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Sortie-01:黒翼の舞う空
第七章:十センチ差のすれ違い/06
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――――とまあ、そんな風にアリサ・メイヤードとの奇妙な同居生活が始まって数日が経ち。初めて迎えた週末のことだ。
その日、アリサはちょっと出掛けるから付き合えと翔一に言ってきた。何かと問えば、どうやらこれからあの家で暮らしていくに当たって、色々と要り用なものがあるらしい。荷物持ちも兼ねて、どうせ暇をしているなら付き合えと……アリサ曰く、そういうことのようだ。
確かに休日で暇を持て余していたのも事実だし、別にこれと行った用事もない。だから翔一は彼女の誘いに乗っかり、買い出しに付き合うことにしたのだった。
「――――にしても、左側通行だと勝手が違ってアレね。まあ走らせる分には問題ないけれど、慣れるまではちょっと時間が掛かりそうだわ」
「間違えて対向車線に入る、なんてことは勘弁してくれよ」
「流石にアタシも、そこまで馬鹿じゃあないわよ。それぐらいは分かってる」
そして、何だかんだと買い出しに付き合うことになった翔一は、今まさにアリサの運転する車の助手席に乗っているところだった。
アリサが走らせているのは当然、彼女が本国から持ち込んだという黒の一九六九年式ダッジ・チャージャーR/Tだ。四速マニュアル・ギアボックス仕様、バリバリとやかましいぐらいに唸るエンジンは古くさいOHV形式、脅威の排気量七・二リッターのV8エンジンだ。
そんな巨大で御しがたい暴れ馬を、アリサは平気な顔で乗り回している。開けた窓枠に左肘を突き、片手でステアリングを操作するぐらいの余裕すら見せていた。
古びたカーステレオから流れるのはハードロック、ガンズ・アンド・ローゼズの『パラダイス・シティ』。曰く、こういったハードロック系は彼女の趣味らしい。何というか、彼女らしいというか。イメージ通りで、似合っているといえば似合っている。
で、そんなチャージャーのトランクには、今までの買い出しで手に入れた幾らかの物品が収められていた。荷物自体は結構な量なのだが、そこは古いアメ車だけあって問題ない。意味が分からないぐらいに大柄な車体同様、トランクのラゲッジスペースも不必要なぐらいに広いから、荷物量があるといってもかなり余裕を持って収納出来ていた。
「知らない間に随分と暑くなってきたものね。夏も近い……ってことかしら」
チャージャーを運転しながら、半分独り言のように呟くアリサ。そんな彼女の格好だが……休日だから当然、学院のブレザー制服ではなく、私服の格好だった。
まあ、格好としてはラフなものだ。下は割と細身のジーンズで、上は黒いタンクトップ。さらにその上から軍用のCWU‐45/Pのフライトジャケットを、肘下ぐらいまで袖を折り曲げた格好で羽織っているといった具合だ。
そんな格好の彼女が……今は日差しがキツいからと、ティアドロップ型の少し大きめなサングラスを掛けているものだから。今のアリサを傍から見ている分には、何というか本当にエース・パイロットのそれだ。
風格が漂っている、というのだろうか。完全に軍用品そのままなフライトジャケットを羽織っていることもあり、今のアリサはまるで『トップガン』のトム・クルーズを彷彿とさせる。今まさにチャージャーのステアリングを握っているアリサの横顔は、それほどまでに凜々しかったのだ。思わず翔一が見とれてしまうぐらいに、だ。
「ん、どうかしたの」
そうして横目にぼうっとアリサの方に見とれていれば、視線に気付いた彼女がチラリとこちらを向いて声を掛けてくる。翔一はスッと視線を逸らしながら「……なんでもない」とはぐらかした。
「……? まあ良いわ。それより凄いのね、日本のお風呂って。自動でお湯湧かしてくれるのはそうだけれど……喋るのよ?」
「普通じゃないか?」
