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XIV 銀行
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〔というわけでまあ、本日は特に予定はございませんのでお部屋でおくつろぎ下さい!後日、口座を作りに街に行ってもらいますので!〕
───────────────────
そして時間は3日目の朝になる。昨日は可能な限り寮に住む人たちに挨拶をして回ったが、一部…というよりほとんどは日本内を出張で長期滞在していて会うことはできなかった。日本全国にアクセスするにしても、地方ごとに拠点を設置してそこで寝泊まりする人たちもいるらしく、人手不足も相まって寮に全員が帰ってくることはあまりないそうだ。
「これから忙しくなるみたいだし、気を引き締めていかなきゃっ!」
空が気合いを入れるガッツポーズをとり、鏡を見る。相変わらず癖っ毛はそのままだった。
「………。」
空は櫛で癖っ毛を直すが、すぐに同じ毛が飛び出す。
「むむむ…。」
空が鏡を睨みながら四苦八苦していると、部屋の入口に設置されていたインターホンの音がなった。
「ん?はーい!」
空は諦めて櫛を置き玄関に向かって扉を開く。
「おはようございま…あれ?」
その扉の前にいたのは、先日空に怒号を放った一華だった。なにやら縮こまった様子で、落ち込んだ視線をこちらに向けていた。
「あなたは…一華、さん?」
「あ、名前は他の人から聞いてるんですね…じゃあまあ、自己紹介は省いても良いかな…?」
先日の怒りに身を任せていた様子とは打って変わって、空の目の前の少女はまるで別人のように大人しく、困った顔をこちらに見せている。
「あの、昨日はごめんなさい…。ゲーム夜通しやってたせいで、ちょっとイライラしてて…だからその、別にあなたに怒ってたわけじゃないんです、ごめんなさい。」
「あ…昨日のことでしたら私も急に大きな声を出してびっくりしてしまいましたよね!ごめんなさい!」
「い、いやあなたが謝ることじゃないですよ!私がゲームばっかりしてストレス溜めてたから…!」
「そんな、やりたいことをやっていたならいいじゃないですか!私も新人なのに浮かれてて…すいませんでした!」
「でも元はと言えば私が…!」
そこから数分間、二人は互いに謝罪を言葉を述べ続けた。
「…えっと、あなた達さっきから何してるの?」
二人の声を聞いて志真が部屋の前に訪れた。
「あ!志真さんおはようございます!志真さん聞いてください、私が悪いのに一華さんったら自分ばっかり悪いって!」
頬を膨らませながら空が志真に訴える。
「いや実際に悪いのは私ですし…!」
二人のやりとりを見て志真が小さくため息をつく。
「とりあえず…朝から微笑ましい言い合いしてないでシエルさんに挨拶しに行った方がいいんじゃないかしら?」
「あ、そっか…。」
「ほ、微笑ましい…?」
一華は首を傾げるが、空は部屋の中に戻りテキパキと外に出る準備を進めた。
「準備できました!今日は何をするんですかね?」
「それはシエルさんから教えられると思うわよ、新人の朝は早めなのだから。」
それぞれの棟の一階に数個設置されている、パソコンのような画面をタッチで操作する。すると、パジャマ姿にナイトキャップを被ったシエルが映し出された。
〔皆さんおはようございます!おやおや、3人も揃っているとはすっかり仲良しさんですね!〕
シエルが満面の笑みを見せながら指をパチンと鳴らす動作をすると、服の映像が瞬時に変化して先日から着ている制服姿になった。
「別に貴方着替える必要ないでしょ、寝ないんだから…。」
〔一華さん、これは気分ですよ気分!夜から早朝にかけてはこの姿でいると決めてるんですよ~。〕
「じゃあせめてナイトキャップを外したら?」
志真が画面をタップしてナイトキャップを操作すると、キャップはシエルの頭から下に落ちた。
〔おっと、忘れていました。うっかりうっかり!〕
