113 / 142
Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて
第八章:This moment, we own it./01
しおりを挟む
第八章:This moment, we own it.
そんなこんなで迎えた翌日、午前十時を回った頃のことだ。
「さて……と。アリサ、忘れ物は?」
「あるとでも思って?」
「ははは、違いない」
「んで、アンタの方は戸締まり大丈夫だったの?」
「二度チェックした、問題なしだ」
「ガスの元栓は?」
「そっちも大丈夫。……君の方は、肝心の鍵は持ったのか?」
「持ってるわよ、当たり前でしょうに。というか、キーが無けりゃエンジン掛けられないんだから、その時点で気付くわよ」
「言われてみれば、その通りか。……さてと、じゃあ行こうか」
「そうね。翔一、戸締まりはアンタに任せるわ」
「任された」
靴を履いて、玄関の扉を開けて。翔一とアリサ、二人が陽の当たる場所へと踏み出していく。
ジリジリと肌を焦がす陽気は、まだ夏と呼ぶには早すぎる時期だというのに、やたらめったらにキツく刺してくる。どうにも暑くて暑くて仕方ない。これで蝉の声でも聞こえてくれば本当に夏そのものだ。それこそ、季節を勘違いした間抜けな蝉が数匹ぐらい土の中から出てきてもおかしくないような、今日はそんな暑い晴れ模様の空だった。
そんな陽光の下、翔一はいつも通りに袖を折った深蒼のパーカージャケットを羽織った格好だ。割といつでも過ごしやすく、動きやすくて。何だかんだと年中こんな格好ばかりな気がする。
対してアリサの方はといえば、流石に暑すぎるのか今日はいつものCWU‐45/Pのフライトジャケットは羽織っていなかった。今日の彼女は黒いタンクトップに、その上から翔一と同じように袖を折った格好の黒い薄手のジャケット、後はいつも通り細身のジーンズといった出で立ちだ。割とシンプルな格好だというのに、それでもやたらと様になっている辺り……高身長と整った顔立ちというルックス補正の暴力は凄まじいものだと、ここに来て改めて実感できる。
実際、今日のアリサはとても様になっていた。それこそ、このままハリウッドか何処かのカーアクション映画にでも出られてしまいそうなぐらいだ。今日の彼女は、いつにも増してあの大排気量の相棒がよく似合うことだろう。
そんな彼女を視界の端に収めつつ、翔一は手早く玄関扉を施錠し。それからアリサとともに隣接されたガレージに向かい、閉じられていたシャッターをガラリと開き。そこに安置されていた黒く大柄な古いアメ車――――アリサが合衆国から持ち込んだ相棒、一九六九年式ダッジ・チャージャーR/Tと相対する。
「さーてと、今日の調子はどうかしら……」
ひとりごちつつ、アリサはチャージャーの左側へと周り。運転席側の大きなドアを開けて、コラム部分の鍵穴にキーを差し込みクッと前に捻る。これだけの熱気だ、チョークを引っ張ってやる必要も無いだろう。
そうしてアリサがキーを前に捻ると、多少グズりはしたが……しかし程なくボンネットの真下、だだっ広いスペースに格納された排気量七・二リッターのV8エンジン、クライスラー製の440マグナム・エンジンが眼を覚まし、バリバリと時代錯誤にも程がある雄叫びを上げ始める。
バリバリバリ、ドロドロドロといった感じのアメ車特有というか、これぞアメリカン・マッスルの醍醐味と言わんばかりの重低音モリモリなサウンドを聴きつつ、アリサが車のフロント・フェンダーに寄りかかりながら、暖機運転が終わるのを翔一と二人でぼうっと待っていると。すると、開け放ったシャッターの向こう側……翔一の家の前に見慣れない車が一台、滑り込んでくる。
「やあ、二人とも」
「ごっめーん、待ったぁー?」
「別に待ってないわよ。っていうか宗悟、やめなさいそれ。普通に気持ち悪いから」
「ははは……」
ガレージから地続きになっている敷地内に停まった車に乗っていたのは、やはりミレーヌと宗悟だ。ハザード・ランプを炊いた車から降りてくる二人を、翔一たちがガレージの中から声を掛けて出迎える。
「ほら宗悟、言わんこっちゃない。君がやっても何も可愛くないんだよ、それ」
「うわーん! ミレーヌってば相変わらず辛辣ゥー!!」
「君らは本当に、何処でも変わらないな。……それにしても、エリーゼか」
「ふーん? ミレーヌ、アンタも中々良い趣味してるじゃない?」
