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第三章『アイランド・クライシス/少年少女たちの一番暑い夏』

Int.05:白と白、男の拳と交錯するは死神の剣か②

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「っ……!」
 絶句する一真の視界の中に立つ、純白の巨人。≪叢雲・改≫は彼の≪閃電≫と一定の間合いまで近づくと、そこで歩くのをやめた。
 仁王立ちする、己の相棒と同じ純白で装甲を染め上げた機影。その機体に一真が戦慄するのも、無理なかった。なにせ、あの≪叢雲・改≫は――――。
「冗談、だろ……? 相手、西條教官かよ――――ッ!?」
 ――――"関門海峡の白い死神"。嘗て伝説のTAMS機動遊撃中隊・VFM-303≪ブレイド・ダンサーズ≫を率いていた彼女、西條舞依・元少佐と共に数多の死線を潜り抜けてきた、その機に相違ないのだから。
『ふははは、驚いたか弥勒寺。そのようだな弥勒寺、ふははは』
 至極おかしそうに笑う西條の声がデータリンク通信から聞こえてくるが、しかし一真は内心で冷や汗を垂らすばかりで、その言葉に反応している余裕すらも無い。余裕など、あるはずも無い。
(幾ら何でも……冗談キツいぜ、コイツは)
 …………ああ、本当に酷い冗談だ。
 相手は、文字通り伝説に名を刻むスーパー・エース。対してこちらといえば、ただ≪閃電≫を与えられただけの単なる訓練生に過ぎない。幾ら一真が先日の武闘大会に優勝しているといえ、西條が相手なんて悪すぎる冗談だ。しかもその武闘大会だって相打ちからの判定勝ちで、一真本人も決してエマに勝ったとは思っていないような、そんな次元なのだ……!
『さあ、見せてみろ弥勒寺。お前の掴んだ成果とやらを! お前の男ってモンを、見せてみろ――――!』
 相変わらずの"SOUND ONLY"表示のままで、西條の声がデータリンク通信に響く。その一言が一真の耳に届けば、目の前の≪叢雲・改≫は左腰から73式対艦刀を抜刀。その柄を両手マニピュレータに握り締め、腰を低く落として刀身を横に倒し、柄を顔の近くに引き寄せる霞構えの格好を取った。
「やるしか、ないってか……!」
 それを見れば、一真も覚悟を決めることしか出来ず。意を決し自らも左腰のマウントから73式対艦刀を引き抜けば、その柄を両手で握り下段に構えた。
「いいぜ、やってやろうじゃないの! 西條教官なら、相手にとって不足無しだ!」
『初めようか。これがお前の、模範演武だ――――ッ!』
 そして白と白、純白にその鎧を染め上げた一対の巨人が、ほぼ同時に大地を蹴る。その手に対艦刀を携え、己が分身とも見える目の前の敵を討ち倒さんべく、刹那に刃と刃を交錯させた――――!




「ちょっと、どういうことなのよ、これって!?」
 一方、そんな二機の様子を眺めていたステラは、現れた白い≪叢雲・改≫の姿を遠巻きに眺めながら、絶句の表情を浮かべていた。
「模範演武っていうから、誰が相手かと思ったけれど……まさか、西條教官とはね」
 そんなステラとは裏腹に、隣に立つエマは冷静な顔色と表情でそう言う。しかし、やはりそんな彼女の顔にも何処かシリアスな色が見え隠れしていて、それだけ凄まじい人間が相手だということを暗に示している。
「幾らカズマでも、西條教官が相手となれば手も足も出ないかな、多分」
「違いないわ」頷くステラ。「次元が違いすぎるわよ、教官とカズマとじゃあ」
「とっとっと……。ん? ステラちゃんにエマちゃんじゃないの。どしたの、こんなとこでボーッと突っ立ってさ。難しい顔なんかしちゃって」
 なんて会話を真剣な表情で二人が交わしていれば、そんなことなどどこ吹く風、といった具合にお気楽な調子で戻ってきた白井が、そう二人に話しかけてくる。
「ったく、アンタって奴はどうも間が悪い……。ホラ、見てみなさいよアレ」
「えっ?」
 やはり白井に対しては風当たりの強い語気でステラに言われ、白井は彼女が指し示す方を見る。
「白い≪閃電≫と……あれ、≪叢雲≫だっけ?」
「そうだよ、アキラ」ステラとは裏腹に、温厚な声色でエマが白井に言う。「片方がカズマで、もう片方が西條教官」
「えっ? 教官と弥勒寺が? なんで?」
 しかし、そんな話を聞いても白井はボケーっとした呑気な顔のまま。それにステラは「はぁ」と明らかに辟易したような溜息を大げさな身振りと共につき、
「アンタ、何にも聞いてなかったの?」
 と、至極呆れた声音で責めるように白井に言った。
「お、おう」頷く白井。「弥勒寺とは、さっきすれ違ったけど。アイツなんかやってんのか?」
「模範演武だよ」エマが言う。
「模範、演武ぅ?」
 それを反芻するみたいに言う白井に、「大分前、アタシと錦戸教官とがやってたみたいな奴よ」と苛立ったような棘のある声色で言うのは、ステラだ。
「あー……。でも、じゃあなんで弥勒寺と、西條教官とが?」
「知らないわよ、そんなの。こっちが聞きたいぐらいだわ。ねぇ? エマ」
「うん」頷くと、エマは続けてこう言う。
「何にせよ、西條教官が相手となるとカズマはかなり分が悪いね。機体のスペック差でどうにか詰められなくもない、かもしれないけれど……」
「正直、厳しいでしょ」肩を竦めながら、ステラがそう返す。「幾らアンティークに片脚突っ込んだ最初期型でも、相手が相手よ。ウデの差は一目瞭然って感じ。なんてったって、相手はあの≪ブレイド・ダンサーズ≫の中隊長だったスーパー・エースよ?」
「まあ、そうだけどね……」
 半分諦めたみたいにエマがスッと肩を竦めてみせれば、「えっ? えっ? どゆこと?」と、まるで事態が把握出来ていない様子の白井が目をぐるぐるさせる。
「バーカ、アンタ自分の教官のことも知らないの?」
「いや、流石に知ってるって。あの人が伝説のエース・パイロットだってことだろ? でも弥勒寺の機体は最新鋭のエース・カスタムだし、教官の機体が古い奴だってのなら、十分なハンデになってるんじゃないのか?」
「そんなの、ハンデにすらならないよ」
 しかし、そんなシリアスな声色で白井に言い返してきたのは、意外にもエマだった。
「そうね」ステラも同意したように頷く。「そんな低レベルな次元でどうこうできるような人間じゃ無いわ、教官は。…………ううん、文字通り人間じゃ無いわよ、西條教官は」
「そんなに、強いのか?」
「強いなんてもんじゃないよ。僕も資料映像で何度だって見たことあるけど、アレは人間がしていい戦い方じゃない。そう、まるで――――」
 ――――まるで、鬼のようだった。
 絞り出すような声色でエマが呟けば、流石に白井も事態を把握できたのか、ゴクリと生唾を飲み込む。
「"関門海峡の白い死神"、か……。まさか、こんなに早く伝説のスーパー・エースの戦いを拝めるとはね」
 片手を腰に当てたステラが、至極感慨深そうにそう呟く。
 三人の視線を釘付けにする、一対の白い巨人たち。熱く熱の籠もった視線が注がれる中、二機の巨人はその脚で大地を蹴り、激突しようとしていた。
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