シエルがニコニコと微笑んだ後、手元にタブレットのような物を出して操作を始める。シエルが左側に動き、右側に文字が現れ始める。
「えっと、私は5人編成で閉鎖区域の調査、一華は…空と一緒に街へ出て指示通りの任務をこなせ。だそうよ?」
「…え、私?」
一華が間を置いて声を出す。
〔もちろん一華さんだけではありませんよ、他にも同行してもらいますよ!空さんと可能な限り交流してもらいたいですから!〕
「えへへ、よろしくお願いしますね一華さん!」
一華が少し複雑そうな顔をする。
「あの、貴方の歳とかわからないけど…呼び捨てで良いですよ。何となく貴方の敬語、くすぐったいんですよ。」
空が微笑む。
「分かった、よろしくね一華ちゃん!」
「ちゃん付けしてとは言ってないんですけど…。」
二人のやり取りを見て、志真が優しく微笑む。
「ココは良くも悪くもクセの強い人たちが多いから心配だったけれど、どうやら大丈夫そうね。」
〔貴方がそれを言いますかー、志真さん?〕
「あら、どういう意味かしら。」
〔いーえ、なんでも?〕
二人は数秒見つめ合い、同時にニコリと微笑む。
「私は別に人に対してあんな態度を取ったりはしないわ、あくまで魔人に対してだけよ。」
〔ええ、分かっていますとも。〕
───────────────────
「というわけで、行ってきます!」
空は一華ともう一人、初めて顔を合わせる人物と共に船に乗っていた。
「ねーイプちゃん!なんでボクの今日の仕事こんなお使いなのー?もっと出撃して目立ちたいんだけど!」
船の上の荷物を整理しているイプシロンに、同行している紫髪の少女が何やら文句を言っていた。
〔姉さんの指示です、カスミ・ユウコ。貴方はまた寮でイタズラしたと報告を受けています。〕
その言葉を聞いてユウコと呼ばれた少女が地団駄を踏む。
「それで罰受けるならわかるけどさー、なんで危険な出撃とか寮待機じゃないの?別に同行断る気はなかったけどさ、罰ってほど罰じゃなくない?」
〔それに関しては、姉さんから録音音声を渡されていますので、どうぞ。〕
イプシロンが浮遊する腕を見せてそこの再生ボタンをユウコに押させる。
〔こんにちわ霞幽子さん!今回の罰について説明しますね!〕
「…これ、わざわざ録音して送ってきたの?」
〔はい。〕
イプシロンの返事にため息をつきながら幽子は映像の続きを見る。
〔今回の罰について、罰というほど罰ではないのでは?と思っていますよね?〕
(心でも読んだのかってくらい先読みしてくるなぁ…まあ、AIだからそれくらいの予測は簡単なんだろうけど)
〔幽子さん、あなたは人から目立つことが好きと以前からお聞きしています!というわけで今回の罰の内容は「目立たない仕事」です!〕
「え~、なにそれ?」
画面に映るシエルがふふと微笑む。普段なら顔に触れたりしたらそれらしい反応を返すので、確かに録画で間違いないだろうが、幽子の反応を予測しての笑顔なのかただこのタイミングで微笑んだのかは幽子には分からなかった。
〔もちろん空ちゃんの護衛とも言える今回のお仕事は重要なお仕事です!新人を守るのは先輩の責務ですからねー。その上であなたの罰も兼用できる、悪くない案だと思いませんか?〕
「意地悪な寮長だなぁ…。」
〔いくら叱ってもイタズラばかりするあなたがいけないんですよ?〕
録画なはずなのに返事を返された幽子が顔をしかめる。
「ま、またボクの言葉予測された…?本当に録画なの?」
〔もちろん録画ですよ!私だって高性能AIですからこれくらいの予測返信は可能ですから!では空ちゃんと仲良くお仕事、頑張ってくださいね!〕
映像が切れると同時に、イプシロンがもうよろしいでしょうかと尋ねる。
「ああうん。もう大丈夫、ありがとね。」
は~とため息をついて幽子が空の方を向く。空は船から見える海を眺めて目を輝かせていた。一華は甲板に設置された椅子に座って携帯機のゲームをしていた。ゲームに夢中な一華をスルーして幽子が空に声をかける。
「ヤッホー、初めまして!えーっと、キミが空って子だよね?」
「あ、はい!えっと、昨日は挨拶できなかった方ですね…すいません、ご挨拶が遅れて!」
