蒼空のイーグレット

黒陽 光

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Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて

第八章:This moment, we own it./11

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 そうした射的勝負の後、そのまま射的場の傍にあったゲームコーナーの建屋に四人は入っていく。
 すると、建屋の中はチャチな見てくれとは異なり、かなり本格的なゲームコーナーといった雰囲気だった。
 そのゲームコーナー、ド定番のUFOキャッチャーやプリクラなどの筐体は当然のように揃えているものの……一九九〇年代の代物、アーケードの名機と呼ばれ未だに人気の高いゲーム筐体も数多く並んでいるのが見受けられる。
 しかも、そんな年代物の筐体は体感型のゲームが多い。座席がガックンガックン前後に動くフライトシューティングだったり、バイク型の筐体に跨がって左右に動かすレースゲームだったりと……このテの体感型ゲーム、必然的に可動部が多くなる筐体は各部の消耗が激しくて、メンテナンスがかなり大変なのだが。それでも現役で、しかも新品同様みたいなコンディションで稼働させている辺り……この遊園地のゲームコーナーの担当者、かなり好き者のマニアと見受けられる。
 とにもかくにも、そんなゲームコーナーへと入って行った四人だが……目を付けたのは、とあるレースゲームの筐体だった。
「これは……!」
「んあ、どしたよ翔一」
「皆、これをやってみないか?」
 それに目を付けたのは、意外にも翔一だった。
 ――――『レーシングギア4』。
 それが、このレースゲームのタイトルだ。四つの大柄な筐体が横並びになって配置されているそれは……見るからに只者でないような、そんな言い知れぬ雰囲気が漂う筐体だった。
 というのも、この『レーシングギア4』。マニアの間では名作としてかなり有名なのだ。とてもアーケードで置くレベルを超えている、常軌を逸したリアルな造りの……完全にシミュレータと同義なぐらいのクオリティを誇る、気の狂ったアーケードタイトルだと。
 前に翔一も噂に聞いたことがあったが、実際に目の当たりにするのは今日が初めてだった。何せ天ヶ崎市や周辺のゲームセンターに、この『レーシングギア4』を置いている店はひとつもない。
 だが……噂に違わず、初めて目の当たりにした『レーシングギア4』の筐体はとんでもない気の狂いようだった。
 ――――まず筐体を見て目に付くのは、座席を囲むロールケージ風のバーだろう。
 その中には、割に本格的な造りの競技用フルバケット・シートが鎮座している。材質こそ安っぽいプラスチック製だったが、シートそのものの造りはかなりホールド性が高い本格的なものだ。これで四点式のシートベルトでもあれば言うことナシなのだが、流石にアーケード筐体にそこまでの装備はない。
 とはいえ、ここまでは単にちょっと凝った見た目のレースゲーム筐体というだけだろう。だが……『レーシングギア4』が気の狂ったタイトルだとマニアの間で有名な理由は、ここから先にあるのだ。
 ――――スリー・ペダル式。
 普通、こういうレースゲームの筐体ならステアリングがあり、アクセルとブレーキのペダルが足元に二つ生えていて、他には前後に動かすだけの……いわゆるシーケンシャル式の変速用シフトノブがあるだけの、そんな簡単な造りのはずだ。所詮はゲームセンターだ。誰でも楽しめるような、簡単操作が基本のはず。
 だが――――この『レーシングギア4』は、スリー・ペダル式の操作になっている。
 簡単に言うと、アクセルとブレーキに加えもうひとつ、三つ目のペダル……クラッチ・ペダルが生えているのだ。
 それが示すところはただひとつ、実車と同じ完璧なマニュアル操作が可能ということだ。
