蒼空のイーグレット

黒陽 光

文字の大きさ
上 下
76 / 142
Sortie-01:黒翼の舞う空

エピローグ:十センチ差の比翼連理/01

しおりを挟む
 エピローグ:十センチ差の比翼連理


 カーテンの隙間から差し込んでくる朝の日差しにいざなわれて、桐山翔一は深い眠りから目覚めた。
 まだ半分眠っている身体をよっこいしょと起こし、眠い眼を擦りながら薄明るい自室を見渡してみると……少しばかり乱れたベッドの上には、もう彼女の姿は無かった。先に起きていたのだろうか。だったら、起こしてくれたっていいものを。
 本当ならもう少し……具体的には五時間ぐらいは惰眠を貪っていたい気分だったが、しかし今日は平日。学生の身分たる翔一は、どうあっても学院に行かねばならない運命にある。サボりたい気持ちもあるにはあったが……まあ、仕方ないから行くとしよう。
 翔一は布団から起き上がり、煎餅みたくペッタペタになった……元は来客用の予備だったそれを手早く畳み、部屋の隅へ。そして大きく伸びをして、大きく欠伸もしてから軽く首を回し、身体を捻り。まだ寝起きで固まった関節をコキコキと小さく鳴らしつつ、ふわふわとした足取りで自室から出る。
「ふわーあ……」
 また欠伸をしながら階段を降りて、一階へ。多分、家の何処かに居るのだろうと思っていたのだが……しかしリビングにもキッチンにも、彼女の姿は見当たらない。ついさっきまでいたような雰囲気と気配が漂っている辺り、彼女が翔一より先に起き出したのは間違いないが。とはいえこの場に居ないということは、翔一を置いてもう先に学院に行ってしまったのか…………?
 一瞬そう考えてしまった翔一だったが、しかしぶんぶんと首を横に振って即座にそれを否定する。彼女に限ってそれはない。そこまで薄情なことは絶対にしないはずだ、彼女は。
 だとしたら、まあ家の何処かには居るのだろう。今の寝ぼけた自分を見たら、きっと彼女は寝ぼすけさんだとか、そんな風に言ってくるのだろうな……。
 ボーッとした頭で何の気無しに思いながら、翔一はひとまず顔を洗おうと洗面所――――正確に言えば、浴室の脱衣所も兼ねているそこに向かう。
 まだ寝ぼけているから、よろよろとした覚束ない足取りで廊下を歩き。そして洗面所か脱衣所か。まあどっちでも構わないが、そこの扉をガラッと開く。
 すると――――――。
「えっ? ちょっ…………うぇぇえっ!? しょっ、翔一ぃっ!?」
「んあ……? ああ、アリサか。おはよ……なんだ、シャワー浴びてたのか…………」
 扉を開けた先、寝ぼけた翔一の視界に飛び込んできたのは……他ならぬ彼女、アリサ・メイヤードの姿だった。
 まあ、ボケーッとした彼の気の抜けた台詞からも分かる通り、今のアリサは風呂上がりだ。きっとシャワーで寝汗でも流していたのだろう。今のアリサは完全に一糸纏わぬ姿で、白い肌も真っ赤な髪もまだ仄かな水気を帯びている。
 こういう場面に出くわしたならば、普通あたふたするべきなのだろうが。しかし翔一も何だかんだと彼女と結構長いこと同居している。風呂上がりに何も着ず全裸のままそこら辺を歩き回るわ、ベッドに潜って眠る前も脱ぐわ。そんな大変ストロングなスタイルの彼女に、その習慣に慣れてしまっていたから……今の翔一はもう、そんな初心な反応は出来なくなっていた。
 抗体が出来た、というと変な言い方になるが。とにかく彼女と暮らし始めて暫くもしない内に、彼もまたアリサのそんな大変な生活習慣を段々と気にしなくなってしまっていたのだ。アリサ本人がまるで気にしていない様子だし、こちらばかりが気にしていたって仕方のない話。そう思っている内に、翔一も慣れてしまって……今ではこの有様。ベタにも程があるありがちなシーンに出くわしたところで、寝ぼけた顔を一切崩さないぐらいに、彼はもう慣れきってしまったのだ。
「うぅ……っ」
 だが――――今日のアリサは、なんだか様子が変だ。
 今までなら、こんな場面に翔一が出くわしても「丁度良かった、バスタオル取ってよ」だとか「ボディソープ、買い置きのラスト一個使っちゃったわよ。忘れないように補充しないとね」とか。前を一切隠そうともせず、平然とした顔で日常会話なんか交わしていたのだが。
 しかし……今日のアリサは、とことん変だった。
 頬は真っ赤にしているし、手にしたバスタオルを身体に当てて、前をどうにか隠そうとしているし。それに身体も軽く捻って、出来るだけ翔一から見えないように逸らしたりなんかしているのだ。揺れる金色の瞳は、今日も綺麗な色だ……じゃなくて。なんだか恥ずかしがっているというか、そんな風な感じだ。
 とにかく、奇妙だ。奇妙にも程がある。一体全体、アリサはどうしてしまったというのか。
「ん……?」
 そういったアリサの仕草や色々が不思議で、寝ぼけた顔の……死んだ魚の目みたいな眼付きをした翔一はきょとんと首を傾げる。
 そんな彼に、アリサは真っ赤な顔で「な、なんかアタシに言うことないのっ!?」と、上擦ったというか裏返ったような声で捲し立てるが。しかしボーッとした、今にも白目を剥きそうな顔の翔一はといえば…………。
「あー……早起きなんだな、今日は」
 そんな風な、アリサからすれば斜め上も良いところな答えなものだから。間延びした声の彼に、アリサは「んもうっ……」と真っ赤な顔のまま小さく呆れる。
「ほへ……?」
 アリサの反応が不思議すぎて、翔一がぽかーんと阿呆みたいに大口を開けていると。アリサは彼からスッと目を逸らし、真っ赤な顔で小さく呟いた。
「…………察しなさいよ、この馬鹿」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光
SF
 その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。  現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。  そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。  ――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。 表紙は頂き物です、ありがとうございます。 ※カクヨムさんでも重複掲載始めました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ガチャ戦機フロンティア・エデン~無職の40おっさん、寂れた駄菓子屋で500円ガチャを回したら……異世界でロボットパイロットになる!?~

チキンとり
SF
40歳無職の神宮真太郎は…… 昼飯を買いに、なけなしの500円玉を持って歩いていたが…… 見覚えの無い駄菓子屋を見付ける。 その駄菓子屋の軒先で、精巧なロボットフィギュアのガチャマシンを発見。 そのガチャは、1回500円だったが…… 真太郎は、欲望に負けて廻す事にした。 それが…… 境界線を越えた戦場で…… 最初の搭乗機になるとは知らずに…… この物語は、オッサンが主人公の異世界転移ロボット物SFファンタジーです。

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

基本中の基本

黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。 もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。

戦場立志伝

居眠り
SF
荒廃した地球を捨てた人類は宇宙へと飛び立つ。 運良く見つけた惑星で人類は民主国家ゾラ連合を 建国する。だが独裁を主張する一部の革命家たちがゾラ連合を脱出し、ガンダー帝国を築いてしまった。さらにその中でも過激な思想を持った過激派が宇宙海賊アビスを立ち上げた。それを抑える目的でゾラ連合からハル平和民主連合が結成されるなど宇宙は混沌の一途を辿る。 主人公のアルベルトは愛機に乗ってゾラ連合のエースパイロットとして戦場を駆ける。

おじさんと戦艦少女

とき
SF
副官の少女ネリーは15歳。艦長のダリルはダブルスコアだった。 戦争のない平和な世界、彼女は大の戦艦好きで、わざわざ戦艦乗りに志願したのだ。 だが彼女が配属になったその日、起こるはずのない戦争が勃発する。 戦争を知らない彼女たちは生き延びることができるのか……?

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

処理中です...