「まさか。アタシは初めて見たわよ、喋るお風呂なんて。日本人のお風呂好きは世界一だって、前から話には聞いていたけれど。これは何というか……ええ、予想以上ね」
そういえば、彼女は合衆国の人間だ。こちらとあちらとでは様々な文化が異なっているように、当然風呂にまつわる文化も日本とはまるで異なっている。
だから翔一にとって自動給湯システムだったり、音声ガイダンスが当たり前のことでも、外からやって来た彼女からしてみれば物凄いカルチャー・ショックなのだ。変な話、湯船に浸かるという行為そのものが新鮮なのかもしれない。いいや……間違いなく新鮮だ。向こうのバスタブとこっちの浴槽とは、根本的に何もかもが異なっているのだから。
「それで、この後は何処に行くつもりなんだ?」
「丁度訊こうと思ってたところよ。翔一、この辺りにスーパーマーケットって無いかしら?」
「あるにはあるが……どうする気なんだ?」
「どうするも何も、あの貧相にも程がある冷蔵庫をどうにかしてマトモにすんのよ。あのまんまじゃあ、アンタだけじゃなくアタシまで身体壊しちゃうわ」
「ふむ……。だったら、今日は僕が振る舞おう」
「悪いわよ、そこまでやらせるのは」
「されっ放しというのも、な。それにアリサ、和食を食べてみたくはないか?」
「そりゃあ……興味が無いって言っちゃったら、嘘になるけれど」
「よし、なら決定だ。今日は僕が作るよ」
「……ま、そういうことならお言葉に甘えるわ。だったら尚更、冷蔵庫の貧相な中身をどうにかしないとね」
「そうするとしよう」
「んじゃあ、ナビよろしく。カーナビなんて便利な代物、当然だけどアタシのチャージャーには無いから」
「道は大体頭に入っている、問題ないよ」
というワケで、この後は夕飯の材料を買い出しに行くこととなった。アリサの分の買い出しは殆ど終わったことだし、どのみち後は帰るだけだったのだ。丁度帰る道すがらにあるから、場所的にも寄り道するには丁度良い。
そんなこんなで、アリサは翔一の道案内に従い……そちらの方向に向けて漆黒のダッジ・チャージャーを走らせていく。バリバリバリと……どう考えても時代にそぐわないような、OHV形式エンジンのアメリカン・マッスルにありがちな爆音を響かせながら、熱く熱せられた路面を切り裂いていくかのように。
その日、アリサはちょっと出掛けるから付き合えと翔一に言ってきた。何かと問えば、どうやらこれからあの家で暮らしていくに当たって、色々と要り用なものがあるらしい。荷物持ちも兼ねて、どうせ暇をしているなら付き合えと……アリサ曰く、そういうことのようだ。
確かに休日で暇を持て余していたのも事実だし、別にこれと行った用事もない。だから翔一は彼女の誘いに乗っかり、買い出しに付き合うことにしたのだった。
「――――にしても、左側通行だと勝手が違ってアレね。まあ走らせる分には問題ないけれど、慣れるまではちょっと時間が掛かりそうだわ」
「間違えて対向車線に入る、なんてことは勘弁してくれよ」
「流石にアタシも、そこまで馬鹿じゃあないわよ。それぐらいは分かってる」
そして、何だかんだと買い出しに付き合うことになった翔一は、今まさにアリサの運転する車の助手席に乗っているところだった。
アリサが走らせているのは当然、彼女が本国から持ち込んだという黒の一九六九年式ダッジ・チャージャーR/Tだ。四速マニュアル・ギアボックス仕様、バリバリとやかましいぐらいに唸るエンジンは古くさいOHV形式、脅威の排気量七・二リッターのV8エンジンだ。
そんな巨大で御しがたい暴れ馬を、アリサは平気な顔で乗り回している。開けた窓枠に左肘を突き、片手でステアリングを操作するぐらいの余裕すら見せていた。
古びたカーステレオから流れるのはハードロック、ガンズ・アンド・ローゼズの『パラダイス・シティ』。曰く、こういったハードロック系は彼女の趣味らしい。何というか、彼女らしいというか。イメージ通りで、似合っているといえば似合っている。
で、そんなチャージャーのトランクには、今までの買い出しで手に入れた幾らかの物品が収められていた。荷物自体は結構な量なのだが、そこは古いアメ車だけあって問題ない。意味が分からないぐらいに大柄な車体同様、トランクのラゲッジスペースも不必要なぐらいに広いから、荷物量があるといってもかなり余裕を持って収納出来ていた。
「知らない間に随分と暑くなってきたものね。夏も近い……ってことかしら」
チャージャーを運転しながら、半分独り言のように呟くアリサ。そんな彼女の格好だが……休日だから当然、学院のブレザー制服ではなく、私服の格好だった。
まあ、格好としてはラフなものだ。下は割と細身のジーンズで、上は黒いタンクトップ。さらにその上から軍用のCWU‐45/Pのフライトジャケットを、肘下ぐらいまで袖を折り曲げた格好で羽織っているといった具合だ。
そんな格好の彼女が……今は日差しがキツいからと、ティアドロップ型の少し大きめなサングラスを掛けているものだから。今のアリサを傍から見ている分には、何というか本当にエース・パイロットのそれだ。
風格が漂っている、というのだろうか。完全に軍用品そのままなフライトジャケットを羽織っていることもあり、今のアリサはまるで『トップガン』のトム・クルーズを彷彿とさせる。今まさにチャージャーのステアリングを握っているアリサの横顔は、それほどまでに凜々しかったのだ。思わず翔一が見とれてしまうぐらいに、だ。
「ん、どうかしたの」
そうして横目にぼうっとアリサの方に見とれていれば、視線に気付いた彼女がチラリとこちらを向いて声を掛けてくる。翔一はスッと視線を逸らしながら「……なんでもない」とはぐらかした。
「……? まあ良いわ。それより凄いのね、日本のお風呂って。自動でお湯湧かしてくれるのはそうだけれど……喋るのよ?」
「普通じゃないか?」
「まさか。アタシは初めて見たわよ、喋るお風呂なんて。日本人のお風呂好きは世界一だって、前から話には聞いていたけれど。これは何というか……ええ、予想以上ね」
そういえば、彼女は合衆国の人間だ。こちらとあちらとでは様々な文化が異なっているように、当然風呂にまつわる文化も日本とはまるで異なっている。
だから翔一にとって自動給湯システムだったり、音声ガイダンスが当たり前のことでも、外からやって来た彼女からしてみれば物凄いカルチャー・ショックなのだ。変な話、湯船に浸かるという行為そのものが新鮮なのかもしれない。いいや……間違いなく新鮮だ。向こうのバスタブとこっちの浴槽とは、根本的に何もかもが異なっているのだから。
「それで、この後は何処に行くつもりなんだ?」
「丁度訊こうと思ってたところよ。翔一、この辺りにスーパーマーケットって無いかしら?」
「あるにはあるが……どうする気なんだ?」
「どうするも何も、あの貧相にも程がある冷蔵庫をどうにかしてマトモにすんのよ。あのまんまじゃあ、アンタだけじゃなくアタシまで身体壊しちゃうわ」
「ふむ……。だったら、今日は僕が振る舞おう」
「悪いわよ、そこまでやらせるのは」
「されっ放しというのも、な。それにアリサ、和食を食べてみたくはないか?」
「そりゃあ……興味が無いって言っちゃったら、嘘になるけれど」
「よし、なら決定だ。今日は僕が作るよ」
「……ま、そういうことならお言葉に甘えるわ。だったら尚更、冷蔵庫の貧相な中身をどうにかしないとね」
「そうするとしよう」
「んじゃあ、ナビよろしく。カーナビなんて便利な代物、当然だけどアタシのチャージャーには無いから」
「道は大体頭に入っている、問題ないよ」
というワケで、この後は夕飯の材料を買い出しに行くこととなった。アリサの分の買い出しは殆ど終わったことだし、どのみち後は帰るだけだったのだ。丁度帰る道すがらにあるから、場所的にも寄り道するには丁度良い。
そんなこんなで、アリサは翔一の道案内に従い……そちらの方向に向けて漆黒のダッジ・チャージャーを走らせていく。バリバリバリと……どう考えても時代にそぐわないような、OHV形式エンジンのアメリカン・マッスルにありがちな爆音を響かせながら、熱く熱せられた路面を切り裂いていくかのように。
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