 クラッチまで備えたレースゲーム筐体というと、この『レーシングギア4』以外には数えるほどしか存在しない。またシフトノブの方も当然のように、普通のマニュアル車によくあるHパターンになっていたりする。加えてドリフト状態の切っ掛け作りに使う、サイドブレーキのレヴァーまで生えている始末だ。
 そんな見た目からして、もう只者ではない。これはマニアの間で噂になるはずだと、翔一も思わず納得してしまったぐらいだ。
 とまあ、こんな風な普段見かけない筐体を目の当たりにしてしまえば――――当然、やりたくなってしまうのがヒトのさが。だから翔一はこれをやろうと皆に提案したのだ。幸いにして、筐体も人数分の四つがある。
「へえ、良さそうじゃないの。アタシは乗ったわ。ミレーヌは?」
「かなり本格的だね……ああ、これは面白そうだ。僕もやりたくなってきたかな」
「んじゃあ、俺だけ参加しねえ理由はねえわな」
 皆の反応はこんな感じで、どうやら気に入ってくれたらしく。アリサとミレーヌに至っては、翔一が「じゃあ、決まりだ」と言うよりも早く、もう筐体のシートに腰を落としてしまっている。アリサは例のチャージャー、ミレーヌはエリーゼSを所有している実車オーナーだ。どちらもマニュアル乗り、色々と琴線に触れるところがあったのだろう。実際、その気持ちは痛いほどよく分かる。
 とにもかくにも、そんな調子で翔一たちは……四人対戦でレースゲームに興じることになった。
 筐体に貼られた説明シールを見る限り、どうやら車のキーを模ったメモリーカードでゲームのプレイデータが保存できるらしいが、今日が初見の皆がそんなものを持っているワケもなく。だから全員がゲストプレイで、既存の吊るし状態の車を選んでレースをすることになる。
「さてと……どうしようか。アリサは決まったかい?」
「当然」
「ふふっ、流石のアメリカン・マッスルだね」
「当たり前よ。そういうミレーヌは……ああ、これもアンタらしいわね」
「ミッドシップこそ車の究極形さ。これを超える配置はないよ」
 翔一が訊くまでもなく、アリサとミレーヌの二人は速攻で車種選択を終えていた。
 アリサの方は……予想通りというか、いつもの黒いダッジ・チャージャーだ。とはいえ実際に所有している一九六九年式ではなく、レアな一九七〇年式のようだが。
 また、アリサがゲーム中で選んだものはそれにスーパーチャージャー過給器が搭載されているスペシャル・カスタム仕様のようだった。ボンネットから飛び出した、巨大なスーパーチャージャーの存在感が凄まじい。その威圧的で凶暴な見た目は、まるで『マッドマックス』のインターセプターの如しだ。いや……車種的にもカスタム内容的にも、完全に『ワイルド・スピード』シリーズのドミニク・トレット仕様という方が相応しいか。
 そんなチャージャー、パワーの方は……詳しい数字までは読み取れなかったが、恐らく七五〇馬力近くは出ているだろう。いや、もっとかもしれない。加えて決戦用にナイトラス・オキサイド・システム――――NOs、いわゆるナイトロ・システムまで積んでいるようだから、まさにパワーお化けのモンスター・マシーンだ。
 アリサがそんな、彼女らしいムキムキのアメリカン・マッスルをチョイスしている傍らで――――ミレーヌの方は、こちらも彼女らしいチョイスだった。
 ――――二〇〇六年式、ホンダ・NSX‐R。
 黒いボディカラーのそれは、彼女が実際に持っているエリーゼと同じく、ミッドシップ方式にエンジンが配置された日本製のスーパースポーツだ。ホンダ自慢の可変バルブ・タイミング・システム、VTECブイテックを搭載したツインカムの横置きV6エンジン、C32Bの音色は最早官能的ですらある。未だに根強い人気のある、珠玉のスーパースポーツをミレーヌはチョイスしていた。
 ミレーヌの選択も、アリサと同じくそれらしい・・・・・感じだ。かたやアメリカン・マッスル乗り、かたやミッドシップ乗り……。どちらも実車での好みを反映した結果といえるだろう。ちなみに、二人ともクラッチまで使う完全マニュアル操作モードを選択していた。
「んで、アンタたちはどうなのよ?」
「ああ、ちょっと待ってくれ……よし、これにしようか」
「俺はもう決まってるよん」
 身を乗り出して画面を覗き込んでくるアリサに急かされるようにして、翔一が車種選択を終える。
 彼が選んだのは……二〇二〇年式の真っ赤なシボレー・コルベット・スティングレイC8。歴代で初めてミッドシップ配置を採用した、アメ車随一のスーパースポーツだ。この車に関してはR35型の日産・GT‐Rのように、ハナから八速のDCT――――デュアル・クラッチ・トランスミッション。つまりはオートマチックの一種であるギアボックスしかないから、仕方なしに翔一はオートマチック操作モードの選択を余儀なくされていた。
 また、その横で既に車種選択を終えていた宗悟の乗機は、一九八七年式の真っ赤なフェラーリ・F40。間違いなく見た目だけで選んだ感じだろう。どうやら宗悟はこちら方面には疎いみたいだ。まあ、さもありなんといった感じだが。ちなみに彼も翔一と同じく……というか、彼に関しては車の操作に不慣れというのが理由なのだろうが、とにかくオートマチック操作モードを選択していた。
「さてと、アタシは本気で行くわよミレーヌ」
「さっきは引き分けで終わっちゃったからね。今度こそ決着を着けようか」
「手加減は抜きで行かせて貰うわ。ふふっ、久し振りに血が騒ぐわね……!」
「その口振り、ひょっとして君はストリート・レーサーだったのかい?」
「今はノーコメント。これ以上の言葉は野暮ってモンでしょう? 後は全部、走りの中で分かることよ」
「ふっ、それもそうだ…………!」
 実車オーナー組の二人、かなりやる気らしい。完全に火花が散っている。どうやらさっきの射的で引き分けになったから、今度こそ勝負を付けようという意気込みらしい。
 かたや、翔一たちの方はバイク経験者で四輪未経験、もう一人は自転車すら乗れない乗り物不得意野郎だ。間違いなくこの二人でドンケツ争いになるだろうが……まあ、アリサを追いかける努力ぐらいはしてみようと翔一は思っていた。生憎と、アリサの背中を追いかけるのには慣れている。
「んで、ステージはどうすんのよ?」
「僕が適当に選ぶよ。……そうだな、此処がいい」
「へえ、ストリートか。良いセンスしてるじゃないの、翔一」
「パッと見て、此処が君好みだって分かったからね」
 そして、最後にステージ選択は翔一がさっさと決める。筑波や鈴鹿、ラグナ・セカやインディアナポリス、ニュルブルクリンクなんかの実在するサーキットも数多く収録されていたものの……翔一が選んだのは、真夜中のロス・アンジェルスを舞台にした架空のストリート・コースだった。
 翔一の選んだそんなステージを見て、アリサが満足げに微笑む。やはり予想通り、お上品なクローズド・サーキットよりもラフでアウトローなストリートの方が彼女好みらしい。
「さあて、やったろうじゃないの!」
「お手並み拝見だよ、アリサ。君が地上でもエースなのか、じっくり見させて貰おう」
「……翔一、お手柔らかに頼むぜ」
「保証は出来ないな。今のところ、宗悟に前を譲る気はない」
「ったく……しゃーねえ、俺も手加減抜きでやったるぜ!」
 少しのロード時間を挟んだ後で、皆の見る筐体画面に……真夜中のロス・アンジェルスを3DCGで表現したステージが映し出される。手前には実車の物を忠実に再現したタコメーターやら速度計、ブースト計などのメーター類も一緒にだ。
「たかがゲーム、されどゲームってね。悪いけれど、アタシはいつだって全力が主義なのよ!」
「それは僕も同じだ。手加減はしないよ、アリサ……!」
 アリサのチャージャーとミレーヌのNSX‐R、翔一のコルベット・スティングレイに宗悟のF40。自然と始まった空吹かしの四重奏が響き渡る中、画面に映し出されるカウントダウン表示の数字が減っていく。
 そして、カウントダウンがゼロになった瞬間――――真夜中の大都市を模したヴァーチャル空間での熾烈な戦い、その火蓋が切って落とされた。
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