降りてきた二人を出迎えつつ、翔一とアリサが彼女らの肩越しに、ミレーヌが運転してきた車を見て……それに対し素直な感想をそれぞれ述べると。ニヤリと少しだけ、ほんの少しだけ嬉しそうに笑んだミレーヌが「お褒めに与り、光栄だよ」と言葉を返す。
――――二〇一四年式、ロータス・エリーゼS。
眩いオレンジ色のボディが煌めく、割に小柄な図体のそれは、紛うことなき英国製ライトウェイト・スポーツの名機だった。
年式からも分かりそうなものだが、ミレーヌのそれはヘッドライトの数がそれまでの虫みたいな四眼ではなく、もっとシャープでスポーティな二眼に改められたモデルだ。いわゆるフェイズⅢモデルか。
そのエリーゼだが、搭載しているエンジンこそ、トヨタから供給されている排気量一・八リッターの2ZR‐FEという、割に非力なものだが……しかしスーパーチャージャー過給器の存在と、何よりミッドシップ形式にエンジンを配置しているから、低排気量といえど決してその戦闘力は低くない。
余談だが、ミッドシップ形式というのは、普通の車のようにエンジンを前方ボンネット下ではなく、丁度車体の中央付近……例えるなら、シートの真後ろ辺りに置いたような配置だ。こうすることで旋回性能がすこぶる良くなり、癖は強いが理想的な動きが出来るようになるのだ。フェラーリなんかのスーパースポーツに多く採用されている方式と言えば、ミッドシップがどれだけ理想的な配置か分かるだろう。シュッと鋭角に切り込むような、ミッドシップ特有の鋭敏な操作感覚は……一度味わえば絶対に病みつきになる。
そんな彼女のエリーゼ、日本と同じく左側通行の英国産だからか、当然のように右ハンドル仕様……かと思いきや、意外にも左ハンドル仕様だ。まあ大方、ビスケー湾基地に在籍していた際にフランス国内で購入して乗っていた物だろうから、左ハンドルなのも納得といえば納得だ。
加えて、ギアボックスも六速のマニュアル式のようだ。というか、翔一の記憶が正しければ、エリーゼには根本的にマニュアルしか設定がなかった気がする。
とにかく、何もかもがスパルタンな味付けの……まさに小さなレーシングカーといった一台だ。玄人好みというか、エリーゼは結構渋いチョイスといえよう。決してミーハー好みではない、理解っている人間が好む珠玉のライトウェイト・スポーツだ。故に翔一もアリサも、素直に手放しでミレーヌのチョイスが良い趣味をしていると褒めていたのだった。
ちなみに、オマケ程度に屋根が開くオープン機能もある。といっても普通のオープンカーのようにではなく、天井部分のパネルだけが取り外せるタルガトップ方式だ。まあこの暑さだから、当たり前のようにミレーヌのエリーゼは屋根を閉じていたのだが。
――――閑話休題。
「そういうアリサ、君のは……ああ、予想通りだ」
「む、それってどういう意味よ」
「君らしいってことさ、絶対にアメリカン・マッスルだと思ってたよ」
「……? んあ、俺にはよう分からんけどよ。確かにデッカい車ってのはアリサちゃんのイメージ通りだわ」
「あっそう……そんなに分かりやすいのかしら、アタシって」
「割とね」
「結構顔に出るタイプじゃん?」
「…………もういいわ、それで」
ニヤニヤとするミレーヌと、一人話題について行けずに首を傾げつつも、横から話に入ってくる宗悟。そんな二人とアリサが言葉を交わしているのを苦笑い気味に眺めつつ、翔一はミレーヌたちを改めてじっくりと眺めてみる。
当然だが、二人とも私服だ。宗悟の方は取り立てて言うことも無いというか……黒のポロシャツにジーンズという、何ともラフな感じの格好だった。とはいえこの陽気だと、これぐらいの方が涼しくて過ごしやすそうな感じでもある。
対して彼の傍らに立つミレーヌの方といえば、雑といえば雑な格好の宗悟とは打って変わって、色んな意味でかなり気合いが入っているように思える出で立ちだった。
上は少し襟元を開けた、袖の無い白のノースリーブ・ブラウス一枚のみと涼しげで。その下には赤いチェックのスカートと、華奢なおみ足を際立たせる黒のオーヴァー・ニーソックスを履いている。履き物はそれなりの丈のブーツだ。左手首には細身なカルティエ製の腕時計を巻いていて、開いたブラウスの襟からチラリと垣間見える首元には、ほっそりとした銀のネックレスのようなものが見え隠れしている。
