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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』
Int.79:ブルー・オン・ブルー/Lone Wolfs②
しおりを挟む『ふむ……』
一瞬の隙を突かれ、白井とボロボロの≪新月≫は≪飛焔≫の前から姿を消し。刀一本だけとなった機体を街の中に仁王立ちさせながら、マスター・エイジは一気に静寂の戻った夜の街の中を見渡していた。
『今のは上手い手でしたよ、アキラ。流石の私でも、アレには対応しきれなかった。良い不意打ちです』
「そりゃあ、どうも……っと!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべながらでオープン回線に呼びかけるマスター・エイジの、しかし意外にも割と近くの所で。雑居ビルの陰で尻餅を突くようにして身を隠していた≪新月≫から、白井もまたオープン回線でその言葉に応じる。
(TAMS相手なら、やっぱAPFSDSの方が効果的なんだろうが……)
≪飛焔≫のセンサー探知を回避する為に、≪新月≫の動力を最小限にまで絞りながら。そうしながら白井はコントロール・パネルの液晶モニタを叩き、狙撃滑腔砲の残ったカートリッジを眺めながら、苦い顔をしていた。
(APFSDSカートリッジが、装填済み含めて残り一つ半。HEAT-MPも一つ……)
パイロット・スーツのグローブに付着した血がモニタにこびり付くのも気にしないまま、白井は指先と共に思考を走らせていく。
――――TAMSの強靱な複合装甲が相手なら、やはり高速徹甲弾のAPFSDS弾がベストだ。これならば、凄まじく俊敏な≪飛焔≫が相手だとして、十分に当てられる自信はある。
しかし、肝心の残弾が心許ない。果たしてこれだけの、カートリッジ一つと半分だけの弾で、あの蒼い≪飛焔≫を屠ることが出来るのか……。
正直言って、自信は無かった。
(自信ないけど……やるしか、ねえよな)
――――やらなければ、まどかも一緒に道連れだ。
そう思えば、白井は自ずと覚悟を決める。覚悟を決めながら、またコントロール・パネルのモニタを叩き。現状の装備を、改めて確認することにした。
とはいえ、武器らしい武器はもう、この81式140mm狙撃滑腔砲しか残っていない。なけなしの近接格闘短刀は撃ち出して使ってしまったし、強いて言うなら拳銃ぐらいだが、あんなものでTAMSの、しかも手練れのマスター・エイジを相手に出来るとは思えない。拳銃一挺あったところで、相手がアレなら気休めにもならない。
「…………」
つまり、この狙撃滑腔砲一本で何とかするしか無いのだ。何とか増援の到着まで耐えきるか、或いは奴を、マスター・エイジを仕留めるしかないのだ。
――――考えろ、頭を使え。捻り出し、絞り出せ。起死回生の打開策を。
とにかく、近寄ったら負けは確実だ。近寄られても、それは同様。こちらには近接装備は残っていないし、それ以前にあのマスター・エイジを相手に、片腕一本でどうにかなるワケがない。
だが裏を返せば、近寄らせなければ勝機はある、ということになる。向こうが対艦刀一本だけな装備なのに対し、こちらには狙撃滑腔砲がある。幾ら砲身を短く切り落としてしまったといえ、威力は折り紙付きだ。戦車砲以上の火力を叩き出すコイツのAFPSDS弾を一撃でも喰らえば、幾らあの≪飛焔≫といえども、ひとたまりもないだろう。
(問題は、野郎のマシーンが弥勒寺たちレベルの機動性ってだけか)
白井は苦い顔を浮かべながら、小さく唇の端を噛む。
――――本当に、それだけが問題だった。
白井の見立てが正しければ、あの≪飛焔≫は一真や瀬那の≪閃電≫・タイプFと同等クラスの機動性に加速力がある。そんなのを相手取るのに、確かにこの型落ちの≪新月≫じゃあ無茶が過ぎるってものだろう。幾ら近代化改修がされているといえ、こちらは所詮、基礎設計が四十年近く前の第一世代機。かたや相手は、≪閃電≫と同世代な最新鋭の特殊作戦機だ。
普通に考えて、マトモに張り合える相手じゃない。それは、白井だってよく分かっている。よく身に染みて、分かっている。
(けどよ、やるしかねえんだ)
だが――――無茶は承知でも、今はやるしかない。今戦えるのは、己しか居ないのだから。
道理を無理で押し通す、一真が好きそうなことだ。
――――あの馬鹿なら、アイツがもし同じ状況だったら、どうするだろうか。
「ふっ……」
わざわざ考えるまでも無いよな、と白井は思い、思わず自嘲めいた笑みを浮かべてしまった。マッチ棒を咥えたままの口角を、ニッと小さく釣り上げながら。
そうだ、考えるまでも無い。アイツならば、迷わず戦う。今の自分のように、迷ったりはしない。
「ある意味、それが良いトコでもあり、欠点でもあるけどよ……」
そんなことをひとりごちながら、白井は操縦桿を握り締める。血の滲むグローブで、操縦桿を紅く汚しながら。
「ま、俺もヒトのこと言えた立場じゃねーか……」
ニッとまた、小さく笑みを浮かべる。そうしながら白井は機体の動力を少しだけ増大させ、索敵用のセンサーをフルに稼働させ始めた。
「――――追い詰められた狼は何をするか、分かったもんじゃねーぜ?」
精々気を付けなよ、色男の狩人さんよ――――。
