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XIX 魔神③

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PM 12:50 閉鎖区域管理局到着。管理局横のヘリポートにヘリコプターが降りた。
「あー、やっとついたァ!」
ヘリの扉が開くなり、凛泉が飛び出し体を伸ばす。
「おい、いきなり騒がしくするなよ凛泉。」
「うっせぇなぁボゲ、私の勝手だろがよ~。」
凛泉の口の悪さに碧射はため息をついた。
「凛泉ちゃん、ここにいる人たちと挨拶もしなきゃなんだから、一人でうろついたりしないでよ?」
「は~いはいよっと。」
志真にも適当な返事を返した。
「キュイィ~ッ!」
甲高い鳴き声が響き、碧射の腕にジュラが降り立った。以前見た時よりはサイズが小さくなっていた。碧射の話によれば、ジュラの持つ肉体強化魔法魔法『能鷹隠爪のうよういんそう』の影響であり、本来はソレほど巨大というわけでもないそうだ。それでも鷹という生き物そのものが大きいわけだが。
「ここが閉鎖区域管理局…おっきな病院みたいにも見えますね。」
空が建物を見上げる。その施設は病院のようにも、大きな事務所のようにも見えた。
「とりあえずさっさと中に入って…んぶっ!」
凛泉が勝手に歩き出すと、扉につく寸前に顔に何か柔らかいものがぶつかった。
「凛泉ちゃん?」
空は凛泉に声をかけると同時に、凛泉の顔にぶつかっているものを見て驚愕した。
「ぷへ、なんだ?」
「………。」
四人の目の前に浮いていたのは、50cmほどの人形だった。全体が白く、丸い頭には同じく丸い目が存在していた。楕円形の胴と腕がついていて、背中には小さな羽のようなものが縫い付けられていた。体のところどころにツギハギが見えており、それは空中をふわふわと浮いていた。
「やあやあ皆、ようこそ管理局へ~。ごめんね~、その子が先走っちゃって。挨拶したい気持ちが少し急ぎすぎたかな?」
管理局のヘリポート側入り口の扉が開くと、中から白衣のような服を着た女性が顔を出す。左目には医療用の眼帯がついており、白衣の下にはレモン色のセーターを着ていた。その人物が手のひらを地面と平行になるように開くと、人形は浮いて移動し手のひらに着地した。
「こ、こんにちわ…っ!」
空は人形の動きに呆気にとられていたが、すぐに気を取り直して挨拶をする。
「こんにちわ~…キミは初めましてだね?私は結月ゆづき灯依ひより。この管理局で魔法使い達のメンタルケアを担当している魔法少女だよ~。」
「ひよっちおひさぁ。」
凛泉が適当に手を振る。
「やぁ凛泉ちゃん、それに碧射さんや志真さんまでお揃いで~。随分と大人数で来たんですな?」
「それほどに重要な任務って事だよ。他のメンバーは中にいるのか?」
碧射がそう言っていると、ジュラの背中に灯依の人形が浮いて移動し、背中に乗り込んだ。
「キュイ…?」
「おい、ジュラで遊ぶんじゃない。」
「あははぁ、すいませんすいません。ところで~…キミの名前をまだ聞いていなかったね?」
灯依は空の顔を覗き込む。
「あ、すいません!私結空って言います!今日はよろしくお願いします!灯依さんっ!」
「ふふ~、私かしこまらなくて大丈夫だよ~。新人さんは大歓迎だからね~。」
(……「には」?)
灯依の言葉に引っかかる点を感じるが、そのことを聞こうとする前に灯依の人形が空の後頭部に抱きつくように飛んできた。
「わっ!」
「その子は私の魔法で動いてる人形だよ~。魔法名は『Hearty Doll』、その子の名前はベルというんだ、よろしくねぇ。」
「ベルちゃんですか…えへへ、かわいいですね!宜しくお願いします!」
空が灯依に頭を下げたあと、ベルの頭を撫で始める。
「素直というか、純粋そうでいい子じゃないですか~。」
「ああ、これまで会った奴らの大半にはそう言われてるぞ。」
「あはは、やっぱり。」

