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Sortie-01:黒翼の舞う空
第一章:桐山翔一/03
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――――国立風守学院。
その名が示す通り、国が血税を投じて運営している学院だ。とはいえ施設の充実っぷりはそこいらの生半可な私立学園が裸足で逃げ出すぐらいなもので、室内の温水プールやら何やら……と、具体例を挙げ始めればキリがないぐらいに施設面では充実している。オマケに自由な校風で校則も比較的緩めと、普通に三年間を過ごしていく上ではやりやすいことこの上ない環境が整えられているのがこの風守学院だ。
とまあ、こんな具合にあらゆる意味で過ごしやすい環境が整備されている学院だが、強いて面倒な点を挙げるのならばただひとつ。入学して三年間を過ごし、無事に卒業する為には相応の頭が必要であることだ。
この風守学院は天ヶ崎市やその他周辺地域の中でも、それなりにレベルの高い学院として知られている。それだけに生徒の頭にも相応なレベルが求められている、というのがこの学院の特色で、同時に一番面倒な点でもあった。キッチリ勉学をこなせる頭のある奴だけが卒業できる学院、それがこの風守学院なのだ。
「それじゃあ翔一くん、今日もしっかり学業に励みたまえよ」
「程々に、ですね」
「ああそうだよ、程々にだ」
「了解。……それじゃあ霧子さん、また」
職員用の駐車場に停まったセリカから降り、霧子と別れた翔一はそのまま校舎の昇降口へと向かい、いつものように下駄箱で外履きのローファー靴から内履きへと履き替え、階段を昇り自分の教室へと、二年A組の教室へと入っていく。
彼の席は窓際列の最後尾、そういった学園に焦点を置いた類のエンタメ作品ではありがちな、いわゆる主人公ポジションの席だ。思い返せば、翔一は昔から不思議とこの位置ばかりをキープしている気がする。これも霧子っぽく言えば運命って奴なのだろうか。
そう、彼の席は最後尾なのだ。その後ろに誰かの席なんてあるはずがない。あってはならないはずなのだ。
しかし――――どういうわけか、今朝は違った。
「どういうことだ……?」
ガラリと教室の後ろ側の引き戸を開けて入った翔一の眼に飛び込んできたのは、自分の席のひとつ後ろにある謎の空席。見慣れないもう一人分の席が、何の前触れもなく翔一の席のひとつ後ろに増えていたのだ。
ひょっとして、教師の誰かしらがこの教室で何らかの作業をして、そのまま置き忘れているとかなのだろうか。
というか、そうとしか思えない。本来存在しないはずの席が、確実にひとつ余る席がある理由なんて、翔一にはそれ以外考えられなかったのだ。
だから翔一は見慣れない席に対し、それを多少は怪訝に思いつつも……しかし対して気にも留めないまま、いつものように席に着いた。今は最後尾ではなくなっている、彼の指定席めいた位置へと。
重々しいスクールバッグを適当に放り、椅子に座った彼はぼうっと、何気なく窓の外に視線をやった。
すると窓の外に見えるのは、やはり青々とした蒼穹だ。雨上がりだからか、開いた窓の隙間から入り込んでくる空気も普段より澄んでいるような気さえしてしまう。
そんな清々しい晴れ模様を遠くに眺めながら、翔一はふと昨日のコトに想いを馳せていた。
考えることは、ただひとつだ。結局昨日の出来事は何だったのかと。アレは結局夢だったのだろうかと。結局、あの少女と黒い戦闘機は何だったのかと…………。
――――一目惚れだった、間違いなく。
それは紛れもない事実だ。初めてあの赤い髪の乙女を目の当たりにした時の衝撃は、胸を雷で打たれたかのような熱い衝撃と高鳴る鼓動は今でも覚えている。今でも同じ気持ちをハッキリと感じられる。自分は、桐山翔一は確かに、あの少女に一目惚れしてしまっていたのだ。
しかし……きっともう、彼女と会うことは二度と無いのだろう。アレが夢だったにせよ、仮に現実だったにせよ。どちらにしても、彼女と再び出逢えることなんて二度とない。あるワケがないのだ。
そう思いながら、同時に翔一はこうも考えていた。いつか、このことも忘れてしまうのだろうと。仕方のないことだけれど……仕方のないコトだと分かっていても、それでも少しの未練と、そして寂しさは残ってしまう。
