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XLI 悠(ゆう)

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「…ん。」
 空がゆっくりと目を開く。見知らぬ岩肌の天井と、薄暗い周りを見渡すために起き上がる。そこはどこかの洞穴のように見えた。
「ここは…?」
 薄暗い中に光るものを見つけてそれをよく見つめてみる。淡い光を放っているのは、コケだった。近づいて触れてみると、触れた箇所の光がほんの少し強くなり、手の跡が残るように光っていた。
 (コレはおそらくホソバオキナゴケだろうが、なぜ発光しているのだろうな?似ているだけで別の植物なのか?)
 空はその声に気づき、自分が眠っていた場所を振り向く。
「センちゃん!」
 空は千変万化を拾い上げる。よくみるとそばには空の持ち歩いていた荷物が置かれており、防寒具のコートは今も着たままだった。
 (娘よ、警戒しろ。おそらくそろそろ…戻ってくるぞ。)
「戻って…?」
 すると、洞穴の中に誰かの足音が響き始める。その音は少しずつ空の方に近づいて来ていた。
「だ、誰かいるの?」
 (私にもわからない。しかしあれは…あの少女はおそらく、敵ではない。しかし。)
「それってどういう…。」
 足音はゆっくりと近づいてきて、その人物は姿を現した。
「起きた?」
 その人物は被っていたフライトキャップを脱ぎ、空と目を合わせる。
「あ、えっと…。」
 その少女は顔立ちから女性であることは確かだが、髪が短いため一瞬可愛らしい男性にも見える中性的な容姿をしていた。ダウンジャケットを脱ぎ畳んで部屋の隅に置いた少女は空の隣に腰掛ける。
「頭の傷、大丈夫?」
「え…あ。」
 空が自分の頭に触れると、包帯が巻かれていた。軽く触れると、右側に痛みが走る。
「い…っ!怪我…治療してくれたんですか?あ、ありがとうございます!」
「自分を誘拐した相手に最初にすることがお礼とか、変わってるね貴方。まずはここはどこだとか聞き出すもんじゃない?」
 少女は慣れた手つきでマッチに火をつけ、中央の薪に火をつけ始める。横に置いてあった薪を少しずつ追加して火を大きくする。
「気絶していて詳しくは覚えてないですけど…貴方が助けてくれたんです、よね?」
「…どうだろうね。」
 少女ははぐらかしたが、空はその様子に微笑みかける。
「助けてくれたお礼も言わずに相手に質問攻めなんて失礼ですもん!なのでまずはお礼を言いたくて…。」
(普通、お前は誰だとかここはどこだとか言うでしょ真っ先に……ほんとに変な子だな。)
 少女はため息をつくと布の敷かれた場所に腰掛ける。
「ここは僕が拠点にしてる場所。なんもないけど、まあ寝泊まりするだけの場所だから気にしないで。」 
「ありがとうございます…あの、あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
 少女は空に背を向けたまま、背負っていた革袋の中身を漁り始める。
「僕の名前は片山かたやまゆう。君の所属してる…財閥が大嫌いな変わり者だよ。」
 悠と名乗った少女の言葉に空は首を傾げる。
「財閥が嫌い…?あの、片山さんは…」
「悠でいいよ、そんなに年齢トシ変わらなそうだし。」
実は年齢は正確にはわからない…と素直に言うわけにもいかない為、空は小さく頷く。
「悠ちゃんはその、なんで財閥が嫌いなの?魔法使いなのに、財閥の所属じゃないの?」
悠はちゃん付けされたことに微妙な表情を浮かべるが、ため息をつくだけで空の言葉に応えた。
「…あいつらが助けられなかった人の中に、僕の家族がいたから。それだけだよ。」
「あ…ご、ごめんなさい…。」
「君は別に悪くないよ。僕の昔の話だしさ。それよりちょっと出てくけど、安静にしててね。行くよ、ハルカ。」
 悠はそういうと、立てかけていた猟銃を掴んで立ち上がる。
「え!?悠ちゃんのソレも喋るの!?」
「…は?」
 空は嬉しそうに千変万化を持ち上げて悠に見せる。
「ああ、その変なのちゃんと武器だったんだ。剣の柄しかないからお守りかなんかかと…。」
(ユッチ、ソレは失礼だぞ!私はこれでも娘と共に戦う立派な剣だ!)
