蒼空のイーグレット

黒陽 光

文字の大きさ
上 下
34 / 142
Sortie-01:黒翼の舞う空

第八章:日常と非日常と/04

しおりを挟む
 まあ、色々と衝撃を受けはしたが。要たちが翔一をこの格納庫に連れて来た理由は、どうやら翔一に≪グレイ・ゴースト≫の生みの親でもある椿姫と顔合わせをさせておきたかったということらしい。どちらかといえば、椿姫本人が翔一との面会を望んでいたそうだが。
 とにもかくにも、そんな風なやり取りを経た後。今まさに目の前にある≪グレイ・ゴースト≫……赤い薔薇のパーソナル・エンブレムが施されたアリサ機を傍らに、この機体がどういうものかという話が、まさにこの黒翼の生みの親たる椿姫の口から翔一に語られ始めた。
「YSF‐2/A≪グレイ・ゴースト≫。私がブラックスワン計画の一環として作った、ESP専用の空間戦闘機だよ。まあ大雑把なところは多分翔ちゃんも知ってるだろうから、その辺りは省くねー」
 と、傍にある≪グレイ・ゴースト≫の黒く冷たい肌を撫でつけながら、椿姫がそう言って話の口火を切る。
「原型の試作機はXSF‐2。作ったのは確か五年ぐらい前かな? テスト用に二機があったんだけれど、オホーツク事変の時に突貫工事で武装化して出撃しちゃって、一号機は撃墜されちゃったんだ」
「二号機は?」と翔一が首を傾げる。
「生きて帰ってきたよー。今はこのH‐Rアイランドに保管されてるけれどね。一応、今はアリサちゃんの予備機ってことになってるんだ。試作型のXナンバーも、先行量産型のYナンバーも、実を言うと中身はほぼ変わらないからね。勿体ないから使い回しだよ、にゃはは」
 初の対レギオン戦を生き抜いた貴重な機体、ゴーストの試作二号機がこの島に保管されていて……しかも、アリサ用の予備機扱いになっている。
 その事実は、翔一にとってある意味で意外だった。そういう試作機の類は大抵、研究用に保管されるか、或いは新装備のテストベッドに用いられるか。それとも用済みとみなし解体処分か……。何にせよ、そのまま継続して実戦投入という話はあまり聞かない。それだけに、彼は少し意外そうな顔を浮かべていたのだ。
 そんな翔一の表情を見て、椿姫はニッと八重歯を見せて笑い。更に解説を続けて行く。
「で、このゴーストの前にはXSF‐1っていう試作機があったんだ。通称≪ブラック・マンタ≫。八〇年代の終わり頃からずーっと飛んでたらしいけれどね。これが酷いポンコツでさー。その頃のディーンドライヴってすっごく幼稚で非効率な作りだったし、それ以前に機体そのものの設計も酷くて酷くて。まるで小学生の作ったラジコン飛行機みたいな飛び方だったんだよ?」
「俺っちがさっき、椿姫ちゃんのこと救世主とか言ったのはさ、その辺のこともあんだよ。俺もマンタの仕様書は見たことあるけどよ、もうゴミも良いトコよアレ。鉄屑よ鉄屑。とてもとても実戦に耐えうるモンじゃねー。飛び級で大学卒業した椿姫ちゃんが統合軍に引き抜かれて、んでもってブラックスワン計画に関わって……マトモなディーンドライヴと空間戦闘機作ってくんなかったら、マジで五年前の時点で人類滅んでたぜ」
 横からやれやれと肩を竦めつつ言う南に、椿姫は「んもー、だから南くんおだてすぎだってばー」と、小さな手で彼の背中をぱんぱんと叩きながら、何やら照れくさそうな素振りを見せる。
 …………本人はこんな風だが、南の言うことはきっと正しいのだろう。
 南は性格やレーアに対する立ち振る舞いこそあんな風だが、しかしメカニックとしての腕前が超一級なのは翔一も心得ている。
 そんな彼をして、ゴミだとか鉄屑だとかボロクソに言わしめるのだから……その≪ブラック・マンタ≫とやらは、さぞお粗末な造りの空間戦闘機だったのだろう。いいや、戦闘機と呼んでいいのかも怪しかったに違いない。
 椿姫が関わるまでの機体が、そんな酷い有様だったのだから。それこそ、椿姫が現れなければ本当に人類は……五年前、オホーツク海上空での初交戦の時点で既に滅んでいたのだろう。彼の語気から、その辺りは翔一にも大体察せられた。
「ああそうそう、マンタで思い出したんだけどさ。翔ちゃんってオカルト系の話って興味ある?」
「……? まあ、無くはないが」
「よくさー、そのテの雑誌とか番組とかで、アメリカ製のUFOとか騒がれてるのあるでしょー? たまに写真とか動画も撮られてる奴。大概がフェイクなんだけれど、でもたまに本物も混ざってるんだ、ああいうのって」
「ええと……つまり、話に出てる≪ブラック・マンタ≫ってのが、そのアメリカ製のUFOだってことか?」
 戸惑いながらの翔一に、椿姫は「そうだよー」と、やはり八重歯を見せた可愛らしい笑顔で肯定してみせた。
「私のゴーストもそうなんだけれど、SFナンバーやGISナンバーの機体は、全部ネバダのグルーム・レイク基地……翔ちゃんにも分かる言い方をすれば、エリア51かな? とにかく、あそこで作ったモノなんだ。
 そのエリア51内部で付けられたマンタの開発コードが、TR‐3A。あちこちで目撃されちゃってるアメリカ製のUFOって、実は全部これなんだよねー」
 椿姫はそんな風に、本当に愛くるしい笑顔で当然のように言ってみせるが……しかし、翔一としてはどうにも頭の痛くなる話だった。
 彼女の話が本当だとすれば、まさに『インディペンデンス・デイ』の世界だ。きっとエリア51の地下には秘密の研究施設が……椿姫の口振りを聞く限り、恐らく本当に存在するのだろう。尤も、そこで研究していたのは宇宙人のUFOなどではなく、今まさに目の前にあるような空間戦闘機なのだが。
 そこで、八〇年代の末期から死に物狂いでUFOめいた戦闘機……噂の≪ブラック・マンタ≫が作られていた。
 でもそれは鉄屑も同然な酷い代物で、とても実際にレギオンと戦えるような代物ではなく。そんな絶望的な状況だったところに椿姫が現れ、低すぎた人類の技術水準を、彼女がたった一人でレギオンと対等に戦えるところまで押し上げた……。
 今までの話を総合すれば、そんなところだろう。
 確かに南が口走った通り、立神椿姫は本当に人類にとっての救世主そのものだ。同時に、彼女の頭脳が人並み外れた……なんて喩えも失礼になってしまうぐらいの優れたモノであることも、翔一は漸く実感を以て認識する。
 尤も……本人の見た目や立ち振る舞いがこんな風だから、やっぱりそうは思えないのだが。
「んでもって、マンタがあーんまりにも酷すぎたから、私が苦心してゴーストとか作ったワケなんだけど。なーんか今はそのマンタ……私のゴーストの技術使って改良したらしいんだよねー。
 確か……ああそうだ、思い出した。XSF‐4/TR3B≪ブラック・マンタⅡ≫とかなんとかいう名前だったかな。≪オーロラ≫って別名もあるらしいけれどね。私の記憶が正しければ、今はイカルガ少佐がテストパイロットだったかな?」
 そんな風にぶつぶつと呟く椿姫に、要が横から「そうだな」と頷き、今まさに彼女の頭に過ぎっていた疑問を肯定してやる。とすれば椿姫は「だよねー」と笑み、また八重歯を見せてにひひっと可愛らしい表情を浮かべた。
「…………」
 椿姫と要がそんなやり取りをしている傍らで、アリサが――今まさに椿姫が放った「イカルガ少佐」という名を聞いた瞬間、少しだけ苦い顔をしたのを翔一は横目に見ていたが。しかし訊くなと暗黙の内に告げるような彼女の苦い表情を見て、翔一は彼女に対し何も言わず。椿姫が続ける言葉に、ただ黙って耳を傾けていた。
「とにもかくにも、そんな風な歴史があるんだよ。私の最高傑作……≪グレイ・ゴースト≫にはね」
「なるほど……」
「んじゃま、後は実際色々見て貰った方が早いかもねー。確か翔ちゃん、まだゴーストに乗ったことは無いんだっけ?」
 翔一が「ああ」と頷くと、椿姫はにししっと微笑み。とすれば「だったら、これ使って色々教えてあげよっかな。折角だしねー」と、ラダー(はしご)の掛かったゴーストのコクピットの方に翔一を手招きしてくる。
「アリサちゃん、別に使っちゃっても良いよね?」
 そうして彼を手招きしながら、今度はアリサの方に視線を流し。一応この機体のパイロットである彼女に対し、椿姫がそう問いかける。
 するとアリサはそれに「別に構わないわよ。後ろに乗せて飛べって言われてるワケでもなし、それぐらいなら」と椿姫に頷き返した。
「おけおけ。んじゃあ翔ちゃん、こっちこっち」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光
SF
 その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。  現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。  そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。  ――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。 表紙は頂き物です、ありがとうございます。 ※カクヨムさんでも重複掲載始めました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ガチャ戦機フロンティア・エデン~無職の40おっさん、寂れた駄菓子屋で500円ガチャを回したら……異世界でロボットパイロットになる!?~

