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Execute.05:シチリアへようこそ -Welcome to Sicily-
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シチリア島もまた、地中海沿岸や浮かぶ島々の例に漏れず、1年を通して比較的温暖な気候の島だ。まだ夏も手前に控えた時期であるから、降り注ぐ日差しは強けれどそこまで暑くもなく、過ごしやすいといえば過ごしやすい。日差しが強く気温が高くても、カラッとした乾燥気味な気候の為、日本の夏のような鬱陶しい湿気のジメジメ感は、少なくとも零士の主観からは少ないような気もする。
そんな暖かな日差しの中、ギラつく太陽から降り注ぐ日差しを、キラキラとした銀色のボディに反射させつつ。スーパーカーの名に相応しい甘美な雄叫びを上げ、しかし奏でる音とは裏腹にゆっくりとしたペースで、零士がステアリングを握るマセラティ・メラクSSはシチリアの雄大な大地を突っ走っていた。
左右に立ち並ぶバロック様式の街並みを眺めながら、零士はギアを四速に突っ込んでほぼ固定したまま、銀色のメラクSSにそこそこのスローペースで走らせる。その意図は、単にノエルにこのシチリアの景色をゆっくりと見せてやりたかっただけだった。
自分でも、なんでこんなことを考えているのかは分からない。フルスロットルじゃなくても、さっさと今回の拠点になる観光ホテルに向かってしまえば良いのに。幾ら時間的な余裕がある任務といえ、こんな行為は無駄の極みだ。
それが分かっているのに、しかし零士は現にこうしていた。その理由が、彼女がこの島を、この場所を殆ど知らないと言っていたからなのか。或いはもっと別の理由からなのか、それは分からないが。分からないまま、零士は何となくの気分に身を任せつつ、そうしてやっていた。
「地中海、か。マルセイユで見たのとは、また雰囲気が違う気がするね」
「シチリアの方が、あそこよりも断然南にあるからな。もう少し南に行けば、マルタ島もある」
「あはは、今度行ってみたいな。仕事とか抜きで、出来ればプライベートで」
「分かるよ、ノエル。俺もたまには、任務無しで飛びたいもんだ」
言いながら、零士はチラリとサイドシートの方を横目に見る。偶然ノエルと眼が合えば、彼女はアイオライトの瞳の奥で小さく微笑みかけてくれた。
それに、零士もほんの僅かだが、表情を緩めてしまう。今、この一瞬だけは。任務のことも、互いにサイファーとミラージュという関係であることも忘れ。零士は自然に、極々自然に微かな笑みを零していた。
おかしな話だ、と零士は思う。此処には任務で来ているはずなのに、シチリア島には確かに殺しを目的として来ているはずなのに。それなのに、今こうして感じている、言い知れぬ安息感は何なのだろうか。己の心が、己でも知らぬ内に鎧の紐を解いているのは、一体何故なのだろうか。
それはきっと、隣に座っているのがノエルだからだ。
だからといって、何故自分がそんな安堵感を彼女に対して覚えているのか。その確たる理由は理解出来ていなかったが、しかし彼女の存在があるが故であることは、今になって零士はやっとこさ理解する。
「……何を考えてるんだろうな、俺は」
それを理解してしまえば、零士は口から漏れ出てくる、そんな自嘲的な独り言を抑えきれなかった。表情もまた、ほんの微かにだがフッと皮肉めいて笑う。今の自分は、ひどく道化のようだと。そんな、己自身を嘲け笑うかのような思いを込めて。
「こんなこと、俺には赦されない。赦されちゃあいけないはずなんだ」
何故なら、俺は一度喪ってしまっているから。己の愚かさ故に、君を繋ぎ止められなかったのだから。飛鳥、君のことを――――。
「んー? レイ、何か言った?」
と、そこまで零士が考えていたところで、彼の独り言を僅かながらに聞きつけたノエルが、可愛らしく首を傾げながらで声を掛けててくる。零士はそんな彼女に「……なんでもない、取るに足らない独り言だ」と返せば、今までの思考を振り払った。
「……? なんでもないんなら、それで良いけどさっ」
――――そう、今はこんなことを考えている場合じゃない。今は、目の前の任務を完遂すること。そして、またあの学園へ戻ることだけを考えるべきなのだ。あの場所へ、ミラージュも。ノエルも一緒に連れて……。
零士はそう思いながら、ステアリングを小さく握り締める。ノエルがこれ以上を掘り返そうとしないことは、今の零士には少しだけ救いでもあった。
やがて、二人を乗せた銀のマセラティ・メラクSSはシチリア島の東にある街。シチリア第二の街であるカターニア市へと入って行く。
左足でクラッチ・ペダルを踏み込みながら、右足はブレーキを踏み減速しつつ、小さくアクセル・ペダルの方も煽って回転数を合わせながら、零士がシフトノブに走らせた右手がギアを一段下へと叩き落とす。ヒール・アンド・トゥの要領でサッと減速したメラクSSが大通りを逸れ、一本脇の横丁の方へと鼻先を進めた。
そんな暖かな日差しの中、ギラつく太陽から降り注ぐ日差しを、キラキラとした銀色のボディに反射させつつ。スーパーカーの名に相応しい甘美な雄叫びを上げ、しかし奏でる音とは裏腹にゆっくりとしたペースで、零士がステアリングを握るマセラティ・メラクSSはシチリアの雄大な大地を突っ走っていた。
左右に立ち並ぶバロック様式の街並みを眺めながら、零士はギアを四速に突っ込んでほぼ固定したまま、銀色のメラクSSにそこそこのスローペースで走らせる。その意図は、単にノエルにこのシチリアの景色をゆっくりと見せてやりたかっただけだった。
自分でも、なんでこんなことを考えているのかは分からない。フルスロットルじゃなくても、さっさと今回の拠点になる観光ホテルに向かってしまえば良いのに。幾ら時間的な余裕がある任務といえ、こんな行為は無駄の極みだ。
それが分かっているのに、しかし零士は現にこうしていた。その理由が、彼女がこの島を、この場所を殆ど知らないと言っていたからなのか。或いはもっと別の理由からなのか、それは分からないが。分からないまま、零士は何となくの気分に身を任せつつ、そうしてやっていた。
「地中海、か。マルセイユで見たのとは、また雰囲気が違う気がするね」
「シチリアの方が、あそこよりも断然南にあるからな。もう少し南に行けば、マルタ島もある」
「あはは、今度行ってみたいな。仕事とか抜きで、出来ればプライベートで」
「分かるよ、ノエル。俺もたまには、任務無しで飛びたいもんだ」
言いながら、零士はチラリとサイドシートの方を横目に見る。偶然ノエルと眼が合えば、彼女はアイオライトの瞳の奥で小さく微笑みかけてくれた。
それに、零士もほんの僅かだが、表情を緩めてしまう。今、この一瞬だけは。任務のことも、互いにサイファーとミラージュという関係であることも忘れ。零士は自然に、極々自然に微かな笑みを零していた。
おかしな話だ、と零士は思う。此処には任務で来ているはずなのに、シチリア島には確かに殺しを目的として来ているはずなのに。それなのに、今こうして感じている、言い知れぬ安息感は何なのだろうか。己の心が、己でも知らぬ内に鎧の紐を解いているのは、一体何故なのだろうか。
それはきっと、隣に座っているのがノエルだからだ。
だからといって、何故自分がそんな安堵感を彼女に対して覚えているのか。その確たる理由は理解出来ていなかったが、しかし彼女の存在があるが故であることは、今になって零士はやっとこさ理解する。
「……何を考えてるんだろうな、俺は」
それを理解してしまえば、零士は口から漏れ出てくる、そんな自嘲的な独り言を抑えきれなかった。表情もまた、ほんの微かにだがフッと皮肉めいて笑う。今の自分は、ひどく道化のようだと。そんな、己自身を嘲け笑うかのような思いを込めて。
「こんなこと、俺には赦されない。赦されちゃあいけないはずなんだ」
何故なら、俺は一度喪ってしまっているから。己の愚かさ故に、君を繋ぎ止められなかったのだから。飛鳥、君のことを――――。
「んー? レイ、何か言った?」
と、そこまで零士が考えていたところで、彼の独り言を僅かながらに聞きつけたノエルが、可愛らしく首を傾げながらで声を掛けててくる。零士はそんな彼女に「……なんでもない、取るに足らない独り言だ」と返せば、今までの思考を振り払った。
「……? なんでもないんなら、それで良いけどさっ」
――――そう、今はこんなことを考えている場合じゃない。今は、目の前の任務を完遂すること。そして、またあの学園へ戻ることだけを考えるべきなのだ。あの場所へ、ミラージュも。ノエルも一緒に連れて……。
零士はそう思いながら、ステアリングを小さく握り締める。ノエルがこれ以上を掘り返そうとしないことは、今の零士には少しだけ救いでもあった。
やがて、二人を乗せた銀のマセラティ・メラクSSはシチリア島の東にある街。シチリア第二の街であるカターニア市へと入って行く。
左足でクラッチ・ペダルを踏み込みながら、右足はブレーキを踏み減速しつつ、小さくアクセル・ペダルの方も煽って回転数を合わせながら、零士がシフトノブに走らせた右手がギアを一段下へと叩き落とす。ヒール・アンド・トゥの要領でサッと減速したメラクSSが大通りを逸れ、一本脇の横丁の方へと鼻先を進めた。
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