「良いんだよー、ボクは一昨日まで関東の方まで調査行ってたから、昨日帰って部屋で休んでたからねー。多分ノックされた時は寝てたんだと思う!」
まあその後起きてイタズラしてたからこんなことになったんだけどね、と小さく声を漏らす。
「改めて、ボクは霞幽子!歳は15で、5期生だからキミの一つ先輩よ!」
自己紹介の合間の言葉に、空が首を傾げる。
「ご、5期生とは?」
「あれ、それも知らないんだ…説明受けてない?」
空がコクリと頷く。
「えっとね、6年前から偽神とか魔人が現れ始めたのは知ってるよね?」
「は、はい」
「6年前…2021年にA.I.Sで魔法をもらった人たちを一期生として、そこから今の2026年までに加入した人たちを一期生から六期生まで分けているのよ。あくまで私たち魔法使い達の中で分かりやすくつけた呼称だから別に財閥が決めたわけじゃないんだけどね。」
「ほえ~…勉強になります、幽子先輩!」
先輩という言葉を聞き、幽子が顔をこわばらせる。
「ん~…ボク、先輩呼びは慣れてないんだよねぇ(誰もしてこないし)…。幽子で良いよ?見た目はキミの方が年上みたいだし。」
空がニコニコと微笑む。
「わかった、よろしくね幽子ちゃん!」
「ん、よろしくね。」
幽子が空に手を出して握手を求めた。
「えへへ。よろし…」
空が握手をするために手を握ろうとすると、幽子の手に触れることができなかった。まるでそこにないように手がすり抜けてしまったのだ。
「えっ!?」
空が顔を上げると、幽子の顔が半透明に透けて見えた。後ろの背景である甲板の手すりなどがうっすらと見えていた。
「え、えっえぇ!?」
空が目を手で擦りもう一度幽子を見る。しかし、そこにいる幽子は透けておらず、何の変化もなかった。
「あ、あれ?」
「ん、どうしたのよ空?」
空は手を伸ばして幽子と握手する。すると、すぐに手を離して幽子の頬を揉み始める。
「わわっ、ちょっと何するのよぉ!あははっ!」
「あ、あれ~…?」
幽子がくすぐったがりながら後ろに下がる。
「もう、くすぐったいって!どうしたのよ?」
「え、いや…うーん、なんでもないですっ!」
空は首を傾げて複雑な気持ちになっていた。
「…ふふ。」
幽子は首を傾げながら海を見つめる空の後ろ姿を見つめて不敵に笑う。
(なーんだ、こっちはこっちで楽しめそう♪)
「…あんまりやりすぎちゃダメですよ。」
ニヤニヤ笑う幽子を見て、一華がゲームをしながら呟いた。
「分かってるよ。戦闘以外での魔法の乱用は禁止、でしょ。」
「それもあるけどね…。」
すると、作業していたイプシロンから何やら通知音が鳴った。
〔皆さん。もうすぐ地上に着きます。その後はバスを利用して目的地に向かってください。〕
「はい!」「はいよー。」「うん。」
空、幽子、一華がそれぞれを返事をした。
───────────────────
「ところで、銀行口座を作るのって住所とか色々必要なのでは…?」
バスを降り、イザード財閥の運営する銀行に向かいながら3人は歩いていた。
「それに関しては大丈夫よ、キミみたいに記憶のない人はいないけど…財閥は身寄りのない子供を保護する団体だもの、戸籍を作って与えるくらいのことはよくあるわよ。キミも同じ扱いだと思うよ?」
「なるほど…。」
空達が銀行の前にたどり着く。入ろうとすると、一華が周りを見渡す。
「ん、どうしたの一華ちゃん。」
「いや、何となく周りの空気が変なような…?」
「気のせいでしょー。」
幽子が笑いながら近づき、銀行の自動ドアが開いた。
「…………。」
3人は中に入った瞬間、固まった。
「…………。」
中では大人数のお客さんと職員が縄で縛られていた。そこに4人ほどの覆面の男性が立っていて、手には銃を持っていた。
「……これ、銀行強盗かな。」
「…だと思う。」
「一体なんなんだ、お前らは…。」
3人はあっさりと拘束されてしまい、銃を向けた強盗の男に呆れられていた。
「いやー、まさか無抵抗で捕まることになるとは。」
(捕まってから言うのも不思議ですけど、なんで抵抗しないんですかー!?)
