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XI 空

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「はぁ、はぁ…っ!」
少女が息を切らせながら後ろに振り向く。後ろでは一刀両断された偽神の頭部が、ピクリとも動かずに地面に落ちていた。
「……魔人が、消えていく。」
碧射が周りを見渡すと、先ほどまで周辺に出現していた魔人達が、苦しむように叫び声を上げながらドロドロと融解し消滅していた。
「流石に、真っ二つにしたら再生のしようがないみたいね。」
息吹がタバコを消してその場にある瓦礫に腰掛ける。タバコを消した途端に、空中に静止していた煙が動き出しそのまま消えていった。黒いヘドロは魔人と同様に消滅して消えていた。
「が……ご……ほっ。」
凛泉が口から血を吐き出して起き上がる。折れた右腕を軽く触ると、先ほどより痛みが弱かった。
「壊子ちゃんが魔法でなんとかしてくれたのか…壊子ちゃん、ありが…あれ?」
凛泉が自分に触れていた壊子を見て目を丸くする。壊子は息を切らせながらその場に倒れていた。
「壊子ちゃん!?どうしたの!?」
「おそらく、魔法の反動でしょう。」
壊子のそばに流河が歩み寄り顔を覗く。凛泉は流河を睨みつけてそばに落ちていたナイフを掴んだ。
「おい、近づくんじゃねえよ。」
「り、凛泉ちゃん…。」
流河は一瞬凛泉の方を見るが、すぐに目を逸らして壊子を抱き抱えみんなに背を向けて歩き出した。
「テッメェ…ッ!!」
「る、流河さん!待って…!」
少女の声を聞き、流河が足を止めて振り返る。
「…どうかしたのですか。」
「流河さんに…き、聞きたいことがあるんです…!」
流河がチラリと、進行方向にある車を見る。おそらく流河のものだろうか、キーを操作して扉を開け、後部座席に壊子を寝かせ出てきた。
「私に、何か?」
流河は少女と真っ直ぐ目を合わせて質問した。その目には感情をあまり感じず、何を考えているのかわからない不気味さを少女は感じていた。
「あの村で…私を、助けてくれたのは…流河さんあなたですか?それとも、偽物あの人なんですか…?」
「…いえ、私です。」
流河は表情ひとつ変えず、直立したまま揺れもせず、まるで機械のように答えた。
「貴方を保護した二週間前、あの時私は確かに村にいました。しかしあの村では私のやろうとしていたことをするには資材不足と判断し、貴方の保護と魔法を村長に与えて立ち去りました。…既に村が崩壊し精神を壊した村長を利用するのは少々心が痛みましたが。」
「どうやって村長に魔法を?」
少女が一歩、流河に歩み寄る。
「私の魔法『命令』は「命令を与える魔法」です。それを応用して、『「命令」という魔法そのものに「村長に譲渡されろ」と命令を与えた』だけのことです。結果的に私は魔法を失いましたが。」
(そんなカラクリがあったのか…。)
碧射が話を聞き、魔法の譲渡など可能だったのかと驚いていた。
「どうして私を、助けてくれたんですか…?」
少女がさらに流河に近づいた。流河は空を見上げた後、一瞬少女と目を合わせた。
「あなたは、謎多き存在です。」
「え…?」
「あなたは二週間前、あの村に現れた。閉鎖区域として3ヶ月以上前に立ち入りを禁止された、あの村に。」
流河は少女と顔を近づける。後ろで凛泉がナイフを投げようとするが、碧射が頭を叩いて阻止していた。
「あなたは何者なのか?魔法を持っているのか?どこから来たのか?どうやって村に入ったのか?…様々な疑問点に、私は興味を持ちました。」
「私は…普通、ではないってこと、ですか?」
「端的に言えば、その通りです。さらには記憶を持たず、過去に関する素性も一切不明。」
流河が少女の顎に優しく触れる。
「あなたは…一体、何者なんですか?」
お互いの呼吸があたるほどの肉薄する二人の間には、緊迫感が流れていた。互いに目を逸らさず見つめ合って…いや、睨み合っていた。
「私は、何も知りません…。」
少女が小さく声を漏らす。
「でも、私は知りたい。私は何者なのか、どうしてあの場所にいたのか…と、彼らと一緒に探していきたいです!」
少女が一歩下がり、流河に千変万化を見せる。流河は無言で千変万化をじっと見つめた。
「…彼とは、この千変万化のことですか?」
「はい…!彼は私の友達であり、仲間です!」