───────────────────

「ここが食堂、まあ日本支部ほど整った環境ではないから冷凍食品とかばっかだけどね~。」
灯依に部屋を案内されながら四人は管理局内を歩いていた。(ジュラはヘリの中で待機と指示を出された。)ちなみに案内の最中に凛泉は人形に4回頭を小突かれた。
「私は戦闘向けの魔法じゃないから、今はこの施設で働いてる魔法使い達のメンタルケアとかを担当してるんだ~。滞在中に何か困ったこととかあれば私に相談してくれていいからね~。」
すると、歩きながら凛泉が手を挙げる。
「はーい灯依センセー、隣の碧射ってヤツがムカつくから5、6発殴っていいですかー。」
「お前なぁ…。」
「あはは、凛泉ちゃんは相変わらずだね~。でも管理局内での喧嘩はできるだけやめてーね。」
部屋を進んでいると、座席と机だけの狭い部屋を案内される。そこの窓から見えるのは、丁度空達が乗ってきたヘリコプターの降りたヘリポートだった。
「ここは休憩室ですね~、まあようするに区域探索後の…てことですけど。ん~?あれ、ここに少し前にお二人ともいたはずなんですけど…。あ、いたいた。」
灯依は部屋の端に座って本を読んでいる人物に手を振った。
紫音しおんさ~ん、財閥から来た助っ人の方々ですよ~。」
呼ばれた少女は立ち上がり、本を閉じて空達の前まで歩いてきた。艶やかなロングヘアーの黒髪を揺らしながら、空達の前に無表情で立ち止まる。左目は前髪で隠れており、身長の関係で空は見下ろされる形になっていた。
「こんにちは。あなたが財閥に新しく所属したという方ですね?話は伺っています。」
少女は丁寧に頭を下げる。
「こ、こんにちはっ!結空と申します…!」
少女の丁寧な対応に、空は体を強張らせながら深くお辞儀をする。
「私の名前は影森かげもり紫音しおんです。この管理局に移動して3ヶ月ほど閉鎖区域の調査をしています。碧射さん、志真さん、凛泉さん、お久しぶりです。」
「相変わらず敬語は抜けてくれないんだねー、まあ別にいいけどさ。」
「紫音さん、お久しぶり。ここの調査は進んでいるのかしら?」
「ある程度は進んでいましたが、今回のイレギュラーである魔神プレデターの出現によりまた停滞している…と言ったところです。」
紫音は説明を終えると、再びお辞儀をした。すると空は慌てて礼を返す。
「………。」
「………?」
真顔で顔を上げた紫音と空が見つめ合う。
「すいません…私、感情の起伏が少なくて…別に怒ってるとか、あなたを邪険にしているわけではないんです。不快な思いをさせてしまいましたでしょうか…。」
「えっ!?そ、そんなこと気にしてませんよ!!私こそ緊張してて…気を使ってもらってしまいすいません!」
二人のやり取りを後ろで四人は見つめていた。
「おや、もう仲良しさんですかね~?」
「アレ、仲良しって言うんか?」
「互いに気を使いすぎなだけもするが…。」
「ふふ、でもあの二人ならすぐにでも打ち解けられると思うわよ?」
「ん、なんでだ?」
志真の言葉に碧射が小首をかしげる。すると、空が頭を上げて紫音に何か聞き始めた。
「あの、ところで…紫音さんの読んでいるその本、『雪辱せつじょく子守唄ララバイ』ですか?」
空は紫音の右手に持っていた本を指す。
「…知っているんですか?」
「はい!同じ作者である餅々もちもち三色さんしょくさんの『毒蛇と少女』は私の愛読書です!えへへ。」
空の言葉を聞いて凛泉が眉間にシワをよせる。
「あのよく分からん本の作者そんな名前だったの??」
「こら、凛泉ちゃん。しーっ。」
志真に静止され、凛泉は二人のやり取りを見守る。
「驚いた…この本について話す人なんて学さんくらいしかいなかったものだから。」
「私はまだその本読んだことないんですけど…とても興味があるんです!」
『雪辱の子守唄』。『毒蛇と少女』の作者である餅々三色と呼ばれる作家が執筆した物語の一つ。
1年中雪が降り止まぬ大陸にある大きな王国の話で、側近の部下以外信用しない人間不信の王様が勘違いで村や町の人物達を反乱軍の者だと処刑し、その数年後に処刑された家族や友人の復讐をするために主人公や仲間達が真の「反乱軍」を結成するお話だ。空はあらすじなどは知っていたが、内容まではまだ知らずにいた。
「私の愛読書なんです。まさかこうしてお話しできる人が来てくれるなんて、少し嬉しいですね。」
「えへへ…。」
二人のやり取りを見守ってから、碧射は部屋を見渡す。
「ん?そういえばまだ人がいるはずだったよな?」
「…ここにいるわよ。」
皆が後ろを振り向くと、扉の前に一人の少女が立っていた。前髪に赤いメッシュの入った髪は左側でサイドテールになっていた。ゆったりとしたパーカーに身を包み真顔でコチラを見つめていた。
「あ、杏奈ちゃーんお久ぁ。」
「……ええ。」
杏奈と呼ばれた少女はゆっくり歩いて、空の前に立つ。
「…あっ!よろしくお願いします!私、結空と申します!!」
「…有栖川ありすがわ杏奈あんなよ。それだけ。」
杏奈は自己紹介を済ませると、空に背を向けて部屋を出ていってしまった。
「あ、あれ…?」
「あ~…あんまり気を悪くしないでくださいね~空さん。杏奈さんは事情がありまして、あまり人と深くは関わりたがらないんです~。」
「そ、そうなんですか…わざわざ私のために自己紹介してくれてありがとうございますって言うべきでしたでしょうか…。」
「そこまでしなくても、探索に出れば自然と会話もすることになりますよ~。なので大丈夫かと。」
「は、はい!ありがとうございますっ。」
「……。」
部屋を出ていった杏奈の後ろ姿を、碧射はじっと見つめていた。
「…なぁ灯依。アイツ、また一人で突っ走ってないか?」
「もちろん、一人で勝手に探索に出て魔人を殲滅して帰ってきてますね~…何度か注意はしているんですがね、私も職員の方達も。」
「…やっぱそうか。全く…。」
すると、凛泉が椅子に座り机に足を上げる。
「んでぇ?魔神探すための区域探索はいつやるの?私はいつでもいいけどぉ。」
「そうですねぇ、職員の方から指示があると思うので大丈夫とは思いますが…昼食後になると思いまよ。ちょうどお昼頃ですし。」
「だってよ空ちゃん。初めましてのみんなが引かない程度に抑えときなよ?」
「な、なんで私!?私そんなに行儀悪くないもん…っ!」
「いや、食う量の話ね、量の…。」
その後、管理局内を管理するイプシロンから各自が休むための仮部屋を案内され、各自運んできた荷物などを置くために部屋に向かった。