「き、聞こえないかもしれないけどセンちゃん…千変万化は喋る封魔武具フウマノホコなの。私の魔法でしか意思疎通はできないけど、悠ちゃんも話しかけてたからそうなの、かな、って…。」
 不思議そうな顔をしている悠を見て、空はハッとして千変万化を下ろす。
「ご、ごめんなさい…センちゃんにもお友達ができるかなって思って、嬉しくなっちゃって…。」
「いや、確かに言ってることはわからないけど…この子は、ハルカは確かに私の大切な相棒だし、そう思いたい気持ちはわかるよ。このこと意思疎通できたら退屈しなさそうだし…。」
(完全に娘を頭が残念な子だと思っているなユッチは…。)
 悠はため息をつくと、すぐに戻ると言って洞窟から出ていった。しばらくの間、静まり返る洞窟の中には空の息遣いがこだまするだけだった。
「………え、本当に動いてない。」
 十数分が過ぎた頃、悠は洞窟に戻ってきた。空は同じ位置に座り込み一切動いていなかった。
「あ、おかえりなさい!」
「いや、おかえりなさいって…なんで動いてないの?別に拘束もしてないのに。」
「お礼もできてないのに勝手に立ち去るわけには…。」
 悠は空を見つめ、大きくため息をつく。
「ホンットに変な奴…普通ここから脱出しなきゃとか、仲間のところに戻らなきゃとかならないの…?まあ、なんとなく君に言っても意味ないのはわかってきたけど。」
(その通り、娘は良くも悪くも素直でな。純粋ともいう。)
「悪くもは余計だよセンちゃんっ!」
 悠は空が突然剣に話しかけたのに首を傾げながらも、手に持っていたものを木の板の上に下ろす。
「それ…。」
「ちょうどいいや。他の人の意見も聞けるいい機会だし…君さ、コレ、?」
 悠が空に見せてきたのは、あの時空たちを襲ったウサギのような生き物だった。耳は螺旋状にねじれ、先はドリルのように尖っている。前歯は普通のウサギよりも鋭利で、獲物を狩るために特化した形状をしていた。
「…ウサギさん。」
「本当に?これが『普通のウサギ』?」
 空は息苦しさを感じながらもウサギらしき生き物の死体を見つめる。牙は肉食獣のような形であり、あの時空たちを襲った時のことを思い出すと、どう考えたとしても普通のウサギではないとしか言えなかった。
「普通…ではないけど…このウサギさんは、なんなんですか?」
「…。私はそう呼んでる。」
 そう呟いた悠は空に背を向け、木の板に魔獣を乗せて何かを始める。
「魔獣…ですか?」
「北海道が偽神フェイカーと魔人に占領されてからもう3年。この地域は雪に囲まれて、ほとんどの生存者が捕食された。多くの生き物は遊び感覚で殺されて、絶滅まではいかなくても個体数を急激に減らされた…そしたら、半年ほど前にこの生き物を見つけた。」
 悠は作業の手を止めずに話し続ける。空は手元をのぞく勇気はなかった。すると、悠は突然顔だけを振り向かせた。
「その光ってるコケもそう。半年くらい前から急に生え始めて、水をかけると薄く発光する珍妙な植物だよ。」
 空は自分が横になっていたそばにある光るコケを見る。眩しさを堪えてよく見ると、表面にうっすらと水が吹きかけられていた。側には霧吹きが置いてあり、中には水が入っていた。
(…こんな植物が存在するのか?ヒカリゴケと言われればそう見えるが、ヒカリゴケはわずかな光を反射しているだけで発光するコケではない…。が、これは確実に自ら発光している。)
「そうなの?」
「ん?」
千変万化と会話する空に悠が反応する。
「あ、いやその…センちゃんが、ヒカリゴケは自分で発光しないのにこのコケは発光するなんて不思議だなーって…。」
「……ふぅん。頭いいんだね、ソイツ?」
 悠は小さな鍋を取り出して懐から取り出した水筒から水を注ぐ。焚き火に乗せて熱を加えながら話を続ける。
「魔獣…このウサギは最初は1匹で、数日かけて監視してたら食べる餌もなく餓死して死んだ。試しに解体してみたけど中身も普通の内臓が詰まってて、も普通のウサギと変わりなかったよ。」
「あ、味…?」
悠は空が目を丸くしているのを横目に見る。
「でも、二週間くらいした頃にまたこいつは現れた。目の前の雪を掘り起こして地面から突然ね。しかも一匹じゃなくて二匹。最初はそのまま死ぬと思ってた…けど、ソイツらは近くの木になってた実を食べて飢えを凌いで生き続けてた。」
悠は袋から小さな木の実を取り出した。その実は綺麗な赤色で、空には飴玉のようにも見えた。
「食べてみて。大丈夫、毒とかはないし、水で洗ったから問題はないよ。」
 空は悠の手の木の実をじっと見つめる。
(なんかこの子、餌付けされてる小動物みたいだな…。にしても、やっといてなんだけど初対面の相手から渡される物に警戒とかしないの?)
