蒼空のイーグレット

黒陽 光

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Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて

第八章:This moment, we own it./14

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「んだよ、つまんねーの」
「ちょっと可哀想なことしちゃったかな、あの二人に」
 とまあ、そんな具合に未遂で終わったアリサたちを一個後ろのゴンドラからニヤニヤと眺めつつ。残念そうにひとりごちる宗悟に、ミレーヌが横から……ちょっと澄まし気味の顔で言う。
 それに宗悟は「良いんじゃねーの?」といつも通りのお気楽な調子で言ってから、
「こういうのもお約束、だろ?」
 という風に、やはりお気楽そうな横顔で続けていた。
 そんな宗悟に対し、ミレーヌは彼のすぐ隣でやれやれと呆れたように肩を竦めながら、小さく息をつく。
 ミレーヌはそういう風に呆れっぽい仕草を取ってみせてから――――僅かに表情を綻ばせて、何気なくこんな言葉を呟いていた。
「賑やかなのは、とても楽しいものだね」
「あー、分かるわそれ」
「でも……やっぱり僕は、宗悟の傍が一番落ち着くよ」
「奇遇だねえ、俺もだ」
 彼女の呟いた言葉に、宗悟はいつもの人懐っこい笑みを浮かべて同意し。そのまま、うんと小さく伸びをする。
「………………」
 伸びをしながら、何気なく真横に視線を向けてみると――――そこにあったのは、夕陽に照らされるミレーヌの横顔で。茜色の夕焼けに、プラチナ・ブロンドの髪を透かす彼女の横顔が……すぐ傍にあるミレーヌの横顔が、あんまりにも綺麗だったものだから。それを間近で目の当たりにしてしまった宗悟は思わずそのままの格好で硬直してしまい、ミレーヌの横顔に釘付けにされてしまっていた。それこそ、呼吸すら忘れてしまうほどに。
「ん?」
 そんな彼の熱い視線に気が付くと、ミレーヌはそっと彼の方に顔を向けて、いつものようにフッと透かした笑みを浮かべ。硬直する宗悟に向かって、彼女はわざとらしい調子でこう言ってみせた。
「ひょっとして、僕に見とれでもしていたのかな?」
 ――――と、普段と同じく皮肉っぽいニヒルな口調と表情で。
 言われた宗悟はにひひ、と笑いながら「まあな」と彼女に頷き返す。誤魔化すような感じに浮かべた彼の笑顔は……何処か、照れ隠しをしているようでもあった。
 そんな彼に、ミレーヌはまた小さく笑いかけ。その後で視線を彼の向こう側……ゴンドラの窓の外にある景色の方へと向けると、ふとこんなことをひとりごちる。
「…………宗悟の故郷、か」
 彼女の呟いた独り言に、宗悟が「ん?」と反応すると。ミレーヌはまた視線を遠く窓の外から目の前の彼に戻し、やはり小さく笑いかけながらでこんな言葉を呟いた。
「良い場所だね、君の故郷は。とても……良いところだ」
 語り掛けるミレーヌは、とても遠い眼をしていて。そんな彼女に宗悟は「そっか」とまず短く頷いて反応すると、続いて「ミレーヌが気に入ってくれたようで、何よりだぜ」という風に言う。
「…………僕が昔、孤児院に居たってこと。君には当然、話していたよね」
「んだな」
「あの頃は……孤児院に居た頃は、こんな幸せな時間を過ごせる時が来るだなんて、とても思えなかった。今日までの僕の人生には色々なことがあって、どうしようもなく辛いことばっかりで……。でも君と出逢えて、君と一緒に空を飛ぶことが出来て……そんな今だからこそ、昔は言えなかったことがハッキリと口に出して言えるよ。僕は今、確かに幸せなんだって」
 ミレーヌが呟いた言葉に、宗悟は「それは俺も同じだよ」と頷いて、続きこんな言葉を彼女に語り掛ける。
「事故に遭って、父ちゃんと母ちゃんも死んじまって。でも俺は、俺だけはこの力のせいで生き残っちまった。たったひとり……生き残っちまったんだ」
「…………そうだったね、君も」
「一時期はこの風の力、呪いもした。俺もさっさと死んじまった方が、世の為ヒトの為なんじゃねえかって、何度も思ったさ。知っての通り、実際に何度も死のうとした」
 ま――――結果はご存知の通りだけどな。
「でも、そんな俺でも……生きようと思えた。俺はミレーヌと出逢えて初めて、生きてみようと思えたんだ。ミレーヌと一緒に飛んだあの空の上で、もう少しだけ生きてみるのも、悪くねえかもな…………って。
 だから、ミレーヌには本当に感謝してるんだ。ミレーヌが居てくれるから、俺はこうして胸を張って生きていられる」
 そんな彼の言葉、内心から滲み出てきたような呟きを耳にして……ミレーヌは小さく肩を竦め。そうして、参ったなといった風な視線で隣の彼の方を見る。
「君は……本当に、口が上手いや」
「本心だぜ、コイツが俺のよ」
「………………本当に、君らしい答えだ」
 二人を乗せたゴンドラが、ゆっくりと下降していく。清々しいぐらいの茜色に空が染まる夕暮れの中、二人きりの時間が終わりを迎えようとしている。
 それでも、構わないと思った。もう二度と、こうして二人で過ごせなくなるワケじゃあない。彼と一緒に居る限り……宗悟と同じ空を飛んでいる限り、自分は何処まで行っても、何処まででも彼と一緒でいられるから。
 だから、ミレーヌは黙ったまま彼に微笑みかけた。今だけは斜に構えず、皮肉も何もない――――ミレーヌ・フランクールというただの乙女としての、親愛に溢れた微笑みを。
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