チキンとり
SF
40歳無職の神宮真太郎は…… 昼飯を買いに、なけなしの500円玉を持って歩いていたが…… 見覚えの無い駄菓子屋を見付ける。 その駄菓子屋の軒先で、精巧なロボットフィギュアのガチャマシンを発見。 そのガチャは、1回500円だったが…… 真太郎は、欲望に負けて廻す事にした。 それが…… 境界線を越えた戦場で…… 最初の搭乗機になるとは知らずに…… この物語は、オッサンが主人公の異世界転移ロボット物SFファンタジーです。

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

戦場立志伝

居眠り
SF
荒廃した地球を捨てた人類は宇宙へと飛び立つ。 運良く見つけた惑星で人類は民主国家ゾラ連合を 建国する。だが独裁を主張する一部の革命家たちがゾラ連合を脱出し、ガンダー帝国を築いてしまった。さらにその中でも過激な思想を持った過激派が宇宙海賊アビスを立ち上げた。それを抑える目的でゾラ連合からハル平和民主連合が結成されるなど宇宙は混沌の一途を辿る。 主人公のアルベルトは愛機に乗ってゾラ連合のエースパイロットとして戦場を駆ける。

おっさん、ドローン回収屋をはじめる

ノドカ
SF
会社を追い出された「おっさん」が再起をかけてドローン回収業を始めます。社員は自分だけ。仕事のパートナーをVR空間から探していざドローン回収へ。ちょっと先の未来、世代間のギャップに翻弄されながらおっさんは今日もドローンを回収していきます。

おじさんと戦艦少女

とき
SF
副官の少女ネリーは15歳。艦長のダリルはダブルスコアだった。 戦争のない平和な世界、彼女は大の戦艦好きで、わざわざ戦艦乗りに志願したのだ。 だが彼女が配属になったその日、起こるはずのない戦争が勃発する。 戦争を知らない彼女たちは生き延びることができるのか……?

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

処理中です...