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II 空白の少女②

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「ふんふふーん。」
少女は流河が出かけた後、洗濯物や孤児院の掃除をしていた。孤児院は外から見るよりも意外と中が広く、一人で掃除をするには中々の広さがあった。
「♪」
少女は一切疲れた表情は見せず、楽しそうに掃除を行っていた。即興の適当な鼻歌を歌いながら床を掃き、ゴミを掃除していく。
「……。んぅ?」
すると、突然少女の手がぴたりと止まる。少女は誰もいない孤児院をキョロキョロと見渡す。
「…今、誰か私を呼んだ?」
少女の問いに対し、周りの空気は沈黙で答えた。しかし少女は導かれるようにとことこと歩き出し、地下へ続く階段を降りていく。地下には扉が4つあり、一つは少女の部屋で一つは流河の部屋。その近くに荷物をしまう簡易倉庫のような部屋があり、最後の一つは少女も入ったことのない部屋だった。その部屋はいつも鍵がかかっており開けることはできず、これまで中を見ることはなかった。
「…?」
少女は流河が使っている部屋の扉に手をかける。流河の部屋はベッドと机が一つ、数冊だけ本が入ったスカスカの本棚だけの部屋だった。カーペットなども敷いておらず、少し言い方が悪いが色合いの地味な部屋となっていた。
「いつも掃除してる部屋だけど…そういえばちゃんと見て回ったことなかったっけ。あんまり良くないって思って…。」
しかし少女はその時には既に本棚を漁っていた。内心はいけないと感じている…が、自身を引き寄せるがこの部屋にあると考えると探す手は止まらなかった。
「…あ、これ…。」
少女は流河の部屋の本棚にある一冊の本を取る。タイトルは[毒蛇と少女]。触れるだけで自然すら殺してしまう強い毒性を持った人より大きな蛇と、毒の効かない特別な体質の少女が恋をする、不思議なお話だ。
少女もこの本は読んだことがあった。と言っても読めない字もあったので流河に読み聞かせてもらったに等しいが。
「あ、しおりが挟まってる。」
少女が金属製のしおりの挟まったページを開く。ちょうど2日ほど前に読んでもらった部分だ。この本は長い上にとても細かく書き込まれている。なので読み切るにはソレなりに時間が必要なものだったので、こうしてしおりを挟んで続きがわかるようにしたのだろう。確かこのページは、毒蛇が昔自分を殺そうとしてトラウマになっていた狩人に少女が「毒蛇を誘い出すエサ」として使われて、助けるためにトラウマを乗り越え、銃で撃たれてボロボロになりながらも少女を助け出すといったシーンだ。狩人は最後毒蛇に対して言葉の毒を吐きながら、蛇の毒で息絶えるという…少し皮肉めいた終わりを迎えた。
「このシーン、少し怖いけど…毒蛇さんがかっこいいから好きなんだよね。」
少女がしおりを本に戻そうとすると、手を滑らせ床に落とした。
「あっ。」
少女が慌てて拾うと、そのしおりに何か違和感を覚える。少女が表面を手で撫でると、軽く出っ張りやへっこみが両側についていた。
「…?」
本に挟むなら平らなほうがいいだろうが、何故このような出っ張りなどがあるのだろう。本が破けたりして傷つくかもしれないし、その出っ張りの跡などができてしまうかもしれないのに…。
「て、ダメダメっ。あんまり長くいたら流河さんに悪いもんね。」
少女が本としおりを棚に戻し部屋を出ようとする。
「………。」
しかし、少女は部屋を出ることができなかった。部屋の端にあった鍵のかかった箱に目が行ったからだ。その箱は文字通りただの箱だったが、少女は不思議とその箱に引き寄せられ、自身でも気づかないうちにその箱を開ける方法を考えていた。
(うぅ…ダメだって思っても体が勝手に動いてるみたいに調べちゃうよぉ…。)
「…この鍵穴、不思議な形してるなぁ。」
少女はその箱についた錠前を見つめる。その錠前についた鍵穴は、細く縦長だった。普段孤児院の扉などに使う時に見るような鍵でも太くて入らないのはみてわかるほどに細く、まるで板でも差し込むような穴だった。
「……あ。」
少女はふと閃き、先ほどの本を手に取った。そして先ほどのページに挟まっていたしおりを取り出し、本には他の紙を挟み込んだ。
少女はおそるおそる、しおりを鍵穴に嵌めこむ。ぴったりだった。少女は奥までしおりを差し込むと、一番奥にコツンと当たった。少女は息を飲み、それを右に回す。鍵穴は簡単に回り、かちりと音を立てて錠前は外れた。
「……外れた!」
少女は鍵であるしおりを抜き取り、本にスッと戻した。少女は箱に向き直り、両側に手をかける。
「……。」
正直に言うと、少女の心にあった感情は、「怖い」だった。この箱の中を見れば、恐ろしいことがある気がする。まだ引き返せると、まだ知らないままでいられると、少女の第六感のようなものが働いていた。
「私は…。」
少女が一言そう呟き、箱を開いた。
「……?」
そこにあったのは、簡単に言えば「持ち手」のようなものだった。本に出た剣の柄のような形をしているが、そこにはこれしかなく、刃などと言った部分は存在していなかった。
「なに…これ?」
少女は一瞬戸惑ったが、ソレをゆっくりと持ち上げた。まるで重さを感じないソレは、先ほどまで感じていた引き付けるを感じられなかった。
「……気のせい、だったのかな。」
少女はソレを箱に戻し、先ほどと逆の手順で鍵を閉め定位置に戻した。
「よしっ、流河さんが帰るまでにお掃除終わらせちゃおっと!」
少女がパタパタとスリッパの音を立てて階段を登っていく。ついでに階段の段差で転んだ音が響く。
「あうっ!」
『……。』
誰もいなくなった流河の部屋で、箱の中に仕舞い込まれた柄が、淡く白い光の輪を纏っていたことを、誰も気付くことはなかった。

