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Execute.04:陰謀、そんなものは関係ない -Secret Intelligence Agency-
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「……やはりか」
断言するシャーリィの言葉を聞いて、零士はそれが自分の予想通りだと知ると。納得した顔で、しかしひどく渋いような顔色でそう、独り頷いていた。
「これらの事情を鑑みて、SIA上層部は昨日付けでリシアンサス・インターナショナル社の完全消滅、及び同社社長ケネス・ボートマンと、『サイプレス』開発者・芙蓉誠一の始末を決定した」
続けてシャーリィが言うと、零士は「簡単そうな任務だな」と肩を透かし、丸椅子に座ったままで小さく身体を脱力させる。
「相手はもやしっ子の博士一人と、たかが商社。こんな言い方は変かも知れないが、わざわざ遠くの俺たちを引っ張り出すような任務なのか?」
「確かに、その二人のことを考えれば、簡単すぎる任務かもね。そこは否定しないさ、零士」
でも、厄介なのはこの後なんだ。
シャーリィは言うと、デスクの上にあった灰皿へ煙草の灰をトントン、と落とし。半分ほどまで燃え尽きたそれを再び口に咥え直せば、脱力した零士と、尚も真剣そうな顔で話に聞き耳を立てているノエル。そんな二人に向き直り、次の言葉を口にした。
「グローバル・ディフェンス社、君らも覚えているだろう?」
「ああ」と零士が頷く。「英国系の民間軍事会社、パリでの一件にも関わってた」
「……シャーリィ、もしかして」
と、零士がそこまで言ったところで、今度はノエルが思い当たる節を見つけ。恐る恐るといった風な顔でノエルが訊けば、シャーリィは「その通りだ、ノエル」と暗黙の内に彼女の意図を肯定してみせる。
「奴らも一枚、いやかなり奥深くまで噛んでいるんだ。リシアンサス・インターナショナル社は、グローバル・ディフェンス社にとってのかなり大口な顧客の一つでもある」
彼女の言葉をそこまで聞けば、零士は頭が痛くなりそうだった。
シャーリィが口にした事実はつまり、またあの連中を相手にせねばならない、ということに他ならない。
しかも事情が事情だけに、あのパリの邸宅で戦った相手、今は亡きジルベール・シャンペーニュが雇い入れていた連中とは、あらゆる意味で比べものにならないほどの、そんな高い練度を持った奴らであることは想像に難くない。新型ウィルス兵器の拡散だなんて大それたことを画策している以上、SIAの介入は想定していて然るべきだ。
「だから、俺たちを使うってワケだな」
「そういうことだよ」
疲れた顔で零士が言うと、シャーリィはニッと小さく口角を釣り上げる。
「昨日、君に連絡を入れる少し前に、上層部の方から連絡が来たんだ。私を通して外注エージェントの二人、コードネーム・サイファー、及びミラージュを今回の任務に抜擢するとね」
確かに、そういうことなら零士と、加えてノエルを駆り出す判断を下したのにも納得がいくというものだ。
今回の任務は、明らかに困難が予想される。ましてグローバル・ディフェンス社に至っては、殺しのプロフェッショナルばかりを集めた非合法部門が水面下に存在していると、まことしやかに噂されているような所だ。サイファーを駆り出すということは、つまりその噂が現実だということの証明に他ならない。
考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる話だ。こんなもの、ハリウッド映画に出てくるスーパー・ヒーローと同じことをやってみせろと言われているのとほぼ同義。凄まじい無理難題にも程がある。
だが、それを容易く成し遂げてしまえるのが、コードネーム・サイファーなのだ。そんな、一見不可能にも思える芸当を成し遂げてしまえるからこそ、サイファーの名はSIA内部で最強と噂され続けているのだ。
その当人たる零士自身、今回の任務が可能か不可能かを訊かれれば、可能だと答えるだろう。実際、過去にこれぐらいの無理難題は何度もこなしてきた。こなしてしまえるのが、サイファーの特異性なのだ。
とはいえ、頭が痛くなってくる内容なのには変わりない。零士にとっての悩みの種は、この大それた任務を終えるまでに、一体何日連続で学園を欠席する羽目になるのか。そこが、一番の悩みの種だった。
今回は、一体全体どうやって小雪に言い訳をしようか。まして今回の場合はノエルも一緒に赴く、つまりは彼女も一緒に、全く同じ期間を長期欠席する羽目になるのだ。正直言って、上手い言い訳が今はまだ思い付いていない。
呑気な悩みなのかも知れない。だが、それこそが彼を、椿零士をサイファーたらしめる所以なのだ。この期に及んでも、そんな呑気なことを考えていられるような頭の造りだからこそ。だからこそ、彼は幾千もの鉄火場を潜り抜けてこられた。だからこそ零士は、生存不可能と思われたような絶対的に不利な状況を、何度もひっくり返してきたのだ。
「……ま、零士らしいっちゃらしいか」
そんな零士の内心を、彼の顔色から暗黙の内に感じ取って。シャーリィは呆れたみたいに小さく溜息をつくが、しかし顔にはフッと微かな笑みを浮かべ。半分独り言みたいに呟くと、短くなった吸い殻を灰皿に押し付け、火種を揉み消していた。
「さて、概要はこんなところだ。……で、これがターゲットの資料」
