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Execute.05:シチリアへようこそ -Welcome to Sicily-

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 二人分の小さなキャリーバッグを持たせ、ホテルマンの案内に従い二人はエレヴェーターでホテルの上層へと昇っていく。先述した通りにこのホテルはロビーから上が全て吹き抜け構造で、客室廊下はぐるりと外周を伝っている感じの作りの為、昇っていくエレヴェーターから下を見下ろす景色は中々に壮観だ。
「マーティン様、こちらです」
 そうしてホテルマンに案内されたのは、五階の五〇六号室。スウィート・ルームよりもワンランク下の、そこそこ良い客室だ。
「では、ごゆっくり。お荷物の方も既にお部屋に」
「ありがとう」
 恭しく礼をしたホテルマンに、零士は懐から弄りだした五ユーロ紙幣をチップとして弾んでやった。少し多い気もするが、たまたまポケットから出てきたのが硬貨じゃなくてこれだっただけのことだ。
「それでは、マーティン様。いハネムーンを」
 が、受け取った側の心証は悪くないようで。多めのチップを零士から貰ったそのホテルマンはニッと嬉しそうに小さく笑うと、最後にもう一度、恭しく礼をして客室を去って行った。
「ハネムーン、かぁ」
 バタン、と部屋の戸が閉じられれば、見送る零士の後ろでノエルが小さくひとりごちていた。何故だか表情を小さく緩ませて、頬にはほんの少しの桜色を差して。
「ノエル、どうかしたか?」
 そんなノエルの様子が少しだけ気になった零士が、振り返りざまに訊くが。しかしノエルは「ううん、なんでもないよ」と首を横に振るだけだった。
「……? まあいいか、それよりも装備が届いてるはずだ」
「あ、それならそこにあるよ」
 ノエルが指し示した通り、荷物……とは名ばかりの、今回の任務に用いる二人の装備が詰め込まれた段ボールが数箱、部屋の隅に置かれていた。
 零士はそれに近寄り、テーブルの上に置いて。自分たちと一緒に持ってきたスーツケースの荷解きを後回しに、ノエルと共にその段ボールを一つずつ開封し、中身を検分し始める。
「レイのは、それだけ?」
「そうだな、これだけだ」
 大きな荷物を抱えたノエルとは異なり、零士の装備は割に少なく。それこそ、テーブルの上に纏まって並べられてしまうほどにコンパクトだった。
 零士の装備は、ブレードテック社製のモデル・ブラックウルフの折り畳みナイフに、5.11タクティカル社製の小さなシングルストラップの肩掛けバックパックに詰め込まれた、C4プラスチック爆薬一式などなど。そして拳銃などだ。
「……意外だな、レイがリヴォルヴァー使うなんて」
 と、ノエルは自分の装備を適当なところに置けば、零士の装備の内の一つ、大柄な拳銃を手に取り、それを眺めながら意外そうな顔で言う。
「パリでの一件で、君の戦いぶりを見て考えを改めたよ。確かに、リヴォルヴァーも悪くない」
 小さく肩を竦めながらでそう答える、零士の視線の先。ソファにちょこんと腰掛けながら眺めるノエルの手元には、一挺の大柄なリヴォルヴァー拳銃が握られていた。
 スマイソン、或いはスモルトという言い方もあるか。S&Wの.357マグナム・リヴォルヴァー拳銃のモデル19"コンバット・マグナム"のK規格フレームに、同じく.357マグナムを使うコルト・パイソンの六インチ銃身を組み合わせたカスタム・メイドの拳銃だ。一時期はそれなりの知名度があったカスタムだが、今ではすっかりマイナーになってしまった物でもある。
 そのスマイソン拳銃は、基本的にはある程度をシャーリィに任せてチョイスした今回の装備の中でも、日本の自宅から零士が持ち込んだ数少ない内の一つだった。地下の武器庫に保管してあった零士のガン・コレクションに含まれていた拳銃で、先に零士がノエルに言った通り、彼女の戦い振りから実戦に於けるリヴォルヴァー拳銃の認識を改めた彼が、敢えてのチョイスで持ち込んだ品なのだ。
「それに、今回は狭い室内での撃ち合いに発展する可能性もある。なら、出来るだけ一撃のパンチがデカいマグナムを使いたかったんだ」
「なるほどね」スマイソンのシリンダーを開いてみたりしながら、ノエルが零士の言葉に頷く。
「でも、だったら.357より.44マグナムの方が良かったんじゃない?」
「それは俺も悩んだんだ。四インチのモデル29も持ってるからな。ただ、総合的に見て、メインで使うなら.44口径より.357口径のマグナムの方が扱いやすいと、そう俺は判断した」
「ま、それは僕も賛成だよ。でもさレイ、言ったら悪いけど、マグナムって銃声かなりうるさいよ?」
「それなら問題ない。静かにりたい時なら、コイツの出番だ」
 零士はニヤリと口角を釣り上げると、きょとんとした顔でこっちを向いてきたノエルの方に、テーブルの上に置いてあったある物を手に取り、これ見よがしに見せつけてやった。
「……えーと、何だっけそれ。シュリケンだっけ?」
「ああ、手裏剣だ」
 きょとんとした格好のまま、スマイソンを手にしたまま。物凄く何とも言えない顔でノエルがアイオライトの双眸で見る先、見せつけてくる零士の手元には、彼女にとっては見慣れない代物があった。
 それは、手裏剣だ。比喩でも何でも無い、書いて文字のままの手裏剣。忍者がよく使うアレだ。中でも零士の持つそれは、薄い刃が放射状に六本出た「六方剣」と呼ばれるタイプだった。
「ふふっ、レイってば……まるでニンジャみたい」
 その手裏剣を見たノエルは、たまらずに小さく噴き出した。くすくすと可愛らしい笑みが彼女の口から零れるのも、何ら無理ないことである。まさか手裏剣何て代物が出てくるとは思っていなかったのだから、ノエルが笑いを堪えきれなくても仕方ない。
「ノエル、手裏剣を馬鹿には出来ないんだ」
 が、零士は小さな笑みを返しながら肩を竦めこそすれども、しかし真っ当に主張はしてくる。
「投げ物としての使い勝手なら、コイツが一番便利なんだ。下手な投げナイフよりよほど当たりやすい」
「そうなの?」
「そうだ」
 自信満々な顔でそう言われてしまえば、ノエルとしても「そ、そっか……」と苦笑いしながら、それを認めてやるしか出来ない。とはいえ確かに便利そうだな、とノエルが同時に思って腑に落ちてしまう辺り、彼女も何だかんだで零士の主張を理解している節があった。
「でも、手裏剣の使い方なんて、レイってば何処で覚えたのさ」
 続けてノエルが、手にしたままだったスマイソンをテーブルの上に戻しながらで問うと。零士は手の中で六方剣の手裏剣をくるくると回してみたり弄くってみたりしながら、昔を懐かしむように眼を細めつつでその問いに答えていく。
「昔、シャーリィの知り合いにニンジャが何人か居てな。ソイツらに色々と教えて貰った内の一つが、コイツの扱いってワケさ」
「ニンジャ……ジャパニーズ・ニンジャ……? じ、実在してたんだね……?」
 とまあ、零士の口から出てきた言葉が突拍子もなさすぎるコトだったから。ノエルは戸惑いながら、物凄く微妙な苦笑いを浮かべながらでそれを聞く。
「俺も驚いたさ。……が、未だに結構な数が細々と生き延びているらしい。表には出てこないだけで、SIAに協力してる奴は多いって聞いてる」
 零士はそう言った後でフッと笑うと、「でも、その内の一人は滅茶苦茶に変な奴だったんだ」と言い、また懐かしむような口調で昔話を続けて行く。
「その変な奴ってのは、年頃は俺たちよりチョイと上ぐらいだったんだけどな。何かに付けてはあんパンだあんパンだって、やたらにあんパンを要求してくる奴だった。突然意味不明なこと言い出したり、奇行ばっかりが目立つ奴で。アイツ以上の変人を、俺は未だ嘗て見たことがない」
「あ、あんパン……?」
「そそ、あんパン。パンの中に餡子がぎっしり詰まってるアレだよ」
「……ふふっ、何だか面白そうなヒトだね」
 そんな話を零士に聞かされてしまえば、ノエルとしても何故だか興味が湧いてきて。また彼女は小さく、しかし何処か楽しそうに微笑んだ。お世辞でも口から出任せでもなく、本当に面白そうなヒトだなと、零士の話を真摯に受け止めて。
「何なら今度、逢ってみるか?」
「もしも、そんな機会があればね」
 そんな面白いヒトなら、逢えるのなら一度逢ってみたい。逢って、お話をして。もし可能なら、お友達になれたら嬉しいな。
 ノエルの微笑みの奥に、ニコッと笑うアイオライトの瞳の奥に。そんな思いが込められていることを何となしに悟った零士は、ただただ彼女に向かって小さく微笑み返してやった。
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