385 / 430
第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』
Int.70:黒の衝撃/漆黒の生誕祭《バースデイ》①
しおりを挟む
「……はぁ? アイツの誕生日会だって?」
ほぼ日課と化している仮想空間上での訓練を終えた一真がシミュレータ装置から這い出してきた直後に、近寄ってきた愛美にそんな素っ頓狂なことに誘われたのは、あれから少しだけ刻の流れた、九月も初め頃のことだった。
「うんっ!」
と、呆れ顔のような困り顔のような。そんな微妙な表情を浮かべるパイロット・スーツ姿の一真の前で元気いっぱいに愛美が頷く。相変わらず202特機の部隊章が縫い込まれたフライト・ジャケットを羽織る格好の愛美の、アイスブルーをした透き通る髪が彼女の仕草に合わせてふわっと柔らかく揺れた。
「十三日がね、雅人のお誕生日なの。だから、折角だしお祝いしてあげたいなって。……カズマくん、どうかな?」
「へえ、壬生谷大尉のお祝いか。……良いんじゃないかな、カズマ?」
首を傾げ可愛らしい仕草で愛美が一真に訊けば、困惑した一真の横にいつの間にか現れていたエマがそう、同意するみたいなことを言う。
「あ、お疲れ様カズマっ。はい、これっ」
とすれば、次の瞬間なれば思い出したように、エマは携えていたタオルとペットボトルを一真の方へと笑顔で差し出してきた。いつもの訓練後の差し入れみたいだ。
「お、おう。毎回悪いな、気使わせちまってさ」
それを一真は有り難く受け取り、洗剤の匂いの真新しいタオルで顔や首の汗を拭えば、カチッと開けたペットボトルを一気に煽る。ギンギンに冷えたミネラル・ウォーターが熱々に火照った身体を冷やし、すぅっと癒やしてくれる。
「ふぅ……。でも、アイツの誕生祝いか……」
「駄目かな、カズマくん?」
「駄目ってワケじゃない」と、不安げな顔の愛美に一真が言い返す。
「でも、なんで今になってって。ちょっと気になってさ」
続けて一真が問いかけるように言うと、愛美は「あー……」と合点がいったような顔になり。そうすれば「うんとね」と前置きの言葉を置いてから、紡ぐ言葉を選ぶようにゆっくりと唇を動かし、その件についての説明を始めた。
「……色々、忙しくって。士官学校を出てからは、雅人のお誕生日をお祝いしてあげる機会、殆ど無かったんだ。
ほら、しかも私たちって、曲がりなりにも特殊部隊なワケじゃない? 当然スペシャルな部隊のお仕事って結構忙しいワケで、まして中隊長の雅人なんてかなりのものなの。冬場の休眠期ならまだしも、九月のこの時期って出撃も多かったし、尚更って感じ」
言われてみればその通りだ。愛美の言葉に納得し、一真は独りでうんうんと頷く。その隣でエマも一緒になって同じような仕草を見せている辺り、彼女も同じく合点がいっているのか。
第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫。近頃は彼女らの存在が当たり前すぎてなんだか忘れがちなことだが、雅人や愛美の所属する部隊は歴とした特殊部隊、しかも中央直轄の精鋭中の精鋭なのだ。そんな彼女らが多忙なのも当然なことで、まして年間でも一番忙しいこの時期ともなれば、わざわざ一人の誕生日を祝っている余裕も無いだろう。
「でも、西條教官に呼ばれてカズマくんたちに合流して。それでまた、この士官学校にも戻って来られて。変な話だけれど、最近はびっくりするぐらいに平和なんだ。忙しい仕事も無くて、徹夜続きの出撃も何も無くて。
……本当に変な喩え方だけれど、まるで昔に戻ったみたい。雅人と省吾と、この士官学校に通っていた頃に戻ったみたいに、今の私たちは平和なんだ。不思議なぐらいに」
そう言う愛美の声色は、心の底からの感謝すら垣間見えるような色をしていた。不意に訪れた不思議なぐらいの平穏に対しての、彼女が心の底から思う、純粋なまでの感謝の色を。
「だからね、こういう時にお祝いしておいてあげたいんだ。次はいつお祝いしてあげられる暇があるのかも分からないし、そもそも次があるのかも分からないから……」
続けて愛美に言われ、一真とエマはそれぞれ互いに示し合うこともなく、ただ何気なく互いをチラリと横目で見合った。言葉を介さぬまま、ただ視線だけで相談し合うみたいにして二人が横目同士に見合っていると、愛美が「……どうかな、駄目かな?」と再三の確認を問うてくる。
「僕は大丈夫だよ、寧ろやってあげたいって感じ。カズマもさ、どう?」
「……ま、構わねえぜ。色々とあったが、何だかんだアイツには世話になっちまってる節もあるしよ」
エマはにこやかに、一真の方は後頭部をボリボリと掻きながら、少しだけ顔の向きを逸らしつつ。こんな具合に態度こそ正反対だが、二人とも何だかんだで愛美の誘いに乗っかることにした。
