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XXII 魔神④
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「全身の再生にかかる時間は…20分ほどと言ったところだろうか?それまで君たちが見逃してくれるとは思わんしな。ここからは、本気で相手をさせてもらおう。」
魔神は一人で呟きながら、腹の傷口からはみ出している内臓を強引に中に詰め始める。
「ああ…?今まで本気出してなかったのかよヤロー…!!」
凛泉が舌打ちをしてナイフを構える。全員が戦闘体制に入ると、魔神はそれを見て再び笑い声を漏らし始める。
「は…ははは…だめだ、笑うという失礼な行為を許してほしい……こんなに楽しいのは初めてなものでな……っ。」
魔神は笑いながら自分の残った左腕の手のひら開いて見つめ始める。
「そうか…これが、楽しいか…。私は、楽しく感じているのか…この状況を!!」
魔神が微笑みながら顔を上げると同時に、凝血外殻をまとった凛泉の蹴りが顔面にくらう。
「ゴタゴタうるせえんだよ、ゴミが!!」
魔神は鼻から血を吹き出し地面に倒れる…寸前に尾を伸ばし、凛泉の足を縛り付ける。
「っ!!」
魔神は尾を振り上げ凛泉を勢いよく放り投げた。碧射が放った弾丸が凛泉を盾にして外殻に弾かれる。
「志真さん!剣を!」
空が志真の魔法で作り出した剣を掴み真っ直ぐ魔神に投げる。しかし剣は届かず地面に落ちていく。
「ダメよ空さん!私の剣の射程距離外よ…!」
そこまで志真が叫ぶと、剣は地面スレスレで軌道修正し魔神の下腹部に突き刺さった。
「な…っ!」
志真が空を見ると、空の手首に白い光のブレスレットのようなものがついていた、よく見ると碧射の腕にも同じものがついていた。
「それが、貴方の絆…?」
「志真、剣を手元に戻せ!」
「ええ!」
志真は碧射の言葉に応じて剣を戻す。引き抜かれた傷口から血が吹き出すが、魔神はなお笑顔を絶やさなかった。
「凛泉ちゃん!!」
「おうよ!」
凛泉が外郭の一部を飛ばし空中に足場を作り出す。空はその上をジャンプして渡り魔神に迫る。
「はああっ!」
空は千変万化を剣の形状にして魔神に斬りかかるが、魔神は尾でソレを受け止めた。
「君は…先程まで恐怖で動けなかったというのに、突然のその行動力はなんだ…?興味深い、興味深いぞ…っ!」
魔人が腕を振り上げる。
「…っ!」
空が魔神を睨みつけると、光の腕輪がバラバラの光となった。
「む?」
同時に、離れた距離の碧射の腕輪が消滅した。
「っ!空!!」
魔神が爪を振り下ろす。空は体を逸らしたが脇腹に左腕の爪が突き刺さり血が吹き出す。
「うあ…っ!!」
その瞬間、吹き飛ばされて起き上がった凛泉の手首に光の腕輪が出現した。
「け…っ!空ちゃんナイス判断!」
「ぬ…っ!」
空の脇腹から吹き出した血は鉄のように固まり、魔神の腕をがっしりと固定した。
「他者の術を使う…!?君はどこまで私を楽しみせてくれるんだ……っ!!」
魔神が不気味な笑みを浮かべながらも、千変万化を弾き尾を空の顔に突き刺そうと放つ。
「私を忘れるな。」
地面から空の肩をジャンプ台にして、杏奈が尾を弾き返した。
「くは…っ!」
魔神が笑い声を漏らすと同時に、杏奈は素早く移動し魔神の尾の根本を掴んだ。
「はああああああっ!!」
杏奈は力を込めて、尾を根本から引きちぎった。
「あああ…っ!!」
そこで魔神が初めて、笑みを崩した。その瞬間空の血が元の液状に戻り、千変万化が鎖に変形して魔神を縛り上げた。
「う…ああああっ!」
空は力いっぱい千変万化を振り上げ、魔神を頭上に放り投げた。
「!!」
空が頭上に手をかざす。その瞬間、凛泉についていた光の腕輪が消滅し志真の手首に転移した。志真の手首に移動した光は籠手のような形状に変化した。
「え…!?」