暗い夜闇に染まる静かな街の中、≪新月≫はその傷付いた身体を厭わず、ただ小さくその鋼の肢体を唸らせた。己が朽ちていくのも、厭わずして。
一瞬の隙を突かれ、白井とボロボロの≪新月≫は≪飛焔≫の前から姿を消し。刀一本だけとなった機体を街の中に仁王立ちさせながら、マスター・エイジは一気に静寂の戻った夜の街の中を見渡していた。
『今のは上手い手でしたよ、アキラ。流石の私でも、アレには対応しきれなかった。良い不意打ちです』
「そりゃあ、どうも……っと!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべながらでオープン回線に呼びかけるマスター・エイジの、しかし意外にも割と近くの所で。雑居ビルの陰で尻餅を突くようにして身を隠していた≪新月≫から、白井もまたオープン回線でその言葉に応じる。
(TAMS相手なら、やっぱAPFSDSの方が効果的なんだろうが……)
≪飛焔≫のセンサー探知を回避する為に、≪新月≫の動力を最小限にまで絞りながら。そうしながら白井はコントロール・パネルの液晶モニタを叩き、狙撃滑腔砲の残ったカートリッジを眺めながら、苦い顔をしていた。
(APFSDSカートリッジが、装填済み含めて残り一つ半。HEAT-MPも一つ……)
パイロット・スーツのグローブに付着した血がモニタにこびり付くのも気にしないまま、白井は指先と共に思考を走らせていく。
――――TAMSの強靱な複合装甲が相手なら、やはり高速徹甲弾のAPFSDS弾がベストだ。これならば、凄まじく俊敏な≪飛焔≫が相手だとして、十分に当てられる自信はある。
しかし、肝心の残弾が心許ない。果たしてこれだけの、カートリッジ一つと半分だけの弾で、あの蒼い≪飛焔≫を屠ることが出来るのか……。
正直言って、自信は無かった。
(自信ないけど……やるしか、ねえよな)
――――やらなければ、まどかも一緒に道連れだ。
そう思えば、白井は自ずと覚悟を決める。覚悟を決めながら、またコントロール・パネルのモニタを叩き。現状の装備を、改めて確認することにした。
とはいえ、武器らしい武器はもう、この81式140mm狙撃滑腔砲しか残っていない。なけなしの近接格闘短刀は撃ち出して使ってしまったし、強いて言うなら拳銃ぐらいだが、あんなものでTAMSの、しかも手練れのマスター・エイジを相手に出来るとは思えない。拳銃一挺あったところで、相手がアレなら気休めにもならない。
「…………」
つまり、この狙撃滑腔砲一本で何とかするしか無いのだ。何とか増援の到着まで耐えきるか、或いは奴を、マスター・エイジを仕留めるしかないのだ。
――――考えろ、頭を使え。捻り出し、絞り出せ。起死回生の打開策を。
とにかく、近寄ったら負けは確実だ。近寄られても、それは同様。こちらには近接装備は残っていないし、それ以前にあのマスター・エイジを相手に、片腕一本でどうにかなるワケがない。
だが裏を返せば、近寄らせなければ勝機はある、ということになる。向こうが対艦刀一本だけな装備なのに対し、こちらには狙撃滑腔砲がある。幾ら砲身を短く切り落としてしまったといえ、威力は折り紙付きだ。戦車砲以上の火力を叩き出すコイツのAFPSDS弾を一撃でも喰らえば、幾らあの≪飛焔≫といえども、ひとたまりもないだろう。
(問題は、野郎のマシーンが弥勒寺たちレベルの機動性ってだけか)
白井は苦い顔を浮かべながら、小さく唇の端を噛む。
――――本当に、それだけが問題だった。
白井の見立てが正しければ、あの≪飛焔≫は一真や瀬那の≪閃電≫・タイプFと同等クラスの機動性に加速力がある。そんなのを相手取るのに、確かにこの型落ちの≪新月≫じゃあ無茶が過ぎるってものだろう。幾ら近代化改修がされているといえ、こちらは所詮、基礎設計が四十年近く前の第一世代機。かたや相手は、≪閃電≫と同世代な最新鋭の特殊作戦機だ。
普通に考えて、マトモに張り合える相手じゃない。それは、白井だってよく分かっている。よく身に染みて、分かっている。
(けどよ、やるしかねえんだ)
だが――――無茶は承知でも、今はやるしかない。今戦えるのは、己しか居ないのだから。
道理を無理で押し通す、一真が好きそうなことだ。
――――あの馬鹿なら、アイツがもし同じ状況だったら、どうするだろうか。
「ふっ……」
わざわざ考えるまでも無いよな、と白井は思い、思わず自嘲めいた笑みを浮かべてしまった。マッチ棒を咥えたままの口角を、ニッと小さく釣り上げながら。
そうだ、考えるまでも無い。アイツならば、迷わず戦う。今の自分のように、迷ったりはしない。
「ある意味、それが良いトコでもあり、欠点でもあるけどよ……」
そんなことをひとりごちながら、白井は操縦桿を握り締める。血の滲むグローブで、操縦桿を紅く汚しながら。
「ま、俺もヒトのこと言えた立場じゃねーか……」
ニッとまた、小さく笑みを浮かべる。そうしながら白井は機体の動力を少しだけ増大させ、索敵用のセンサーをフルに稼働させ始めた。
「――――追い詰められた狼は何をするか、分かったもんじゃねーぜ?」
精々気を付けなよ、色男の狩人さんよ――――。
暗い夜闇に染まる静かな街の中、≪新月≫はその傷付いた身体を厭わず、ただ小さくその鋼の肢体を唸らせた。己が朽ちていくのも、厭わずして。
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