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Execute.03:ノエル・アジャーニ -Noelle Adjani-
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そして週末を通り過ぎ、週明けの月曜日。朝も早々からノエルをタンデムで乗せ、VT250Fのオートバイをかっ飛ばし。いつものように裏手に隠した後、二人で校門に向かって歩いていれば。後ろから「おーいっ!!」と呼びかけてくる、聞き慣れた少女の声が聞こえてきた。
「えへへ、おはよっ零士! それにノエルちゃんも!」
後ろから駆けてきて、並んで歩く零士たちに追いついてきたのは。案の定というべきか、小雪だった。というか、零士に対してあんな風に気さくに声を掛けてくる相手なんて、ノエルを除けば小雪ぐらいしか居ない。
「おう、小雪か」
「おはよう、小雪」
二人の間に割って入るように、二人の肩にそれぞれ手を置いてくる小雪の方を振り返り、零士とノエルがそれぞれ彼女に挨拶をする。
すると、小雪は「えへへー」と呑気に笑っていた。ノエルはそれに釣られて小さく微笑み、零士は「相変わらず呑気だな、小雪は」と少しだけ呆れたみたいな顔をして。そうして、小雪も交え三人で校門に向かい、フェンスで囲われた学園の敷地を横目に眺めつつ、長い上り坂を歩いていく。
(……やっぱり、今日はノエルちゃんと来たんだ)
三人とも、他愛の無い話をしながら、笑顔を交わしていた。
交わしていたが、しかし小雪は独りだけ、その屈託の無い笑顔の下でほんの少しだけ、心を曇らせていた。
理由はただひとつ、零士がノエルと一緒に歩いていたから。もしかしたら途中で合流したのかもしれないが、しかし今日はノエルが零士の後ろに乗せてきて貰ったのだと、小雪にはそれを確信するだけの根拠があった。
今日の朝、いつものように零士へ迎えの催促の電話を掛けた時。初めて彼に断られたのだ。「先約があるから」と。
その先約が誰なのか、電話を切った時には、小雪も何となく察していた。察していたが……いざこうして実際に目の当たりにすると、胸がきゅうっと締め付けられるような気分になる。
「…………」
彼に対しての恋心が、自分の一方的な片思いであることぐらい、小雪が分かってない筈がない。彼が誰を選ぼうと、それは自由なのは分かっている。
でも、それでも小雪は胸が切なくなるのを、抑えられないでいた。まだ、彼がノエルを選んだワケではないのに。自分にも十分すぎるぐらいにチャンスはあるのに、それなのに何故、こうも胸が締め付けられるのか。
「……小雪、どうかした?」
と、小雪の表情に少しの影が差していることを、ノエルは機敏に感じ取り。心配そうな顔でそんな小雪に話しかけるが、しかしハッとした小雪は「う、ううん!」といつもの調子を、空元気で形作って首を横に振る。
「ちょ、ちょーっと昨日夜更かししちゃってさぁーっ! あはは、ゲームって怖いねー!」
「またかよ、小雪。夜更かしは美容の大敵だって言うぜ?」
「ぶーっ! 何さ零士ぃ!」
ニヤニヤと茶化してくる零士に、小雪が頬を膨らませる。
「っていうか、零士だってたまには私と、ゲーセン以外でゲーム付き合ってくれても良いじゃないのさ」
その後で、小雪は少しだけ視線を逸らしつつ。ふと思い立った言葉を、そのまま零士に向かって口にしてみた。あわよくば、彼を自宅へ招いて一緒に遊びたいな、なんてことも思いつつ。
「生憎と、最近のゲームには疎いんだよ」
だが、零士の回答はそんなものだった。小雪がガクッと肩を落とす。
「メガドライブで良ければ、付き合うが」
「メガドライブ!?」
「何なら、マークⅢかマスターシステムか、サターンに32Xもあるぞ? 俺が持ってる奴なら、ある程度は融通が利くが」
「……何さ、零士ってもしかして、そういう趣味?」
続けて口走る、零士の斜め上どころか月の裏側辺りまで吹っ飛びそうな、そんな素っ頓狂な答えにズッ転けそうになりつつ。小雪はそう、全力で呆れ返った風に言った。ちなみにその横で、ノエルが物凄く困ったような苦笑いを浮かべている。
「というか零士、セガ派なんだ……」
「そういうワケじゃない。ちょっと俺の古い腐れ縁の影響でな。古いゲームなら割と得意なんだが、六四ビット時代から先の奴には疎いんだ」