でも、こんなセンチメンタルな気分も刻が忘れさせてくれるのだ。無慈悲な刻の流れというものは残酷でもあり、同時に優しくもある。心に負った傷を癒やすのには、刻が過ぎるのを待つのが一番なのだということを、彼は……翔一は知りすぎていたが故に。そうであるが故に、それ以上もうあの少女のことを、幻のような体験のことを思い出さないようにしようと、忘れるようにしようとしていた。
「……もう、こんな時間か」
そんな風に翔一が独り物思いに耽っていると、いつの間にか予鈴のチャイムが鳴っていたようで。そして本鈴のチャイムまでもが学院中に鳴り響くと、朝のホームルームの時間が始まった。
教室に入ってきて教壇に立った担任教師が、取り留めのないことをだらだらと喋り続けている。それを翔一が右から左へと聞き流していれば、すると担任教師はひとしきり語り終えた後で、今日は転入生を紹介すると唐突に口走った。
こんな中途半端な時期に転入生とは、珍しいこともあったものだ。
ぼうっと窓の外を眺め続けている翔一が何気なく思っている間にも、担任教師は教室の外、廊下の方に向かって声を掛け、その転入生とやらに入室するように促し。その指示に従い、ガラリと戸を開けて誰かが二年A組の教室に入ってくる。
瞬間――――教室中がざわめくのが分かった。
いや、ざわめきすら起こらないぐらいの衝撃を皆は覚えていたのだ。男女問わず、一様に息を呑む気配が翔一の方にまで伝わってくる。
そんな尋常ならざる雰囲気に気圧され、窓の外を眺めていた翔一が何事かと、そんな転入生の方にチラリと横目の視線を向けると――――。
「……!?」
「――――アリサ・メイヤード。よろしく」
教壇に立つ転入生の姿を一目見た途端、翔一は自分の顔がひどく強張るのが分かった。
そんな彼の反応も仕方ないといえるだろう。だって、その転入生とやらは彼にとって、桐山翔一にとってあまりに衝撃的で……そして、再びの出逢いを果たしたという現実に、強烈すぎるほどの運命を感じざるを得ないほどの相手だったのだから。
唐突に現れた転入生。それは――――昨日、翔一があの海岸で逢った赤い髪の少女。漆黒の戦闘機を駆っていた、あの少女だった。
(第一章『桐山翔一』了)
その名が示す通り、国が血税を投じて運営している学院だ。とはいえ施設の充実っぷりはそこいらの生半可な私立学園が裸足で逃げ出すぐらいなもので、室内の温水プールやら何やら……と、具体例を挙げ始めればキリがないぐらいに施設面では充実している。オマケに自由な校風で校則も比較的緩めと、普通に三年間を過ごしていく上ではやりやすいことこの上ない環境が整えられているのがこの風守学院だ。
とまあ、こんな具合にあらゆる意味で過ごしやすい環境が整備されている学院だが、強いて面倒な点を挙げるのならばただひとつ。入学して三年間を過ごし、無事に卒業する為には相応の頭が必要であることだ。
この風守学院は天ヶ崎市やその他周辺地域の中でも、それなりにレベルの高い学院として知られている。それだけに生徒の頭にも相応なレベルが求められている、というのがこの学院の特色で、同時に一番面倒な点でもあった。キッチリ勉学をこなせる頭のある奴だけが卒業できる学院、それがこの風守学院なのだ。
「それじゃあ翔一くん、今日もしっかり学業に励みたまえよ」
「程々に、ですね」
「ああそうだよ、程々にだ」
「了解。……それじゃあ霧子さん、また」
職員用の駐車場に停まったセリカから降り、霧子と別れた翔一はそのまま校舎の昇降口へと向かい、いつものように下駄箱で外履きのローファー靴から内履きへと履き替え、階段を昇り自分の教室へと、二年A組の教室へと入っていく。
彼の席は窓際列の最後尾、そういった学園に焦点を置いた類のエンタメ作品ではありがちな、いわゆる主人公ポジションの席だ。思い返せば、翔一は昔から不思議とこの位置ばかりをキープしている気がする。これも霧子っぽく言えば運命って奴なのだろうか。
そう、彼の席は最後尾なのだ。その後ろに誰かの席なんてあるはずがない。あってはならないはずなのだ。
しかし――――どういうわけか、今朝は違った。
「どういうことだ……?」
ガラリと教室の後ろ側の引き戸を開けて入った翔一の眼に飛び込んできたのは、自分の席のひとつ後ろにある謎の空席。見慣れないもう一人分の席が、何の前触れもなく翔一の席のひとつ後ろに増えていたのだ。