とすれば、愛美は「やったぁ♪」とあからさまに、無邪気に。それこそその場でぴょんっと飛び上がらんぐらいの勢いで喜ぶ。肩甲骨まであるアイスブルーの襟足がふわっと跳ねると、シャンプーの匂いが仄かに混じった愛美の髪の匂いの残り香が、それこそこっちにまで漂ってきそうだった。
「……へえ。貴女、面白いこと考えてるのね」
なんてタイミングで現れたのは、クレアだ。今日もまた、一真は彼女にシミュレータ訓練を付き合って貰っていた。雅人が何か言い含めておいてくれたのか、最近は口先でこそ皮肉っぽく一真に当たれど、訓練の方には顔色ひとつ変えず付き合ってくれている。
そんな彼女が、シミュレータ装置から降りてきて三人の前に歩み寄ってきた。格好は当然のように一真と同じ85式パイロット・スーツだが、やはり彼女の物も漆黒を基調に真っ赤なラインの入った、≪ライトニング・ブレイズ≫仕様のカラーリングだ。短く切り揃えた白銀の髪をふらふらと揺らしながら近寄ってくる彼女の表情は相変わらず冷え切ったもので、珠のように白い肌にも、一真とは対照的に汗一つ掻いていない。
「あ、クレアちゃん!」
「話は概ね聞かせて貰ったわ。……雅人の、誕生日を祝ってあげるんですってね」
「うんっ!」
愛美が元気いっぱいに頷くと、クレアは「面白そうね」と言い、氷のような無表情の上でほんの僅かだが、珍しく笑みのような色を見せた。
「乗ったわ。愛美、良ければ私にもその話、一枚噛ませては貰えないかしら」
そうすれば、次にクレアの口から飛び出してきた言葉は、一真とエマの二人にはあまりにも予想外な、そんな意外すぎる一言だった。
「えへへ、勿論オッケーだよっ! 省吾の方にはもう話は通してあるし、後は他の子たちを誘うだけだね……」
だが、愛美はそれを特に意外に受け取っていないらしく、受け答えは極々当たり前のような風だった。
「……意外だね」
愛美とクレアのやり取りを傍で眺めながら、エマが彼女らに聞こえない程度の小声で一真に囁きかけてくる。一真もそれに「な、意外だ」と同意を返した。
「もう少し、冷たいヒトかと思ってたけれど。……本音は、違うのかな?」
「さあな、ホントのところは分からないさ」
「でも、思ってたよりも優しいヒトなのかもね、神崎中尉も」
本当に、クレアの態度は意外だった。普段からあんなつんけんとした刺々しい態度の彼女だから、てっきりこのテの話題にも乗っからないものだとばかり思っていたのに。もっと近寄りがたく、鋼鉄みたいな感じの雰囲気を二人とも感じていたのだが、どうやらクレア自身の心根は、そこまで冷たくもないらしい。
今までのイメージが少しだけ変わるぐらいに、意外なことだ。意外なことだが、しかし一真もエマも、二人とも悪い気はしていない。寧ろ、少しだけ気持ちが暖かくなったような気がするぐらいだ。神崎クレアの意外な、しかしその本心を垣間見させる部分に触れて、二人は何処かクレアに対しての認識を徐々にだが改め始めていた。
「じゃあ、そんな感じだねっ。カズマくんにエマちゃんも、詳しい話が纏まったらまた話すから、それまでは雅人にバレないようにお願いねっ!」
その後で愛美は数言をクレアと交わした後、最後にそう言うとくるりと踵を返し、「じゃーねー」なんて後ろ手に振りながら、笑顔でこのシミュレータ・ルームからバタバタと駆け足で出て行く。
「……カズマ、とか言ったかしら、貴方」
そんな愛美を二人並んで見送っていると、今度はクレアに話しかけられる。
「前にも言ったと思うけれど、貴方の筋自体は悪くないわ。
……けれど、肝心なところで詰めが甘い。周囲に対する警戒も、脅威の認識もまだまだ甘いわ。頭の後ろに眼が付けられるよう、精々精進なさい」
クレアはひとしきり、そんな……恐らくは助言のようなことを矢継ぎ早に捲し立てれば、一真の返す言葉を待たずして、そのままくるりと踵を返しシミュレータ・ルームを出て行ってしまう。ぽかんとした一真がハッとして「あー……」と遠ざかっていく彼女の背中を呼び止めようとしたが、クレアは意にも返さぬまま、止まらぬままに一真の前から消えてしまう。
「お誕生日、か……」
取り残された一真が微妙な顔で立ち止まる傍らで、エマがポツリとひとりごちる。
「そういえば、エマの誕生日っていつなんだ?」
それを聞きつけた一真が振り向きながら訊くと、エマは「えへへ、聞きたい?」と、首を傾げ何処か悪戯っぽい笑みで訊き返してくる。
「そりゃあ、知ってはおきたいさ」
一真が微妙に照れくさそうに頷けば、「しょうがないなあ、じゃあ特別だよ?」と、尚も冗談めかして微笑みながら言い、そして続けた。
「……六月の、二二日だよ」
「あー、今年はもう終わっちまってるのか……」
「そうだね」と、エマ。「丁度、武闘大会の決勝戦ぐらいの頃かな?」
「しまったな、知らなかったこととはいえ……」
「気にしなくて良いよ、過ぎたことだからね」
「……来年は」
「ん?」
エマが訊き返すと、一真はニッと微かに口元を綻ばせて言う。
「来年は、キッチリ覚えておくよ」