その瞬間、空の足元から4本の剣が出現し、頭上の魔神の腹部に一斉に突き刺さった。
「がは…っ!!」
魔神は目を見開き空を見た。空の目は、確かに戦いに対する恐怖を纏っていた…しかしその奥に、戦う強い意志を宿していた。
「面白い…。」
魔神が地面に落ち、剣が消滅すると同時に空と志真の手首の光も消えた。
「…はぁ、はぁ…。」
空は魔神が動かなくなったのを見て、深く息を吐いた。
「空ちゃん!」
凛泉の呼び声に空はニコリと微笑んだ。
「えへへ、凛泉ちゃ…あっ。」
空はフラフラと歩き出したが、足元の瓦礫に足を引っ掛けて前に倒れる…。
「…っと。」
すると、体を元に戻した杏奈が倒れる寸前に空を受け止めた。
「あ…杏奈さん…。」
「……。」
杏奈は空に肩を貸して歩き出す。
「あ、あの…。」
「さっきはごめんなさい。」
「…え?」
空は杏奈の呟いた言葉に首を傾げる。
「アナタに何があったかなんてワタシは知らないけど…さっき、なんとなく…アナタも何か失ってきたんだって感じた。だから…さっき、アナタが動けなかったことを責めたことを謝ったの。」
空は杏奈の横顔を見て俯く。
「私は…記憶を失っていて、この世界がどんなことになっているかすら知りませんでした。名前も与えられたもので、元の名前は知りません。」
「…。」
空に肩を貸して歩きながら、杏奈は話を聞いていた。
「私を保護してくれた人が魔人に殺されて…悔しくて悲しくて、でもやっぱり…どんな命でも傷つけるのは怖いんです。」
「…なら、何故今動けたの?」
「分かりません。でも…友達を、今の私の大事な人たちを守るためなら…私は戦います。」
杏奈は空の、まっすぐな目を見た。
「……そう。」
全員がその場に集まり、互いの顔を見合う。
「…とりあえず、お疲れ?」
凛泉が呟いた碧射の脇腹を小突く。
「いって、何すんだよ。」
「うっせぇボケが!一人だけほとんど無傷で余裕そうな顔しよってしばくぞ!!」
「これでも空が動けない時とか魔人さばくのに必死だったんだぞこちとら…。」
「あ、あの時はすいません…見苦しいことを…。」
「私たちだってあんなひどい死体は初めてだもの、仕方ないわよ。」
申し訳なさそうにしている空の頭を志真が優しく撫でる。
「にしても、空ちゃんの絆が志真ちゃんにも使えたのは意外だったなー、いつの間に仲良くなったわけ?」
凛泉の質問を聞いて、志真は自身の手を見つめる。
「そうね…確かに寮で困ったこととかで相談に乗ったりしてるうちに仲良くなってはいたけれど…不思議な魔法ね、私の体も疲労がなくなった気がするわ。」
「…空さんの魔法は不思議な力ですね。」
紫音は先ほどの光の腕輪のことを思い返す。あの光は遠目から見ても感じられる、温かみがあった。
「えへへ。」
すると、紫音のコートから携帯の着信音が鳴り始めた。
「はい、もしもし?」
『あ、やっと繋がった~。なんかデータベースの生体反応に異変があったから連絡入れたのにいつまでも出なくて気になってたんだよ~。』
その声は灯依の声だった。後ろでベルが何かしているのか、お皿のようなものを片付ける音が聞こえる。
「…心配してくれるのはありがたいですが、何か食べてましたか?」
『へ?いやいやそんなプリン食べてたなんてことは全然~…。』
「…そうですか。まあそんなことより、これから魔神の死亡を確認次第帰還します。」
『あ、あいよー。』
(…冷たい。なるほど、これが死に近づく感覚か。火山灰が降り注ぐこの地はいつも一定の熱を持っていて暖かいが、今はとても寒い。これは、血を失ったからか…。)
魔神は薄れる意識の中で空を眺める。
(…いや。)
魔神の腕からゆっくりと、黒い煙が吹き出し始める。
(私はまだ何も成せていない。まだ「個」となる何かも得ていない…。)
魔神がゆっくりと立ち上がる。
「っ!!」
空達が魔神の動きを見て武器を構える。
「私は……死なん…。」
