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Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて
第二章:例え偽りの平穏だとしても/04
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とまあ、そんな具合に翔一は完全に上の空で午前の授業を終え。そうして束の間の解放たる昼休みが訪れれば、すぐに彼はアリサに連れられて教室を後にしていた。
これも毎日のことだ。昼休みに翔一が彼女に手を引かれて教室を出て行かないことなんて、それこそ有り得ない話。学院でもそれ以外でも、任務の時もそれ以外も。最近はいつだって、翔一は何処へ行くにも彼女と一緒だった。
だから、今日もこうして昼休みには彼女に連れられていく。向かう場所は定番の屋上ではなく、学園校舎の裏手にある日陰になった一帯だ。
そこは最果てのような場所だからか、普段からヒトの全く寄りつかない屋上よりも更に人気がない。まず間違いなく、生徒どころか教師ですら寄りつくことがないような、そんな場所に翔一は連れて来られていた。
此処に二人がやって来るのも、いつものこと。少し前にアリサが見つけた穴場中の穴場で、恐らく学院の敷地内で一番ゆったりと、人目を気にせずにくつろげる場所だろう。彼女がこの最果ての場所を見つけてからは、二人は屋上ではなくこの場所で昼食を摂ることにしていた。
「さてと、お待ちかねのお弁当よ」
そこにあるプラスチック製の、飲料メーカーのロゴが刻まれた横長のベンチに二人横並びに座り。とすればアリサは手にしていた包みを開いて、朝も早くからこしらえていた弁当をスッと翔一に手渡してくれる。
「いつも悪いな、本当に」
「アタシが好きでやってるコトだって、朝も言ったでしょう? それに、アンタも何だかんだ楽しみにしてくれているみたいじゃない」
「ああ、やっぱりバレてたか。最近じゃあ、アリサが作ってくれた弁当を食べるのが、学院で一番の楽しみになってきてるんだよ」
「ふふっ、それは何より。……さ、早く食べちゃいなさいな。お腹減ってるんでしょう?」
「すぐに手を付けてしまうのも、何だか勿体ない気がしてさ。……でも、そうだな。頂くとするよ、アリサ」
微笑む隣の彼女にそう言ってから、翔一は受け取った弁当箱の蓋を開く。
中身は今日も豪勢なものだ。よくもまあ、朝からこれだけ手の込んだものを作れるなと、毎度のことながら感心してしまう。それに、最初の頃に比べて和食の割合も多くなっている辺り、彼女の成長も感じられた。
「アリサ、ところで――――」
と、翔一はそんな弁当箱の中に詰められていた内のひとつを箸で摘まみ取り、不思議そうに首を傾げながら、それをおもむろに目の前へと持ってくる。
「…………なんで、タコさんウィンナーなんだ?」
――――タコさんウィンナー。
首を傾げる彼が箸で摘まんでいるそれは、紛れもないタコさんウィンナーだった。
厳密にどういう物かを言うと、ウィンナーの切り口を丁寧に分割し……まるでタコの足のようにして、それこそウィンナーそのものをタコのように見せかけている物だ。
飾り切り、という奴なのか。しかもアリサが作ってくれたそれは、ただ足を切り分けただけではなく。黒胡麻を二つ取り付けて目玉のようにして、その下には棒状にした人参の欠片を差し込み、クチバシまで作ってある。つまりはデフォルメされた顔まで造型してあるのだ。
しかしそれだけでは留まらず、アリサは更にそこへもう一手間を掛けていて。中身をくり抜いた細いキュウリの輪っかをウィンナーの頭に被せ、まるで鉢巻きのような飾りまで添えてあった。
だから、見た目は本当に可愛らしいタコさんという感じだ。食べてしまうのが勿体ないぐらいの出来映え。それなりに手間が掛かる作り方だし、翔一はこんな作り方を彼女に教えた覚えはない。だとすれば、彼女は一体どうやってこれを…………?
「ん? ……ああ、南に教わったのよ」
不思議そうに首を傾げた彼の疑問を暗黙の内に察してくれたらしく、アリサは自分の分の弁当を箸で摘まみながら、横目の視線を流しつつ何気ない調子で答える。
「南が?」
「そう、アイツがね。前にそういう話題になって、アタシが翔一の分もお弁当作ってるってポロッと言ったら教えてくれたのよ。アイツ曰く『翔一は絶対こういうのに弱い。だから、ちょっと仕込んでやればイチコロよ』だって」
「南め、余計なことを吹き込んで…………」
アリサにこのタコさんウィンナーの作り方を吹き込んだらしい、南――――南一誠のしてやったりという風な嫌らしい笑みに溢れた顔と、やたら目立つトレードマークじみたオレンジ色のツナギを思い出しながら、翔一が全力の溜息をつく。
とはいえ、嬉しくないかと問われれば……まず間違いなく、嬉しいと即答するだろう。確かにこういう感じの、ちょっと可愛らしいというか、妙に乙女チックな仕込みには実に弱い。悔しい話だが、南はよく自分のことをよく観察しているようだ。
「他にも色々教わったのよ? それこそ……ほら、例えばそのだし巻き卵とか。他にも色々あるけれど、アイツには結構教えて貰ってるのよ」
「…………へえ、意外だな。南は料理が出来るタイプには見えないんだけど」
「分かるわ、その気持ち。絶対そういうタイプに見えないもん。アタシも最初はコンビニ弁当とかで済ませてるタイプだと思ってたわ」
「腕利きのメカニックは手先も器用、相手が機械だろうが食べ物だろうが変わらない……ってことかな」
「そういうことでしょうね。アイツなら普通に主夫で生きていけるわ」
あの南が料理上手というのは、普段のイメージからあまりにも乖離しすぎていて、本当に意外も良いところだが。しかし……冷静に考えてみれば、あれでいて凄まじく優秀なメカニックだ。手先が器用であるコトには間違いないのだろう。だとすれば、南が料理上手でも不自然ではない。寧ろ納得出来てしまう。
「ま、アタシも色々と工夫したくてね。ほら、折角作っても味に飽きちゃったら嫌でしょう? だから、少しでもレパートリーは多い方が良いと思ったのよ」
「……嬉しい話だよ、本当に」
「男冥利に尽きるって?」
「そういうワケじゃない。ただ……朝も昼も、勿論夜も。いつも誰かと一緒に食べるのは、本当に幸せなことだなって。何となく……そう思っただけだよ」
穏やかな笑顔を浮かべる彼女のすぐ傍で、翔一もまた薄く微笑み。手元の箸を動かして、まだ残っている弁当の中身に手を付けていく。時間が経っていて、もう冷えてしまっているけれど……でも何処か温かい、彼女の手作り弁当を。翔一はひとつひとつ大切に、口に運んでいった。
これも毎日のことだ。昼休みに翔一が彼女に手を引かれて教室を出て行かないことなんて、それこそ有り得ない話。学院でもそれ以外でも、任務の時もそれ以外も。最近はいつだって、翔一は何処へ行くにも彼女と一緒だった。
だから、今日もこうして昼休みには彼女に連れられていく。向かう場所は定番の屋上ではなく、学園校舎の裏手にある日陰になった一帯だ。
そこは最果てのような場所だからか、普段からヒトの全く寄りつかない屋上よりも更に人気がない。まず間違いなく、生徒どころか教師ですら寄りつくことがないような、そんな場所に翔一は連れて来られていた。
此処に二人がやって来るのも、いつものこと。少し前にアリサが見つけた穴場中の穴場で、恐らく学院の敷地内で一番ゆったりと、人目を気にせずにくつろげる場所だろう。彼女がこの最果ての場所を見つけてからは、二人は屋上ではなくこの場所で昼食を摂ることにしていた。
「さてと、お待ちかねのお弁当よ」
そこにあるプラスチック製の、飲料メーカーのロゴが刻まれた横長のベンチに二人横並びに座り。とすればアリサは手にしていた包みを開いて、朝も早くからこしらえていた弁当をスッと翔一に手渡してくれる。
「いつも悪いな、本当に」
「アタシが好きでやってるコトだって、朝も言ったでしょう? それに、アンタも何だかんだ楽しみにしてくれているみたいじゃない」
「ああ、やっぱりバレてたか。最近じゃあ、アリサが作ってくれた弁当を食べるのが、学院で一番の楽しみになってきてるんだよ」
「ふふっ、それは何より。……さ、早く食べちゃいなさいな。お腹減ってるんでしょう?」
「すぐに手を付けてしまうのも、何だか勿体ない気がしてさ。……でも、そうだな。頂くとするよ、アリサ」