「……そっか♪」
そんな一真の言葉に、エマは満足げに、頬に僅かな朱色を差して、何処か照れくさそうに笑うと。パイロット・スーツのグローブに包まれた一真の手を取り「じゃあ、僕らも戻ろっか」とその手を引いて歩き始めた。
(来年、か)
エマに手を引かれ歩きながら、しかし一真は内心でまるで別のことに思いを巡らせていた。遠く、遙か彼方とも思える次の年、その瞬間のことに。
(その為にも、俺は生きなきゃならない。俺は、強くなきゃならない。誰よりも、何よりも……)
その先で何を手に入れ、何を見るか。そんなことは――――その時になってから、考えれば良い。
ほぼ日課と化している仮想空間上での訓練を終えた一真がシミュレータ装置から這い出してきた直後に、近寄ってきた愛美にそんな素っ頓狂なことに誘われたのは、あれから少しだけ刻の流れた、九月も初め頃のことだった。
「うんっ!」
と、呆れ顔のような困り顔のような。そんな微妙な表情を浮かべるパイロット・スーツ姿の一真の前で元気いっぱいに愛美が頷く。相変わらず202特機の部隊章が縫い込まれたフライト・ジャケットを羽織る格好の愛美の、アイスブルーをした透き通る髪が彼女の仕草に合わせてふわっと柔らかく揺れた。
「十三日がね、雅人のお誕生日なの。だから、折角だしお祝いしてあげたいなって。……カズマくん、どうかな?」
「へえ、壬生谷大尉のお祝いか。……良いんじゃないかな、カズマ?」
首を傾げ可愛らしい仕草で愛美が一真に訊けば、困惑した一真の横にいつの間にか現れていたエマがそう、同意するみたいなことを言う。
「あ、お疲れ様カズマっ。はい、これっ」
とすれば、次の瞬間なれば思い出したように、エマは携えていたタオルとペットボトルを一真の方へと笑顔で差し出してきた。いつもの訓練後の差し入れみたいだ。
「お、おう。毎回悪いな、気使わせちまってさ」
それを一真は有り難く受け取り、洗剤の匂いの真新しいタオルで顔や首の汗を拭えば、カチッと開けたペットボトルを一気に煽る。ギンギンに冷えたミネラル・ウォーターが熱々に火照った身体を冷やし、すぅっと癒やしてくれる。
「ふぅ……。でも、アイツの誕生祝いか……」
「駄目かな、カズマくん?」
「駄目ってワケじゃない」と、不安げな顔の愛美に一真が言い返す。
「でも、なんで今になってって。ちょっと気になってさ」
続けて一真が問いかけるように言うと、愛美は「あー……」と合点がいったような顔になり。そうすれば「うんとね」と前置きの言葉を置いてから、紡ぐ言葉を選ぶようにゆっくりと唇を動かし、その件についての説明を始めた。
「……色々、忙しくって。士官学校を出てからは、雅人のお誕生日をお祝いしてあげる機会、殆ど無かったんだ。
ほら、しかも私たちって、曲がりなりにも特殊部隊なワケじゃない? 当然スペシャルな部隊のお仕事って結構忙しいワケで、まして中隊長の雅人なんてかなりのものなの。冬場の休眠期ならまだしも、九月のこの時期って出撃も多かったし、尚更って感じ」
言われてみればその通りだ。愛美の言葉に納得し、一真は独りでうんうんと頷く。その隣でエマも一緒になって同じような仕草を見せている辺り、彼女も同じく合点がいっているのか。
第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫。近頃は彼女らの存在が当たり前すぎてなんだか忘れがちなことだが、雅人や愛美の所属する部隊は歴とした特殊部隊、しかも中央直轄の精鋭中の精鋭なのだ。そんな彼女らが多忙なのも当然なことで、まして年間でも一番忙しいこの時期ともなれば、わざわざ一人の誕生日を祝っている余裕も無いだろう。
「でも、西條教官に呼ばれてカズマくんたちに合流して。それでまた、この士官学校にも戻って来られて。変な話だけれど、最近はびっくりするぐらいに平和なんだ。忙しい仕事も無くて、徹夜続きの出撃も何も無くて。
……本当に変な喩え方だけれど、まるで昔に戻ったみたい。雅人と省吾と、この士官学校に通っていた頃に戻ったみたいに、今の私たちは平和なんだ。不思議なぐらいに」
そう言う愛美の声色は、心の底からの感謝すら垣間見えるような色をしていた。不意に訪れた不思議なぐらいの平穏に対しての、彼女が心の底から思う、純粋なまでの感謝の色を。
「だからね、こういう時にお祝いしておいてあげたいんだ。次はいつお祝いしてあげられる暇があるのかも分からないし、そもそも次があるのかも分からないから……」
続けて愛美に言われ、一真とエマはそれぞれ互いに示し合うこともなく、ただ何気なく互いをチラリと横目で見合った。言葉を介さぬまま、ただ視線だけで相談し合うみたいにして二人が横目同士に見合っていると、愛美が「……どうかな、駄目かな?」と再三の確認を問うてくる。
「僕は大丈夫だよ、寧ろやってあげたいって感じ。カズマもさ、どう?」