とまあ、こんな具合にミレーヌの格好はかなり可愛げがあるような感じだった。まさにあの眩いオレンジ色のエリーゼがよく似合う感じの出で立ちで、今のミレーヌは真っ白い肌に真っ赤な瞳、日差しが透き通るプラチナ・ブロンドの髪が普段より三割増しで際立って綺麗に見える。
そんな風だから、目の前に立つミレーヌ・フランクールはまさに可憐な乙女といった感じで。とてもじゃあないが、空の上で宗悟を補佐するエースの片割れとは思えないほどに、今のミレーヌは年相応の青春真っ盛りな乙女といった、そんな印象を見る者に抱かせるような身なりだった。
「さてと、そいじゃあ早速ガレージに入れちゃいなさいな。こっちの暖気もそろそろ終わる頃だから」
「そうだね。じゃあ翔一くん、悪いけど置かせて貰うよ」
「ああ、好きに使ってくれ」
アリサに言われて、翔一にチラリと目配せをしたミレーヌは一度エリーゼに戻っていくと、バック・ギアに入れて車を後退させ始める。
そうして、彼女は言われた通りにガレージの中へ……丁度、アリサのチャージャーの真隣に収める形でエリーゼを停めた。こうして二台を停めてもまだスペースにはそれなりに余裕があるというのだから、やはり桐山家のガレージは意味も無く広大だった。
とにもかくにも、そうしてガレージの中に停めたエリーゼからミレーヌが降りてくると、アリサは彼女と宗悟を自分のチャージャーの後部座席に乗るよう促す。その後で自分も左側の運転席に乗り込み、暖気の終わった車をひとまずガレージの外へと出してやる。
「よし、閉めるよ」
「ん、頼むわ翔一」
彼女のチャージャーがガレージの外に出たところで、翔一はシャッターを閉じようと腕を伸ばし、シャッターの端に指を掛ける。
そうしながら、彼は一瞬だけガレージの中に収まっている自分のバイク…………一九九九年式の、蒼いスズキ・イナズマ400に視線を向けた。
何だかんだと、アリサが来てからは暫く乗ってやれていないような気がする。思えば、何処へ行くにも今日のようにアリサのチャージャーに横乗りさせて貰っていた。二人で食材の買い出しだとか、細々とした用事を済ませに出掛けるには……やはり二輪より四輪の方が何かと便利なのだ。
だから、最近はめっきり乗ってやれていなかった。そろそろエンジンにも火を入れてやらなきゃな……と思いつつ、しかし今日も相棒には休んでいて貰うしかない。少しだけ心苦しいような感じもしてしまうが、この分はまた今度返してやるとしよう。
そう思いながら、翔一はガレージのシャッターをガラリと下ろす。完全に閉鎖されたのを確認してから、翔一もアリサのチャージャーの助手席に乗り込んだ。
「それで? 行き先は――――」
「当然、変更なしだぜ。港湾地区の方、水族館とかある辺りだ。大体一時間ぐらいか?」
「一時間と、ざっくり一五分ぐらいね。とにかく、一応確認したまでよ。道は大体頭に入れてる、問題無いわ」
「そいじゃあ、頼むわアリサちゃん」
「悪いね、よろしく頼むよアリサ」
「はいはい、アンタたちゲストは後ろでゆっくりくつろいでなさいな。……さてと翔一、ナビは任せたわよ?」
「分かった。……思えば、僕は空の上でも地上でも、いつでも君のナビゲーターなんだな」
「下手なカーナビより、アンタの方がよっぽど信頼出来るわ。……よし、それじゃあ出発するわよ」
クラッチを切り、ギアを一速に入れ。アリサがゆっくりとチャージャーの黒く大柄な車体を動かし始める。
膝の上に置いた地図帳と、スマートフォンのGPS利用の地図アプリとを併用する助手席の翔一の道案内に従いながら、アリサは車を走らせていく。バリバリバリとやかましくて古くさいOHVサウンドを掻き鳴らしながら、四人を乗せた漆黒のチャージャーが向かう先は――――天ヶ崎市からそこそこ離れた場所にある、海沿いの港湾地帯だ。
そんなこんなで迎えた翌日、午前十時を回った頃のことだ。
「さて……と。アリサ、忘れ物は?」
「あるとでも思って?」
「ははは、違いない」
「んで、アンタの方は戸締まり大丈夫だったの?」
「二度チェックした、問題なしだ」
「ガスの元栓は?」
「そっちも大丈夫。……君の方は、肝心の鍵は持ったのか?」
「持ってるわよ、当たり前でしょうに。というか、キーが無けりゃエンジン掛けられないんだから、その時点で気付くわよ」
「言われてみれば、その通りか。……さてと、じゃあ行こうか」
「そうね。翔一、戸締まりはアンタに任せるわ」