魔神は黒い煙で右腕を形成しその腕を見つめる。
「この魔法は…他者から見れば炎に見えるほどに激しい。私も、こうして取得する前は炎に見えていた…この魔法の真の姿は黒煙だった…。」
魔神はニヤリと笑い空達を見つめる。その瞬間、急激な速度で尻尾が再生した。魔神本人は無意識に行なっているようだった。
「煙は炎に成り得ない。しかし私の魂は今…炎のように燃えている!」
魔神が体を力ませると、裂けていた腹部が奇妙な音を立てて再生し始める。
「これが、生きる事への執着の感情!生きる事に必死になる魂のあり方!はははは…!!」
魔神の反応を見て、全員が臨戦体制に入る。
「来いッ!私を殺してみろッ!」
魔神がそう叫ぶと同時に、凛泉と紫音が魔神に向かって走り出す。
「『蛇の眷属』!」
紫音が走りながらそう叫ぶと、紫音の影から真っ黒な蛇が5体ほど飛び出して魔神に向かって伸びていく。凛泉がナイフで手首に傷をつけ、それを蛇にかけると、蛇の牙が血によってより鋭くなった。
「がぁぁぁっ!!」
魔神が右手を振るい大量の黒い煙を噴出した。影の蛇に触れた途端に牙は崩れ、蛇は一瞬魔神を見失い軌道をずらす。
「フンッ!」
魔神は左手で蛇を全て掴み、地面に押し付けて踏みつけ固定する。すると、紫音は地面を蹴った。媒体となった影の位置が動き蛇は瞬時に消滅し始めるが、消え切る前に蛇の胴体を足場にしてさらに接近する。
「ふははは!」
魔神は左手のみで紫音の冥月とぶつかり合う。そこへ凛泉が飛びかかるが、右手の黒煙を強く噴射し横に飛んで攻撃を回避する。後ろから志真の剣が飛んでくるが、それは尾をしならせ弾いた。
「コイツ…さっきよりも動きが!」
「死中に活を求めるとは聞いたことがあったがこれほどとは!!私は今とても興奮している!これ以上ないほどに!!」
魔法で小さくなった杏奈が地面から飛びかかりアッパーカットを入れる。しかし魔神は寸前で首を上に上げて回避する。
「何…ッ!」
魔神は後ろに倒れる寸前に尾で地面を押して空中に身を飛ばし、地面に向けて黒煙を噴出する。黒煙は周辺を包み、凛泉達の視界を奪った。
「く…っ!」
黒煙の中で目を開こうとすると、急激な速度で目の水分が奪われ目を開いていられず、呼吸をしようとすると口の水分が奪われた。
「く…っそ、が…っ!」
「……ッ!」
紫音が地面に手をつき、影で何かを形成する。その瞬間、突風が吹き黒煙が晴れていった。晴れたのを確認して凛泉が見ると、紫音は影で巨大な扇風機のようなものを作り出していた。
「はぁ…はぁ…っ!」
魔神は地面に着地して、息を切らしている3人を見る。
「くく…くくく…っ。」
すると、碧射が遠くから放った弾丸が軌道を変えて様々な角度から襲いかかるが、魔神はそれを目で追って尾で弾き飛ばした。
「何ッ!?」
「やぁぁっ!」
走って接近した空が千変万化を振り上げ、巨大な斧を形成して重さに任せて振り下ろす。
「フン…。」
魔神はそれを、身を逸らして寸前で避ける。斧は地面に突き刺さり、砂煙を舞い上がらせる。
「私は今、とても興奮していると言ったが…逆にとても落ち着いている。冷静にお前達全員を殺す術を考えている。」
杏奈が再び魔神に迫るが、魔神は黒煙で形成した右腕で杏奈を掴むように包み込む。杏奈は後ろに飛んで黒煙から脱出するが、急激に水分を体から失い足をふらつかせる。空が斧を分離し剣に変えて魔神に斬りかかるが魔神はそれを見ずに避け、空の顔に一瞬黒煙をかける。そして目を一瞬閉じた空を蹴り飛ばした。そのまま振り向きざまに碧射にも黒煙を噴出するが、碧射はそれをすぐに回避する。
「ふむ…お前は消耗が現状最も少ないか…厄介だな。」
魔神は紫音を無視して碧射に迫る。
(コイツ…あんなにもダメージを受けているのに消耗を感じられない動きばかりしてやがる。魔神にしたって、6人いてここまで余裕で相手できるもんなのか…。)
「ハァッ!」
