恋は秘めて

青伽

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数十秒のかけおち

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 電話から五分くらいで娘は来た。 
「おかーさん」
 玄関にいる娘に、春真は向かって行った。
「早かったね、車で来たのか」
 連れ歩くよりその方がいいだろう、悠斗も送っていくと言ったが断った。
「いや大丈夫、三件むこうなだけだから」
 行き違いになるのを恐れ、娘が来るのを待っていただけだ。 
「悠斗バイバイ」
「ばいばーい」
 二人がお別れを言ったので娘は帰って行った。
 車を見送ると足元にいる悠斗に視線をおとす。
「じゃ、行こうか」
「……どこに?」
「お家」
 着物を掴んで悠斗は言う。
「もっといたい」
「お母さんが心配するよ」
「しないって」
 悠斗を抱き上げ、玄関の戸を開けた。
 ランドセル分春真より重いが、我慢だ。
「おろして、歩くから」
「わしは平気だよ」
 気遣っているのかと思いそう言った。
「外で抱っこしなくていい! 子供みたいじゃん」
 子供じゃないか、苦笑いしながら贈悟は悠斗を下した。
「せめて手は繋ごうか」
 手を差し出すと、悠斗は一瞬で笑顔になり手を握った。
「悠斗君は手をつなぐの好きなのかな?」
「うん、恋人同士は手つなぐもん」
「……!」
 カッと贈悟の顔が赤くなる。
 誰にでも言っているのかもしれないが。
 さらりとそんな事が言えるなら、大人になってもモテるんだろう。
 そう考えると、寂しく感じた。
 すぐ近くなこともあり一分もかからず着いた。
「もっと歩こう!」
 握った手を引っ張るが、そういうわけにもいかない。
 『篠崎』と書かれた表札横のチャイムを鳴らした。
 「はーい」と悠斗の母の声がドア越しに聞こえた。
「柊です。悠斗君を連れ、え?」
 悠斗に思いっきり引っ張られる。
「早く! 逃げないと!!」
 どこに?
 と疑問を抱いたが、悠斗に力いっぱい引っ張られて行く。
 玄関から母親が出て来た。
「あ、柊さん……えっと?」
「逃げるよぞーごさん!!」
 母親が出てこようと力を緩めない。
 そのまま引きずられて行く。
 とりあえず挨拶した。
「今日は遅くなって……悠斗君!? そろそろ」
「やだ、ぞーごさんといる!」
 一瞬、とても胸を締め付けられた。
 母親が「なんなら散歩でもしてきますか?」と
止めに入らないのでそのまま引きずられて行った。
 家にいて気づいた父親が出てきて悠斗が捕まる。
 悠斗を抱っこしたまま父親が頭を下げた。
「柊さんすみません」
「いえそんな」
 少し残念だったが安心する。
 両親といる方が良いに決まっている。
 悠斗の頬はとても不機嫌そうに膨れていた。
「ぞうごさんオレといたくないの?」
「そんな事はっ」
 必死に言うのもおかしい。
 冷静に落ち着き、言いなおす。
「そんなこと、ないよ。もうお外が暗いから、明るくなったらまたおいで」
 そう伝えると、悠斗はバタバタと暴れて父親の腕から逃れ、贈悟の足元に降り立つ。
「ぞうごさん、座って」
 両手で着物を掴み、贈悟に指示する。
「はいはい」
 笑いかけながら。しゃがんだ。
「目つぶって」
「はいはい」
 
 ちゅっ

 唇に接触を感じ、驚いて目を開ける。
「悠斗――――!?」
 父親の声が響く。
 悠斗の身体は再び父親に持ち上げられた。
 贈悟はその場で口元を指で撫でた。
 現状がいま一つ理解できないでいる。
「結婚してくれるって、ぞーごさん言ったもん」
 多分、言ってない。
「悠斗っ柊さんを困らせるな」
 本気にしない辺り、安堵したが悠斗は口をとがらせている。
「ね、かーちゃんは信じてくれる?」
 少しふっくらとした母親は、手をほほに当て首を傾げて言った。
「悠斗をよろしくお願いします」
「……」
 前から少し変だとは思っていたが、なんと天然な……
 返答に困っていると父親が頭を下げた。
「すみません。迷惑ばかりかけて」
「いえ、わしはこれで」
「明日も行くからね!」
 悠斗の視線が胸に突き刺さる。
「……待ってるよ」
 視線を逸らし家へ戻る事にした。
 鼓動の速度に合わせて早足になる。
 わしは、馬鹿なのか。期待に胸が膨らむ。
 一度も振り返らずに、家へ戻る。
 ため息をつくと緊張が解けたのか、その場に崩れた。
「恋、かな」
 いい加減に、認めた方が楽だ。
 愛してなんかいない。全く愛していない。
 これは淡い恋心なのだから、その内に消えていくだろう。
 明日になったらまた悠斗がやってくる。
 春真に連れられてくるのではなく、みずからここへ。
 そうしたらまた笑顔で迎えよう。
 今日とも昨日とも違う笑顔で。
 この泡のような恋が消えるまで。
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