その後で新しい煙草に火を付けると、シャーリィはデスクの上へ無造作に置いてあった茶封筒を引っ張り出し。それを、おもむろに二人の方へと差し出してきた。
断言するシャーリィの言葉を聞いて、零士はそれが自分の予想通りだと知ると。納得した顔で、しかしひどく渋いような顔色でそう、独り頷いていた。
「これらの事情を鑑みて、SIA上層部は昨日付けでリシアンサス・インターナショナル社の完全消滅、及び同社社長ケネス・ボートマンと、『サイプレス』開発者・芙蓉誠一の始末を決定した」
続けてシャーリィが言うと、零士は「簡単そうな任務だな」と肩を透かし、丸椅子に座ったままで小さく身体を脱力させる。
「相手はもやしっ子の博士一人と、たかが商社。こんな言い方は変かも知れないが、わざわざ遠くの俺たちを引っ張り出すような任務なのか?」
「確かに、その二人のことを考えれば、簡単すぎる任務かもね。そこは否定しないさ、零士」
でも、厄介なのはこの後なんだ。
シャーリィは言うと、デスクの上にあった灰皿へ煙草の灰をトントン、と落とし。半分ほどまで燃え尽きたそれを再び口に咥え直せば、脱力した零士と、尚も真剣そうな顔で話に聞き耳を立てているノエル。そんな二人に向き直り、次の言葉を口にした。
「グローバル・ディフェンス社、君らも覚えているだろう?」
「ああ」と零士が頷く。「英国系の民間軍事会社、パリでの一件にも関わってた」
「……シャーリィ、もしかして」
と、零士がそこまで言ったところで、今度はノエルが思い当たる節を見つけ。恐る恐るといった風な顔でノエルが訊けば、シャーリィは「その通りだ、ノエル」と暗黙の内に彼女の意図を肯定してみせる。
「奴らも一枚、いやかなり奥深くまで噛んでいるんだ。リシアンサス・インターナショナル社は、グローバル・ディフェンス社にとってのかなり大口な顧客の一つでもある」
彼女の言葉をそこまで聞けば、零士は頭が痛くなりそうだった。
シャーリィが口にした事実はつまり、またあの連中を相手にせねばならない、ということに他ならない。
しかも事情が事情だけに、あのパリの邸宅で戦った相手、今は亡きジルベール・シャンペーニュが雇い入れていた連中とは、あらゆる意味で比べものにならないほどの、そんな高い練度を持った奴らであることは想像に難くない。新型ウィルス兵器の拡散だなんて大それたことを画策している以上、SIAの介入は想定していて然るべきだ。
「だから、俺たちを使うってワケだな」
「そういうことだよ」
疲れた顔で零士が言うと、シャーリィはニッと小さく口角を釣り上げる。
「昨日、君に連絡を入れる少し前に、上層部の方から連絡が来たんだ。私を通して外注エージェントの二人、コードネーム・サイファー、及びミラージュを今回の任務に抜擢するとね」
確かに、そういうことなら零士と、加えてノエルを駆り出す判断を下したのにも納得がいくというものだ。
今回の任務は、明らかに困難が予想される。ましてグローバル・ディフェンス社に至っては、殺しのプロフェッショナルばかりを集めた非合法部門が水面下に存在していると、まことしやかに噂されているような所だ。サイファーを駆り出すということは、つまりその噂が現実だということの証明に他ならない。
考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる話だ。こんなもの、ハリウッド映画に出てくるスーパー・ヒーローと同じことをやってみせろと言われているのとほぼ同義。凄まじい無理難題にも程がある。
だが、それを容易く成し遂げてしまえるのが、コードネーム・サイファーなのだ。そんな、一見不可能にも思える芸当を成し遂げてしまえるからこそ、サイファーの名はSIA内部で最強と噂され続けているのだ。
その当人たる零士自身、今回の任務が可能か不可能かを訊かれれば、可能だと答えるだろう。実際、過去にこれぐらいの無理難題は何度もこなしてきた。こなしてしまえるのが、サイファーの特異性なのだ。
とはいえ、頭が痛くなってくる内容なのには変わりない。零士にとっての悩みの種は、この大それた任務を終えるまでに、一体何日連続で学園を欠席する羽目になるのか。そこが、一番の悩みの種だった。
今回は、一体全体どうやって小雪に言い訳をしようか。まして今回の場合はノエルも一緒に赴く、つまりは彼女も一緒に、全く同じ期間を長期欠席する羽目になるのだ。正直言って、上手い言い訳が今はまだ思い付いていない。
呑気な悩みなのかも知れない。だが、それこそが彼を、椿零士をサイファーたらしめる所以なのだ。この期に及んでも、そんな呑気なことを考えていられるような頭の造りだからこそ。だからこそ、彼は幾千もの鉄火場を潜り抜けてこられた。だからこそ零士は、生存不可能と思われたような絶対的に不利な状況を、何度もひっくり返してきたのだ。
「……ま、零士らしいっちゃらしいか」
そんな零士の内心を、彼の顔色から暗黙の内に感じ取って。シャーリィは呆れたみたいに小さく溜息をつくが、しかし顔にはフッと微かな笑みを浮かべ。半分独り言みたいに呟くと、短くなった吸い殻を灰皿に押し付け、火種を揉み消していた。
「さて、概要はこんなところだ。……で、これがターゲットの資料」
その後で新しい煙草に火を付けると、シャーリィはデスクの上へ無造作に置いてあった茶封筒を引っ張り出し。それを、おもむろに二人の方へと差し出してきた。
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