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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.31:駆け抜ける閃光、進化する剣②

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「まず、マーク・アルファについて二人が指摘してくれた問題だけれど、舞依ちゃんを通じて技研の方に送ってくれたワケなのよ」
「マーク・アルファ?」クリスが話し始めた途端、首を傾げた一真が口を挟んだ。「話の腰を折るようで悪いけどよ、何だそれ?」
「あー……っと、それはね」
 彼らに話して良いものか戸惑い、クリスが一瞬だけ西條の方に目配せをした。すると西條はコクリと頷き、「プロジェクト・スティグマだ」と疑問符を浮かべる一真に対し、クリスの代わりに説明をしてやる。
「なんスか、それ」
 そうすれば、聞き慣れない言葉に一真がまたも頭の上に疑問符を浮かべた。西條は「ああ」と言ってからエマの方へと視線を向け、そしてアイオライトの瞳で向き直る彼女と視線を交わしつつ、告げる。
「……エマ、これは特に君を信頼してのことだ。此処で聞いたことは、一切他言無用で頼む」
「分かりました」と、エマ。「大丈夫です、仮にも僕だってA-311小隊の一人なんですから」
「助かるよ、本当に」
 ニコッと微かに微笑むエマの反応で小さく胸を撫で下ろしつつ、それから西條は一真の方へ向き直り、コトの核心を話し始めた。
「"プロジェクト・スティグマ"。嘗て水面下で推し進めていて、そして凍結された次世代型TAMSの開発計画だ」
「次世代……開発計画?」
「ああ」頷く西條。「技研の方で進めていた計画なんだが、楽園エデン派の横やりで凍結の憂き目に遭った計画だ」
「その計画で造られたのが、"マーク・アルファ"?」
「そうだ。プロジェクト・スティグマの試作一号機マーク・アルファ、それこそがJS-17F≪閃電≫・タイプFというワケだ」
 それから、"プロジェクト・スティグマ"という極秘計画のこと、JS-17Fという機体の真実を、西條は簡潔に説明してくれた。
 ――――"プロジェクト・スティグマ"。四年ほど前より、綾崎重工の協力を得て国防軍・技術研究本部が主導し開始された、次世代TAMS開発計画。及びそれにより開発・建造された試作機群を指す言葉だ。計画で造り出された機体の性能は、それまでの国産機と別次元の域にあり。その為に開発コードをアルファから始まるギリシャ文字に定められている。
 この計画は、協力企業である綾崎重工の主力製品にして国防軍の現主力機・JS-17≪閃電≫のエース・カスタマイズ・プログラムより始まった。その末に生み出された機体こそが一真と瀬那に預けられた少数生産機・JS-17F≪閃電≫・タイプFであり、そして便宜的にマーク・アルファと呼ばれる機体なのだ。
 本来ならばタイプFも航続するプロジェクトの試作機のように、型式番号にαのギリシャ文字が割り振られて然るべきなのだが、極秘計画であるプロジェクトを隠匿する意図でαの文字は記されておらず、あくまでJS-17のエース・カスタムというていに留まっている。なので、機体を預けられた本人である一真と瀬那が"マーク・アルファ"と言われてピンとこないのも無理ないというワケだ。
「でも、その計画はもう凍結されたんスよね?」
 此処までの西條の話を聞き終えた一真がそう訊くと、西條は「ああ」と頷く。
「だが、再開された」
「そんなこんなで、技研もカズマちゃんたちの要望を聞き入れて。だからこそアタシたちが、マーク・アルファの改修パーツ一式を持ってきたってワケよぉ♪」
 続けるクリスの、相も変わらぬそんなオカマ口調に一真たち一同は辟易しつつも、しかし各々の頭の中では一応の納得を得ていた。
「ちなみにクリスだが、こんなのでも"プロジェクト・スティグマ"にはかなり深くまで関わってる。タイプF二機の改修に関しては、心配は無用だ」
「そそ、そういうこと。舞依ちゃんの言う通りよ。カズマちゃんと瀬那ちゃんの大事な相棒ちゃんは、このクリス様がしっかり責任持って面倒見ちゃうからぁ。だから、安心して?」
「して、クリス殿よ。本題の改修プランとやらは、如何様いかようなものなのだ?」
 クリスが自信満々に頷いた後で、瀬那が腕組みをした格好でクリスに訊く。そうするとクリスは「あー、そうそう、そうだったわねぇ」と今更思い出したみたいにハッとすると、手元のクリップボードに眼をやり。それから本題である二人のタイプFの改修プランがどういうものかを説明し始めた。
「えーと、JS-17F改……これよね。カズマちゃんの試作一号機、型式番号JS-17F-01。それと瀬那ちゃんの試作二号機、型式番号JS-17F-02。この二機に、アタシたち≪ライトニング・ブレイズ≫が技研から預かってきた改修パーツ一式をそれぞれ組み込むのよ」
 といっても、あくまで突貫工事。まだ開発途中で持ってこられなかったパーツは幾つかあるから、完全な形の改修はしてあげられないのよね――――。
 クリスは至極残念そうに肩を落としながらそう言葉を続け、更に説明を続けていく。
「まず二人の機体に共通してやることだけれど、まずは機体制御OSのアップグレードと、高出力で低電力仕様な試作品の人工筋肉パッケージを組み込むの。それと武器だけれど、右腕の甲に試製18式アーム・ブレード、それと左腕に試製18式のアーム・グレネイドを取り付けるわね。それと頭には7.62mm口径の旋回機銃を着けるのよ」
「へえ、固定武装ってことか」
 一真が感心したように言うと、隣でエマが「へえ、便利そうだね」と相槌を打つ。
 ――――通常、TAMSという兵器に機体固定の武装は存在しない。
 それが、少なくとも今日までの世界的な常識だった。TAMSはたかが身長8mの人型兵器だ。サーボモーターや人工筋肉パッケージ、それに姿勢制御スラスタなどやその配管がある関係で、余剰スペースは決して多くない。そこに更に強固な装甲を積み込めば、武器を搭載する余地など存在しないのだ。
 故に、昨晩の戦闘で壬生谷雅人のJS-16G≪飛焔≫が見せたような仕込み腕――アーム・ガトリングのようなものはかなり特異な存在なのだ。故に相対していたマスター・エイジも虚を突かれたということなのだが、機体固定兵装とはそれほどまでに珍しい存在なのだ。
「でも、7.62mmか……。それだと威力不足すぎやしないかな、クリスさん?」
 クリスを見上げながらでエマが問いかける。クリスは「まあ、エマちゃんのご指摘も尤もよねぇ」と頷いた後で、
「目的はね、小型種の相手なのよ」
「小型種?」
「そう、ソルジャー種とかの小型種よ。中型でもグラップルぐらいなら、至近距離に限っては目眩まし程度にはなると思うけれどね。頭部旋回機銃の主な目的は対歩兵用途と、小型種の掃討にあるのよ」
 ふふーんと鼻を鳴らしながらでクリスが言えば、エマは「ああ、そういうことなんだね」と腑に落ちた顔をする。
「エマ、どういうことなんだ?」
 あまり意味の分かっていない一真が訊くと、エマは「えーとね」と一呼吸を置いてから彼へ簡潔に説明をした。
「カズマは経験無いだろうけど、狭い市街戦だとよくTAMSの足元にソルジャーとかが群がってきて、面倒なんだ。でも足元を20mmで吹っ飛ばすのも威力過剰すぎるし、今まではコンバット・ナイフで何とかするしか無かったんだけれど……」
「その時に、頭の機銃が役に立つってことか」
「そうそう、そういうこと。僕もあればいいなあって思ってはいたんだ」
 エマ曰く、そういうことらしい。そんな経験の無い一真にはあまり実感が無いことではあったが、しかし役に立つだろうことは何となく感じていた。
「えーと、後は背中に後付けプロペラント・タンク装着用の、燃料系ハードポイントを増設することかしらね」
「プロペラント・タンク……?」話を続けるクリスの言葉に引っ掛かり、腕組みをする瀬那が問うた。「如何様いかようなものなのだ、それは」
「書いて字のまま、分かりやすく言うと増槽よ。外部燃料タンク、って言い方の方が適切かしらね」
「つまり、"ヴァリアブル・ブラスト"への対策というワケであるか?」
「そういうこと」瀬那の言葉に、クリスが満足げに頷く。
「元々、"ヴァリアブル・ブラスト"自体は舞依ちゃんが現地改造した代物が原型なのよ。こんなこと言ったら悪いけれど、舞依ちゃんはハッキリ言って人間ってレベルじゃないし。そもそも舞依ちゃん以外がマトモに使いこなせるワケないんだから、推進剤切れで困る瀬那ちゃんたちの方が正常なのよ」