「……ま、構わねえぜ。色々とあったが、何だかんだアイツには世話になっちまってる節もあるしよ」
エマはにこやかに、一真の方は後頭部をボリボリと掻きながら、少しだけ顔の向きを逸らしつつ。こんな具合に態度こそ正反対だが、二人とも何だかんだで愛美の誘いに乗っかることにした。
とすれば、愛美は「やったぁ♪」とあからさまに、無邪気に。それこそその場でぴょんっと飛び上がらんぐらいの勢いで喜ぶ。肩甲骨まであるアイスブルーの襟足がふわっと跳ねると、シャンプーの匂いが仄かに混じった愛美の髪の匂いの残り香が、それこそこっちにまで漂ってきそうだった。
「……へえ。貴女、面白いこと考えてるのね」
なんてタイミングで現れたのは、クレアだ。今日もまた、一真は彼女にシミュレータ訓練を付き合って貰っていた。雅人が何か言い含めておいてくれたのか、最近は口先でこそ皮肉っぽく一真に当たれど、訓練の方には顔色ひとつ変えず付き合ってくれている。
そんな彼女が、シミュレータ装置から降りてきて三人の前に歩み寄ってきた。格好は当然のように一真と同じ85式パイロット・スーツだが、やはり彼女の物も漆黒を基調に真っ赤なラインの入った、≪ライトニング・ブレイズ≫仕様のカラーリングだ。短く切り揃えた白銀の髪をふらふらと揺らしながら近寄ってくる彼女の表情は相変わらず冷え切ったもので、珠のように白い肌にも、一真とは対照的に汗一つ掻いていない。
「あ、クレアちゃん!」
「話は概ね聞かせて貰ったわ。……雅人の、誕生日を祝ってあげるんですってね」
「うんっ!」
愛美が元気いっぱいに頷くと、クレアは「面白そうね」と言い、氷のような無表情の上でほんの僅かだが、珍しく笑みのような色を見せた。
「乗ったわ。愛美、良ければ私にもその話、一枚噛ませては貰えないかしら」
そうすれば、次にクレアの口から飛び出してきた言葉は、一真とエマの二人にはあまりにも予想外な、そんな意外すぎる一言だった。
「えへへ、勿論オッケーだよっ! 省吾の方にはもう話は通してあるし、後は他の子たちを誘うだけだね……」
だが、愛美はそれを特に意外に受け取っていないらしく、受け答えは極々当たり前のような風だった。
「……意外だね」
愛美とクレアのやり取りを傍で眺めながら、エマが彼女らに聞こえない程度の小声で一真に囁きかけてくる。一真もそれに「な、意外だ」と同意を返した。
「もう少し、冷たいヒトかと思ってたけれど。……本音は、違うのかな?」
「さあな、ホントのところは分からないさ」
「でも、思ってたよりも優しいヒトなのかもね、神崎中尉も」
本当に、クレアの態度は意外だった。普段からあんなつんけんとした刺々しい態度の彼女だから、てっきりこのテの話題にも乗っからないものだとばかり思っていたのに。もっと近寄りがたく、鋼鉄みたいな感じの雰囲気を二人とも感じていたのだが、どうやらクレア自身の心根は、そこまで冷たくもないらしい。
今までのイメージが少しだけ変わるぐらいに、意外なことだ。意外なことだが、しかし一真もエマも、二人とも悪い気はしていない。寧ろ、少しだけ気持ちが暖かくなったような気がするぐらいだ。神崎クレアの意外な、しかしその本心を垣間見させる部分に触れて、二人は何処かクレアに対しての認識を徐々にだが改め始めていた。
「じゃあ、そんな感じだねっ。カズマくんにエマちゃんも、詳しい話が纏まったらまた話すから、それまでは雅人にバレないようにお願いねっ!」
その後で愛美は数言をクレアと交わした後、最後にそう言うとくるりと踵を返し、「じゃーねー」なんて後ろ手に振りながら、笑顔でこのシミュレータ・ルームからバタバタと駆け足で出て行く。
「……カズマ、とか言ったかしら、貴方」
そんな愛美を二人並んで見送っていると、今度はクレアに話しかけられる。
「前にも言ったと思うけれど、貴方の筋自体は悪くないわ。
……けれど、肝心なところで詰めが甘い。周囲に対する警戒も、脅威の認識もまだまだ甘いわ。頭の後ろに眼が付けられるよう、精々精進なさい」
クレアはひとしきり、そんな……恐らくは助言のようなことを矢継ぎ早に捲し立てれば、一真の返す言葉を待たずして、そのままくるりと踵を返しシミュレータ・ルームを出て行ってしまう。ぽかんとした一真がハッとして「あー……」と遠ざかっていく彼女の背中を呼び止めようとしたが、クレアは意にも返さぬまま、止まらぬままに一真の前から消えてしまう。
「お誕生日、か……」
取り残された一真が微妙な顔で立ち止まる傍らで、エマがポツリとひとりごちる。
「そういえば、エマの誕生日っていつなんだ?」
それを聞きつけた一真が振り向きながら訊くと、エマは「えへへ、聞きたい?」と、首を傾げ何処か悪戯っぽい笑みで訊き返してくる。
「そりゃあ、知ってはおきたいさ」
一真が微妙に照れくさそうに頷けば、「しょうがないなあ、じゃあ特別だよ?」と、尚も冗談めかして微笑みながら言い、そして続けた。
「……六月の、二二日だよ」