ひょっとして、教師の誰かしらがこの教室で何らかの作業をして、そのまま置き忘れているとかなのだろうか。
というか、そうとしか思えない。本来存在しないはずの席が、確実にひとつ余る席がある理由なんて、翔一にはそれ以外考えられなかったのだ。
だから翔一は見慣れない席に対し、それを多少は怪訝に思いつつも……しかし対して気にも留めないまま、いつものように席に着いた。今は最後尾ではなくなっている、彼の指定席めいた位置へと。
重々しいスクールバッグを適当に放り、椅子に座った彼はぼうっと、何気なく窓の外に視線をやった。
すると窓の外に見えるのは、やはり青々とした蒼穹だ。雨上がりだからか、開いた窓の隙間から入り込んでくる空気も普段より澄んでいるような気さえしてしまう。
そんな清々しい晴れ模様を遠くに眺めながら、翔一はふと昨日のコトに想いを馳せていた。
考えることは、ただひとつだ。結局昨日の出来事は何だったのかと。アレは結局夢だったのだろうかと。結局、あの少女と黒い戦闘機は何だったのかと…………。
――――一目惚れだった、間違いなく。
それは紛れもない事実だ。初めてあの赤い髪の乙女を目の当たりにした時の衝撃は、胸を雷で打たれたかのような熱い衝撃と高鳴る鼓動は今でも覚えている。今でも同じ気持ちをハッキリと感じられる。自分は、桐山翔一は確かに、あの少女に一目惚れしてしまっていたのだ。
しかし……きっともう、彼女と会うことは二度と無いのだろう。アレが夢だったにせよ、仮に現実だったにせよ。どちらにしても、彼女と再び出逢えることなんて二度とない。あるワケがないのだ。
そう思いながら、同時に翔一はこうも考えていた。いつか、このことも忘れてしまうのだろうと。仕方のないことだけれど……仕方のないコトだと分かっていても、それでも少しの未練と、そして寂しさは残ってしまう。
でも、こんなセンチメンタルな気分も刻が忘れさせてくれるのだ。無慈悲な刻の流れというものは残酷でもあり、同時に優しくもある。心に負った傷を癒やすのには、刻が過ぎるのを待つのが一番なのだということを、彼は……翔一は知りすぎていたが故に。そうであるが故に、それ以上もうあの少女のことを、幻のような体験のことを思い出さないようにしようと、忘れるようにしようとしていた。
「……もう、こんな時間か」
そんな風に翔一が独り物思いに耽っていると、いつの間にか予鈴のチャイムが鳴っていたようで。そして本鈴のチャイムまでもが学院中に鳴り響くと、朝のホームルームの時間が始まった。
教室に入ってきて教壇に立った担任教師が、取り留めのないことをだらだらと喋り続けている。それを翔一が右から左へと聞き流していれば、すると担任教師はひとしきり語り終えた後で、今日は転入生を紹介すると唐突に口走った。
こんな中途半端な時期に転入生とは、珍しいこともあったものだ。
ぼうっと窓の外を眺め続けている翔一が何気なく思っている間にも、担任教師は教室の外、廊下の方に向かって声を掛け、その転入生とやらに入室するように促し。その指示に従い、ガラリと戸を開けて誰かが二年A組の教室に入ってくる。
瞬間――――教室中がざわめくのが分かった。
いや、ざわめきすら起こらないぐらいの衝撃を皆は覚えていたのだ。男女問わず、一様に息を呑む気配が翔一の方にまで伝わってくる。
そんな尋常ならざる雰囲気に気圧され、窓の外を眺めていた翔一が何事かと、そんな転入生の方にチラリと横目の視線を向けると――――。
「……!?」
「――――アリサ・メイヤード。よろしく」
教壇に立つ転入生の姿を一目見た途端、翔一は自分の顔がひどく強張るのが分かった。
そんな彼の反応も仕方ないといえるだろう。だって、その転入生とやらは彼にとって、桐山翔一にとってあまりに衝撃的で……そして、再びの出逢いを果たしたという現実に、強烈すぎるほどの運命を感じざるを得ないほどの相手だったのだから。
唐突に現れた転入生。それは――――昨日、翔一があの海岸で逢った赤い髪の少女。漆黒の戦闘機を駆っていた、あの少女だった。
(第一章『桐山翔一』了)
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