恋は秘めて

青伽

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きみがよかった

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『おはよう』
 懐かしい声に心地よく目が覚める――いや、違う。
「綾子?」
 妻の夢を見ているようだ。それとも
『お疲れのようね。よく眠ってらしたから』
「綾子、君は元気そうだね」
 お迎えかもしれない。綾子は微笑んだ。
『もう少し横になっていても構いませんよ』
「いや、起きるよ。君がいるのに」
 正座をして綾子の手を取る。
「会いたかった、綾子」
 このまま目が覚めなくてもいい、本気でそう思う。
 綾子は顔を寄せ耳元で囁く。

『あの子供が好きなんでしょう?』

 頭から血の気が引くのを感じた。
「それはっ! 君がいないから……っ」
 握りしめた手に力を込める。
「君が、傍にいてくれたら! こんな不甲斐ない思いせずに済んだんだっわしは……君と」
 言ってはいけない。そう思ったが口は勝手に動く。
「君と、生きていたかった」
 綾子は少し微笑んだ状態で瞳から涙をこぼした。
『ごめんなさい』
「綾子……? 泣かなくてもいいじゃないか」
 泣かせたのは自分だ。望んで贈悟を置いて行ったわけではない。
「泣くぐらいなら、これからはわしが傍にいる」
 白い頬を伝う綾子の涙を指でぬぐい、抱きしめた。
 何十年振りだろう。懐かしさに胸がいっぱいになる。
『……あなた』
 良い夢だ。
 これで一生目覚めなければ、どれだけ良いだろう。
 夢に飲まれながら、目覚めぬようにと願い綾子をしっかりと抱きしめる。
『……あなた、それはダメ』
「え?」
 途端に強い力で綾子に突き飛ばされる。
「あ、やこ……?」
 手もとを後ろから誰かが掴む。
 振り返ると小学生の悠斗が縁側から乗り出して両手で贈悟の右手を掴んでいた。
 とっさに振りほどいた。
「ちがっ違うんだ。この子は……わしは綾子と一緒に」
 倒れた体を起こし、前かがみになって綾子に手を伸ばす。
「あ、愛しているんだ。君の事、今でも」
 動揺しているのが自分でもわかる。
 綾子は微動だにしない。
「わしを連れて行ってくれ! 頼む」
 手前に両手をつき急ぎ土下座した。
『あなたは弱い人だから』
 綾子が近づく気配があったが、贈悟は頭を下げた状態で懇願する。
「頼む、頼む……」
「ぞうごさん」
 予想しなかった悠斗の声に驚き、顔を上げる。
 綾子だと思っていた気配は悠斗だったようだ。
「オレじゃダメ?」
 両手を畳に着けて、後ずさりする。
 悠斗は目の前で徐々に成長し、見た事もない大人の姿になり、贈悟を抱きしめ押し倒す。
「贈悟さん」
 震えが止まらず贈悟は、力なく首を横に振り拒否を表した。
 目には涙がたまり、恐怖しか感じない。
 視界の端に、綾子を見つけ手を伸ばす。
「綾子……手を、握ってくれ……ッ」
 その呼びかけに綾子は立ち上がった。やれやれといった風に。
『バカねぇ』
 呆れながら伸ばし贈悟の手を取り両手で挟んだ。贈悟は綾子の手を力いっぱい握る。
「綾子……愛してる」
 もう二度と、死ぬまで会えないような気がした。
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