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第二章『セカンド・イグニッション/金狼の少女』

Int.04:安穏、今日も今日とて常世は泰平なり①

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 嵐山演習場から京都士官学校に戻った一真を出迎えたのは、乗って帰ってきた高機動車を降りた途端に押し寄せて来た、大量の訓練生たちだった。
「凄かったですねっ、弥勒寺くんっ!」
「これで二連勝、やるじゃないの!」
「はは、あははは……」
 詰め寄る大量の訓練生たち――しかもその大半が女子なものだから、立ち往生を喰らった一真はただただ苦笑いしか出来ないでいる。これだけ女子に詰め寄られたところでその大半が一真にとってまるで眼中にないものだから、正直言って迷惑極まりない。とはいえ彼女らを無碍むげに扱うことも出来ないところが、また辛いところだ。
「さっすがは、あのレーヴェンスさんに勝っただけのことあるぅー!」
「次も頑張ってね、弥勒寺くん!」
「あ、ああ……。ありがとよ、はは……」
 詰め寄る勢いが強すぎてまるで前に進めないものだから、一真は困ったような顔で彼女らに向けて苦笑いをし対応する以外に取れる行動がなかった。本音を言えば死ぬほど疲れてるからさっさと帰って風呂にでも浸かりたい気分なのだが、しかし押し掛けた彼女らがそれを許してはくれない。
 ――――コトの発端は、やはりあの対ステラ戦にまで遡ることになる。というか、そもそもあの試合の模様を演習場内だけでなく、何故か士官学校でまで流していたらしいのだ。
 無論、犯人は西條。本人曰く「折角やるんなら、派手な方が楽しいだろ?」とのことだが、その結果がこれだ。あの中継は互いの声までご丁寧に余すことなく中継されていたらしく、しかも対ステラ戦自体がそもそも士官学校内で噂になっていたものだから、土曜にも関わらずかなりの人数が見物に訪れた結果がこれ、というわけだ。
 要は、無駄に惚れられてしまっているということになる。勿論一真の勝利を称えてくれる男子連中も多いのだが、いかんせん慢性的な人不足なせいでここ、京都士官学校は特に男の数が少ない。だから結局、詰めかけてくる奴らは女子の姿が目立つというわけなのだ。
 なんというか、もうちょっとしたヒーロー扱い。いやそれ自体はありがたいことなのだが、こうも毎度毎度エラい目に遭うと流石に一真とて辟易してしまう。これだけ若いパワーに溢れた連中を疲れた身体で相手してやるのは相当しんどい話で、しかも前述の通り一真に対し少なからず好意を抱いてくれている奴が多いものだから、下手に無碍むげに扱うことも出来ない。
(全く、人気者ってのにはなるもんじゃねーな。ただ辛いだけだぜ、これ)
 内心で参ったように呟きながら、一真はなんとかその群衆の中から脱出を図ろうとする。しかし人の壁が厚すぎて、中々上手くいかない。
「――――弥勒寺、こっちだ!」
 なんて具合に一真が難儀していると、群衆の中からそんな声と共に伸びてきた手に掴まれ、引っ張られるようにして一真は群衆の中を掻き分けていく。
「白井か、助かる!」
 一真を引っ張るその腕の主――――数少ない男子で一真の悪友・白井彰しらい あきらはそんな一真の方に軽く振り向きニィッと笑みを浮かべれば、彼らしい強引さで無理矢理人波を掻き分けていく。
 そんな白井に引っ張られながら、一真はまるでタグボートに曳航される船舶のように押し掛ける人波の中を脱した。
「悪いな、今日はこの辺で勘弁してくれ!」
 尚も追いかけてこようとする群衆に振り向き一言詫びると、「急ぐぜ!」と言う白井の後を追って一真も走り出す。