「あー、今年はもう終わっちまってるのか……」
「そうだね」と、エマ。「丁度、武闘大会の決勝戦ぐらいの頃かな?」
「しまったな、知らなかったこととはいえ……」
「気にしなくて良いよ、過ぎたことだからね」
「……来年は」
「ん?」
エマが訊き返すと、一真はニッと微かに口元を綻ばせて言う。
「来年は、キッチリ覚えておくよ」
「……そっか♪」
そんな一真の言葉に、エマは満足げに、頬に僅かな朱色を差して、何処か照れくさそうに笑うと。パイロット・スーツのグローブに包まれた一真の手を取り「じゃあ、僕らも戻ろっか」とその手を引いて歩き始めた。
(来年、か)
エマに手を引かれ歩きながら、しかし一真は内心でまるで別のことに思いを巡らせていた。遠く、遙か彼方とも思える次の年、その瞬間のことに。
(その為にも、俺は生きなきゃならない。俺は、強くなきゃならない。誰よりも、何よりも……)
その先で何を手に入れ、何を見るか。そんなことは――――その時になってから、考えれば良い。
0
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~
ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。
対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。
これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。
防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。
損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。
派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。
其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。
海上自衛隊版、出しました
→https://ncode.syosetu.com/n3744fn/
※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。
「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。
→https://ncode.syosetu.com/n3570fj/
「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。
→https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります
まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。
そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。
選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。
あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。
鈴木のハーレム生活が始まる!
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください
軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~
takahiro
キャラ文芸
『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。
しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。
登場する艦艇はなんと57隻!(2024/12/18時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。
――――――――――
●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。
●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。
●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。
●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。
毎日一話投稿します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる