愛老連環の計

青伽

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呂布との密会

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 李儒が部屋に来れるのだから、呂布も来れるのだろう。王允は呂布が来た場合を想定した。
 李儒のように部屋で密会するのはあまり良くない。出入り口が一つしかないからだ。もし誰かに見つかった場合を考え、呂布が逃げやすいように裏庭の鳳儀亭へ移動しよう。距離を考えると、共に移動しては侍女に見つかる恐れがある。先に行って待つよう伝え――。
「王允殿」
 王允の思考は中断された。声の主は紛れもなく呂布である。
 きっと今日が会いやすい日であったのだろうな。
 王允は少々驚きつつ考え通り、鳳儀亭で待つよう指示を出した。呂布が出て行くと着物を正し、身だしなみを整える。顔が見えるように大臣の帽を外すか悩むが、呂布が惚れた時の服だと思い出し被ったまま部屋を出た。途中出会った侍女へ「庭を歩いてくる」と伝え呂布のいる裏庭へと向かった。

「呂将軍」
 王允は涙を目に溜め、歩く速度を徐々に速め呂布へと駆け寄った。
「王允殿」
 呂布が腕を広げたので、王允は胸の中へ飛び込んだ。
「お会いしとうございました呂将軍」
「王允殿。ああ、王允殿……っ」
 呂布は言葉にならないようで名と吐息だけが何度も聞こえた。王允は話し始めた。
「将軍とお会いできる日を、一日千秋の想いで待ち望んでおりました」
「貂蝉殿から話を聞いている。娘の代わりに連れて行かれたとか……心中察知する」
 貂蝉、既に懐かしい。また生きて会えるだろうか?
 久しぶりに聞いた娘の名に、王允は心が躍っていた。
「貂蝉は、どうなりましたか?」
「随分と王允殿を心配しておりましたが、無事嫁入りを済ませました」
 計画通り遠くへ嫁入りしたようだ。相手もこちらの事情を知る者だ。これでもし連環計が露見したとしても、すぐ安全な地へ逃げてくれる。貂蝉へ害が及ぶ事はない。
「さすが王允殿が育てただけある。父親想いの良い子で、貂蝉殿は私に王允殿を任されました。
今すぐここから逃げましょう」
 逃げる、という大胆な発言に王允は、呂布にそんな男気があったのかと戸惑った。
「そのような事をすれば呂将軍にまでご迷惑が掛かります」
 今逃亡し、董卓がそれを許した場合、策は成立しない。連環計は二人が争ってこその策だ。呂布に董卓を倒してもらわねば困る。
 この程度の否定では駄目だ、逃亡は諦めさせなければ。
「私は閣下に汚された身、何度も死のうと思いました。
ただ残された貂蝉が気がかりで、恥を忍び今まで生きてきました。
今日は貂蝉の無事を聞け、愛しい将軍へ直接お別れも言えました……来世でお会いしましょう、呂将軍」
 王允は涙を流し、池へと身を投げようとする。呂布は慌てて王允の身体を掴み抱き寄せた。
「王允殿ッそれだけはいけない! 生きてこそ、貴方が生きてこそなのだ」
「一時の感情に振り回されて、全てを台無しになさるおつもりですかッ
ここから出た所で閣下はすぐ私を連れ戻すでしょう。そうなれば呂将軍はどうなるか!」
 諦めるはずだ。すぐ露見するような、こんな馬鹿げた策など。
 王允の考えに反して呂布は考えを変えなかった。
「二人で逃げよう。当てはある」
 馬鹿なのか、呂将軍……?
「今の立場をお捨てになるつもりですか」
「もし当てが外れたなら二人どこかで、大人しく暮らそう」
 何を、考えている? この男は気でも狂っておるのか。
 王允は苛立ち、策を忘れ声を荒げる。
「世の英雄が何と言われます! こんな老いぼれ一人にっ」
「そんな貴方に惚れたのだ! 惚れた男一人救い出せず何が英雄か」
 王允の顔に水滴が当たる。そこでやっと呂布が大粒の涙を流している事に気付いた。
 このようなことぐらいで何故泣くのか? 
 王允には理解できない。呂布は稀代の将軍であるのに、情けないとすら思う。
「呂将軍、そこまで私の事を」
 ただ、断れない状況であるのを理解した。
 董卓を討てずとも、董卓から呂布を引き剥がせるなら、あとは同志の誰かが董卓を討てるか?
 その可能性に賭けるしかない、と王允は覚悟した。その時、運よく董卓が鳳儀亭へ来るのを目にした。
「逃げて下され、呂将軍。閣下が来ます。この距離では、私は足手まとい」
 王允は精一杯の力で呂布を突き飛ばし、その場で泣き崩れた。
「王允殿っ」
 呂布が手を伸ばそうとするが、董卓が気づき追いかけてくる。
「そこで何をしておる!?」
 董卓の剣幕に呂布は単身逃げ出した。激怒した董卓は、側に立てかけてあった呂布の矛を手に取り、呂布を追いかける。
 苛立った董卓は矛を呂布に投げつけるが、呂布にはたき落とされる。
 董卓はなおも呂布を追いかけたが、突然現れた李儒とぶつかり倒れ込んだ。董卓は起き上がるが呂布の姿はもう見えなかった。
「閣下! そのように慌ててどうなさったのです」
「李儒、そちこそ何故ここにおるのじゃ」
 指摘され李儒は動揺する。王允と話しに来ていた、とは気付かれぬよう取り繕う。
「たまたま近くを通りがかった所、呂布殿が大慌てで走り去ったので何かあったと知り、
様子伺いの為こちらへ参った次第です」
 董卓は首を傾げる。
「たまたまか」
「はい、たまたま通りがかったのでございます」
 これは不味いと李儒は話を変えた。
「所で閣下、呂布殿はよろしいのですか?」
「ああ! 呂布のやつ王允に手を出したのだ」
 李儒は目が点になる。
「侍女ではなく王允殿ですか?」
「呂布は元々女に興味はっ……!」
 董卓の怒りが一気に静まるのを感じた李儒。
 呂布の女好きは知られているので、それ自体に間違いはない筈だ。
「閣下、きっと何か勘違いなされたのでしょう。
呂布殿がそのような事を致すなど考えられませぬ。呂布殿は王允殿と閣下以上に歳も離れておりますし」
 あり得ない話だ。
 ただ最近呂布が遊ばなくなったと、聞いた話を思い出す。
 王允が側室になった時期と被っているような。
 流石に偶然だ。
 董卓は考える素振りを見せた後、顔をしかめて言った。
「違う。本気だったのだ。そうでないと呂布は儂の物に手を出さん……李儒、もうよい。帰ってくれ」
 李儒はこれ幸いと、逃げるようにその場を後にした。