魔神の頭上から志真の剣が2本降り注いだが魔神はそれを身を逸らして避ける。志真がさらに2本の剣を持って斬りかかり、4本の剣で攻撃を繰り返すが魔神はそれを冷静に回避し続ける。
「フンッ!」
「く…っ!」
魔神が黒煙を噴出し志真に浴びせる。志真は目を閉じまいとしていたが、急激に水分を失った目を開き続けることはできなかった。その瞬間をついて魔神は志真の下腹部に尾の先を突き刺し、地面に叩きつけた。
「ぐは…っ!」
魔神は尾を振るって引き抜くようにして、志真を遠くに放り投げる。
「くそッ!」
碧射が弾丸を放つが、魔神は器用に体をひねり避ける。さらに軌道を操作し数発を命中させるが、どれも致命傷には至っていなかった。
「私を銃で殺すのは少々足りないのではないか?」
「どうだろう…なっ!」
碧射が手榴弾を二つ放り投げる。魔神は目の前に迫った一つを尾で地面に叩きつける。その瞬間、地面から強力な光が放たれた。
「ぬ…っ!?」
魔神があまりの光の強さに目を閉じる。その瞬間、真横で手榴弾が爆発する音が聞こえた。
「足止め程度だろうが食らっとけ!」
魔神の視界が回復する前に、手榴弾によって倒れた電柱が頭上に倒れてきて下敷きになる。
「ぐ…っ!」
「紫音!」
「はいっ!」
紫音が影で鎖を形成し、倒れている志真達を引っ張り自身と走ってくる碧射の方に引き寄せた。
「もう一発!」
魔人に向けて碧射が手榴弾をさらに投げつける。魔神はソレを見て、自身の周りに黒煙を撒いた。
「それは貴様の目で見て操作する魔法、私が見えなければ当てようがないだろう!」
碧射がじっと魔人の方を見つめる。すると、手榴弾は魔神の横を通り抜けていった。
「よし、お前ら動けるか!?」
「どうにか、走るくらいはできるよ…っ!」
凛泉が足を震わせながら立ち上がる。腹部を押さえている志真を碧射が、息を切らして視界が定まらない状態の杏奈を紫音が背負い魔神に背を向け走る。
「逃げられるとでも…。」
その瞬間、真横から爆発音が響いたと思えば、魔神の周りが暗くなった。
「…しまった。」
爆発した手榴弾により倒れてきたビルが、周辺に轟音を立てて倒壊した。
魔神は一人で呟きながら、腹の傷口からはみ出している内臓を強引に中に詰め始める。
「ああ…?今まで本気出してなかったのかよヤロー…!!」
凛泉が舌打ちをしてナイフを構える。全員が戦闘体制に入ると、魔神はそれを見て再び笑い声を漏らし始める。
「は…ははは…だめだ、笑うという失礼な行為を許してほしい……こんなに楽しいのは初めてなものでな……っ。」
魔神は笑いながら自分の残った左腕の手のひら開いて見つめ始める。
「そうか…これが、楽しいか…。私は、楽しく感じているのか…この状況を!!」
魔神が微笑みながら顔を上げると同時に、凝血外殻をまとった凛泉の蹴りが顔面にくらう。
「ゴタゴタうるせえんだよ、ゴミが!!」
魔神は鼻から血を吹き出し地面に倒れる…寸前に尾を伸ばし、凛泉の足を縛り付ける。
「っ!!」
魔神は尾を振り上げ凛泉を勢いよく放り投げた。碧射が放った弾丸が凛泉を盾にして外殻に弾かれる。
「志真さん!剣を!」
空が志真の魔法で作り出した剣を掴み真っ直ぐ魔神に投げる。しかし剣は届かず地面に落ちていく。
「ダメよ空さん!私の剣の射程距離外よ…!」
そこまで志真が叫ぶと、剣は地面スレスレで軌道修正し魔神の下腹部に突き刺さった。
「な…っ!」
志真が空を見ると、空の手首に白い光のブレスレットのようなものがついていた、よく見ると碧射の腕にも同じものがついていた。
「それが、貴方の絆…?」
「志真、剣を手元に戻せ!」
「ええ!」
志真は碧射の言葉に応じて剣を戻す。引き抜かれた傷口から血が吹き出すが、魔神はなお笑顔を絶やさなかった。
「凛泉ちゃん!!」
「おうよ!」
凛泉が外郭の一部を飛ばし空中に足場を作り出す。空はその上をジャンプして渡り魔神に迫る。
「はああっ!」