微笑む隣の彼女にそう言ってから、翔一は受け取った弁当箱の蓋を開く。
中身は今日も豪勢なものだ。よくもまあ、朝からこれだけ手の込んだものを作れるなと、毎度のことながら感心してしまう。それに、最初の頃に比べて和食の割合も多くなっている辺り、彼女の成長も感じられた。
「アリサ、ところで――――」
と、翔一はそんな弁当箱の中に詰められていた内のひとつを箸で摘まみ取り、不思議そうに首を傾げながら、それをおもむろに目の前へと持ってくる。
「…………なんで、タコさんウィンナーなんだ?」
――――タコさんウィンナー。
首を傾げる彼が箸で摘まんでいるそれは、紛れもないタコさんウィンナーだった。
厳密にどういう物かを言うと、ウィンナーの切り口を丁寧に分割し……まるでタコの足のようにして、それこそウィンナーそのものをタコのように見せかけている物だ。
飾り切り、という奴なのか。しかもアリサが作ってくれたそれは、ただ足を切り分けただけではなく。黒胡麻を二つ取り付けて目玉のようにして、その下には棒状にした人参の欠片を差し込み、クチバシまで作ってある。つまりはデフォルメされた顔まで造型してあるのだ。
しかしそれだけでは留まらず、アリサは更にそこへもう一手間を掛けていて。中身をくり抜いた細いキュウリの輪っかをウィンナーの頭に被せ、まるで鉢巻きのような飾りまで添えてあった。
だから、見た目は本当に可愛らしいタコさんという感じだ。食べてしまうのが勿体ないぐらいの出来映え。それなりに手間が掛かる作り方だし、翔一はこんな作り方を彼女に教えた覚えはない。だとすれば、彼女は一体どうやってこれを…………?
「ん? ……ああ、南に教わったのよ」
不思議そうに首を傾げた彼の疑問を暗黙の内に察してくれたらしく、アリサは自分の分の弁当を箸で摘まみながら、横目の視線を流しつつ何気ない調子で答える。
「南が?」
「そう、アイツがね。前にそういう話題になって、アタシが翔一の分もお弁当作ってるってポロッと言ったら教えてくれたのよ。アイツ曰く『翔一は絶対こういうのに弱い。だから、ちょっと仕込んでやればイチコロよ』だって」
「南め、余計なことを吹き込んで…………」
アリサにこのタコさんウィンナーの作り方を吹き込んだらしい、南――――南一誠のしてやったりという風な嫌らしい笑みに溢れた顔と、やたら目立つトレードマークじみたオレンジ色のツナギを思い出しながら、翔一が全力の溜息をつく。
とはいえ、嬉しくないかと問われれば……まず間違いなく、嬉しいと即答するだろう。確かにこういう感じの、ちょっと可愛らしいというか、妙に乙女チックな仕込みには実に弱い。悔しい話だが、南はよく自分のことをよく観察しているようだ。
「他にも色々教わったのよ? それこそ……ほら、例えばそのだし巻き卵とか。他にも色々あるけれど、アイツには結構教えて貰ってるのよ」
「…………へえ、意外だな。南は料理が出来るタイプには見えないんだけど」
「分かるわ、その気持ち。絶対そういうタイプに見えないもん。アタシも最初はコンビニ弁当とかで済ませてるタイプだと思ってたわ」
「腕利きのメカニックは手先も器用、相手が機械だろうが食べ物だろうが変わらない……ってことかな」
「そういうことでしょうね。アイツなら普通に主夫で生きていけるわ」
あの南が料理上手というのは、普段のイメージからあまりにも乖離しすぎていて、本当に意外も良いところだが。しかし……冷静に考えてみれば、あれでいて凄まじく優秀なメカニックだ。手先が器用であるコトには間違いないのだろう。だとすれば、南が料理上手でも不自然ではない。寧ろ納得出来てしまう。
「ま、アタシも色々と工夫したくてね。ほら、折角作っても味に飽きちゃったら嫌でしょう? だから、少しでもレパートリーは多い方が良いと思ったのよ」
「……嬉しい話だよ、本当に」
「男冥利に尽きるって?」
「そういうワケじゃない。ただ……朝も昼も、勿論夜も。いつも誰かと一緒に食べるのは、本当に幸せなことだなって。何となく……そう思っただけだよ」
穏やかな笑顔を浮かべる彼女のすぐ傍で、翔一もまた薄く微笑み。手元の箸を動かして、まだ残っている弁当の中身に手を付けていく。時間が経っていて、もう冷えてしまっているけれど……でも何処か温かい、彼女の手作り弁当を。翔一はひとつひとつ大切に、口に運んでいった。
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