空が小声でそう言うと、一華が体を傾けて耳打ちする。
(私たち魔法少女と魔法戦士…魔法使い達は基本的に偽神や魔人以外に魔法を使うことは禁止されているんです…一般人に危害を加えるなんてことは、あってはならないことですからね。強盗も余程のことがない限り手を出すのはダメ、人質を危険に晒すことに繋がるので。)
「…でも普段の一華ちゃんならそんなの無視して取り押さえたりしそうなもんだけど、今日はどうしたの?」
一華が複雑そうな顔を見せる。すると、お腹が小さく音を鳴らした。
「…もしかして…。」
(…今朝まで空さんへの態度のことが気になって食事をする元気がなくて…それで。)
「…………。」
幽子は空いた口が塞がらなかった。
───────────────────
そして時間は3日目の朝になる。昨日は可能な限り寮に住む人たちに挨拶をして回ったが、一部…というよりほとんどは日本内を出張で長期滞在していて会うことはできなかった。日本全国にアクセスするにしても、地方ごとに拠点を設置してそこで寝泊まりする人たちもいるらしく、人手不足も相まって寮に全員が帰ってくることはあまりないそうだ。
「これから忙しくなるみたいだし、気を引き締めていかなきゃっ!」
空が気合いを入れるガッツポーズをとり、鏡を見る。相変わらず癖っ毛はそのままだった。
「………。」
空は櫛で癖っ毛を直すが、すぐに同じ毛が飛び出す。
「むむむ…。」
空が鏡を睨みながら四苦八苦していると、部屋の入口に設置されていたインターホンの音がなった。
「ん?はーい!」
空は諦めて櫛を置き玄関に向かって扉を開く。
「おはようございま…あれ?」
その扉の前にいたのは、先日空に怒号を放った一華だった。なにやら縮こまった様子で、落ち込んだ視線をこちらに向けていた。
「あなたは…一華、さん?」
「あ、名前は他の人から聞いてるんですね…じゃあまあ、自己紹介は省いても良いかな…?」
先日の怒りに身を任せていた様子とは打って変わって、空の目の前の少女はまるで別人のように大人しく、困った顔をこちらに見せている。
「あの、昨日はごめんなさい…。ゲーム夜通しやってたせいで、ちょっとイライラしてて…だからその、別にあなたに怒ってたわけじゃないんです、ごめんなさい。」
「あ…昨日のことでしたら私も急に大きな声を出してびっくりしてしまいましたよね!ごめんなさい!」
「い、いやあなたが謝ることじゃないですよ!私がゲームばっかりしてストレス溜めてたから…!」
「そんな、やりたいことをやっていたならいいじゃないですか!私も新人なのに浮かれてて…すいませんでした!」
「でも元はと言えば私が…!」
そこから数分間、二人は互いに謝罪を言葉を述べ続けた。
「…えっと、あなた達さっきから何してるの?」
二人の声を聞いて志真が部屋の前に訪れた。
「あ!志真さんおはようございます!志真さん聞いてください、私が悪いのに一華さんったら自分ばっかり悪いって!」
頬を膨らませながら空が志真に訴える。
「いや実際に悪いのは私ですし…!」
二人のやりとりを見て志真が小さくため息をつく。
「とりあえず…朝から微笑ましい言い合いしてないでシエルさんに挨拶しに行った方がいいんじゃないかしら?」
「あ、そっか…。」
「ほ、微笑ましい…?」
一華は首を傾げるが、空は部屋の中に戻りテキパキと外に出る準備を進めた。
「準備できました!今日は何をするんですかね?」
「それはシエルさんから教えられると思うわよ、新人の朝は早めなのだから。」
それぞれの棟の一階に数個設置されている、パソコンのような画面をタッチで操作する。すると、パジャマ姿にナイトキャップを被ったシエルが映し出された。
〔皆さんおはようございます!おやおや、3人も揃っているとはすっかり仲良しさんですね!〕
シエルが満面の笑みを見せながら指をパチンと鳴らす動作をすると、服の映像が瞬時に変化して先日から着ている制服姿になった。
「別に貴方着替える必要ないでしょ、寝ないんだから…。」
〔一華さん、これは気分ですよ気分!夜から早朝にかけてはこの姿でいると決めてるんですよ~。〕
「じゃあせめてナイトキャップを外したら?」
志真が画面をタップしてナイトキャップを操作すると、キャップはシエルの頭から下に落ちた。
〔おっと、忘れていました。うっかりうっかり!〕
シエルがニコニコと微笑んだ後、手元にタブレットのような物を出して操作を始める。シエルが左側に動き、右側に文字が現れ始める。
