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XXXV 白き大地②

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「お?」
 ハッパと言う名前の魔神プレデターが耳を立てて周りを見渡す。
「どうシタ?」
「来たぞ、獲物の方からな…!」
 そう言ってハッパは立ち上がる。耳を動かしながら周りを見渡すと、消滅しかけている仲間の死体の内臓をちぎり始める。心臓は血管が導火線となり、肺は細くダイナマイト状に、腸は手榴弾の形になるように複雑に絡まりピンのようなものが生えた。
「お前は手ェ出すなよ。俺がやる。」
「ああ、勝手にシロ。」
「さぁて、今日の晩飯はどいつになるかな?」


「発見!発見!」
 銃器を構えた軍隊が数十人、ハッパ達に銃口を構える。その後ろには防寒着に身を包んだ魔法使い達が数人待機していた。
「ぎゃはっ!俺ら二人に対して呼ぶにゃぁ…ちっと少ないんじゃねえか?」
「総員、放て!」
 魔法少女の一人がそう叫ぶと、軍隊は一斉に射撃を開始する。ハッパは素早い動きでジグザグに走り弾丸を回避しながら迫り来る。
「させるものか!」
 先ほど司令塔となっていた女性が右腕を正面に突き出し、ハッパを睨みつけながら指を鳴らす。
「グゲァッ!?」
 その瞬間、ハッパの頭上から落雷が直撃した。ハッパは黒焦げになりその場で立ち止まり、それを好奇と軍隊の弾幕が襲う。
「テメェァァァァァァァァァァッ!!」
 ハッパは雄叫びを上げると、地面の雪を握りしめて雪玉を作る。すると、その雪玉から導火線が生えて前触れもなく着火した。
「ッ!!」
 ハッパがそれを正面に投げると、空中で白い雪を吹き上げるように爆発した。それは煙幕のように周りを白く染めて視界を遮った。
「総員弾幕を続けろ!煙幕は正面のみだ、近づかさせるな!」
 軍隊は一斉射撃を繰り返し続ける。女性は雪の中を凝視するが、ハッパの姿を捉えることは叶わなかった。
「く…っ!」
「させっかよぉ!!」
 女性の後ろから、サングラスをかけた男性が飛び出す。
「オッラァ!!」
 男が勢いよく腕を振るうと、腕が振るった方角からどこからともなく強風が吹き、雪の霧を払った。
「…発見。」
「ぐうぅ!」
 霧が晴れハッパの姿を目視した女性は、再び指を鳴らし落雷を落とした。
「ギヴァァァァァァァッ!!」
 落雷を受けたハッパは体が焦げ、血反吐を吐きながら地面に倒れた。
「よし!奴を捕獲しろ!!」
 サングラスの男がそう叫ぶと、銃を構えた軍隊の数人が拘束するために走り寄る。ハッパは体から煙を吹きながら動かずにいた。
「…………。」
「…何故来ない…。」
「どしたの、氏家うじいえチャン?」
「奴の仲間が一向に姿を見せない。以前なら連携して来ていたというのに……。」
 氏家と呼ばれた女性は頭に被っていた海軍の軍帽をツバをいじりながら周りを見渡す。
「うわぁぁっ!」
「っ!」
 氏家とサングラスの男が顔を叫び声を聞き顔を向けると、魔神のそばの地面が爆発し軍隊の人間を吹き飛ばしていた。
「…地雷か!」
「ぐぁっはははははっ!!」
 魔神は笑い声を上げながら顔をあげ、口から何かを吐き出した。ソレは、先ほどの仲間の死体から作った爆弾だった。
「た、退避…っ!!」
 軍隊の一人が退避命令を叫ぼうとするが、ハッパの鋭い爪が男の下顎を抉り取った。後ろに倒れ込む男の喉に心臓で作った手榴弾を突っ込み、手を抜くと同時にピンを引き抜く。
「ひぃぃっ!」
 男の肉体は内側から爆裂し、周辺に肉片を飛び散らせる。恐怖で半狂乱となって銃を乱射するものをハッパは殺し、その者の頭を引きちぎって爆弾に変える。それをさらに人に投げて吹き飛ばし、その者からできた死体からさらに爆弾を作り…ほんの数秒で部隊一つを蹂躙したハッパは、不満げに喉を鳴らす。
「……っ!!」
 氏家は怒りの視線をハッパに向けて指を鳴らす。
「けっ」
 氏家の落雷はハッパに命中するはずだったが、ハッパは咄嗟に死体の一つを頭上に放り投げて落雷を代わりに受けさせる。
「な……っ!」
「テメェの落雷は直線的に落ちてくる。その間に何か投げちまえばなんとでもなんだよ!」
 ハッパは目にも止まらぬ速さで走り寄り、氏家に牙を剥く。
「させるかっての!」
 サングラスの男が魔神の横から掌底打ちを繰り出す。すると男の突き出した方向から強風が吹き荒れ、周辺の雪と共にハッパを、吹き飛ばした。ハッパは体制を変えて地面に着地し男を睨みつける。
「がぁぁぁっ!鬱陶しいんだよその風ァァ!!」
「そうはいうけど、うちのリーダーが殺されちゃ敵わないんでねぇ。」
「助かったぞ、松原まつばら。」
 サングラスの男は氏家にそう呼ばれ、微笑んだ。
「ガルルル…ッ!!」
 ハッパは唸り声を上げながら地面に手をつき、飛び掛かろうと力を込める。
「待テ、ハッパ。帰るゾ。」
 その場にいた全員にそう声が聞こえてくると同時に、ハッパの横にもう一匹の魔神が姿を表した。その魔神はハッパよりもガタイが良く、顔は熊によく似た形状をしていた。
「あぁ!?テメェ、まさか敵を前に逃げろってのか!?ふざけてんじゃねえぞ…!!」
「ふざけてナイ。むしろ逃げ時ダ。」
 ハッパはそういう魔神に指さされた方向を見る。雪が舞いぼやけてはいたが、何人かの人影がこちらに向かって歩みを進めていた。
「アレはヘリに乗ってた連中ダ。お前がぐだぐだしてるうちにヘリが降りちまったじゃネーカ。部下も連れてネェシ、ここは引クゾ。」
「ぐぅ…」
 ハッパは悔しそうに唸り声を上げたが、もう一匹の魔神と共に走り出した。
「逃すか!」
 氏家が落雷を落とそうと構える。それと同時に、ハッパが足元に何かを放り投げてきた。それは、魔人の肺が変異した爆弾だった。
「氏家チャン!」
 二人がその場から飛び退き爆弾から離れる。しかし爆弾は、爆竹程度の小さな爆発をするだけで消滅した。
「な…っ!?」
 氏家がソレに気づき魔神の走り出した方角を見るが、すでに雪景色と同化した白い獣を見つけ出すのは困難だった。
「……魔神二体、逃亡を確認。これより作戦参加メンバーと合流する。」
 氏家は軍帽を深く被り直し、怒りの表情を消して冷静な態度で歩き出す。
「いくぞ、松原。」
「あいよ~」

───────────────────

 〔…Cチームのヘリが墜落し、魔法使い5名が死亡または消息不明…ヘリの操縦をしていたイプシロンの子機も破壊されて回収することは叶いません。〕
 日本支部の寮から端末を繋いだ状態のシエルは顔を俯かせながらそう答える。
「我々の警備体制の甘さが原因だ…すまない。」
 氏家は深く頭を下げ、支部から来たメンバーに謝罪する。
「いえ…ぼくらも魔神の情報はもらっていながら警戒が足りなかったのは事実なわけだし…あんた一人の責任じゃないよ、頭を上げてくれ。」
 博也は頭を下げる氏家にそう言って頭を上げるように促す。
「……ここから先の作戦は、私の命に変えても皆様を勝利に導くと約束しましょう。」
 「命に変えても」その言葉に空は首を振る。
「だっ、ダメですよ!命に変えてでもなんて…貴女だって生き残って、みんなで北海道を取り戻しましょう?」
 氏家は空を見つめる。空の正面から見下ろす氏家の表情からは威圧感が感じられた。
「…キミは確か、むすび くうというものか。聞けば、自身の過去も本名も知らないという。」
「え…?」
 氏家は空から目を逸らし、他のメンバーを見つめる。
「彼らは私にとっても長年共に戦い続けた戦友だ。そして新人たちはまだ日は浅いが共に戦う者たちとして誇らしいと考えている。……しかしキミは別だ。」
 空を睨みつけながら氏家は言葉を続ける。
「キミは閉鎖区域に一人で倒れているところを逃亡中の流河るかが保護し、その後イザード財閥に改修されたと聞いた。ではキミは何故閉鎖区域に一人でいた?何故それまで殺されずにソコにいた?どうやって魔法を手に入れた?何故キミの家族は捜索願も出さずにキミを放置している?」
「え…えっと……。」
 空が答えに困っていると、近寄ってきた凛泉がナイフを氏家の首筋に向ける。その瞬間、周りの空気が張り詰める。
「おい、テメェ。空ちゃんから離れろ。」
「凛泉!」
 博也が止めようとするが、凛泉はナイフを氏家に向けたまま目を逸らそうともしなかった。氏家はナイフを向けられたまま凛泉に向き直り凛泉を睨む。
「なんだ貴様、まだ生きていたのか。てっきり、とっくの昔に失血死したと思っていたが?」
「悪いけど、私は結構死に損なうこと多くてねぇ。死ぬほど怪我しても死なずに帰ってきちまうんだわ、コレが。」
 氏家と凛泉はしばらく睨み合っていたが、氏家は凛泉に背を向けて歩き出した。
「作戦の詳細は後ほど説明する。今は各自、作戦に向けて準備を整えていてくれ。」
「テメェ!まだ話は…!」
 自分を無視して歩き出す氏家に、凛泉はナイフを構えて迫ろうとする。
「ほ~い、その辺にしときな~、凛泉ちゃん。」
 しかし、学に腕を掴まれそのまま後ろ手に回されてナイフを落とし、取り押さえられた。
「イデデデデッ!!ちょ、学さんっ放せ!」
「ダメだってーの、協力者とのいざこざは勘弁だぜ?オレはよ。」
「凛泉ちゃん落ち着いて、ね?今ここで喧嘩しちゃダメだよ!私は気にしてないから…っ!」
「アンタが気にしてなくても私が気にする!仲間をあんな言われて黙ってろってのか!?」
「そうは言わねえけどな。今は喧嘩する時じゃねえって話。…それに、オマエだってアイツに強く当たれねえだろ~…?」
 学にそう言われ、凛泉はナイフをしまって舌打ちをしながら椅子に座る。
「ごめんねぇ、うちの氏家チャンが。普段はリーダーシップあって頼りになるんだけどね~…虫の居所が悪いのかしらね?なんて。」
 張り詰めた空気を変えようと、松原が立ち上がり挨拶をする。
「おお、松原さん!久しぶりだな!」
朱雀井すざくいチャンも元気そうでなにより!で、その子が新人の結チャン?」
「え、えっと…初めまして、結 空です…!」
 松原は空に向き直り、にこやかに挨拶をする。
「やあやあ、僕の名前は松原まつばら純生よしき。魔法は『送風』を使うんだ。よろしくね~。」
「よろしくお願いします、純生さん…それと、えっと…。」
 空は困った様子で、氏家が歩き去っていった方向を見つめる。
「あの子は氏家うじいえ京香けいか北海道調査隊うちの実質的リーダーなんだけど…今日はちょっとご機嫌斜めであんな感じなんだ、ごめんね?結チャン。」
「いえ…あの人の言ってることは間違ってません。私は自分のことなんて何もわからないので…」
 空がそう言いながら俯くと、凛泉が大きな音を立てて机の上に足を上げる。
「わひゃっ!?」
「あんな堅っ苦しいやつの言うことなんて気にしちゃダメだよ空ちゃ~ん。」
 凛泉の態度に碧射がため息をつく。
「…たしかに京香さんの言うことも間違ってるわけじゃない。だが…これまで一緒に戦ってきた空を信じてやれるのは俺たちだけだ。空、あまり気にするな。」
「そうそう、むしろこれから見返してやろーぜ?ボクも協力するぜ!」
「皆さん…ありがとうございます。」
 空は嬉しくなり、幽子がハグをする構えをしたので飛び込もうとする…が、幽子はそれを『ゴーストスイッチ』で通り抜ける。空はそのまま勢い余って紫音に抱きついた。
「ごふっ」
「ああうっ、すっすみませんっ!」
「いえ空さんは悪くないですよ…幽子、空さんを揶揄からかうのもいい加減にしてくださいよ?」
「あっははー!」
 一瞬にして和気あいあいとした空気になり、博也は安堵の声を漏らす。
「なんとかなった…かな?」
「あの子、愛されてんだねぇ。みんなに大切にされてなきゃぁ、あんな風に元気づけられはしないでしょー。」
 そう言って純生は、京香の去っていった扉の方を見つめる。
「あの子も君たちと一緒に過ごしていくうちに、また笑顔になってくれたら嬉しいんだけどねぇ。」
「きっと、大丈夫ですよ。」
 皆から離れて見ていた二人に、近づいてきた碧射がそう言った。
「ん?野次路のつみちチャン。」
「アイツには、周りの目を惹きつける力がある。きっとあんな感じの子だからこそ、『エンゲージ』なんて魔法を得られたんだと思いますよ、俺は。」
「…実にロマンチックな子だねぇ。」
 二人がそう話すと、楽しそうに博也が皆の元に向かう。
「おーい!ぼくも混ぜてくれよーっ!」
「筋肉の化け物だ!うせろ!!」
「あの、収拾がつかなくなるので一旦静かにしててください…。」
「凛泉ちゃんはともかく紫音ちゃんまで!?」
「あっははっ!お~い、俺も混ぜてくれ~い。」
 皆のそのやりとりを見て、純生も大笑いしながら話に混ざっていった。
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