愛老連環の計

青伽

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次なる計略

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 事が終われば呂布はすぐに王允から肉棒を引き抜いた。
「王允殿、お身体は」
 息は上がり、身も心もボロ布のようだ。本来挿れる所でもない場所を無理やりこじ開けられ、恥辱され。王允は胃から込み上げてくる酸味を抑えていた。
「何か拭く物をもらってこよう」
 その申し出に、王允は咄嗟に呂布の手を掴む。
「まだ、誰にも……」
 知られたくはない。じきに話さなくてはならないのだとしても。今はまだ、まともな自分と思われていたい。
「では場所を教えて下されば私が」
 王允が説明すると、呂布は部屋を出て行った。
 脱いだ襦袢を着ようと身体を起こすと、行為の穴から呂布の体液が流れてくる。王允は袖も通さずに襦袢を羽織り横になった。身体の事は忘れてとにかく思考だけを動かした。
 ……思い出した。初めて呂将軍に触れた日。あれは。
 儂が石を踏んで転びそうになり、近くにいた将軍が抱えて助けてくれたのだ。その時礼を言いそれきりだ。後は他の大臣同様、あいさつをするだけの仲。
 そんな一度のくだらない事で……?
「王允殿、これで良いかな」
 呂布は手拭いを見せる。王允がいいと返事をすると、呂布は王允の股の間を拭き始める。
「あまり触れないで下され……」
「痛かったか? すまない、中に出すつもりはなかったのだ」
 触れられる行為自体が不快で、何に気を使っているのかよくわからない。ただ、確かに出さないでいてくれるのなら、その方がよかったが。呂布は王允を抱きかかえ座らせる。王允の穴から流れ出る呂布の体液を手拭いで受けていた。
 何故こんなにも無駄な行いをするのだ……?
「いつもこのように後始末をされておるのですか」
「……相手によるな。しかし、これからは興味もない女を抱かずにすみそうだ」
 そう言い呂布は王允の首筋へ何度も唇を落とす。
 通常、夫婦でもない男が女へ触れようとすれば、女は嫌がるものだ。きっと男に触れられるのは不快なのだろうと、王允は考えていた。今自分が女のように触れられ、それが確信へと変わる。
 ああ……予想通りとても気分の悪い物だ。
 そして今初めて、娘を嫁にやりたくないという父親の気持ちを知った。
 貂蝉を、男に触れさせたくはない。このような不愉快な思いを貂蝉にさせたくはない。
 王允は現実逃避し始めた頭を切り替えた。
「聞いても良いですか」
「はい。どのような事でも」
 質問しているだけで呂布が喜び勇んでいるのが、王允を不快にさせた。しかし策の為と質問を続けた。
「今まで何故儂に話しかけて来なかったのです。
お助けいただいてからも何度会うても挨拶ばかりで、てっきり警戒されている物と思うておりました」
「王允殿も覚えておいてでっ私はあの日以来貴方のことを片時も忘れられず、
さりとて想いを告げる訳にもゆかず傍にいれば口を滑らしそうになり、
用事を見つけては貴方を眺める時間を増やす事しか出来ずいつも歯がゆく……」
 何か心に引っかかるような感覚を覚える。
 それが何かはわからなかった。
「王允殿から贈り物を頂戴した際は胸が高鳴り、いてもたってもいられず自らここへ参った次第です」
 王允は予想より長々と話された呂布の純愛に、倦怠感が強くなる。違和感の正体が気になるが、他に確認したい事もある。
「呂将軍の気持ちをご存知の方は他におられるのですか」
 いる訳がない、その前提で聞いたのだが呂布の答えは意外だった。
「閣下だけは気づいているようで……」
「何っ」
 一番厄介な董卓が知っている。となると王允が言う事は一つだ。
「どうか、閣下にはご内密にください。
このような関係、閣下に反対でもされますと二度と将軍とお会いできぬでしょう」
「王允殿がそう申すのなら暫く内密にしておこう。
時が来れば……王允殿が大切になされてる貂蝉殿が嫁入りした際は、
貴方を私の元へ連れて帰ろうと思っております」
 まるで儂が嫁入りするようではないか。
「それは、可能でしょうか」
「例え閣下が反対しようと。必ず貴方は私と共に」
 呂布が力を入れ抱きしめてきたので、王允は身を委ね目を閉じた。王允が黙っていると、呂布は勝手に想いを勘違いしてくれているようだ。
「……王允殿、疲れたであろう」
 呂布は名残惜しそうに王允の襦袢を着せ始めた。王允は呂布の行動に戸惑いながらも、袖を通す。呂布が使用人の真似事をしている現実を受け入れられない。混乱し頭が痛みを発してきたが、王允は懸命に脳を働かす。
 他に何か忘れた事はないか?
 董卓への口止めは呂布の様子から見ても大丈夫だろう。呂布が話していた時に感じた違和感が気にはなるが、何に引っかかったのかが王允にはわからなかった。
 大した事でないと良いが……。
 考えている間、呂布は紐まで結び終えていた。呂布は王允から離れ帰り支度を始めた。
「泊まらぬのですか?」
「名残惜しいが……ご家族に知られたくない様子なので」
 そう話す呂布の顔は、今まで見たどの顔とも違っていた。
 これが、呂布の素顔か? それともこれが。
 女だけに見せる顔か?
 王允は気分が悪くなり、それをごまかす為着物に手を掛けた。
「王允殿はどうかお休みに。送り迎えは結構だ」
 着物を取った王允の手に呂布は口付けし、また来ると言い残し部屋を出て行った。
 さっきから頭に霧が掛かったようだ。意識がはっきりとしない。おかしなものが見える。
 呂布が儂を女扱いしておるように見える。
 ……儂が、呂布の女だとでもいうのか? 女に飽き愚かな興味を示しただけではなかったとでも?
 門が開く音がする。呂布が出て行くのだな、と王允は何の感情もなく思った。
 扉が閉まる音がし、途端にいつもの意識が戻ってくる。同時に嫌な勘が働いた。喉に酸味を感じ、王允は厠へと急ぎ向かった。
 まさか……呂布にとって儂が普通の女と同じだというのなら、まさか。
 厠へ入り胃から込み上げる汚物を吐き捨てる。
 あの呂布がわざわざ董卓の酒宴まで来て、謀反を起こそうとした張温を告発したのは。
「儂を……見たいがため、か?」
 胃が再び込み上げ声が出ない状態になる。王允は流れ出る己の汚物を眺めながら、盆に乗った張温の生首と、自分の今の状況とを比較した。
 これは当然の報いだ。貂蝉に代わりをやらせるなど、とんでもない。
「ヴッ張温……すまないッ儂の所為で」
 例え処刑は免れなかったのだろうとも、儂があの場にいなければ張温が無様に晒される事はなかったのだ!
 止まった筈の涙が再び流れ落ちたが、汚物とともに消えて行く。
 王允の嘆く声が厠に響いていた。