「ほれ」
 場所は変わって、士官学校の訓練生寮の一階ロビー。自販機から取り出したコーラの缶を一真が投げ渡してやると、白井がそれをバシッと空中で掴み受け取る。
「ん、ごっそさん」
「良いってコトよ。毎度毎度悪いな白井、助けて貰っちまって」
「気にすんなや」
 プルタブを押し込み、プシュッと気味の良い音を立てて開栓した缶コーラを煽りながら、白井が言う。一真も彼と同じように缶コーラをちびちびと飲みながら、壁に背中を預けるとふぅ、と小さく息をついた。
「しっかし弥勒寺ぃ、お前も大変だよなあ毎度毎度」
「全くだ」白井の言葉に頷く一真。「面倒で仕方ねえ。ったく、西條教官も余計なコトしてくれたよ」
「まー、この騒ぎも武闘大会終わるまでじゃねーの? 人の噂もなんとやらっつーし」
「白井、そのことわざは違う」
「ありゃ?」
 割と素の反応で首を傾げる白井。そんな彼に一真ははぁ、と溜息をつくと、「だからお前は馬鹿なんだって」と言ってやった。
「むう、馬鹿とはなんだ馬鹿とは」
「実際そうだろ? 死因転倒野郎」
「だぁぁー!! バカヤロー、それ言うんじゃねえよ! 第一もう転ばなくなっただろ!」
「へっ」
 鼻で笑う一真。さすれば白井も「テメーなぁ!」と半笑いで言い返してくる。
「おお、此処にったか二人とも。探したぞ」
 ともしていれば、訓練生寮に入ってきた瀬那が二人の姿を見かけるなり、そう声を掛けてきた。横には霧香とステラ、それに赤縁のハーフ・リムの眼鏡を掛けた小柄な少女も伴っている。深緑の髪をセミ・ロングの長さに揃える小動物めいたその少女は、やはり壬生谷美弥みぶたに みや。一真たちがよくツルむ中の一人だ。
「あいっかわらずバカやってんのねえ、白井?」
 最初に口を開いたのはステラ。白井の方をじとーっとした生ぬるい眼で眺めながら、紅い髪をサッと手先で払いつつそんなことを言う。
「だー! ステラちゃんまで馬鹿馬鹿言わないでくれよお!?」
「だって、事実じゃないの」
「そうだけどさあーっ!! うおおおお!!」
 突然叫びだしたかと思えば膝を折り、白井は意味も無く頭を抱え出す。それを眺める美弥は「はわ、はわわわ……」と対応に困ったような顔をするが、しかしその隣で霧香が「……気にしなくて、いい。いつものこと……」なんてことを美弥に囁く。
「ほれ、阿呆をやっている場合ではなかろう。一真よ、これから我らで外の食堂に繰り出そうという話になっておるのだが、其方もどうだ?」
「あ、ああ」瀬那に訊かれ、頷く一真。「でもシャワーぐらいは浴びさせてくれ。汗が張り付いて仕方ねえ」
「ふむ。であれば、私も一度部屋に戻るか。みなとはここで待ち合わせるとしよう」
「お、俺も行くぜっ!」
 瀬那がそう結論を出せば、復活した白井がそれに口を挟んでくる。するとステラが「え? アンタも来んの?」なんてことを、露骨に嫌そうな顔を白井に向けながらわざとらしく言う。
「ひっ、ひでえ! 鬼か、ステラちゃん鬼か!」
「私は私よ」
「ひどぅい! 流石のアイアン・ハートの白井様でもこの仕打ちはキッツいぜ、オイィ!?」
「ま、まあまあ。ステラちゃん、そう言わずに白井さんも連れて行ってあげましょうよ」
 困った顔の美弥に言われたステラは彼女の方をスッと向くと、小さく微笑みながら「冗談よ、美弥」と言って、軽く彼女の頭を撫でる。
「はわ、はわわわ……。くすぐったいですよぉ、ステラちゃぁん」
 頭を撫でられながら顔を紅くする美弥は、ステラと比べると身長差が大きすぎてまるで大人と子供だ。顔や性格は似ても似つかないが、しかし体格だけ見れば美弥がステラの娘だと言われても信じてしまうぐらいにギャップが激しい。
「ってことで、美弥に免じて白井、アンタも連れてってあげるわ。感謝しなさいよっ?」
「お、おお! ありがてえ! ありがてえよお! これからは美弥ちゃんなんて呼べねえな、壬生谷大明神様とお呼びしようそうしよう!」
「はわ、わわっ!? や、やめてくださいよぉ白井さぁん!」
 美弥の前に正座をして合掌し拝み出す白井だが、「いい加減にしなさいっ!」と言ったステラの蹴りが側頭部に直撃すると、「うわらばっ!」なんて妙な断末魔を上げながら床を転がり吹っ飛んでいく。
「……ふっ、今日もいい吹っ飛びっぷり……」
 それをはたから眺めていた霧香が、万年無表情な顔の中に少しだけクールな笑みを浮かべながらひとりごちる。彼女の言った通り、妙な行動を起こした白井がステラにブッ飛ばされるのは、彼女と一真が戦い和解してからはもう日常茶飯事のようなものなのだ。
「ともかく、我らは一度部屋に戻る。其方らとは後で此処にて待ち合わせ、でいな?」
 こほん、と咳払いをした後で話題を切り替えた瀬那の言葉に頷く一同。すると瀬那は「うむ」と頷き、
「では、我らは一度戻るとしよう。くぞ、一真よ」
 そう言って一真の手を半分強引に引き、一真共々部屋に戻っていく。
「お、おーい……俺は? 俺は無視ですかい? 助けてくれよお、一真あ……」
 背中の向こうから虫の息めいた白井の声が聞こえた気がしたが、敢えて一真は聞かなかったことにする。
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