「えっと、私は5人編成で閉鎖区域の調査、一華は…空と一緒に街へ出て指示通りの任務をこなせ。だそうよ?」
「…え、私?」
一華が間を置いて声を出す。
〔もちろん一華さんだけではありませんよ、他にも同行してもらいますよ!空さんと可能な限り交流してもらいたいですから!〕
「えへへ、よろしくお願いしますね一華さん!」
一華が少し複雑そうな顔をする。
「あの、貴方の歳とかわからないけど…呼び捨てで良いですよ。何となく貴方の敬語、くすぐったいんですよ。」
空が微笑む。
「分かった、よろしくね一華ちゃん!」
「ちゃん付けしてとは言ってないんですけど…。」
二人のやり取りを見て、志真が優しく微笑む。
「ココは良くも悪くもクセの強い人たちが多いから心配だったけれど、どうやら大丈夫そうね。」
〔貴方がそれを言いますかー、志真さん?〕
「あら、どういう意味かしら。」
〔いーえ、なんでも?〕
二人は数秒見つめ合い、同時にニコリと微笑む。
「私は別に人に対してあんな態度を取ったりはしないわ、あくまで魔人に対してだけよ。」
〔ええ、分かっていますとも。〕
───────────────────
「というわけで、行ってきます!」
空は一華ともう一人、初めて顔を合わせる人物と共に船に乗っていた。
「ねーイプちゃん!なんでボクの今日の仕事こんなお使いなのー?もっと出撃して目立ちたいんだけど!」
船の上の荷物を整理しているイプシロンに、同行している紫髪の少女が何やら文句を言っていた。
〔姉さんの指示です、カスミ・ユウコ。貴方はまた寮でイタズラしたと報告を受けています。〕
その言葉を聞いてユウコと呼ばれた少女が地団駄を踏む。
「それで罰受けるならわかるけどさー、なんで危険な出撃とか寮待機じゃないの?別に同行断る気はなかったけどさ、罰ってほど罰じゃなくない?」
〔それに関しては、姉さんから録音音声を渡されていますので、どうぞ。〕
イプシロンが浮遊する腕を見せてそこの再生ボタンをユウコに押させる。
〔こんにちわ霞幽子さん!今回の罰について説明しますね!〕
「…これ、わざわざ録音して送ってきたの?」
〔はい。〕
イプシロンの返事にため息をつきながら幽子は映像の続きを見る。
〔今回の罰について、罰というほど罰ではないのでは?と思っていますよね?〕
(心でも読んだのかってくらい先読みしてくるなぁ…まあ、AIだからそれくらいの予測は簡単なんだろうけど)
〔幽子さん、あなたは人から目立つことが好きと以前からお聞きしています!というわけで今回の罰の内容は「目立たない仕事」です!〕
「え~、なにそれ?」
画面に映るシエルがふふと微笑む。普段なら顔に触れたりしたらそれらしい反応を返すので、確かに録画で間違いないだろうが、幽子の反応を予測しての笑顔なのかただこのタイミングで微笑んだのかは幽子には分からなかった。
〔もちろん空ちゃんの護衛とも言える今回のお仕事は重要なお仕事です!新人を守るのは先輩の責務ですからねー。その上であなたの罰も兼用できる、悪くない案だと思いませんか?〕
「意地悪な寮長だなぁ…。」
〔いくら叱ってもイタズラばかりするあなたがいけないんですよ?〕
録画なはずなのに返事を返された幽子が顔をしかめる。
「ま、またボクの言葉予測された…?本当に録画なの?」
〔もちろん録画ですよ!私だって高性能AIですからこれくらいの予測返信は可能ですから!では空ちゃんと仲良くお仕事、頑張ってくださいね!〕
映像が切れると同時に、イプシロンがもうよろしいでしょうかと尋ねる。
「ああうん。もう大丈夫、ありがとね。」
は~とため息をついて幽子が空の方を向く。空は船から見える海を眺めて目を輝かせていた。一華は甲板に設置された椅子に座って携帯機のゲームをしていた。ゲームに夢中な一華をスルーして幽子が空に声をかける。
「ヤッホー、初めまして!えーっと、キミが空って子だよね?」
「あ、はい!えっと、昨日は挨拶できなかった方ですね…すいません、ご挨拶が遅れて!」
「良いんだよー、ボクは一昨日まで関東の方まで調査行ってたから、昨日帰って部屋で休んでたからねー。多分ノックされた時は寝てたんだと思う!」
まあその後起きてイタズラしてたからこんなことになったんだけどね、と小さく声を漏らす。
「改めて、ボクは霞幽子!歳は15で、5期生だからキミの一つ先輩よ!」
自己紹介の合間の言葉に、空が首を傾げる。
「ご、5期生とは?」
「あれ、それも知らないんだ…説明受けてない?」
空がコクリと頷く。
「えっとね、6年前から偽神とか魔人が現れ始めたのは知ってるよね?」
「は、はい」
「6年前…2021年にA.I.Sで魔法をもらった人たちを一期生として、そこから今の2026年までに加入した人たちを一期生から六期生まで分けているのよ。あくまで私たち魔法使い達の中で分かりやすくつけた呼称だから別に財閥が決めたわけじゃないんだけどね。」
「ほえ~…勉強になります、幽子先輩!」
先輩という言葉を聞き、幽子が顔をこわばらせる。
「ん~…ボク、先輩呼びは慣れてないんだよねぇ(誰もしてこないし)…。幽子で良いよ?見た目はキミの方が年上みたいだし。」
空がニコニコと微笑む。
「わかった、よろしくね幽子ちゃん!」
「ん、よろしくね。」
幽子が空に手を出して握手を求めた。
「えへへ。よろし…」
空が握手をするために手を握ろうとすると、幽子の手に触れることができなかった。まるでそこにないように手がすり抜けてしまったのだ。
「えっ!?」
空が顔を上げると、幽子の顔が半透明に透けて見えた。後ろの背景である甲板の手すりなどがうっすらと見えていた。
「え、えっえぇ!?」
空が目を手で擦りもう一度幽子を見る。しかし、そこにいる幽子は透けておらず、何の変化もなかった。
「あ、あれ?」
「ん、どうしたのよ空?」
空は手を伸ばして幽子と握手する。すると、すぐに手を離して幽子の頬を揉み始める。
「わわっ、ちょっと何するのよぉ!あははっ!」
「あ、あれ~…?」
幽子がくすぐったがりながら後ろに下がる。
「もう、くすぐったいって!どうしたのよ?」
「え、いや…うーん、なんでもないですっ!」
空は首を傾げて複雑な気持ちになっていた。
「…ふふ。」
幽子は首を傾げながら海を見つめる空の後ろ姿を見つめて不敵に笑う。
(なーんだ、こっちはこっちで楽しめそう♪)
「…あんまりやりすぎちゃダメですよ。」
ニヤニヤ笑う幽子を見て、一華がゲームをしながら呟いた。
「分かってるよ。戦闘以外での魔法の乱用は禁止、でしょ。」
「それもあるけどね…。」
すると、作業していたイプシロンから何やら通知音が鳴った。
〔皆さん。もうすぐ地上に着きます。その後はバスを利用して目的地に向かってください。〕
「はい!」「はいよー。」「うん。」
空、幽子、一華がそれぞれを返事をした。
───────────────────
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バスを降り、イザード財閥の運営する銀行に向かいながら3人は歩いていた。
「それに関しては大丈夫よ、キミみたいに記憶のない人はいないけど…財閥は身寄りのない子供を保護する団体だもの、戸籍を作って与えるくらいのことはよくあるわよ。キミも同じ扱いだと思うよ?」
「なるほど…。」
空達が銀行の前にたどり着く。入ろうとすると、一華が周りを見渡す。
「ん、どうしたの一華ちゃん。」
「いや、何となく周りの空気が変なような…?」
「気のせいでしょー。」
幽子が笑いながら近づき、銀行の自動ドアが開いた。
「…………。」
3人は中に入った瞬間、固まった。
「…………。」
中では大人数のお客さんと職員が縄で縛られていた。そこに4人ほどの覆面の男性が立っていて、手には銃を持っていた。
「……これ、銀行強盗かな。」
「…だと思う。」
「一体なんなんだ、お前らは…。」
3人はあっさりと拘束されてしまい、銃を向けた強盗の男に呆れられていた。
「いやー、まさか無抵抗で捕まることになるとは。」
(捕まってから言うのも不思議ですけど、なんで抵抗しないんですかー!?)
空が小声でそう言うと、一華が体を傾けて耳打ちする。
(私たち魔法少女と魔法戦士…魔法使い達は基本的に偽神や魔人以外に魔法を使うことは禁止されているんです…一般人に危害を加えるなんてことは、あってはならないことですからね。強盗も余程のことがない限り手を出すのはダメ、人質を危険に晒すことに繋がるので。)
「…でも普段の一華ちゃんならそんなの無視して取り押さえたりしそうなもんだけど、今日はどうしたの?」
一華が複雑そうな顔を見せる。すると、お腹が小さく音を鳴らした。
「…もしかして…。」
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