上 下
307 / 430
第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.79:ブルー・オン・ブルー/Lone Wolfs②

しおりを挟む
『ふむ……』
 一瞬の隙を突かれ、白井とボロボロの≪新月≫は≪飛焔≫の前から姿を消し。刀一本だけとなった機体を街の中に仁王立ちさせながら、マスター・エイジは一気に静寂の戻った夜の街の中を見渡していた。
『今のは上手い手でしたよ、アキラ。流石の私でも、アレには対応しきれなかった。良い不意打ちです』
「そりゃあ、どうも……っと!」
 ニコニコと満面の笑みを浮かべながらでオープン回線に呼びかけるマスター・エイジの、しかし意外にも割と近くの所で。雑居ビルの陰で尻餅を突くようにして身を隠していた≪新月≫から、白井もまたオープン回線でその言葉に応じる。
(TAMS相手なら、やっぱAPFSDSの方が効果的なんだろうが……)
 ≪飛焔≫のセンサー探知を回避する為に、≪新月≫の動力を最小限にまで絞りながら。そうしながら白井はコントロール・パネルの液晶モニタを叩き、狙撃滑腔砲の残ったカートリッジを眺めながら、苦い顔をしていた。
(APFSDSカートリッジが、装填済み含めて残り一つ半。HEAT-MPも一つ……)
 パイロット・スーツのグローブに付着した血がモニタにこびり付くのも気にしないまま、白井は指先と共に思考を走らせていく。
 ――――TAMSの強靱な複合装甲が相手なら、やはり高速徹甲弾のAPFSDS弾がベストだ。これならば、凄まじく俊敏な≪飛焔≫が相手だとして、十分に当てられる自信はある。
 しかし、肝心の残弾が心許ない。果たしてこれだけの、カートリッジ一つと半分だけの弾で、あの蒼い≪飛焔≫を屠ることが出来るのか……。
 正直言って、自信は無かった。
(自信ないけど……やるしか、ねえよな)
 ――――やらなければ、まどかも一緒に道連れだ。
 そう思えば、白井は自ずと覚悟を決める。覚悟を決めながら、またコントロール・パネルのモニタを叩き。現状の装備を、改めて確認することにした。
 とはいえ、武器らしい武器はもう、この81式140mm狙撃滑腔砲しか残っていない。なけなしの近接格闘短刀は撃ち出して使ってしまったし、強いて言うなら拳銃ぐらいだが、あんなものでTAMSの、しかも手練れのマスター・エイジを相手に出来るとは思えない。拳銃一挺あったところで、相手がアレなら気休めにもならない。
「…………」
 つまり、この狙撃滑腔砲一本で何とかするしか無いのだ。何とか増援の到着まで耐えきるか、或いは奴を、マスター・エイジを仕留めるしかないのだ。
 ――――考えろ、頭を使え。捻り出し、絞り出せ。起死回生の打開策を。
 とにかく、近寄ったら負けは確実だ。近寄られても、それは同様。こちらには近接装備は残っていないし、それ以前にあのマスター・エイジを相手に、片腕一本でどうにかなるワケがない。
 だが裏を返せば、近寄らせなければ勝機はある、ということになる。向こうが対艦刀一本だけな装備なのに対し、こちらには狙撃滑腔砲がある。幾ら砲身を短く切り落としてしまったといえ、威力は折り紙付きだ。戦車砲以上の火力を叩き出すコイツのAFPSDS弾を一撃でも喰らえば、幾らあの≪飛焔≫といえども、ひとたまりもないだろう。
(問題は、野郎のマシーンが弥勒寺たちレベルの機動性ってだけか)
 白井は苦い顔を浮かべながら、小さく唇の端を噛む。
 ――――本当に、それだけが問題だった。
 白井の見立てが正しければ、あの≪飛焔≫は一真や瀬那の≪閃電≫・タイプFと同等クラスの機動性に加速力がある。そんなのを相手取るのに、確かにこの型落ちの≪新月≫じゃあ無茶が過ぎるってものだろう。幾ら近代化改修がされているといえ、こちらは所詮、基礎設計が四十年近く前の第一世代機。かたや相手は、≪閃電≫と同世代な最新鋭の特殊作戦機だ。
 普通に考えて、マトモに張り合える相手じゃない。それは、白井だってよく分かっている。よく身に染みて、分かっている。
(けどよ、やるしかねえんだ)
 だが――――無茶は承知でも、今はやるしかない。今戦えるのは、己しか居ないのだから。
 道理を無理で押し通す、一真が好きそうなことだ。
 ――――あの馬鹿なら、アイツがもし同じ状況だったら、どうするだろうか。
「ふっ……」
 わざわざ考えるまでも無いよな、と白井は思い、思わず自嘲めいた笑みを浮かべてしまった。マッチ棒を咥えたままの口角を、ニッと小さく釣り上げながら。
 そうだ、考えるまでも無い。アイツならば、迷わず戦う。今の自分のように、迷ったりはしない。
「ある意味、それが良いトコでもあり、欠点でもあるけどよ……」
 そんなことをひとりごちながら、白井は操縦桿を握り締める。血の滲むグローブで、操縦桿を紅く汚しながら。
「ま、俺もヒトのこと言えた立場じゃねーか……」
 ニッとまた、小さく笑みを浮かべる。そうしながら白井は機体の動力を少しだけ増大させ、索敵用のセンサーをフルに稼働させ始めた。
「――――追い詰められた狼は何をするか、分かったもんじゃねーぜ?」
 精々気を付けなよ、色男の狩人ハンターさんよ――――。
 暗い夜闇に染まる静かな街の中、≪新月≫はその傷付いた身体を厭わず、ただ小さくその鋼の肢体を唸らせた。己が朽ちていくのも、厭わずして。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

処理中です...