蒼空のイーグレット

黒陽 光

文字の大きさ
上 下
120 / 142
Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて

第八章:This moment, we own it./08

しおりを挟む
 それから程なくして水族館を出ると、アリサと翔一の二人は一旦ミレーヌたちと別れ、駐車場に停めたチャージャーの方に戻っていった。
 というのも、嵩張って邪魔になる荷物を車のトランクに放り込む為だ。その嵩張る荷物というのは……まあ、お察しの通り先程ミュージアムショップで翔一がアリサにプレゼントした、あのぬいぐるみ三匹が雑に放り込まれている大きな袋なのだが。
 とにかく、それを車に放り込む為にアリサたちは一旦ミレーヌらと別れ、チャージャーを停めた駐車場に戻っていったというワケだ。
 そして、取り残された宗悟にミレーヌといえば――――水族館のすぐ傍、海が望める横長のベンチに腰掛け、眼前に広がる港湾地帯の景色を二人で眺めていた。
 僅かに陽炎が揺れる水平線、遠くに見えるのは巨大なコンテナ船の影。他に見えるものといえば、対岸にある埠頭の……派手な紅白に塗り分けられた大きなガントリー・クレーンのシルエットと、そして小さくさざ波の立つ水面ぐらいなものか。
 賑やかな喧噪を背後に、聞こえるのは海鳥たちの鳴き声。海岸線を望む、目の前に広がる景色は……それこそ蓬莱島や、対岸から島を望めるあの海岸のように綺麗な景色というワケではなかったが。しかし、それでも肌を柔に撫でる潮風の感触は心地良い。
「アリサちゃんたち、楽しそうだよな」
 そんな景色をベンチに座ったままでぼうっと眺めながら、宗悟が呟いた。
 ミレーヌはそれにああ、と頷いて肯定し、続けて「お似合いの二人だよ」と……済ました笑顔で言葉を返す。
「……んで、ミレーヌはどうなんだ?」
「どうって、何がだい?」
「楽しいのかって話さ。ミレーヌは今、俺たちとこうしていて……ちゃんと、楽しめてるのか?」
 宗悟の問いかけに、ミレーヌは少し沈黙した後で「……楽しいよ、楽しすぎるぐらいに」と俯き気味の顔で答えて。その後で「でも」と言葉を続ける。
「同時に……こうも思うんだ。僕らがこんなに楽しんでしまっていて、本当に良いのかなって。今も……今もきっと、この蒼穹そらの上では……誰かが、命懸けで戦っているかもしれないというのに」
 そんな、何処か自罰的な彼女の呟きに対し、宗悟は「良いんじゃねーの?」と普段通りの軽い調子で返す。その後で、彼はこうも続けて言った。
「今みたいに平和な時間、他でもない俺たち自身が身体張って守ってきた時間なんだ。だから……俺もミレーヌも、その時間を楽しんだって誰も咎めたりしないぜ。守ってきた分、俺たちだって楽しんで良いと……そう思うんだ、少なくとも俺は」
「宗悟……」
「それに、もしも文句を言う奴が居たとしてもだ。そんな奴、俺が黙らせてやるよ。文句なんか言わせねえ」
「ふっ……なんだか君らしい答えだね、そういうの」
「ああ、かもな」
 宗悟の言葉に、ミレーヌがフッと薄く微笑み。それに宗悟もニヤリとした笑みを返す。
 ――――守ってきた分、楽しんだっていい。
 そうだ、当たり前のことなのだ。誰でもない自分たちが、あの真空の宇宙で戦い抜いて……そうして、今まで守ってきた平和な時間なのだから。だったら、守ってきた自分たちが、少しぐらい……この平穏を楽しんだって構わないはずだ。バチなんて、当たるワケがない。
 簡単なことだ。こんなこと、宗悟に言われるまでもなく、自分で気付くべきことなのに。
 そう思うと、ミレーヌは自らに対し少しの不甲斐なさを感じるとともに――――気付かせてくれた彼に対して、深い感謝の気持ちと。そして……彼女が宗悟に対して抱いていた親愛の情が、自然と更に深いものになっていた。
「おっと……戻ってきたみたいだぜ」
 二人でそんな言葉と、そして薄い笑みを交わし合っていると。そうしていれば、遠くにアリサと翔一の姿を見つけた宗悟が呟いた。どうやら荷物を置いて、駐車場から戻ってきたらしい。思っていたよりも少しだけ早いお帰りだった。
 遠くから歩み寄ってくる二人の姿を横目に見て、呟いた宗悟はよっこいしょとベンチから立ち上がると。そのままくるりと後ろに振り向き、ベンチに腰掛けていたミレーヌの方にサッと手を差し伸べる。
「ってことで、まだまだお楽しみはこれからってワケよ。だから行こうぜ、ミレーヌ?」
「ふっ……どうやら、そうみたいだね。だったらエスコートをお願いしよう、頼めるかな?」
「頼まれなくても、だぜ」
 差し伸べられた彼の手。そっと彼の手を取ったミレーヌに、宗悟がニッと笑いかける。柔らかく穏やかで、それでいて頼もしい……どうしようもなく彼らしい、そんな笑顔を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...