(そういうことだ流河よ。私は娘を支えるため、娘のことを知るために共に戦うと決めたのだ。…と、語ったところで君には聞こえないのだろうが。)
「……。」
流河はしばらく沈黙を貫いていたが、ふと少女をじっと見つめる。
「………『エンゲージ』と、名付けましょうか。」
「…え?」
「貴方の魔法についてです。」
流河が少女の腕を優しく掴む。よく見てみると、千変万化を握る手首には白く光る細い腕輪がついていた。少女は不思議そうに見つめる。
「…これが、私の魔法…?」
「他者と心をかよわせ、そのものの魔法を使う絆の力…とでもいうべきソレは、『エンゲージ』と呼称すると良いでしょう。」
流河が一瞬だけ口角を上げて微笑む。文字通りの微笑だったが、少女が目にした初めての笑顔だった。少女が流河の笑顔にキョトンとしていると、流河はいつもの真顔に戻り背を向けて歩き出した。
「あ、あの…!」
「…何でしょうか。」
「あの、私のことを助けてくれて…何から何まで、!」
流河に向かって少女が深く頭を下げる。流河は返事もせずに、碧射達の方を向いた。
「ところで、貴方達は私を拘束するのではなかったのですか?」
息吹がバツの悪そうな顔でため息をつく。
「その子に免じて見逃してくれるってさ。」
息吹が何かいう前に、碧射が発言した。
「ちょ、碧射くん…。」
「実際今のメンバーの状態じゃ拘束されても逃げられる可能性はあるでしょう?」
「そうだけど…まあ、いっか。凛泉ちゃんもこんなんだし、まずはこっちの重傷者からだね。」
流河が小さくうなづくと、車に乗り込み扉を閉めた。しかし、車の窓を開け、少女に目を向ける。
「…私は人に名前を与えるのが得意なわけではないんですがね。」
「…え?」
少女が顔を上げると、流河と再び目が合った。
「…くう。貴女に私が与えようとしていた名前です。村に戻ったら、村長を通して伝えるつもりでした。…記憶を失った貴方は空っぽの存在でありながら、その心はこの青空のように広く、大きく、澄んでいる。…だからこそ、貴女は『くう』であると、私は考えました。」
少女は目を丸くしていた。
(それはつまり…娘の、名前か!!)
「この名付けは、私の自己満足でしかありません。不要と判断すれば別の名を名乗ると良いでしょう。」
そのまま流河は、少女の返事も聞かずに車を走らせて去っていった。
「あ…っ!」
少女がポカンとしていると、息吹が少女に歩み寄り頭を撫でる。
「わうっ?」
「これでアンタに名前が出来たな。さ、後はみんなで帰るだけだ。学!さっさと出てきな!」
息吹が大きく声を張り上げて学を呼んだ。すると、ビルの横から学が渋々といった様子で現れた。
「何でバレてるんだよ…。」
この子が突っ込んだ時あの時こっそり隠れて魔法で身体強化与えてたろ。」
「いやいや、オレの魔法は感情とかの強化バフ魔法であって身体強化じゃ…。」
「それでも力が漲ることはできるだろ、で?したんだろ?」
「あーもう、したよ!しゃあないだろ魔人とか見るとオレ何もできなくなるんだから!」
「まあアンタについてはいいや。ちゃんとサポートしてるから。ソレよりはじめ、アンタは何しにきたんだよ?」
学の背中に隠れるようにして立っていた少女が顔を出し、ボサボサの長髪を揺らしながら息吹の前に立つ。その手にはマシュマロの入った袋を持っており、すでに一つ口に咥えていた。
「んむんむ…私の仕事は回収役。」
「回収?誰の。」
はじめと呼ばれたその少女は無言で凛泉を指差した。
「あのまんまだと凛泉、出血多量で死ぬ。でも財閥の医務室でも、近場の病院への搬送でも間に合うか分からない…だから私が回収しにきた。」
「ああ、なるほどね?じゃあお願いするわ。」
はじめは少女をチラリと見て、ペコリとお辞儀をする。少女も困惑しながらお辞儀を返す。
「………。」
はじめが凛泉のそばに歩み寄りじっと見つめる。
「…はじめちゃん、どしたん?」
「血、触りたくない。」
凛泉が地面に頭をぶつける。
「アンタね~…わがまま言ってる場合かよ…。手袋でも何でもしていいからはよ連れてって…。」
「わかった。」
はじめは気怠げに返事をして、パーカーのポッケにマシュマロの袋を入れて凛泉の袖を掴む。
「じゃあ、また後で。」
はじめがそういうと、一瞬にして凛泉とはじめがその場からいなくなった。
「あ、あれ!?」
少女が周りを見渡すが、凛泉とはじめはどこにもいなかった。