───────────────────

少女が地下の箱を調べているほぼ同じ時間に、碧射と凛泉が歩きながら孤児院を目指していた。
「あそこだね、ここまで一回もに会ってないけど、本当にここ占領区域なわけ?」
凛泉が口にした「占領区域」に、碧射は小さく頷く。
「この辺はまだいいが、魔人達はこの村の所々に住んでるし、少し離れた場所まで増えていってる。偽神フェイカーもおそらくこの区域に住み着いてるんだろうが、今のところ姿は見つかってない。」
魔人、偽神。この世界に生きる上でとも言える存在。
「だとしたら壊子ちゃんが言ってた女の子も魔人だったりするのかねー、見た目全然人だったらしいけど。」
「…ん?そんなこと話してたか?」
「いんや、さっき離れる前に個人的に聞いた。」
「…お前、情報共有はしっかりしてくれ。」
「やだよめんどくせー。」
「……。」
碧射は何故コイツと組まされてあるのかと頭を抱えた。凛泉は男が嫌いだ。それはもう存在そのものが、というレベルで。そんなヤツと組まされていつ殺されるか分かったものじゃないというのに、さらにこれ以上の面倒ごとは勘弁してほしいと碧射は心から思っていた。
「ん、ねー碧射ぃ。アレじゃね?壊子ちゃんが言ってた人がいたところ。」
「歳上だし先輩だし…あーもういいや。で、アレか?」
凛泉の指差す先には、少女のいる孤児院があった。庭の花は先ほどの水を上げたばかりなのでキラキラと太陽の光を反射し、物干し竿には綺麗になった衣服が干されていた。
「…どう見ても、廃墟と化してるハズの状態じゃねえな。」
碧射が遠くから観察しようとするが、凛泉はそんなことはお構いなしに孤児院の門をこじ開けていた。
「あっテメェ。何勝手に…!」
「んーっしょと。こん中調べるんしょ?ならさっさと調べちゃえばいいじゃないの。」
「そうだろうが…中に人がいるとなったら、警戒しとかねえといけねえだろ。」
凛泉が露骨に嫌そうな顔でため息をつく。
「こんなところで過ごしてるようなヤツでしょ?絶対なパターンだと思うんだけど。」
「だから警戒しろって言ってんだろうが!」
碧射の静止の声も聞かず、凛泉は孤児院の中に入っていく。
「あいつ…っ。はぁ、結局こうなるのか…。」
碧射は孤児院の中にあったベンチに腰掛け、スマートフォンでメッセージを入力していた。
「一応現状報告…と。とりあえずこんなもんか。凛泉は…まあ、簡単にやられるようなヤツじゃないし心配はいらんと思うが…。」
碧射が孤児院の外を見る。先ほどまで度々見かけた黒い怪物の姿は、孤児院に入った時点で一切見無くなった。
(近づけないをしていると考えた方が良さそう、か。)
スマホで現状報告を終えた碧射はふと、物干し竿にかかった洗濯物を眺めた。
かかっている洗濯物は全てなんの変哲もない衣服だが、すぐに量が多いことに気づいた。男の上着に、シャツ、ズボンや…。
「…。」
女物の下着。謎の罪悪感で目を逸らそうとしたが、その時点で碧射は気づいた。
「…二人だ。」
碧射は縦長のバッグを背負い直し立ち上がる。
「この孤児院には二人いる…!」
碧射は足速に孤児院の入り口に向かう。もしその二人が敵対的な存在であれば、危険なのは凛泉の方であると考えたのだ。碧射は孤児院に入るために扉に近づく。
「っ!!」
碧射が後ろの気配に気づきその場を飛び退く。すると、碧射の立っていた位置に拳が振り下ろされた。
「……っ!!」
碧射が振り向くと、細長い腕が腹部から数本生えた真っ白な怪物がこちらを見つめていた。サイズは2mほどだろうか、全身を見ると蛇のようだが、顔には目や鼻は存在せず、口には人間と同じ四角い歯がびっしりと生えていた。先が3つに割れた舌で舌なめずりをしながら涎を垂らしこちらを向いていた。
『ゲヘヘ……っ!』
その怪物は不気味に笑うと、口から黒いヘドロのようなものを地面に吐き出した。その泥はぐちゃぐちゃと音を立てながら形状を変え、2つに分離し、先ほどまで村に闊歩していた黒い怪物の形に変化する。
「魔人を生み出した、てことは…偽神フェイカー…!!」
『フォーロロロロロロロロロッ!!!』
偽神フェイカーと呼ばれた怪物は舌を震わせながら甲高い笑い声をあげ、細長い腕を伸ばして碧射に襲いかかった。
「っ!!」
碧射は横に走り腕を避け、腕を拳銃で数本撃ち抜く。腕は地面に落ち、ビチビチと跳ねた後に黒く変色して溶けた。
『ファーーーーッ!!』
「気色わりぃ笑い声あげてんじゃねえぞ!!」
碧射が偽神に狙いを定めて発砲する。命中…したが、弾丸は偽神の体を貫くことなく地面に落下した。
「何…っ!」
よく見ると、弾丸が命中した部分の皮膚が黒く変色しており、その部分には偽神が生み出した他の怪物同様に光沢を放っていた。
「…っ!」
碧射は迫る魔人と呼んだ怪物の攻撃を避け、偽神に向かってバッグから取り出した手榴弾を投げつけた。
『フェ?』
巨大な爆発音と共に偽神が爆発に包み込まれる。爆風に巻き込まれ魔人が遠くに吹っ飛んだ。
「……効いてる、わけねぇか?」
煙が晴れ怪物が姿を見せる。皮膚の全身が真っ黒に染まり、彫刻のようにびくともしていなかった。
「おいおい…少しは効いてくれても良いんじゃねえの?」
黒い変色を解き、怪物がゆっくりとこちらを向く。その動きを見て、碧射は何かに気づく。
「…アイ。」
碧射はスマホを取り出し、どこかに連絡を繋ぐ。その間偽神は呑気に自身についた煤を落としていた。
(完全に舐めてやがる…しかし、今は好都合だ。)
「アイ。偽神フェイカーが現れた。見た目は異形型、能力はおそらく『硬化』。硬くなってる間は動けなくなるようだが実に厄介だ。」
煤を落とし切った偽神がこちらを向いてニヤリと笑う。
『フェへ、フェへフェへフェへ…!!』
「すぐに笑う余裕もなくしてやるよ…!」
───────────────────