物凄く困って渋い顔をする小雪に答えた零士の言葉は、ほぼほぼ事実だった。
実のところ、車とかタイプライターとか、それに今言ったように古いゲーム機だとか。そういったアンティークな趣味は、実はシャーリィの影響なのだ。師にして親代わりだった彼女の影響で、零士もこんな風変わりな人間に育ってしまった、というワケだ。
「だからまあ、最近のはホントに分からないんだ。良ければ小雪、教えてくれれば嬉しいんだが」
と、これは完全に脈ナシだと小雪が諦めたタイミングでのことだった。零士からそんな、奇跡的な変化球が飛んできたのは。
「えっ、ほっ、ほんとっ!?」
驚いた小雪が眼を見開いて訊き返すと、零士は「ああ」と頷く。
「最近のはリモコン操作で体感型だとか、噂は色々と聞いてるんだ。気にはなってたんだけど、暇が無くってさ。良ければ教えてくれると嬉しい」
「う、うん! 私で良ければ、幾らでもっ!」
まさかの零士の方からの申し出に、小雪は内心飛び上がりそうな勢いだった。というか、喜びが勢い余って、実際に小さく飛び上がってしまっている。
これは、チャンスだ。今日までで凄まじくノエルにリードを取られていたような気がしていたが、どうやらそれは杞憂だったらしい。零士の心を掴むだけのチャンスは、まだまだ幾らでもあるようだ。
「じゃ、じゃあ決まりねっ! 約束、約束だからっ!」
その淡い恋心が、決して叶わないことを知らないまま。小雪は内心で、跳ね回りそうなほどに喜んでいた。
それは、ある意味では哀れで。しかしある意味では幸福なことだ。小雪の内心を知っている零士が、敢えて彼女の誘いを受けるような言動をしたのは、実はその辺りを考えてのことでもある。
どちらにせよ、零士はこのまま、小雪の中で淡くも甘酸っぱい思い出だけになるつもりだった。学園を卒業すれば、恐らく彼女とは二度と逢うことはない。だから、今の内に少しでも、彼女とも思い出を作っておきたかったのだ。これが欲だと、零士は知りながら。
「っと、駄目だよ二人ともっ。通り過ぎちゃうって」
こんな具合に、それぞれの思惑を交錯させていれば。いつの間にか校門の前を通り過ぎてしまいそうになっていたらしく、ノエルが慌てて二人の手を取って引き留めてくる。
「あっ、ごめんねノエルちゃん。私ったら何考えてんだろ、あは、あはは」
「済まんノエル、世話を掛けた」
「……零士はともかくとして、小雪までおっちょこちょいなの?」
そんなこんなで、三人は改めて横並びになり。校門を潜り、学園の敷地内に足を踏み入れた。
「えへへ、おはよっ零士! それにノエルちゃんも!」
後ろから駆けてきて、並んで歩く零士たちに追いついてきたのは。案の定というべきか、小雪だった。というか、零士に対してあんな風に気さくに声を掛けてくる相手なんて、ノエルを除けば小雪ぐらいしか居ない。
「おう、小雪か」
「おはよう、小雪」
二人の間に割って入るように、二人の肩にそれぞれ手を置いてくる小雪の方を振り返り、零士とノエルがそれぞれ彼女に挨拶をする。
すると、小雪は「えへへー」と呑気に笑っていた。ノエルはそれに釣られて小さく微笑み、零士は「相変わらず呑気だな、小雪は」と少しだけ呆れたみたいな顔をして。そうして、小雪も交え三人で校門に向かい、フェンスで囲われた学園の敷地を横目に眺めつつ、長い上り坂を歩いていく。
(……やっぱり、今日はノエルちゃんと来たんだ)
三人とも、他愛の無い話をしながら、笑顔を交わしていた。
交わしていたが、しかし小雪は独りだけ、その屈託の無い笑顔の下でほんの少しだけ、心を曇らせていた。
理由はただひとつ、零士がノエルと一緒に歩いていたから。もしかしたら途中で合流したのかもしれないが、しかし今日はノエルが零士の後ろに乗せてきて貰ったのだと、小雪にはそれを確信するだけの根拠があった。
今日の朝、いつものように零士へ迎えの催促の電話を掛けた時。初めて彼に断られたのだ。「先約があるから」と。
その先約が誰なのか、電話を切った時には、小雪も何となく察していた。察していたが……いざこうして実際に目の当たりにすると、胸がきゅうっと締め付けられるような気分になる。
「…………」
彼に対しての恋心が、自分の一方的な片思いであることぐらい、小雪が分かってない筈がない。彼が誰を選ぼうと、それは自由なのは分かっている。
