蒼空のイーグレット

黒陽 光

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Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて

第五章:極東の大地、我が愛しき故郷(ふるさと)で/02

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「色々あって戻ってくることになっちまったんだけども、八歳からずうっとフランスに居たんだよ。んでも基本は日本生まれの日本育ちだからさ、ご覧の通り日本語は問題ナッシングなワケ。いやあ、んでも知らん間に結構変わるモンなんだなあ。十年近くも経ってりゃ当然か。……ま、何にせよよろしくだ!」
 ――――風見宗悟。
 間違いない、あの彼だ。ミレーヌと共に≪グレイ・ゴースト≫を駆り、フランスはビスケー湾基地から遠路はるばる蓬莱島までやって来た新たなESPパイロットにして、新生イーグレット隊のメンバーでもある彼に他ならない。担任教師を押し退けるように教壇の上へ立ち、フランクな調子で聞いてもいない自己紹介をペラペラ延々と話し続ける彼は、翔一や他の男子生徒と同じく学院のブレザー制服姿の彼は、間違いなくあの風見宗悟だった。
「……翔一、これってどういうことなのかしら……?」
 そんな彼を見て唖然とするアリサに、翔一は「僕に訊かれてもな……」と至極真っ当な返事で応じる。
「多分、君の時と同じパターンだと思うけれども……」
「ああ……何となく分かった。多分、というか間違いなく司令の差し金ね……」
「というか、それ以外に思い当たる節が僕には無いよ」
「右に同じく、よ翔一。あのヒトならやりかねないわ」
 宗悟が急に学院に転入してきた理由と、彼がこの学院に通うことになった原因が誰なのかを察すると……アリサと翔一は揃って肩を竦め、小さく溜息をつく。
 こんなことをするのは、まず間違いなく要だ。というか立場的にも色んな意味でも、彼以外に思い当たる節がない。アリサがこの学院に転入してきた時と同じく、宗悟の転入も要の意志によるものだろう。偶然・・アリサたちと同じクラスだったのも、きっと仕組まれた偶然に違いない。
「ええっと、ところで俺の席は……って、無いじゃーん!? 不手際!? 不手際なの!? 勘弁してくれよお……。まあいいや、自分で取ってくるわ。大先生閣下のお手を煩わせるまでないことだしよ。あー、いいっていいって! 大先生閣下はふんぞり返ってる方が様になっから。ともかく、自分の席ぐらい自分で持ってくるさね。んで何処にあんの? ……空き教室? あっちの? オーケィ、場所さえ分かればこっちのモンだ。んだらば、ちゃちゃっと取ってくっからよ!」
 二人がそうやって溜息をついている間にも、あの長ったらしくてやたらと情報量の多かった宗悟の自己紹介は終わっていて。そうして彼は早速自分に割り振られた席に着こうとしたのだが……しかし学院側の不手際で、彼の席はまだ教室に運び込まれていなかった。
 それに宗悟はわざとらしいぐらいの反応を示すと、自分が持ってくるという担任教師を適当にあしらい、バルカン機関砲じみた言葉の豪雨で無理矢理に押し切り。自分で自分の席を取ってくるべく、少し離れたところにある空き教室に向かって行った。
 出て行って五分ほどしてから、彼が新たな椅子と机を担いで二年A組の教室に戻ってくる。そうすれば宗悟は、自分で持ってきたその席を担任教師に指定された場所――――窓際から数えて二列目の最後尾、即ちアリサの右隣へと置いた。
「おう、昨日振りだなお二人さん。こっちでもよろしく頼まあ」
 ドスンと置いたその席にさっさと腰掛け、宗悟は唖然とする隣の二人……ポカンと大口を開けたままで硬直しているアリサと翔一に対し、ニッとフランクな笑顔を向けながら挨拶をしてきた。
「あー……まあその反応も当然だわな」
 そんな二人が、色々と自分に聞きたいことがあるといった顔をしているのに聡く気付くと、宗悟はアリサたちが言葉を発するよりも早く顔を二人の方に近づけてきて。すると二人に対し宗悟は、周りに聞こえないぐらいのほんの小さな声音で囁きかけた。
「…………司令がな、この学院に通えって言ってきたんだよ。まあ俺としては学院生活、まさに花の青春時代! って感じで楽しそうだったし? まあ良いかなと思ったワケ。んだから俺は此処に居るってことなのよ、オーケィ?」
 囁いてくる彼の言葉でで全て納得すると、二人は黙ったまま宗悟にうんと頷き返した。
 やはり当初の予想通り、宗悟の転入は要の差し金によるもののようだ。彼の口振りから察するに、恐らく蓬莱島に着任してから言い渡されたことのようだから……この転入自体も、急に決まったことなのだろう。要のことだ、ハッと思い立ってそのまま実行したに違いない。
 急な転入だと仮定すれば、宗悟の席が用意されていなかった先程の不手際にも納得がいく。学院側としても、突然また一人を生徒として転入させると申し渡されたものだから、かなり慌てたのだろう。だからこその不手際というわけだ。学院長を始めとした面々の気苦労たるや、想像に難くないが……その指示、というか命令を言い渡してきたのが上役たる統合軍であるのなら、学院が逆らうことなど不可能だ。この学院も微妙な立場にあるということか。色々と察するに余りある。
「とにもかくにも、こっちでも改めてよろしくだ。なぁ、お二人さん?」
 にししっ、と笑う彼がそう言っている間にも、いつの間にかホームルームの時間は終わっていて。気付けばチャイムも鳴り響き、いつものように一限目の授業が始まろうとしていた。
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