空は千変万化を剣の形状にして魔神に斬りかかるが、魔神は尾でソレを受け止めた。
「君は…先程まで恐怖で動けなかったというのに、突然のその行動力はなんだ…?興味深い、興味深いぞ…っ!」
魔人が腕を振り上げる。
「…っ!」
空が魔神を睨みつけると、光の腕輪がバラバラの光となった。
「む?」
同時に、離れた距離の碧射の腕輪が消滅した。
「っ!空!!」
魔神が爪を振り下ろす。空は体を逸らしたが脇腹に左腕の爪が突き刺さり血が吹き出す。
「うあ…っ!!」
その瞬間、吹き飛ばされて起き上がった凛泉の手首に光の腕輪が出現した。
「け…っ!空ちゃんナイス判断!」
「ぬ…っ!」
空の脇腹から吹き出した血は鉄のように固まり、魔神の腕をがっしりと固定した。
「他者の術を使う…!?君はどこまで私を楽しみせてくれるんだ……っ!!」
魔神が不気味な笑みを浮かべながらも、千変万化を弾き尾を空の顔に突き刺そうと放つ。
「私を忘れるな。」
地面から空の肩をジャンプ台にして、杏奈が尾を弾き返した。
「くは…っ!」
魔神が笑い声を漏らすと同時に、杏奈は素早く移動し魔神の尾の根本を掴んだ。
「はああああああっ!!」
杏奈は力を込めて、尾を根本から引きちぎった。
「あああ…っ!!」
そこで魔神が初めて、笑みを崩した。その瞬間空の血が元の液状に戻り、千変万化が鎖に変形して魔神を縛り上げた。
「う…ああああっ!」
空は力いっぱい千変万化を振り上げ、魔神を頭上に放り投げた。
「!!」
空が頭上に手をかざす。その瞬間、凛泉についていた光の腕輪が消滅し志真の手首に転移した。志真の手首に移動した光は籠手のような形状に変化した。
「え…!?」
その瞬間、空の足元から4本の剣が出現し、頭上の魔神の腹部に一斉に突き刺さった。
「がは…っ!!」
魔神は目を見開き空を見た。空の目は、確かに戦いに対する恐怖を纏っていた…しかしその奥に、戦う強い意志を宿していた。
「面白い…。」
魔神が地面に落ち、剣が消滅すると同時に空と志真の手首の光も消えた。
「…はぁ、はぁ…。」
空は魔神が動かなくなったのを見て、深く息を吐いた。
「空ちゃん!」
凛泉の呼び声に空はニコリと微笑んだ。
「えへへ、凛泉ちゃ…あっ。」
空はフラフラと歩き出したが、足元の瓦礫に足を引っ掛けて前に倒れる…。
「…っと。」
すると、体を元に戻した杏奈が倒れる寸前に空を受け止めた。
「あ…杏奈さん…。」
「……。」
杏奈は空に肩を貸して歩き出す。
「あ、あの…。」
「さっきはごめんなさい。」
「…え?」
空は杏奈の呟いた言葉に首を傾げる。
「アナタに何があったかなんてワタシは知らないけど…さっき、なんとなく…アナタも何か失ってきたんだって感じた。だから…さっき、アナタが動けなかったことを責めたことを謝ったの。」
空は杏奈の横顔を見て俯く。
「私は…記憶を失っていて、この世界がどんなことになっているかすら知りませんでした。名前も与えられたもので、元の名前は知りません。」
「…。」
空に肩を貸して歩きながら、杏奈は話を聞いていた。
「私を保護してくれた人が魔人に殺されて…悔しくて悲しくて、でもやっぱり…どんな命でも傷つけるのは怖いんです。」
「…なら、何故今動けたの?」
「分かりません。でも…友達を、今の私の大事な人たちを守るためなら…私は戦います。」
杏奈は空の、まっすぐな目を見た。
「……そう。」
全員がその場に集まり、互いの顔を見合う。
「…とりあえず、お疲れ?」
凛泉が呟いた碧射の脇腹を小突く。
「いって、何すんだよ。」
「うっせぇボケが!一人だけほとんど無傷で余裕そうな顔しよってしばくぞ!!」
「これでも空が動けない時とか魔人さばくのに必死だったんだぞこちとら…。」
「あ、あの時はすいません…見苦しいことを…。」
「私たちだってあんなひどい死体は初めてだもの、仕方ないわよ。」
申し訳なさそうにしている空の頭を志真が優しく撫でる。