「アレがはじめの『テレポート』だよ。財閥に先に帰還してもらったのさ。」
説明をした後に、息吹がタバコの火を踏み潰して消して少女の顔を覗き込んだ。
「い、息吹さん…?」
「さっきのことなんだけど…。」
「…さっき?」
「アンタの名前。アレでいいの?」
少女はその言葉を聞き、流河の言葉を思い返した。自分自身は空っぽなのに、心は青空のように広い…。
「私には、勿体無いくらいの名前ですね…。」
少女がその場にいる全員を見渡し、朗らかに笑う。
「私は、くうです!これからは空と呼んでください、皆さん!!」
その場にいる全員が、少女…空の笑顔に釣られて微笑んだ。
「だとよ、アイ。これで誰かは明白になったな。」
『聞こえてるって、碧射。わざわざ無線つけてなにを聞かせるのかと思えば…。調べることはまだまだ沢山あるんだからね!』
「分かってるよ、協力するさ。あの子を連れてきたのはオレと凛泉だしな。」
すると、頭上から皆の元にジュラが舞い降りた。よく見てみると、徐々に消えていっているが足に黒いヘドロの痕跡が少し見えた。
「ジュラ!お前[卵]を潰して回っててくれたのか。助かったよ。」
碧射がジュラの頭を撫でると、ジュラは嬉しそうに鳴き声を喉から鳴らした。
「さて、パッパと帰還するよ!」
伊吹の言葉にその場にいる全員が返事を返した。

───────────────────

「…あの少女が特異な存在でいる理由に関しては、聞いた通りですよ、皇壊子。」
「…気づいてた、んやな。」
車を走らせながら、流河が後部座席に寝転ぶ壊子に語りかける。壊子はあの会話の最中に目を覚ましたが、そのまま話を聞いていた。
「…アンタがなんであの子を特例扱いするのかもわかった。でも…アタシが、協力するとでも?」
「私は、あなたに訓練や協力を強制しません。もちろん、ここで断るのであれば私は止めません。」
流河は一切振り向くことなく会話を続ける。
「これはあくまで私個人の「お願い」にすぎません。断るか承諾するかはあなたにお任せします。」
「……。」
壊子は座席で寝返りを打ち流河の方を向く。こちらを振り向くわけでもなければ優しく微笑むわけでもなく…真顔で、感情の伝わらない声で淡々と言葉を発するその姿は、ロボットよりも無機質だった。
「……アンタが財閥を裏切った理由も…アタシは、知らない。せやけど…。」
壊子が起き上がり、ルームミラー越しに流河の顔を見る。流河は一切こちらを見ず真っ直ぐ走っている道路を見つめていた。
「…内容は。」
「あなたならそう言うと思っていましたよ。」
話をしながら流河は左手で車のギアを操作する。
「簡単に言えば偽神フェイカーと魔人の討伐であることに変わりはありません。ただ、私からあなたへの支援が存在している点がこれまでの戦いとは違う点です。」
「…支援?」
「食事や住まいの提供です。」
壊子は目を丸くして固まる。数十秒ほど固まった後、無言で窓の外を見る。
「…ある程度好条件なら受けたるよ。」
「ありがとうございます。」
車は襲撃地周辺を抜けて走って行った。道中閉鎖区域を警護していた警備員とすれ違ったが、流河はスピードを緩めることなくスルーして行った。
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空達が立ち去ってから数十分後。財閥と協力して町の警察が事後処理を開始する少し前に、現場に数人のローブを着た集団が現れていた。
「ふぅん…今回は中々被害を抑えたようね。でもまあ、これからもっとなるでしょうね、イザード財閥は。」
その集団は全員、それぞれが別々の形のマスクをしていた。しかし全員ローブに共通した、薔薇と茨の紋様を刻んでいた。右肩から心臓部まで伸びたそのローブの紋様は、まるで心臓を拠り所にしているようだった。
「リーダー、もうすぐ財閥の調査隊がここに到着します。これ以上の調査は危険かと。」
「あら、仕方ないわね…まあ今回は大人しく帰りましょうか。じゃあみんな、帰還するわよ。シスター、帰りのお願いね。」
その声は、低く落ち着いた声をしていた。指示をされた人物がコクリと頷くと指を前に出しフィンガースナップを行った。すると、その場にいたローブの人物が全員空中に浮き、空に飛び去って行った。
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