でも、それでも小雪は胸が切なくなるのを、抑えられないでいた。まだ、彼がノエルを選んだワケではないのに。自分にも十分すぎるぐらいにチャンスはあるのに、それなのに何故、こうも胸が締め付けられるのか。
「……小雪、どうかした?」
と、小雪の表情に少しの影が差していることを、ノエルは機敏に感じ取り。心配そうな顔でそんな小雪に話しかけるが、しかしハッとした小雪は「う、ううん!」といつもの調子を、空元気で形作って首を横に振る。
「ちょ、ちょーっと昨日夜更かししちゃってさぁーっ! あはは、ゲームって怖いねー!」
「またかよ、小雪。夜更かしは美容の大敵だって言うぜ?」
「ぶーっ! 何さ零士ぃ!」
ニヤニヤと茶化してくる零士に、小雪が頬を膨らませる。
「っていうか、零士だってたまには私と、ゲーセン以外でゲーム付き合ってくれても良いじゃないのさ」
その後で、小雪は少しだけ視線を逸らしつつ。ふと思い立った言葉を、そのまま零士に向かって口にしてみた。あわよくば、彼を自宅へ招いて一緒に遊びたいな、なんてことも思いつつ。
「生憎と、最近のゲームには疎いんだよ」
だが、零士の回答はそんなものだった。小雪がガクッと肩を落とす。
「メガドライブで良ければ、付き合うが」
「メガドライブ!?」
「何なら、マークⅢかマスターシステムか、サターンに32Xもあるぞ? 俺が持ってる奴なら、ある程度は融通が利くが」
「……何さ、零士ってもしかして、そういう趣味?」
続けて口走る、零士の斜め上どころか月の裏側辺りまで吹っ飛びそうな、そんな素っ頓狂な答えにズッ転けそうになりつつ。小雪はそう、全力で呆れ返った風に言った。ちなみにその横で、ノエルが物凄く困ったような苦笑いを浮かべている。
「というか零士、セガ派なんだ……」
「そういうワケじゃない。ちょっと俺の古い腐れ縁の影響でな。古いゲームなら割と得意なんだが、六四ビット時代から先の奴には疎いんだ」
物凄く困って渋い顔をする小雪に答えた零士の言葉は、ほぼほぼ事実だった。
実のところ、車とかタイプライターとか、それに今言ったように古いゲーム機だとか。そういったアンティークな趣味は、実はシャーリィの影響なのだ。師にして親代わりだった彼女の影響で、零士もこんな風変わりな人間に育ってしまった、というワケだ。
「だからまあ、最近のはホントに分からないんだ。良ければ小雪、教えてくれれば嬉しいんだが」
と、これは完全に脈ナシだと小雪が諦めたタイミングでのことだった。零士からそんな、奇跡的な変化球が飛んできたのは。
「えっ、ほっ、ほんとっ!?」
驚いた小雪が眼を見開いて訊き返すと、零士は「ああ」と頷く。
「最近のはリモコン操作で体感型だとか、噂は色々と聞いてるんだ。気にはなってたんだけど、暇が無くってさ。良ければ教えてくれると嬉しい」
「う、うん! 私で良ければ、幾らでもっ!」
まさかの零士の方からの申し出に、小雪は内心飛び上がりそうな勢いだった。というか、喜びが勢い余って、実際に小さく飛び上がってしまっている。
これは、チャンスだ。今日までで凄まじくノエルにリードを取られていたような気がしていたが、どうやらそれは杞憂だったらしい。零士の心を掴むだけのチャンスは、まだまだ幾らでもあるようだ。
「じゃ、じゃあ決まりねっ! 約束、約束だからっ!」
その淡い恋心が、決して叶わないことを知らないまま。小雪は内心で、跳ね回りそうなほどに喜んでいた。
それは、ある意味では哀れで。しかしある意味では幸福なことだ。小雪の内心を知っている零士が、敢えて彼女の誘いを受けるような言動をしたのは、実はその辺りを考えてのことでもある。
どちらにせよ、零士はこのまま、小雪の中で淡くも甘酸っぱい思い出だけになるつもりだった。学園を卒業すれば、恐らく彼女とは二度と逢うことはない。だから、今の内に少しでも、彼女とも思い出を作っておきたかったのだ。これが欲だと、零士は知りながら。
「っと、駄目だよ二人ともっ。通り過ぎちゃうって」
こんな具合に、それぞれの思惑を交錯させていれば。いつの間にか校門の前を通り過ぎてしまいそうになっていたらしく、ノエルが慌てて二人の手を取って引き留めてくる。
「あっ、ごめんねノエルちゃん。私ったら何考えてんだろ、あは、あはは」
「済まんノエル、世話を掛けた」
「……零士はともかくとして、小雪までおっちょこちょいなの?」
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