蒼空のイーグレット

黒陽 光

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Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて

第十章:無限の空へ、疾風のように

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第十章:無限の空へ、疾風のように


 そして――――来たるべき一週間後。
「回せ回せ回せ! アーミングの済んだ機からどんどん地上に上げろ! ……ンだと、クロウ隊の装備がまだ終わってねえだあ!? 分かってんならとっととやりやがれンのアホンダラ! 慌てず、急いで、正確にだ! 分かったな!? 分かったらとっとと取り掛かれ! ハリーハリーハリー!!」
 南の圧のある怒鳴り声が響き渡る中、あるじを待つ翼の群れが次々と目を覚ましていく。プラズマジェットエンジンの甲高い音色が幾つも重なって響く格納庫の中は、まるで一種のオーケストラのようでもあった。
 そんな格納庫の中を、アリサたちイーグレット隊の四人が各々のパイロット・スーツを身に纏った格好で歩いていた。全員が専用品の特別誂えなパイロット・スーツで、誰も彼もがヘルメットを被ろうとしない辺り……あらゆる意味でESPパイロットらしい出で立ちだ。
 格納庫を歩くそんな彼らに気が付けば、南が「おう!」と遠くから声を掛けてくる。
「イーグレット隊全機、キッチリバッチリ準備万端だ! ……っつっても、たったの二機ぽっちだけどな」
「二機でも、僕らESPは一機一機が一騎当千のリーサル・ウェポン……だろう?」
 近寄りながらそう言う南に対し、澄まし顔でそんな言葉を返すミレーヌに南はニヤリと笑いかけつつ「ヘッ、よおく分かってんじゃねえか、パツキンの姉ちゃん。名前なんつったっけ?」と話しかけた。
「ミレーヌ・フランクール、階級は中尉。そういえば、こうして直に話すのは初めてだったね。君の噂はかねがね耳にしているよ、サージェント・ミナミ。H‐Rアイランドの名物メカマンだってね」
「そりゃあ何よりだ。んじゃあミレーヌちゃんよ、それにアリサちゃんも。機体のチェックリストがあっから、一応確認しといてくれ。終わったら翔一たちナビシート組もな」
「いや……先に見るべきなのは僕じゃあない、宗悟の方だ」
「ん? ……あーそっか、アリサちゃんたちとは逆パターンなのか。コイツは失敬失敬」
「いやいや、良いってことよ」
 詫びる南から宗悟がクリップボードに挟まれた機体のチェックリストを受け取り、続きアリサも同じようなリストを受け取る。
 ――――逆パターン。
 その通りだ。アリサ機の場合はアリサが前席で操縦、翔一が後席でサポートという感じなのだが、宗悟機の場合はアリサたちと男女の前後関係が逆なのだ。南は普段アリサたちで感覚が慣れきってしまっているから、ついついミレーヌの方へ先にチェックリストを渡しそうになってしまった……というワケだ。
 まあ、そんなちょっとしたあれこれはあったものの……南からチェックリストを受け取った前席組の二人は、一度サッと目を通してから末尾にサインをし、続き翔一・ミレーヌの後席組へとリストを手渡す。二人も同じようにリストに目を通せば、やはり同様に末尾へ確認のサインをサッと書いて、用の済んだチェックリストを南に返した。
 ――――ちなみに、今回搭載していく兵装も全て記されていたのだが、イーグレット隊は二機とも共通してこんな感じだった。
 まずは主翼下の一番外側にあるハードポイントには、短距離射程のAAM‐01ミサイルを。続き中央には中距離射程のAAM‐02を装備し、内側には長距離のAAM‐03を吊しているといった格好だ。前者二種類はパイロンに四連ランチャーを介し、左右合わせて合計八発ずつ。AAM‐03だけは重量や大きさの兼ね合いで四連ランチャーを使えないから、二連ランチャーを使って合計四発といった感じだ。
 だから、ミサイルは全部で二〇発。加えて胴体下のハードポイントには、長時間の戦闘を想定しGLP‐42/Aの三〇ミリ口径・レーザーガンポッドを吊しているようだった。前に翔一が借用した榎本の予備機だった≪ミーティア≫に積んでいたのと同じ、強力なレーザー機関砲だ。
 とにかく、装備面はそんな感じ。流石に普段のアラート待機と違い、事前に大規模戦闘だと分かっている作戦前とあらば≪グレイ・ゴースト≫もいつになく重装備だ。これだけ積んでしまうと、流石に機体の挙動も重くなりそうなものだが……そこは空間戦闘機、しかもESP専用機だ。双発プラズマジェットエンジンの凄まじいパワーに、フルスペックを発揮したディーンドライヴの重力制御があれば……たかがミサイル二〇発とガンポッド程度の重量、多少の誤差程度でしかない。
「機体にゃもう火は入れてある。まだ地上のエプロンにゃ上げちゃいないが、すぐに飛べる状態だぜ」
「オーライ、結構よ。南、アンタは相変わらず流石ね。普段の人となりはさておき、仕事の方はいつも完璧で助かるわ」
「おいおい……一言余計だぜ、アリサちゃん」
 肩を竦めるアリサに、やれやれと溜息で返す南。そんな彼とのやり取りもそこそこに、イーグレット隊の四人は自分たちの≪グレイ・ゴースト≫が保管されている隣の格納庫へと歩いて行く。最終的な目視チェックもしておきたいのか、南も一緒に付いて来ていた。
