日本本土へと攻め入ること。二つ目はTHREADの死亡の報告です。」
『…そう。』
オリエルの無線から小さく声が聞こえてくる。その男性の声には悲しみが溢れていた。
「THREADは偽神の発生させた巨大な雹によって死亡しました。…姐様。私は貴方の考えを尊重します。仲間を殺した偽神に協力するのは…。」
「いや、作戦は多少の変更点を加え、予定通りに行う。」
オリエルやその場にいた全員が、声のした頭上を見上げる。頭上には男性が浮いていた。右手を除いた手足が義足になっており、足場の存在しない空中に立っていた。
「貴方は…CLAW。来ていたんですか。」
CLAWと呼ばれた男はゆっくりと地面に降り立つ。
「もともとTHREADは仲間の位置を把握できる[感知]の魔法を所有していたからこそココに先行させた。役目は終わった以上、次の感知魔法持ちが加入するのを期待する他ないだろう。」
『…私は、仲間を使い捨てになんてしないわ。貴方の考えが間違ってるとは思わないけれど、私の仲間を貴方の考えで「必要な犠牲」と扱うのはやめて頂戴。』
無線から聞こえた男性の声は震えていた。CLAWはその言葉を聞いてため息をつく。
「フン。人類の滅亡を目論んでいる組織のリーダーが、仲間一人の死にいちいち心を痛めてどうする。」
CLAWは義手の手首を動かし整備不良がないか確認する。
「どちらにせよ、お前の目的の偉大さに対して、お前の性根から生まれる甘さは良い加減どうにかして欲しいものだ、リーダー。残酷な選択をしたものが、残酷な死一つに涙を流すな。お前の選択は全てを殺す選択だぞ。」
『…えぇ。私の選んだ道は暗い道。横目なんて…してられないものね。』
オリエルはCLAWに対して不愉快そうに顔を顰めるが、無線から聞こえたリーダーの声は先ほどよりも落ち着いていた。
「それデ?お前たちガ同盟カ?」
「っ!?」
オリエルが後ろに振り向くと、そこには一匹の魔人…否、魔神がいた。
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