 散々吐いて厠を出ると貂蝉が心配そうに佇んでいた。貂蝉は何も言わずに王允の身体を支える。貂蝉に支えられながら部屋へ戻る途中、再び思い出し吐き気がした。王允は庭へ飛び出し、池で汚物を戻す。
「お義父様っ!?」
 貂蝉は後を追い、王允へ駆け寄った。王允の背中を擦り介抱する。
「貂蝉……湯を」
 話す途中で、再び胃の内容物が逆流してくるのを感じる。息を整え耐える。
「お義父様、いっその事全て吐いてしまわれた方がよいのではないですか?」
「度々吐いていては、呂布に気付かれよう。呂布が仲間についたのだ呂布が……」
 落ち着きを取り戻した王允は、元の策を思い出す。美しい貂蝉を見、動揺する。
「儂に出来ると思うか、お前の役目。儂は董卓の女になれるのか? 
なれなければ、儂は一体何のために呂布から辱めを受けたのだ!?」
 流したくもない涙が再度ぼろぼろと目から滴り落ちた。嗚咽し顔も上げられぬほど力なく地面へ塞ぎこんでいる王允に全てを察した貂蝉は諭した。
「まだ出来ないと決まった訳ではありません。策を考え直しましょう。お義父様、まずは湯でお身体を……」
 貂蝉を杖代わりに王允は屋敷へと戻っていった。

 数日、計画を練った。悩んだが事前に董卓へ反発する同志二人を呼び策を伝える。既に呂布と関係を持ったと伝えると冗談と思われた。真実と知ると一人は胸を押さえ気分を悪くしていたので、もう一人が諫めたのち介抱していた。
「うまく事が進みましたら、お二方には呂布をけしかけて頂きたい」
 二人は了承したが、やはり意見が出る。
 他に、方法はないのか? と。
「董卓が儂らの仲を容認すれば、呂布は董卓へ更に忠誠を尽くすであろう。
策に失敗したとて董卓の機嫌を損ねるだけの事、儂が斬られでもすれば呂布は董卓へ反感を抱く……
何にせよ呂布をけしかける役目はお主らに頼むぞ」
 董卓を誘う、と伝えてはいるが、本音を言えば女ばかり侍らす董卓をうまく誘えるわけがないと王允は考えている。
 だから本当の狙いは董卓を怒らし、自分の待遇を悪くすることである。殺されなければ、董卓の待遇に嘆いて自害でもすればいい。
 そうなれば普段短気で根に持ちやすい性格の呂布は、必ず董卓を許しはしない。
 王允の思いを知ってか知らずか二人は了承した。返事を聞き王允は笑みを見せた。普段見せぬ笑みに疑問に思ったのか聞いてきたので王允は答えた。
「愛想の良い女子の方が好かれるであろう? 娘の真似をしておるのだ。どうだ、儂は笑えておるか?」
 そう説明し王允は再び口角を上げる。二人は唖然としていた。沈黙の後、元気な方が答えた。
「とても自然に笑えておりますよ」
 気を使われているを承知の上で、それでも王允は気分を良くした。今まで親しい交流はなかったが、名は確か。
「ありがとう陳宮殿」
 この者に任せておけば、安心だ。

 二人が帰ると貂蝉に呼びかけられた。貂蝉は紙に包まれた粉を差し出した。
「これは薬か?」
「飲むと色香が増す薬でございます。董卓には精力剤を酒や料理に混ぜましょう」
 現状を知る貂蝉が、董卓を誘う策へ協力的である事に王允は訝しむ。
 本気なのか。本気で董卓を相手に出来ると……?
 そう思ったが、貂蝉の鋭い眼差しに真意を悟った王允は胸を熱くする。
「貂蝉……」
「どうか、ご無事で」
 儂の身を案じておるのか……死に急ぐなと?
「……お前を手放さなくてよかった。貂蝉、儂の事は気にせず幸せになりなさい」
 貂蝉を逃がそう。これ以上巻き込まない為にも。
 王允はそう決心した。

後日王允は董卓を誘い屋敷へ招き入れた。
 王允は董卓の今までの功績を称えた。
 気分を良くし董卓は精力剤入り酒をあるだけ飲み続ける。王允は自ら酒を注いだ。
「良い酒だな」
「お気に召したようでなによりでございます。まだまだ沢山ありますので気遣いなくお飲み下さい」
 酒好きな董卓は喜び浴びるように飲んでた。しかしそれでも暫くすると酒を飲む手が遅くなる。
 王允はその機を逃さなかった。
「そういえば家には舞を見せる者がおります。よければご覧になりますか?」
「舞か、良いな」
 王允は貂蝉を呼び、舞を躍らせた。
 親の王允から見ても今まで見た中で一番美しいと感じた。横目で董卓を見ると、貂蝉を見る目が完全に獲物を見定める目であった。
 舞が終わり貂蝉が部屋を後にすると董卓は王允に問う。
「先程の美しい娘は誰だ?」
 予想通りに食い付いた董卓に王允は答えた。
「私の娘、貂蝉でございます閣下」
「あのように美しい娘がおったとは。王允、そちもなかなかやりおるの」
 差し出せ、とならないあたり理性はあるようだ。無論大臣の娘を要求したとあっては、他の大臣からの反発は避けられないであろうが。
 もう少し、理性を失ってもらわねば。
「お褒め頂き光栄です。しかし娘は嫁入りが決まっておりまして次の吉日、屋敷を出てゆくのです」
 王允は寂しそうにそう伝えた。
「それはもったいないの……いや、めでたいことではないか。王允殿は何故そのように悲しんでおる」
「私には他に家族がおりませぬ。それで嘆いておるのです」
 王允は董卓へ酒を注ぎ、酒を飲むことを進めた。董卓はそれを一気に飲み干す。
「確かにあのように美しい娘がいなくなれば寂しかろうな。よし、儂がそちに女をくれてやろう」
 王允は首を横へ振る。
「ありがたいお言葉ですが、閣下私はその、歳を取り過ぎておりまして。男としての盛りは既になく……」
 言葉を濁し俯く王允に董卓は意味を悟る。
「そいつは失敬した。しかし嘆く事はないぞ王允殿。女は傍に侍らすだけでもよい物だ」
 勃ちが悪いのは本当だが、これは抱かれた際の言い訳でもある。男相手に盛る訳がない。感じていないと気づかれては困る。
 下品に笑う董卓へ軽く同意をして、王允は再び酒を注いだ。

 徐々に董卓の様子が変わっていく。
「いかん、何だか気分が……」
 酔いと貂蝉による舞、そして薬による欲にあおられている董卓に、王允はそれに気づかぬ風を装う。
「そうですか? 私には先程より元気になられたよう思えます」
 董卓は立ち上がり帰ろうとするので、王允は引きとめ座らせた。
「まだ陽も明るいですし、それにいつもより呑まれておらぬではないですか」
 董卓は混乱しているように思えた。
「お疲れならばここで休まれた方が疲れも取れましょう。お酒に酔われたのなら食事を取るとよいそうです」 
 精力剤入りの食事を進めるが、董卓は箸を持ったまま動かなかった。
「そんなに酔われたのですね閣下。私が口へお運び致しましょうか?」
 返事がなかったので、箸を董卓の手から受け取ると王允は魚を解して多めに取り、董卓の口へと運んだ。嫌がると思っていたが、素直に口にしたので、それから三口程度食べさせた。
「いや、もうよい。儂は王允殿に何をさせておるのだ……」
 そう独り言を呟き、王允にもたれると寝息を立て始めた。王允が二三度呼びかけるが反応はない。
「眠ってしまわれたか」
 それならば、と王允は董卓の腕を持ち上げた。その手を王允の後頭部と背へ沿え、まるで王允を抱きしめている形に変えた。
 顔を寄せ小さな声で本当に眠っているか、確認をする。
「閣下」
 反応はなかった。

 董卓が眠っていると、舌の上に何やらにゅるりとした物を確認した。いつもの調子で舌を絡ませると簡単に答えてくれる。力を込め抱きしめてみると何となく、知らぬ女である事に勘付き、目を覚ます。
「……ッ! ……あ!?」
 顔を離し、董卓は零れた唾液を袖で拭いた。
「おう、いん殿?」
 王允も董卓と同じく袖を口元で隠している。
「何故そちがこのような」
 とまで言い、気がつく。自分がしたのではないか、と。手頃な女がおらず自分を誤魔化していたが、この家へ来てから無性に誰かを抱きたくて仕方がなかった。
 追い打ちをかけるように王允は弁解した。
「お言葉ですが、傍で介抱していた私を無理やり引き寄せたのは閣下でございます」
 それもそうだ。元老の大臣がこのような真似をするはずがない。
「それはすまなかった。何故かそちが女のように思えて」
 口を滑らせた、と董卓は気付くが既に遅い。王允に興味を持ってしまった理由は薄々わかっていた。
 呂布め、あやつが王允殿にばかり目をやるから儂までこのような事になってしまったのだ。
「女ですか。私は閣下がお望みになられるのであれば、やぶさかではございません」
「王允殿?」
 董卓は自分の心が晴れて行くのに驚いた。自分でも疑っていた欲情を、相手に認められるだけでこうも違うものか。だからといって王允を相手にする訳にはいかない。そう考えていると王允はそっと董卓の肩へ触れた。
「もし私を気に入られたのであれば」
 王允は外へ聞こえないように董卓の耳もとへ囁いた。
「閣下に私を献上したく思います」
「そちは……いや儂は、飲み過ぎたのか? 王允殿の口からそのような」
 董卓は酔いを覚まさせる為、頭を震わせた。
 手に入る? あの普段厳格な王允殿が? 
「王允殿そのようなことをされては……儂は困る」
 服を脱がしたらどうなる? どう乱れる? どう喘ぐ?
 一瞬そんな疑問が頭に浮かんだ。
 呂布の気持ちを、董卓は今少し理解した。
 王允は悲しそうな顔をしている。董卓は焦って続きを話す。
「そのっ一体何を、お返ししたらいいのかと……」
「閣下のお傍でお仕え出来るのなら、私はそれで十分なのです」
 飽きたら後で呂布にやればいいかと、酔いが醒めやらぬまどろみの中で、董卓は王允を連れて帰る決断を下した。
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