「ホント、人がいるにしても綺麗すぎるくらいだなこの建物。ただ単にマメなんだろうけど。」
凛泉が廊下を歩きながら周りを見渡す。花瓶の置かれた棚の上や窓の縁にまで、しっかりと掃除された孤児院の中はとても鎮まり切っていた。
「結構前からここに住んでるのかね…。」
凛泉が広い部屋に出る。そこにはテーブルなどがあり、テーブルにはランチョンマットがあった。ここはおそらくダイニングだろう。
「ふぅん…。」
生活感のある空間を見ながら凛泉は周りを見渡す。
「一人、の生活感じゃないね。最低でも…二人ここに住んでる。」
すると、少し離れた場所からドダンッ!と大きな音が響いた。
「?」

「いてて…また転んじゃった。」
階段を登り切ったと同時に転んだ少女が、おでこをさすりながら立ち上がる。
「流河さん、早めに帰ってくるって言ってたし、お昼ご飯準備しておかないと!」
少女が気を引き締め、ダイニングに続く廊下を歩く。すると、先ほどまでしなかった気配の存在を微かに察知した。
「…?」
少女が首を傾げる…と同時に、少女の顔を何かが掠めた。
「っ!!」
少女は一瞬何が起きたかわからなかったが、すぐに頬から伝わる痛みで切られたことに気づいた。
「な、何!?」
少女が声を上げたと同時に、背後に回っていた凛泉が少女の首を後ろ側から掴み、壁に押しつけた。
「う…っ!」
少女が苦しそうな声をあげると、凛泉は空いた左手で少女の頬の傷から垂れる血を指ですくい、ニヤリと笑いながら舐め出す。
「いい色だね。……あんた何者?」
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