「にしても、空ちゃんの絆が志真ちゃんにも使えたのは意外だったなー、いつの間に仲良くなったわけ?」
凛泉の質問を聞いて、志真は自身の手を見つめる。
「そうね…確かに寮で困ったこととかで相談に乗ったりしてるうちに仲良くなってはいたけれど…不思議な魔法ね、私の体も疲労がなくなった気がするわ。」
「…空さんの魔法は不思議な力ですね。」
紫音は先ほどの光の腕輪のことを思い返す。あの光は遠目から見ても感じられる、温かみがあった。
「えへへ。」
すると、紫音のコートから携帯の着信音が鳴り始めた。
「はい、もしもし?」
『あ、やっと繋がった~。なんかデータベースの生体反応に異変があったから連絡入れたのにいつまでも出なくて気になってたんだよ~。』
その声は灯依の声だった。後ろでベルが何かしているのか、お皿のようなものを片付ける音が聞こえる。
「…心配してくれるのはありがたいですが、何か食べてましたか?」
『へ?いやいやそんなプリン食べてたなんてことは全然~…。』
「…そうですか。まあそんなことより、これから魔神の死亡を確認次第帰還します。」
『あ、あいよー。』
(…冷たい。なるほど、これが死に近づく感覚か。火山灰が降り注ぐこの地はいつも一定の熱を持っていて暖かいが、今はとても寒い。これは、血を失ったからか…。)
魔神は薄れる意識の中で空を眺める。
(…いや。)
魔神の腕からゆっくりと、黒い煙が吹き出し始める。
(私はまだ何も成せていない。まだ「個」となる何かも得ていない…。)
魔神がゆっくりと立ち上がる。
「っ!!」
空達が魔神の動きを見て武器を構える。
「私は……死なん…。」
魔神は黒い煙で右腕を形成しその腕を見つめる。
「この魔法は…他者から見れば炎に見えるほどに激しい。私も、こうして取得する前は炎に見えていた…この魔法の真の姿は黒煙だった…。」
魔神はニヤリと笑い空達を見つめる。その瞬間、急激な速度で尻尾が再生した。魔神本人は無意識に行なっているようだった。
「煙は炎に成り得ない。しかし私の魂は今…炎のように燃えている!」
魔神が体を力ませると、裂けていた腹部が奇妙な音を立てて再生し始める。
「これが、生きる事への執着の感情!生きる事に必死になる魂のあり方!はははは…!!」
魔神の反応を見て、全員が臨戦体制に入る。
「来いッ!私を殺してみろッ!」
魔神がそう叫ぶと同時に、凛泉と紫音が魔神に向かって走り出す。
「『蛇の眷属』!」
紫音が走りながらそう叫ぶと、紫音の影から真っ黒な蛇が5体ほど飛び出して魔神に向かって伸びていく。凛泉がナイフで手首に傷をつけ、それを蛇にかけると、蛇の牙が血によってより鋭くなった。
「がぁぁぁっ!!」
魔神が右手を振るい大量の黒い煙を噴出した。影の蛇に触れた途端に牙は崩れ、蛇は一瞬魔神を見失い軌道をずらす。
「フンッ!」
魔神は左手で蛇を全て掴み、地面に押し付けて踏みつけ固定する。すると、紫音は地面を蹴った。媒体となった影の位置が動き蛇は瞬時に消滅し始めるが、消え切る前に蛇の胴体を足場にしてさらに接近する。
「ふははは!」
魔神は左手のみで紫音の冥月とぶつかり合う。そこへ凛泉が飛びかかるが、右手の黒煙を強く噴射し横に飛んで攻撃を回避する。後ろから志真の剣が飛んでくるが、それは尾をしならせ弾いた。
「コイツ…さっきよりも動きが!」
「死中に活を求めるとは聞いたことがあったがこれほどとは!!私は今とても興奮している!これ以上ないほどに!!」
魔法で小さくなった杏奈が地面から飛びかかりアッパーカットを入れる。しかし魔神は寸前で首を上に上げて回避する。
「何…ッ!」
魔神は後ろに倒れる寸前に尾で地面を押して空中に身を飛ばし、地面に向けて黒煙を噴出する。黒煙は周辺を包み、凛泉達の視界を奪った。
「く…っ!」
黒煙の中で目を開こうとすると、急激な速度で目の水分が奪われ目を開いていられず、呼吸をしようとすると口の水分が奪われた。