───────────────────

(いやぁ、ヘリコプター怖かったな…天気がいい時は高いところから下がよく見えて良くない!腰が抜けそうになったな、私に腰はないが。)
「ふふ、やっぱり怖くて喋れてなかったんだね、センちゃん。」
腰に巻いたベルトのホルダーから柄だけの千変万化を取り出し、ベッド横の小さなテーブルに乗せる。
(うむ、私は高いところと暗いところが苦手だからな。あまり遠出する時は喋れないかもな!)
「そういえば、センちゃんは目もないのにどうやって高いとか暗いが分かるの?」
(む、痛いところをついてくるな娘よ…しかし、簡単に言うならのだな。ここは暗い、ここは寒い、ここは高い…その感覚の様なものが、私に恐怖心を与えるのだ。)
「そうなんだ…じゃあ、怖くない様にしっかり一緒にいてあげるからねっ!」
(娘は優しいな、優しいからこそ私をあそこから出してくれたのだろう。その優しさと心の温かさに感謝せねばな。)
空はベッドに座り、千変万化を膝に乗せる。
「そういえば…あなた以外に喋る[封魔武具フウマノホコ]って前例がないって言われたけど…やっぱりあなたは特別なの?」
(うーむ、私も他の封魔武具に会ったことはないからな…私も知りたいくらいだな!)
「そっか…。」
すると、空の部屋の窓から何か音が聞こえた。
「?」
振り向くと、そこには1匹のカラスがいた。野生のカラスとも思ったが、この付近の動物は偽神の有害物質を含んだ火山灰によって普通に生活することはほとんどできなくなっていると聞いていた空は、財閥の動物と考えた。
「わ…ジュラちゃん以外にも鳥さんがいたんだ…。」
窓越しにじっと見つめていると、カラスは空の方をじっと見つめ始める。
「………?」
空も真っ直ぐそのカラスの目を見つめる。
「…………………………。」
数秒間二人(一人と1匹)は見つめあっていた。
「空ちゃーん!!昼飯食うちゃんするぞー!」
凛泉の大声と同時にドアが強く叩かれ、空はその音に驚いて飛び上がった。
「わわっ!凛泉ちゃんちょっと音大きいよぉ!」
「はっは、びっくりしたか?」
「したよぉ!」
空がムッとしながら窓の方を振り向くと、カラスはすでにその場を去っていた。
「ん?どしたん?」
「えっと、この管理局ってジュラくんみたいな、魔法持ちの動物さんっているのかなって…。」
空の言葉に、凛泉が首を傾げた。
「んー?そもほも人間以外の魔法持ちは珍しいから財閥だと保護対象な訳だけど…それにしたってこの管理局にはいないはずだよ、日本支部にだってアイツ以外にも数えるほどしかいないって聞くし。」
「‥じゃあ、さっきのカラスの子は…?」
「カラスぅ?この辺に?…よくわかんないけど、カラスと目合わせると目ん玉突っつかれるからあんま見ない方いいよ。」
「めっ目を!?気をつけるよ…。」

「ギイィィ…ッ。」
窓ガラスから離れたカラスは、飛行しながら唸り声を上げた。
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