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III 空白の少女③

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「……っ!!」
少女が声を出そうとするが、さらに凛泉に強く抑えられ喉から漏れるのは微かな空気の音だけだった。
「悪いね、抵抗される可能性があるなら早めに拘束したほうが効率いいっしょ?女の子に乱暴はあんまりしない主義だけど……。」
凛泉は再び、少女の頬の血を舐める。
「アンタ遠目から見ても可愛いからぁ…興味が湧いちゃってさ。」
凛泉は血を舐めた後、満足した顔で少女を解放する。少女が凛泉を見ながら後退ろうとすると、凛泉が少女の肩を掴む。
「ひ…っ!」
「痛かった?ごめんごめん。でも逃げてもう一人に私のこと伝えられたら困るじゃん?」
「あ、あの人ならここにはいません!」
凛泉はその言葉を聞き違和感を覚える。
(ここにはいない?でも村の外見て回った時は魔人以外には何も見当たらなかったし、一応抑えはしたけど孤児院にはこの子以外の気配はしなかった。)
凛泉は少し考え込んだ後、少女に鼻と鼻が触れそうな距離まで顔を近づける。
「ねぇ。アンタの言う「あの人」ってさぁ、なんか変な…というか、妙な特殊能力みたいなの持ってなかった?」
「へ…?」
凛泉は少女の顔をじっと眺めた後、少女な肩を放してため息をつく。
「その様子だと知らないわけね。じゃあいいや、あんたもこの状況で抵抗しないってことは能力持ってるわけじゃなさそうだし。」
「の、能力…?」
少女がヘタリと地面に座り込む。恐怖で力が抜けたのだろうか、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「何だよその顔は。小動物かあんたは。」
凛泉は少女を見つめたまま顎に手を当てて考え込み始める。
(この子は無能力だとして、この子が言うヤツはどうやってここで生活してんだ?魔人の占領区域にまともな飯とかあるわけないし、魔人全員の侵入を防ぐどころか認知すらさせないなんてできるものなの?)
「あ、あの…?」
少女が凛泉に話しかけようとすると、外から轟音が響き渡った。
「ん、爆発?」
「えぅ!?」
それと同時に、孤児院の窓を突き破り、黒光りした魔人が姿を現した。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
少女は恐怖のあまり再び腰を抜かす。一方で凛泉は魔人を見て舌打ちをした。
「ちっ。全然進入してくるじゃないの。」
凛泉がため息をつきながら自身の左手首を、右手に持ったナイフで切り付ける。そこから血がボタボタと垂れ、床に赤く染みていく。
「え…!?」
「ねぇあんた、ついでだから見せてやるよ。私のってヤツを」
すると、凛泉の手首の血が突然止まった…ように見えたが、今度はその血が凛泉の腕から全身を包み込むように流れていき、体を包みこんだ。
「…!?」
凛泉を包み込んだ血液はそのまま形を維持し、凛泉の全身を包み込んだ。さらにナイフに付着していた血の量が増え、ナイフを剣の形に変形させた。
「これが私の力、『凝血外殻ぎょうけつがいかく』。て言っても、分かんねえとは思うけどさ。」
そこまで言って、凛泉は真っ正面から魔人に突っ込んでいった。魔人がニヤリと笑い後ろに隠し持っていた斧を凛泉に向かって振り下ろす。
「っ!!」
少女が声を張り上げようとするが、その瞬間凛泉の体が縦に引き裂かれる。
「あははははははっ!!」
魔人が笑い声を上げて口を開き、裂けた凛泉の体に噛み付く。
「…?」
しかし、その手応え…いや歯応えのなさに違和感を覚え、噛み付いた凛泉を見る。確かに先ほどの凛泉の纏った血液に見えたが、よく見ると中には誰もいなかった。
「『碧血丹心へきけつたんしん』。」
凛泉が魔人の背後に周り、そうつぶやく。魔人が振り向き応戦しようとすると、先ほど噛み付いた血液の鎧が急激に形を変え、鎖となり魔人の両手を拘束した。
「ぁあっ!?」
「いっちょ上がりぃ!!」
凛泉が掛け声と共に魔人の首を剣で斬り飛ばす。魔人の首は地面に落ち、死体はすぐに倒れた。
「ったく。一匹じゃ相手にもならねーな。さっきも見たけどコイツら血出ないし。」
少女はその姿を見て、ずっと驚いて目を見開いていた。
「す、すごい…っ。」 
少女がそう呟くとほぼ同時に、少女の後ろの窓ガラスが割れる。そこから飛び出してきた魔人は、少女の首を掴んだ。
「ひ…いやぁっ!!」
少女がジタバタと暴れるが、魔人はそれを見ながらニヤニヤと笑いながら舌なめずりをする。
「いや…た、助け……!!」
すると、少女をうまく避けて血の棘が現れ、魔人の首を貫いた。よく見ると、先程凛泉が手首を切った際に垂れた血が、床から棘になって魔人に突き刺さっていた。
「ごほっ?」
魔人が状況を理解しきれぬまま、凛泉は魔人の首を切り落とした。少女は床に座り込み咳き込む。
「けほっ、ウゥ…ッ。」
「あんた、大丈夫~?」
凛泉が手を差し出すと、少女は躊躇いもなく手を掴み、立ち上がる。
「あ、ありがとう、ございます。」
「あんた、さっきまで殺してくるかもしれなかった相手に対して「ありがとう」って…変わってるよね。助けてくれたから?」
「はいっ。」
少女は優しい笑顔でそう答える。凛泉はそれを見て、変な子。と小さくつぶやいた。
「え?」
「なんでもなーい。そんなことより、あんたはここにいて。ちょっと外見てくる!」
凛泉はそう言って、凝血外殻を纏ったまま先程魔人が割った窓から外に飛び出す。
「あ…ちょっ!」
少女は置いていかれ、魔人の死体に(位置的に)挟まれた場所でオロオロしていた。
「…あれ?」
少女が何かを感じ、再び先ほどの地下の階段を見る。
「まだ…呼ばれてる?」