「く…っそ、が…っ!」
「……ッ!」
紫音が地面に手をつき、影で何かを形成する。その瞬間、突風が吹き黒煙が晴れていった。晴れたのを確認して凛泉が見ると、紫音は影で巨大な扇風機のようなものを作り出していた。
「はぁ…はぁ…っ!」
魔神は地面に着地して、息を切らしている3人を見る。
「くく…くくく…っ。」
すると、碧射が遠くから放った弾丸が軌道を変えて様々な角度から襲いかかるが、魔神はそれを目で追って尾で弾き飛ばした。
「何ッ!?」
「やぁぁっ!」
走って接近した空が千変万化を振り上げ、巨大な斧を形成して重さに任せて振り下ろす。
「フン…。」
魔神はそれを、身を逸らして寸前で避ける。斧は地面に突き刺さり、砂煙を舞い上がらせる。
「私は今、とても興奮していると言ったが…逆にとても落ち着いている。冷静にお前達全員を殺す術を考えている。」
杏奈が再び魔神に迫るが、魔神は黒煙で形成した右腕で杏奈を掴むように包み込む。杏奈は後ろに飛んで黒煙から脱出するが、急激に水分を体から失い足をふらつかせる。空が斧を分離し剣に変えて魔神に斬りかかるが魔神はそれを見ずに避け、空の顔に一瞬黒煙をかける。そして目を一瞬閉じた空を蹴り飛ばした。そのまま振り向きざまに碧射にも黒煙を噴出するが、碧射はそれをすぐに回避する。
「ふむ…お前は消耗が現状最も少ないか…厄介だな。」
魔神は紫音を無視して碧射に迫る。
(コイツ…あんなにもダメージを受けているのに消耗を感じられない動きばかりしてやがる。魔神にしたって、6人いてここまで余裕で相手できるもんなのか…。)
「ハァッ!」
魔神の頭上から志真の剣が2本降り注いだが魔神はそれを身を逸らして避ける。志真がさらに2本の剣を持って斬りかかり、4本の剣で攻撃を繰り返すが魔神はそれを冷静に回避し続ける。
「フンッ!」
「く…っ!」
魔神が黒煙を噴出し志真に浴びせる。志真は目を閉じまいとしていたが、急激に水分を失った目を開き続けることはできなかった。その瞬間をついて魔神は志真の下腹部に尾の先を突き刺し、地面に叩きつけた。
「ぐは…っ!」
魔神は尾を振るって引き抜くようにして、志真を遠くに放り投げる。
「くそッ!」
碧射が弾丸を放つが、魔神は器用に体をひねり避ける。さらに軌道を操作し数発を命中させるが、どれも致命傷には至っていなかった。
「私を銃で殺すのは少々足りないのではないか?」
「どうだろう…なっ!」
碧射が手榴弾を二つ放り投げる。魔神は目の前に迫った一つを尾で地面に叩きつける。その瞬間、地面から強力な光が放たれた。
「ぬ…っ!?」
魔神があまりの光の強さに目を閉じる。その瞬間、真横で手榴弾が爆発する音が聞こえた。
「足止め程度だろうが食らっとけ!」
魔神の視界が回復する前に、手榴弾によって倒れた電柱が頭上に倒れてきて下敷きになる。
「ぐ…っ!」
「紫音!」
「はいっ!」
紫音が影で鎖を形成し、倒れている志真達を引っ張り自身と走ってくる碧射の方に引き寄せた。
「もう一発!」
魔人に向けて碧射が手榴弾をさらに投げつける。魔神はソレを見て、自身の周りに黒煙を撒いた。
「それは貴様の目で見て操作する魔法、私が見えなければ当てようがないだろう!」
碧射がじっと魔人の方を見つめる。すると、手榴弾は魔神の横を通り抜けていった。
「よし、お前ら動けるか!?」
「どうにか、走るくらいはできるよ…っ!」
凛泉が足を震わせながら立ち上がる。腹部を押さえている志真を碧射が、息を切らして視界が定まらない状態の杏奈を紫音が背負い魔神に背を向け走る。
「逃げられるとでも…。」
その瞬間、真横から爆発音が響いたと思えば、魔神の周りが暗くなった。
「…しまった。」
爆発した手榴弾により倒れてきたビルが、周辺に轟音を立てて倒壊した。
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