 空は悠からソレを受け取り、口に運ぶ。空はそれを恐る恐る歯で噛み潰す。小さい実から汁が溢れ、口の中に広がる。その感覚はミニトマトを食べるのに似ていた…が、その後に口の中を満たしたのは強烈な辛味だった。
「~~~~ッ!?」
微かな酸味はあるがすぐにそれすら忘れそうなほどの強い辛味。以前財閥の食堂で食事をした時に興味本位でタバスコをかけすぎた時に近い辛味が口内を襲う。
「か、辛いです…っ!ケホッ、これは…!?」
「さあね。これもだいたい半年前くらいから木に成り始めたヤツだから種類とか分かんない。毒とかもないし小腹空いた時に食べてるけど。」
「わ、分かんない物口にしちゃダメじゃ!?」
「いや、今の君に言われたくないけど…?」
(ユッチ、ごもっともであるな。)
空は悠から木でできたコップを受け取り中の水を飲む。辛味は完全に消えはしなかったが、多少楽にはなった。
「ふひゅ~……辛かったです…。それにひても、この木の実も半年前からなんですか…。」
「うん、主に半年前から起き始めた変化はこの3つ。自己発光するコケ、雑食のウサギ、辛い木の実…でも、問題はこれだけじゃない。本当に怖いのは…この変なウサギを見かけてから3ヶ月くらいが経った時。」
悠は先ほど隠れて切っていたであろうを鍋に入れて煮込み始める。ソレについて空は口を挟もうとするが、悠の話を遮らないために口をつぐんだ。
「アイツらがいつものように狩りをしてた。エゾシカとかは全く姿を変えずに生き残ってたから、アイツらはこれを食うために群れで襲ってたんだろうね。それを見て僕は……。」
空は鍋をかき混ぜる悠の手が小さく震えていることに気づく。
「アイツらを……。『変なウサギ』じゃない…『ただ、ウサギが狩りをしている』って…。」
「…え?」
(ユッチ…どういうことだ?)
 悠は鍋から離れ、端にあった切り株で作ったであろう机のような物の上に置いてあった動物図鑑を持ってくる。端を折って印をつけたページを開くと、そこには馴染みのあるウサギ他様々なウサギの写真が載せられていた。
「アイツらをこの子達と同じ、普通のウサギとして見てた。最初はなんでそんなことを考えたんだって自分を疑った。廃墟の本屋から偶然状態のいい動物図鑑を拾ってこれを読んで…このウサギたちを見て、「僕の知ってるウサギって、こんなのだっけ?なんで野菜しか食べないの?」て……。」
 悠は本を閉じ、空に真剣な視線を向ける。
「ウサギだけじゃない。さっきの木の実も光るコケも…『名前はわからないけどそういう物』として、当たり前に認識し始めていた。」
 空は悠の視線で体を緊張させる。
「僕の考えが正しければ、この北海道だけが別世界のように、あの魔人たちの世界としてされてるのかもしれない。魔人が当たり前に人類として存在する異なる世界として…。他の閉鎖区域がどうなのかはわからないけど。」
(…そういえば。)
悠の言葉で何かを思い出した千変万化が言葉を発した。
「…どうかしたの?」
(以前、トカゲの偽神が占領している閉鎖区域で…しおちゃの友人だった娘たちが殺されていただろう。)
「……っ、うん。それが、どうかしたの?」
 空は以前目にした凄惨な光景を思い返し吐き気に襲われるが、グッと堪え話を聞く。
(あの時我々は魔神プレデターとの戦闘中故に気にする余裕もなかったが、何故街路樹とは異なる木が道路の真ん中にのだろうか。)
「え…。」
 千変万化は言葉を続ける。
(娘よ、以前時間のある時に資料を読み込んでいたが…閉鎖区域No.3の偽神の魔法を覚えているか?)
って、資料には記載されてたよ…?」
(うむ、では何故?確かに本来の火山灰も体に良い物を持っているとは言えないが、明らかにあそこの毒素は異常だった。)
「それって、もしかして……!」
(あくまでまだ仮説ではあるが…可能性は高い。)
 不思議そうな顔の悠をよそに、空と千変万化は一つの仮説にたどり着いた。


 
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