───────────────────

『ブェッへへへへ!!』
偽神フェイカーが笑い声を上げながら手を伸ばす。碧射はひたすらそれを銃で撃ち落とすが、すぐに再生して再び襲いかかってきていた。
「くそ…っ!1人じゃ捌き切れねぇ!」
すると、次々と生み出されていた魔人の肉体が次々と斬り刻まれ始めた。
「っ!凛泉!!」
「やっほ。偽神、現れたんだ。で?まだ倒してないのあんた?」
「ったく、無茶言ってくれるぜ。」
『ファファファファファファ……ッ。』
偽神が凛泉を見つめ、『獲物が増えた』と嬉しそうに笑い声を漏らす。
「きっもちわり~…で、アレの能力とか分かったわけ?簡潔に話して。」
「おそらく『硬化』。観察した限り、範囲は全身だが一度にできるのは1箇所らしい。ようするに腕だけに使ったらそれ以外には解除するまで使えない。」
「わかりやすくて結構。」
「何様だよ。」
凛泉と碧射がそんなやりとりをしていると、偽神が雄叫びを上げながら大量の腕を大量に伸ばしてきた。
「おっと!」
碧射は回避しながら拳銃で腕を撃ち抜き、凛泉は剣で切り落としていく。しかし、偽神は笑い声を上げながら再生を繰り返すだけだった。
『ブェフフフフフフッ!!!』
偽神がさらに攻撃を繰り返していると、背後から何か呻き声が聞こえ始める。
『フォ?』
偽神が首をぐにゃりと背後に向ける。そこには流河が立っていた。周りの魔人は地面に突っ伏し、唸り声を上げていた。
「ん?アイツか、あの子が言ってた同居人。」
「…油断していましたね、まさか偽神がこの村に戻ってくるとは…。」
流河がボソボソとつぶやいていると、偽神がニヤリと笑い、大口を上げて流河に飛びかかった。
「おいあんた!」
碧射が声を張り上げる。
。」
「っ!」
流河がそう言った瞬間、偽神はいきなり地面に倒れた。いや、流河に噛み付く寸前で不自然に地面に顔を打ち付けていた。
『ファッ!?』
偽神が再び起き上がり流河に噛みつこうとするが、どの攻撃も寸前で不自然に軌道がズレて空を噛むばかりだった。
「当たりませんよ、私に触れようとする限り。」
偽神が怒ったような叫びをあげ暴れようとした瞬間、碧射の弾丸が喉を貫いた。
『ォガ…ッ!』 
偽神は後ろを振り向き唸り声を上げる。
「どうやら、警戒してない方向からの攻撃は防ぎきれないようだな?」
『ブルルルルルルッ!!』
偽神は唸り声を上げながら碧射の方に振り返る。その顔に目などはないが、顔に浮いた血管や歯軋りで、【怒っている】と明確にわかった。
「こりゃお怒りだな。おいあんた!何モンか知らねえが協力してくれ!」
「………。」
流河は碧射達をしばらく眺めた後、くるりと孤児院の方に歩き出した。
「あ!?おい!」
流河を追いかけようとするが、偽神は怒りの叫び声を上げながら碧射と凛泉に攻撃を繰り返した。
「くっそ!追う余裕がねぇ!!」
「偽神を私達2人でれってのかよ!」

「少女。いますか?」
流河が孤児院の中に入り、少女を呼ぶ。すると、孤児院の奥からパタパタと走る音が聞こえてくる。
「る、流河…さん!」
流河は走り寄ってきた少女を見て小さく安堵の息を漏らす。
「よかった。ここは危険です、さあ…ん?」
少女の手を引こうと流河が手を伸ばす。しかしよく見てみると、その少女の手には先ほど流河の部屋にあった柄だけの何かが握られていた。
「……!!貴女、それは…。」
「あっ。こ、これ…流河さんの部屋にあったモノで…と、盗ろうとしたんじゃないんです!ただその、この…この子が、私を呼んでいる…そんな気がしてしまって…つい…。」
流河は少々驚いた仕草を見せるが、すぐに平静を取り戻し、手を出す。しかし先ほどのように少女の手を握ろうとしたのではなかった。
「分かりました。ではそれを渡してください。」
「る、流河さん…。」
「それを貴女が持つのは危険だ。使い方もわからず扱えば取り返しのつかないことに……。」
そこまで言って、流河の言葉は途切れた。咳と共に真っ白な仮面の下から赤い鮮血が垂れ、地面にポタポタとこぼれる。
「………っ!!」
流河が一瞬首を後ろに向ける。先ほどの偽神の拳が、流河の腹部を貫いていた。
(馬鹿な…私への攻撃は『命令』で確実に防いでいたはず、なのに…何故…っ!!)
霞む視界の中で流河は、偽神がこちらを見て、今気づいたかのようなキョトンとした顔を見せてから笑い声を上げる姿を見た。
(そうか…私に攻撃。マグレで当たった攻撃だったのか。攻撃「しようとしてない攻撃」だから当たってしまった…命令を「触れるな」にでもするべきだったか…。)
流河の腹部から拳が引き抜かれ、流河はその場に倒れる。少女が泣き叫びながら駆け寄るが、流河の耳にはあまり届かなかった。
「少…女。」
少女の声を頼りに流河は顔を上げ、震える手で少女の頬を優しく撫でる。
「その…武器を、それを持って、彼らと共にここから逃げなさい。」
「…で、でも…流河さんが……っ!」
「私はもう、助かりません。むしろ今、こうして話していられる方が……不思議な、ほどです…。」
流河は仮面を外し、少女の目をじっと見つめる。
「貴女のその、金色に輝く瞳は…まだ、霞むべきではない。まだ、濁るべき時では…ない。」
流河は力が抜け、そのまま床に倒れ込む。少女が再び泣きながら流河の手を握る。孤児院の壁が壊されていく中で、碧射や凛泉が駆け寄り何か叫んでいるが、それももう流河には聞こえない。
「る、流河、…さんっ!」
少女が泣き続けるあまり掠れた声で流河の名前を呼ぶ。流河は霞む目で少女を見つめ、ボソリと言った。
「…少女…。いや…生きて、ください。」
そう呟いた流河は口から血を吐き出した。人間とは腹部に穴が開いている状態でここまで喋ることができるのかと、本人も心の内で感心していた。
「お二人…この子を……お願い、します。彼女は記憶も名前も失っています…が…。どうか、助けて…あげてください…。よろしくお願います。」
流河の掠れた声を、碧射はたしかに聞き取った。
「…アンタには聞きたいことが山ほどあったんだがな。…その願い、聞き受けたよ。」
その流河は最後まで微笑むこともなく、静かに息を引き立った。

「あ……あぁ……流河、さん……っ!」
死体となった流河の服を握りしめる少女の頭を、凛泉は優しく撫でる。
「ホント悪いけど、今感傷に浸ってる暇はないのよ。さっさとココ脱出しないと、私たち全員魔人の餌だよ。」
碧射が銃に弾丸を込める。
「…キミ。もう行くぞ。俺たちはソイツの願い通り、キミを生き残らせる必要がある。ソレと共に、な。」
碧射はチラリと少女が握りしめる柄だけのソレを見る。
(アレが反応にあった[封魔武具フウマノホコ]か…。見た目からは何も分からない未知数なモノだが…この子が持っているということは、使可能性は0じゃない。)
碧射が少女の顔についた涙を手で拭う。
「……っ。」
「なあキミ、名前は…今は気にすることじゃないな。すまん、巻き込んでしまって。でも、必ずキミをここから逃してやるから。だから…ほんの少しだけ、俺たちと力を合わせてくれ。ここから出たら、その先でも信じろなんて言わないからさ。」
少女は潤んだ瞳で碧射を見る。碧射の目は、少女を絶対に守ると約束している、強い者の目をしていた。少女はソレを見て、自身の手で涙を拭う。
「……っ。はい。わかりました……。」
碧射が少女の手を握り、2人で立ち上がる。
「さて、と。」
凛泉が剣を構え、碧射が銃を構える。
「脱出開始だ!!」
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