 そうして、アリサと翔一、宗悟とミレーヌがそれぞれ機体の左側に掛けられた黄色いラダー(はしご)を昇り、各々が愛機のコクピットへと飛び込んでいく。南が言っていた通り、機体のエンジンや主要なアヴィオニクスにはもう火が入っていた。後は幾らかのチェック作業を終えるだけで出撃準備完了だ。
 ラダーやエレヴェーターなどの動翼類の動作状況を目視確認、兵装状況確認。キャノピー閉鎖、エンジン出力問題なし、各種アヴィオニクスも正常に動作中…………。
 そんなチェック作業を手早く終えて、翔一が「チェック終了、問題なし」と報告すると、前席のアリサが彼の方に向かって軽く親指を立てて応じる。
「イーグレット1、コンディション・グリーンよ」
『イーグレット2、右に同じくだぜ。いつでもいける』
『オーケィ、でもちょおっとだけ待ってくれ。クロウ隊が先に上がる』
 アリサに続き、宗悟が出撃準備完了の合図をしたところで、二機の傍に立っていた南からそんな報告が飛んでくる。どうやらファルコンクロウ隊の連中が先に離陸している最中らしく、まだ地上のスペースが空いていないらしい。
 それにアリサはやれやれと小さく肩を竦めつつ、内線通信越しに南に言葉を返す。
「りょーかい。とっとと上げちゃってよ? ただでさえ308スコードロンの連中は、大所帯でトロいんだから」
『まーまー、そう言ってやんなよアリサちゃん。明日は我が身かもしれないぜ?』
「ちょっと、どういう意味よそれ」
『別にぃ? 深い意味なんて無いぜ。……まあ何にせよ、少しだけ待っててくれや。そろそろ上がり終わるみたいだからよ』
「はぁ……了解」
 そうして南に待機を命じられたところで、アリサは小さく後ろに振り返り、後席の翔一に話しかけてみる。
「そういえば、アンタはこんな大規模作戦、初めてだったわよね?」
 アリサに言われ、翔一は「ああ」と彼女に頷き返す。
「緊張していない、と言ってしまえば、僕は君に嘘をついていることになってしまうが……でも、アリサと一緒に飛ぶんだ。だから別に怖くはないよ」
「こういう時、ちょっとぐらい緊張しても良いと思うけれどね。……まあいいわ、その期待に応えてあげるから」
「頼りにしてるよ、お姫様」
「誰がお姫様よ、誰が。どっちかっていうと、翔一? アンタの方がよーっぽどプリンセスみたいだけれど?」
「ははっ……確かに、違いない」
 アリサと翔一、シート越しに二人で微かな笑みを向け合いつつ。そのまま互いに互いの方へと手を伸ばし、小さく作った握り拳を二人で軽く小突き合ったりなんかしてみせる。
 そうしていると、南からもう上がっても良いと号令が飛び込んで来るから、アリサ機と宗悟機は二機揃って格納庫を出て、地上へと続く大きなエレヴェーターの方へと移動を始める。二人が話している間にも、既にミサイル類のアーミング(安全ピンを抜く作業)は終わっていたようだった。
『フォースゲート・オープン! フォースゲート・オープン!』
 鳴り響く警報音、木霊する通告音声。そんな聞き慣れた喧噪に見送られながら、二機の≪グレイ・ゴースト≫はゆっくりと上昇するエレヴェーターとともに地上へと出て行く。
 そうして、隔壁を通り抜け外界へ。エプロンを通り抜け、タキシングし。滑走路手前の誘導路で暫し待機せよと管制塔から命じられたから、少しだけそこで立ち止まって待つ。
『アイランド・タワーよりイーグレット1、イーグレット2。ランウェイへの進入を許可』
 待つこと数分、ファルコンクロウ隊のエンブレムを尾翼に刻んだ≪ミーティア≫たち、その最後の二機が滑走路から飛び立っていく。
 そうしてクロウ隊の連中が飛び立っていくと、管制塔からの許可も下りて。そうすればアリサたちイーグレット隊、二機の≪グレイ・ゴースト≫がゆっくりと滑走路へと進入を始める。ゆらゆらと陽炎の揺れる、蓬莱島の滑走路へと。
 二機並んで滑走路に躍り出て、また停止。そうすれば、離陸許可を貰う為に管制塔との最後の交信を交わす。
『アイランド・タワーよりイーグレット隊、離陸を許可する。幸運が君たちの空にあらんことを』
「イーグレット1、了解。クリアード・フォー・テイクオフ。……さあて、行くわよ!」
『イーグレット2、クリアード・フォー・テイクオフ。お仕事の時間だぜ、気張って行くとすっかあ!』
 スロットルを開き、最大加速にて滑走開始。双発のプラズマジェットエンジンから甲高い爆音を上げながら、漆黒に染まる二機の巨大な機影が急激な勢いで加速を始める。
 そうして滑走していれば、やがて主脚タイヤは滑走路のアスファルトから離れ――――ふわりと、黒翼が飛び上がっていく。
 ギア・アップ。主脚を折り畳み機体内部へと格納。そうすれば、アリサはいつものようにスロットルを全開まで開いたまま、サイドスティック配置の操縦桿を右手でグッと引き、九〇度近い急角度での急上昇――――お決まりのハイレート・クライムを敢行する。
 とすれば、宗悟もそれに倣い、同じように機首を急角度まで上げ、アリサ機に追従する形でハイレート・クライムでの上昇を始めた。
 ――――白い尾を引き、漆黒に染まった二機の機影が瞬く間に空の彼方へと消えていく。
 天高く、二機の黒翼が舞い上がる。彼女らの行く先は遙か彼方、漆黒の闇に包まれた無限の大宇宙。孤独に満ちた次なる死地へと赴くべく、漆黒の翼が蒼穹そらの彼方、更にその先を目指して飛び上がっていった。真っ直ぐに、ただひたすらに――――――。




(第十章『無限の空へ、疾風のように』了)
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