「任された」
靴を履いて、玄関の扉を開けて。翔一とアリサ、二人が陽の当たる場所へと踏み出していく。
ジリジリと肌を焦がす陽気は、まだ夏と呼ぶには早すぎる時期だというのに、やたらめったらにキツく刺してくる。どうにも暑くて暑くて仕方ない。これで蝉の声でも聞こえてくれば本当に夏そのものだ。それこそ、季節を勘違いした間抜けな蝉が数匹ぐらい土の中から出てきてもおかしくないような、今日はそんな暑い晴れ模様の空だった。
そんな陽光の下、翔一はいつも通りに袖を折った深蒼のパーカージャケットを羽織った格好だ。割といつでも過ごしやすく、動きやすくて。何だかんだと年中こんな格好ばかりな気がする。
対してアリサの方はといえば、流石に暑すぎるのか今日はいつものCWU‐45/Pのフライトジャケットは羽織っていなかった。今日の彼女は黒いタンクトップに、その上から翔一と同じように袖を折った格好の黒い薄手のジャケット、後はいつも通り細身のジーンズといった出で立ちだ。割とシンプルな格好だというのに、それでもやたらと様になっている辺り……高身長と整った顔立ちというルックス補正の暴力は凄まじいものだと、ここに来て改めて実感できる。
実際、今日のアリサはとても様になっていた。それこそ、このままハリウッドか何処かのカーアクション映画にでも出られてしまいそうなぐらいだ。今日の彼女は、いつにも増してあの大排気量の相棒がよく似合うことだろう。
そんな彼女を視界の端に収めつつ、翔一は手早く玄関扉を施錠し。それからアリサとともに隣接されたガレージに向かい、閉じられていたシャッターをガラリと開き。そこに安置されていた黒く大柄な古いアメ車――――アリサが合衆国から持ち込んだ相棒、一九六九年式ダッジ・チャージャーR/Tと相対する。
「さーてと、今日の調子はどうかしら……」
ひとりごちつつ、アリサはチャージャーの左側へと周り。運転席側の大きなドアを開けて、コラム部分の鍵穴にキーを差し込みクッと前に捻る。これだけの熱気だ、チョークを引っ張ってやる必要も無いだろう。
そうしてアリサがキーを前に捻ると、多少グズりはしたが……しかし程なくボンネットの真下、だだっ広いスペースに格納された排気量七・二リッターのV8エンジン、クライスラー製の440マグナム・エンジンが眼を覚まし、バリバリと時代錯誤にも程がある雄叫びを上げ始める。
バリバリバリ、ドロドロドロといった感じのアメ車特有というか、これぞアメリカン・マッスルの醍醐味と言わんばかりの重低音モリモリなサウンドを聴きつつ、アリサが車のフロント・フェンダーに寄りかかりながら、暖機運転が終わるのを翔一と二人でぼうっと待っていると。すると、開け放ったシャッターの向こう側……翔一の家の前に見慣れない車が一台、滑り込んでくる。
「やあ、二人とも」
「ごっめーん、待ったぁー?」
「別に待ってないわよ。っていうか宗悟、やめなさいそれ。普通に気持ち悪いから」
「ははは……」
ガレージから地続きになっている敷地内に停まった車に乗っていたのは、やはりミレーヌと宗悟だ。ハザード・ランプを炊いた車から降りてくる二人を、翔一たちがガレージの中から声を掛けて出迎える。
「ほら宗悟、言わんこっちゃない。君がやっても何も可愛くないんだよ、それ」
「うわーん! ミレーヌってば相変わらず辛辣ゥー!!」
「君らは本当に、何処でも変わらないな。……それにしても、エリーゼか」
「ふーん? ミレーヌ、アンタも中々良い趣味してるじゃない?」
降りてきた二人を出迎えつつ、翔一とアリサが彼女らの肩越しに、ミレーヌが運転してきた車を見て……それに対し素直な感想をそれぞれ述べると。ニヤリと少しだけ、ほんの少しだけ嬉しそうに笑んだミレーヌが「お褒めに与り、光栄だよ」と言葉を返す。
――――二〇一四年式、ロータス・エリーゼS。
眩いオレンジ色のボディが煌めく、割に小柄な図体のそれは、紛うことなき英国製ライトウェイト・スポーツの名機だった。
年式からも分かりそうなものだが、ミレーヌのそれはヘッドライトの数がそれまでの虫みたいな四眼ではなく、もっとシャープでスポーティな二眼に改められたモデルだ。いわゆるフェイズⅢモデルか。
そのエリーゼだが、搭載しているエンジンこそ、トヨタから供給されている排気量一・八リッターの2ZR‐FEという、割に非力なものだが……しかしスーパーチャージャー過給器の存在と、何よりミッドシップ形式にエンジンを配置しているから、低排気量といえど決してその戦闘力は低くない。