 董卓の怒りは王允へ向いた。部屋に戻っていた王允へ怒鳴った。
「王允、そちは何故呂布と関係を持った!?」
「そんな、誤解です」
 董卓の反応は予想通りであったので、王允は涙を目に溜めながら弁解した。
「私が庭を歩いておりますと、呂将軍が現れました。
挨拶を致しましたところ、いきなり私を抱きしめて来たのです。
急な事に驚き鳳儀亭へ逃げたのですが追いつかれ……その……」
 王允は言い渋る。董卓が急かした。
「どうした? 何があった?」
「信じられないことに、将軍は私を抱こうとなされたのです。
私は池へ身を投じようとしたのですが、将軍に抱きかかえられてしまいました。
その時、董卓殿に救われたのです」
 董卓は頭を抱えている。
「王允、呂布をどう思う? 儂にとって呂布は必要なのだ。呂布の元へ行ってはくれまいか」
「何をおっしゃるのです! 私は董卓殿の物、それを将軍へ下げ渡すなどっ」
 やはり呂布を許すか。王允は落胆した。
「儂の為だと思って耐えてくれ。王允、そちならわかるはずだ」
「わかりました……私がこの世からいなくなれば、丸く収まります」
 王允は飾ってある小刀を手に取る。
「さらばです、董卓殿」
「待てっ早まるな!」
 揉み合いになり、董卓に小刀を取り上げられる。王允は泣き縋りながら訴えた。
「死なせて下されっ私は董卓殿のお立場もわかります。ですが将軍の物になるなど、死ぬより辛いのです」
「儂が悪かった、もう言わないから機嫌を直してくれ。儂とて手放したくはない、二人で郿塢城へ帰ろう王允」
 本気でそう思っているのか疑わしい。今そう言ったとしても、後で冷静になる。腕の立つ将軍と年老いた側室なら、誰でも将軍を選ぶ。しかし今は、とりあえず王允は機嫌が直ったふりをした。

 次の日李儒は董卓に個別で呼び出された。昨日の話だとわかっていたので、李儒は心穏やかではなかった。
「閣下、何かご用でしょうか」
 董卓は人払いをする。李儒は顔を青ざめながらも冷静を装う。董卓は言い渋っていたが、覚悟を決めたのか話し始めた。
「呂布が王允を気に入っておっての。王允を呂布にやろうと思うが、王允が酷く嫌がっておる。
無理やり呂布にあげても呂布を怒らせるだけじゃろうから、そち王允を説得する手筈を整えてはくれるか」
 突然の申し出に李儒は目を見開いた。自分の事でなく良かったが、それにしても董卓の提案はおかしな話だ。
「よろしいのですか? 閣下も随分と気に入られているではありませぬか」
「元々、先に王允へ目を付けていたのは呂布だからの」
 李儒はそこで初めて経緯を悟る。董卓が自分から王允へ手を出すのはおかしいと常々考えていた。だが呂布が気に入った相手を、董卓が手に入れたのなら経緯としてはありえることである。
 待てよ、これは呂布殿と閣下の仲を裂く為の連環計ではないのか?
 李儒にそう考えが過ぎった。ただ、そもそも王允が呂布を誘うのが難しいと思いそれ以上の推察を止めにした。
「李儒どうした?」
 董卓に呼びかけられ、李儒は次に自分の事を考えた。王允の言葉を思い出し、身体から冷や汗が出てくる。あれ程王允を気に入っているのだ、代わりが欲しいと董卓は思うだろう。
 王允殿がいなくなれば、次は私が代わりになるのでは……?
 とっさに董卓へ真っ向から反論する。
「それはいけません閣下。
時勢に精通しているあの王允殿が嫌がるとは余程の事、
それに閣下と呂布殿は養子とはいえ親子の間柄ではありませぬか。
側室を息子に取られたとあっては世間から笑い物にされまするぞ」
「しかし、今呂布に裏切られると儂の身も危うい」
 渋る董卓に追い打ちをかける。
「閣下、王允殿は一国の大臣です。閣下に使えてはおりましたが、将軍に使えていた訳ではございませぬ。
格下である将軍の物になるくらいなら王允殿は死を辞さないでしょう。
そうなれば呂布殿は閣下へ恨みを抱く事になりましょう」
 董卓はハッとした。
「ならば、どうすればよい」
「呂布殿へ贈り物をなさるとよろしいでしょう」
 董卓はやっと納得し、贈り物を用意するように李儒へ命じた。
命を聞きながら李儒は確信した。董卓政権はもう長くはないと。
 どこへ逃げようか考えながら、李儒は少しでも逃亡の時間を稼ぐため呂布が喜びそうな物を手配した。

 郿塢城の部屋で王允は上等の絹で織られた、桃色に染められている女物の着物に身を包んでいた。王允はそんな異様な状態を気にも留めず、書を開き物思いにふけっている。
 董卓が心変わりをし、自分を呂布へやりはしないかと心配していたが、いくら警戒してもその様子がない。
 郿塢城へ着いてからひと月余り経ち、王允はやっと安心した。
 もしや李儒への脅しが効いたのか? だとしたら李儒、判断を誤ったか。
 腹が立ったので言い返しただけだ。李儒の仕事着もあるにはあるが董卓は「李儒が頭に浮かぶ」と気に入らず、一度着て箪笥の肥やしになっている。王允はもう一つの可能性に気付く。
 ……もしくは、董卓を見限ったのか?
 美女連環計を考えた際、董卓を討てば李儒は処刑しようと考えていた。ただ結果的にであれ董卓を裏切るのなら、生かしてもいいような気もする。しかし大臣であった時ならいざ知らず、今の王允には処刑を決める権限はない。
 ふと窓から物音がした。
 見ると人影がある。
「呂将軍!?」
 庭師の恰好をしている。変装までして会いに来たのかと、王允は驚いた。
「王允殿、元気でおられる様子で何よりだ」
「そのような所にいては……安全な部屋へ案内致しますのでこちらまで来れますか」
 窓からそう伝えると呂布は王允を抱え上げ、地へと下ろし抱きしめた。
 こんな所を見られては、まずい。
「さぁ、こちらです。急がないと」
 呂布を急かし、殆ど使われていない物置き部屋へ移動する。侍女には見られなかったようで、王允は安堵した。
「ここなら少しの間なら気付かれぬでしょう」
 呂布は愛情が溢れんばかりの眼差しで王允の動向を見つめている。 
「ずっと王允殿が気がかりで、会いに来てしまったのだ」
 王允としては、董卓討伐計画がどうなっているのか気になった。そろそろ陳宮辺りが呂布へ働きかけている頃合いだ。
「私もいずれお会いできると信じ待っておりました。ですが私はここから出る事はできないのです」
「案ずるな王允殿。もうすぐ動きがある。その時必ず王允殿をここから救い出そう」
 どうやら手筈通りにやっているようだ。まだ時間はかかるだろうが、それでもいい。
「そのような格好までされて私に会いに来るのは大変でしたでしょう」
「王允殿も……」
 呂布は自身の口を塞いだ。王允は自分が女物の着物を着ていた事を思い出す。普段着なので忘れていた。
「……そう、でしたな。将軍の前でお恥ずかしい」
 王允は腕で着物を隠し、身体を横へと向け見える面積を減らした。
「いや、よく似合っている」
 気を使っているのだな、と王允は思った。呂布は惚れた相手には優しい。董卓とは違う優しさだ。
 普段なら気を使わせた、と返すが……貂蝉なら何と答えるだろう?
 貂蝉の対応を想像できれば後は実行に移すだけだ。王允は口元を袖で隠し目を細めた。
「呂将軍にそうおっしゃられると、嬉しいです」
 正解だったのか、呂布に求められ唇を重ねる。深い口付けの後、腰や太ももをまさぐられる。
「呂将軍……?」
 こんな所で抱くつもりか? 
 早めに済ませれば見つからぬだろうが、以前はこのように理性のない男ではなかった筈だが……? 
 まるで禁欲でもしていたかのようではないか。
 久しぶりに会った所為か? ……なんでも良いか。
 裏切られては、困る。
 王允は呂布へ身を任せる事にした。
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