「……クリス、ヒトを人外みたいに言わないで貰えないかな?」
「あーら? 舞依ちゃんってば完全に人外じゃないのよ。ねー? "関門海峡の白い死神"さん♪」
 溜息をつく西條を茶化すような口調のクリスに、これ以上返す言葉を持たない西條はただ「……はぁぁぁ」と一等大きな溜息を吐き出す。
「本当なら、低燃費かつ高出力の新型スラスタ・システムを持ってくる予定だったんだけれどね。生憎と、技研の方で開発が難航してるみたいなのよぉ」
「仕方ないよ。増槽が手に入っただけでも有り難い」
「あら、カズマちゃんってば慰めてくれるのぉ?」
 苦笑いをする一真の手をまた握りながら「嬉しいわぁ」なんてクリスは暫くの間ニコニコとした後、「こほん」と咳払いをしてから、今度はまた別の説明を始めた。
「……で、此処からは個別の改装プラン。まずはカズマちゃんの試作一号機からね」
「個別?」一真が訊き返す。「瀬那の方には載せない装備、ってことか?」
「カズマちゃんの戦闘データとか、傾向とかを鑑みてね。色々とアタシたちの方でも考えてみた結果、色々と持ち込んだのよ」
 そう言ってクリスは軽いウィンクを一真に投げてから、手元のクリップボードに挟んだ資料を参照しつつ言葉を紡いでいく。
「まず、突撃戦タイプのカズマちゃんに合わせて、背中のメイン・スラスタを高推力のドッカンスラスタに換装するわ。試製18式ターボ・スラスタ」
「へえ、ソイツはご機嫌そうだ」
「ご機嫌もご機嫌よぉ。かなりドッカンとした出力で扱いはしにくいけれど、舞依ちゃんが太鼓判を押すカズマちゃんなら、十分に扱いきれると思うわよ」
 これは、一真にとっても朗報だった。今以上の突撃速度が得られるのならば、願ったり叶ったりという奴だ。
「……で、一号機には対空種対策として装甲材を強化。それと一緒に、手持ち盾の試製17式防盾を装備。これ用のマウントは、後で腕に増設しておくわぁ」
「盾……クリス、どんなのなんだ?」
「うーんと、ホントに普通の盾よ。装甲板の塊、って言っても良いかしらね。表面には耐レーザー・コーティングが施してあって、アンチエアーやアーチャーαのレーザー攻撃にも多少は耐えられるわよ? それと、裏側には試製17式対艦刀をマウントしてあるの。要は小太刀というか、脇差みたいな感じかしら?」
 そんなものが装備されるのなら、便利なことこの上ない。クリスがクリップボードに挟んでいた盾の図面を見る限り、今まで通り両手で一挺ずつの兵装運用をしても邪魔にならず、問題なさそうな具合だ。取り回しもよく、それでいてレーザー攻撃を耐えられるとあっては、まさに一真におあつらえ向きの装備といえよう。
「後は瀬那ちゃんの試作二号機だけれど。こっちは全体的に、指揮能力と索敵能力、それに支援機能を強化しておいたわよ」
「それも、私の傾向を考慮したが故のことなのであるか?」
 瀬那が問えば、クリスは「ええ♪」とご機嫌に頷き返し、説明を続ける。
「二号機に関しては、まずは頭部ユニットを通信機能と、情報収集能力を強化した改良型のユニットに丸々置き換えるわ。機体各部のセンサーも高感度の物に入れ替えて、後は高度索敵システムの実装ね。これは後衛がミサイルなんか使うときに、レーダーロックを効率的に支援できる優れものよん?」
「ふむ、であれば、私でも白井たちの役にも立てるということか。それは何よりだ」
 うむ、と腕を組みながらの瀬那が、至極満足げな顔で言った。確かにこれならば、彼女におあつらえ向きの機体になるだろう。
「伝えるべきことは、このぐらいかしらね……。改装には今日からおやっさんと取り掛かるわ。でも殆どフル・オーバーホールに近いから、暫く時間は頂戴ね?」
 軽い調子で詫びてくるクリスに、「問題ないさ」「構わぬ」と一真と瀬那が頷き返す。
「君らには、これを伝えておきたかったというワケだ。さてさて――――」
 と、西條が解散を言い掛けた時だった。彼らの背後から、カツンカツンという何者かの足音が近づいてきたのは。
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