余談だが、ミッドシップ形式というのは、普通の車のようにエンジンを前方ボンネット下ではなく、丁度車体の中央付近……例えるなら、シートの真後ろ辺りに置いたような配置だ。こうすることで旋回性能がすこぶる良くなり、癖は強いが理想的な動きが出来るようになるのだ。フェラーリなんかのスーパースポーツに多く採用されている方式と言えば、ミッドシップがどれだけ理想的な配置か分かるだろう。シュッと鋭角に切り込むような、ミッドシップ特有の鋭敏な操作感覚は……一度味わえば絶対に病みつきになる。
そんな彼女のエリーゼ、日本と同じく左側通行の英国産だからか、当然のように右ハンドル仕様……かと思いきや、意外にも左ハンドル仕様だ。まあ大方、ビスケー湾基地に在籍していた際にフランス国内で購入して乗っていた物だろうから、左ハンドルなのも納得といえば納得だ。
加えて、ギアボックスも六速のマニュアル式のようだ。というか、翔一の記憶が正しければ、エリーゼには根本的にマニュアルしか設定がなかった気がする。
とにかく、何もかもがスパルタンな味付けの……まさに小さなレーシングカーといった一台だ。玄人好みというか、エリーゼは結構渋いチョイスといえよう。決してミーハー好みではない、理解っている人間が好む珠玉のライトウェイト・スポーツだ。故に翔一もアリサも、素直に手放しでミレーヌのチョイスが良い趣味をしていると褒めていたのだった。
ちなみに、オマケ程度に屋根が開くオープン機能もある。といっても普通のオープンカーのようにではなく、天井部分のパネルだけが取り外せるタルガトップ方式だ。まあこの暑さだから、当たり前のようにミレーヌのエリーゼは屋根を閉じていたのだが。
――――閑話休題。
「そういうアリサ、君のは……ああ、予想通りだ」
「む、それってどういう意味よ」
「君らしいってことさ、絶対にアメリカン・マッスルだと思ってたよ」
「……? んあ、俺にはよう分からんけどよ。確かにデッカい車ってのはアリサちゃんのイメージ通りだわ」
「あっそう……そんなに分かりやすいのかしら、アタシって」
「割とね」
「結構顔に出るタイプじゃん?」
「…………もういいわ、それで」
ニヤニヤとするミレーヌと、一人話題について行けずに首を傾げつつも、横から話に入ってくる宗悟。そんな二人とアリサが言葉を交わしているのを苦笑い気味に眺めつつ、翔一はミレーヌたちを改めてじっくりと眺めてみる。
当然だが、二人とも私服だ。宗悟の方は取り立てて言うことも無いというか……黒のポロシャツにジーンズという、何ともラフな感じの格好だった。とはいえこの陽気だと、これぐらいの方が涼しくて過ごしやすそうな感じでもある。
対して彼の傍らに立つミレーヌの方といえば、雑といえば雑な格好の宗悟とは打って変わって、色んな意味でかなり気合いが入っているように思える出で立ちだった。
上は少し襟元を開けた、袖の無い白のノースリーブ・ブラウス一枚のみと涼しげで。その下には赤いチェックのスカートと、華奢なおみ足を際立たせる黒のオーヴァー・ニーソックスを履いている。履き物はそれなりの丈のブーツだ。左手首には細身なカルティエ製の腕時計を巻いていて、開いたブラウスの襟からチラリと垣間見える首元には、ほっそりとした銀のネックレスのようなものが見え隠れしている。
とまあ、こんな具合にミレーヌの格好はかなり可愛げがあるような感じだった。まさにあの眩いオレンジ色のエリーゼがよく似合う感じの出で立ちで、今のミレーヌは真っ白い肌に真っ赤な瞳、日差しが透き通るプラチナ・ブロンドの髪が普段より三割増しで際立って綺麗に見える。
そんな風だから、目の前に立つミレーヌ・フランクールはまさに可憐な乙女といった感じで。とてもじゃあないが、空の上で宗悟を補佐するエースの片割れとは思えないほどに、今のミレーヌは年相応の青春真っ盛りな乙女といった、そんな印象を見る者に抱かせるような身なりだった。
「さてと、そいじゃあ早速ガレージに入れちゃいなさいな。こっちの暖気もそろそろ終わる頃だから」
「そうだね。じゃあ翔一くん、悪いけど置かせて貰うよ」
「ああ、好きに使ってくれ」
アリサに言われて、翔一にチラリと目配せをしたミレーヌは一度エリーゼに戻っていくと、バック・ギアに入れて車を後退させ始める。
そうして、彼女は言われた通りにガレージの中へ……丁度、アリサのチャージャーの真隣に収める形でエリーゼを停めた。こうして二台を停めてもまだスペースにはそれなりに余裕があるというのだから、やはり桐山家のガレージは意味も無く広大だった。
とにもかくにも、そうしてガレージの中に停めたエリーゼからミレーヌが降りてくると、アリサは彼女と宗悟を自分のチャージャーの後部座席に乗るよう促す。その後で自分も左側の運転席に乗り込み、暖気の終わった車をひとまずガレージの外へと出してやる。
「よし、閉めるよ」
「ん、頼むわ翔一」
彼女のチャージャーがガレージの外に出たところで、翔一はシャッターを閉じようと腕を伸ばし、シャッターの端に指を掛ける。
そうしながら、彼は一瞬だけガレージの中に収まっている自分のバイク…………一九九九年式の、蒼いスズキ・イナズマ400に視線を向けた。
何だかんだと、アリサが来てからは暫く乗ってやれていないような気がする。思えば、何処へ行くにも今日のようにアリサのチャージャーに横乗りさせて貰っていた。二人で食材の買い出しだとか、細々とした用事を済ませに出掛けるには……やはり二輪より四輪の方が何かと便利なのだ。
だから、最近はめっきり乗ってやれていなかった。そろそろエンジンにも火を入れてやらなきゃな……と思いつつ、しかし今日も相棒には休んでいて貰うしかない。少しだけ心苦しいような感じもしてしまうが、この分はまた今度返してやるとしよう。
そう思いながら、翔一はガレージのシャッターをガラリと下ろす。完全に閉鎖されたのを確認してから、翔一もアリサのチャージャーの助手席に乗り込んだ。
「それで? 行き先は――――」
「当然、変更なしだぜ。港湾地区の方、水族館とかある辺りだ。大体一時間ぐらいか?」
「一時間と、ざっくり一五分ぐらいね。とにかく、一応確認したまでよ。道は大体頭に入れてる、問題無いわ」
「そいじゃあ、頼むわアリサちゃん」
「悪いね、よろしく頼むよアリサ」
「はいはい、アンタたちゲストは後ろでゆっくりくつろいでなさいな。……さてと翔一、ナビは任せたわよ?」
「分かった。……思えば、僕は空の上でも地上でも、いつでも君のナビゲーターなんだな」
「下手なカーナビより、アンタの方がよっぽど信頼出来るわ。……よし、それじゃあ出発するわよ」
クラッチを切り、ギアを一速に入れ。アリサがゆっくりとチャージャーの黒く大柄な車体を動かし始める。
膝の上に置いた地図帳と、スマートフォンのGPS利用の地図アプリとを併用する助手席の翔一の道案内に従いながら、アリサは車を走らせていく。バリバリバリとやかましくて古くさいOHVサウンドを掻き鳴らしながら、四人を乗せた漆黒のチャージャーが向かう先は――――天ヶ崎市からそこそこ離れた場所にある、海沿いの港湾地帯だ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
転生少女は大戦の空を飛ぶ
モラーヌソルニエ
ファンタジー
薄っぺらいニワカ戦闘機オタク(歴史的知識なし)が大戦の狭間に転生すると何が起きるでしょう。これは現代日本から第二次世界大戦前の北欧に転生した少女の空戦史である。カクヨムでも掲載しています。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅
シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。
探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。
その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。
エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。
この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。
--
プロモーション用の動画を作成しました。
オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。
https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる