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女装レイヤー、散る

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「わたくしは北条院 マンシェル。ここがわたくしの通う学院ね!」
 うんうん、うまく声真似ができた。
 姿見鏡に映るアニメの美少女キャラクター『北条院 マンシェル』を見ながら、丸井 聡治はにんまりと笑った。聡治は今、もうすぐ開催されるコスプレイベントへ向けて猛特訓中だ。しかし残念ながらもうすぐ三十になろうという自身の顔は、北条院 マンシェルには似せられなかった。お面を被るしかないが、その分別の努力は怠らないつもりだ。
 ポーズの再現は完璧とまではいかなかったが、まだお披露目まで日数がある。今日はこの辺でやめて寝よう。
 そう思い、聡治はお面を外した。
「……」
 鏡に映った自分の顔を見て固まった。身体もキャラに合わせているので、顔と比べてちぐはぐになっている。聡治は思う。
 この顔のまま、女物の服が着れたらな。
 別に、女になりたいわけではなかった。可愛くてきれいな服を、着たいだけだ。だからと言って、自分に似合わない服を着たいとは、聡治は思わない。だから、今まではイベントでお面を付けて女装することで満足していた。その思いが少し変わったのは、最近のことだ。
 北条院 マンシェルというキャラは、洋服が合わさった変わった着物姿をしている。聡治が着物キャラにハマったのは初めてだった。マンシェルの衣装を作るために、安く古い着物を探した。
 初め怪訝な顔をしていた店員も、仮装だといえば快く探してくれた。それどころか、着物の試着もさせてもらった。今まで女物の服を試着したことはなかったので、驚いたのを覚えている。女性着物を着、鏡に映る姿は、自分で言うのもなんだが、とてもきれいで似合っていると思った。ついついコスプレとは関係のない、黒地のきれいな桜の着物と薄黄色の帯を一セット余分に購入した。
 ただ、外へ着て行くような、そんな勇気は聡治にはない。桜の着物と帯は、購入してから一度も手を通さず、箪笥の肥やしになっている。聡治は再び仮面をつけた。
 あともう一度だけやって、今日は寝よう。
 そう思った瞬間。爆音と共に壁が崩壊し、聡治は意識を失った。
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